【第二部】第1章:どんでん返しの人生
八年、それは一瞬だった。
八年前、グーハイとバイロインは何でも話せるほどの仲になっていたが、いつの間にか二人は離れ離れの人となっていた。
グーハイは、中国から出張した際 偶然にもイ・ヒョンと出会い海外での生活について色々と話すことができた。
彼は数年前からカナダに移住しているようだった。
イヒョンは話を聞いて、感心した様子で深く息をした。
「正月に母国で過ごせるなんて羨ましいです。また、卤煮火烧(豚の腸を煮込んだもの)を食べたいですね。あれは本当に美味しかったので...」
と祖国で暮らしていた日々をとても懐かしく感じていた。
「いつでも帰ればいい」
グーハイにそう言われたイヒョンは、どこか物憂げな表情を浮かべる。
「家は...もうなくなったんです。今じゃ、帰るところが俺にはないんです」
「...家がなくなったとしても、お前にはまだ帰りを待つ人が居るんだろ?」
イヒョンは突然何かを思い出し、話を変えるためにグーハイの言葉に重ねた。
「そうだ!彼は今、どこに居るんですか?」
そう言われたグーハイは視線を下げた後にイヒョンを見て
「分からないんだ...外国ででも生活してるんだろうな...」
鼻から短い息を吐き出しながら話すその顔は、どこか寂しさを帯びていた。
「今は付き合いがないんですか?」
「ああ。....そうなるな」
ここにあるのは民営のハイテク企業で、北京市中関村高新技術開発区に位置している。
主な業務として、軍工と民間の電子産業のためにシステム統合サービスを提供してる。
このような会社は中小企業として似たものが数多く存在しているが、この会社は独自の経営管理モデルが存在しており、業界からは注目を集めている。
この会社に勤めている人は、社長を除いて管理職から平社員まで女性しか働いておらず、またその女性らは皆 美人であった。
一般的に見るとこういった会社では女性が優遇される事が無いのだが、社長は男性に対して差別的な姿勢をとっていた。
結果として、毎年の新入社員は綺麗な女性や可愛い女性しか採用されていなかった。
しかし、この会社の入社制度はとても厳しく、応募してきた女性は皆綺麗な人ばかりで、そのほとんどが理系の大学を卒業しており、高学歴で知性が溢れる人しか求められていないものになっているのだ。
また、それ以外の条件として女性は皆独身である必要があった。彼女らの今後のパートナーは会社の業務内容にリンクしており、その名の通り取引先とのみ恋愛が許されているものだった。
このような厳しい条件であることから、条件を満たしている女性はとても数が少ない。
あまりの少なさに中国国内だけでは足りなくなり、日本の東京都に存在する理系女子大学卒の女性にまで募集の規模を広げ、徹底的に人材をマークしていた。
そう言った背景から、同社の毎年行われる年次総会では、社長は百を超える美女の前に立っており、まるで皇太子妃選抜のようであった。
そんな彼女らの日常会話のに挙がるネタには、いつだって社長が中心にいた。
ここ最近は、新年度に行われる会社の新入社員募集のシーズンであった。
「ねぇ、聞いた?今年の入社試験の倍率去年の倍になったみたいだよ!面接会場なんて北影(北京電影学院)の面接会場なのってくらい綺麗な人ばかりだったわ!」
「綺麗なだけじゃ意味ないわよ!」
「そうよぉ、先月入社したばかりのリョウさんなんて、キシュウ委員会書記からの紹介だったのに、結局数日前には辞めちゃったじゃない」
ここの門を潜りに訪れる女性は皆、社長を狙って志願してくる者が多かった。
玉の輿を夢見て入社してくるのだ。しかし、残念ながら成功者は今のところ居ない。
「社長は今までに誰かを誘ったことなんてある? 誘ってもらえた女なんているのかしら?襲われたことなんてあるのかしら?」
「何言ってんの!私なんてここに勤めて一年も経つのに、社長からは誘われるどころか 声すらかけてもらってないわよ!」
「結局のところ社長はどうお考えなのかしら?こんなにも多くの女性を集めて。綺麗な花を花瓶にでも飾っておきたいだけなのかしらね」
「きっと社長は待っているのよ!彼の心が動かされる女性を!いつか幸運な女性が彼に選ばれるのよ」
「でも、もしそういう女が現れたら逆に同情するわぁ。考えてみなよ!うちの社長は軍のお偉いさんの息子で、カリスマ性と頭の良さが備わってるのよ? ましてや、そんなハイスペックな人が社長だなんて...あ、あと一番大切なのは凄くイケメンだってこと!」
「そ、まさしく典型的な勝ち組って事よね。こんな男を誰がコントロールできるっていうのかしら?」
「付き合ったら、毎日何百人っていう数の美女が虎視眈眈と見てくるって事ね...ひぃっ、耐えられないわ!」
「でも、うちの社長は一人暮らしだって聞いたわ。家政婦も雇っていないみたいだし、料理も凄く上手だって噂よ」
「本気で言ってるの?!...そんな人なんて、100年に一度の男性よ!なんだか私凄く自分が惨めに思えてきたわ...」
「もーやってられない!布団の中で寝かせてくれぇ〜!」
「ちょっと、しーッ!静かに!...社長がいらしたわ」
この会社の社長、それはグーハイの事だった。
彼を見かけて静かになった営業部を執務室に向けて通り抜けていく。
後ろには副社長の若い女性が付き従っていた。
グーハイが執務室に入っていくのを確認すると、今まで静かだった 女たちは またざわめき立つ。
「見た?!今日はいつもと違って紫色のシャツを着ていたわ!」
「見た、見た!似合ってたわね!」
「はぁ...副社長は本当に羨ましいわぁ。だって社長の執務室にいつでも出入りできるのだものぉ」
「あんたと副社長を一緒にしちゃダメよ!...でもあの女、もしかしたら高給取りの為に社長と寝たのかもしれないわね」
「そんなこと言わないでよ!まだ私だってチャンスを狙っているんだから!まだ楽しい妄想をさせててよ!」
エンは重ねた書類をグーハイに向けて「署名を」と言い渡す。
その綺麗な手から受け取ったグーハイは、書類をめくりながら空欄にサインを書いていく。
エンはグーハイが署名した際、その文字の美しさにいつも感嘆していた。
「とても美しい文字ね。どこで練習したの?」
いつこのように尋ねても、グーハイは決して話そうとはしなかった。
エンはコップに水を注ぎ、グーハイの反対側のデスクに座り、あの冷酷なーーいや、険しい顔つきを眺めながら静かに話しかける。
「ねぇ、知ってる? この間も、エレベーターの中であなたの筋肉について盛り上がっていた社員がいたのよ?...ふふ。本当にあなたは 人気者ね」
グーハイは反応せずに「署名が終わったぞ。あとを頼む」と冷たく返事をした。
「...ふーん。」
エンは眉をひそめてグーハイを見つめる。
「社長様は社員からの熱い視線を集めるのがご趣味なようで」
「なに、社長としての威厳を保つ手段に過ぎないさ」
エンの皮肉に皮肉で返しながら笑う。
エンはグーハイにも水を注ぎ、雑談を続けた。
「そういえば、今日の面接でニューハーフが応募してきたの」
突然のセリフに、グーハイは口に含んでいた水を噴き出しそうになった。
「ちょっと異質だけど、良い才能を持ってたわ...男性的な開拓する力もあるし、女性的な繊細さと忍耐力も持ち合わせている...素晴らしい人材だと思わない?」
エンは真面目な顔をして今日の出来事を伝える。
「販売部に採用してもいい?」
エンの提案に冷たい声色で否定をする。
「誰がそんな奴を欲しがるんだ?」
「え...と」
言葉が詰まる。
「...この会社はまともな男性は採用されないじゃない!だから...」
「...おい。」
「どうしてあなたはそんなに男性を嫌うのよ?!確かに、世間にゲイではないと言うことを証明している事にはなるけど...」
その言葉を聞いて、グーハイはエンのことを刺すような視線で見つめる。
唾を飲み込む音さえはっきりと聞こえるほどの静寂が支配し、エンの首筋には冷たい汗が一筋の軌跡を描く。
しばらくして、グーハイはまた視線を元に戻す。
「パソコンの中に入っている会議記録をまとめて、あとで伝えてくれ」
「...わかりました」
エンは手に持っていたコップを机の上に置き、グーハイのデスク上に置いてあるパソコンを素早く開き、習慣的に開いている各種のファイルをチェックしてみたが結局どのファイルからも会議についての記録はなかった。
「どこにも無いわよ?」
「俺の個人用のパソコンに入っている。昨日はそのパソコンを持って会議に行ったんだ」
「えっ...と、中を確認しても?」
恐る恐る質問をするエンを横目にあっさりと返事をした。
「勝手にしろ」
エンがグーハイの私用のパソコンを立ち上げるとデスクトップには一枚の写真が表示された。それを見たエンはハッとして、笑い声をあげた。
「ねぇ?この写真を見ると、初めて私たちが出会った頃を思い出すわね!」
グーハイはこのデスクトップにしてから随分と時間が経っていて、8年以上経ってもこの画像を変えることが出来ないでいた。
「前から気になっていたんだけど、この男性は誰なの?」
グーハイは毎朝このデスクトップを眺めては、そこに写っている男性がいまだに悪い顔で話しかけてくるかのようなリアルさを感じていた。
「こいつは...もう長い間 会ってすらいない...俺の義兄なんだ...」
「あら、あなたにお兄さんが居たなんて...何で会わないのかしら?」
何かを考え込むような表情をしていたグーハイを見たエンは、機嫌を損ねないように話題を変える事にした。
「こ、この写真は青島で撮ったものよね?」
グーハイは頷く。
まだ、あまり良くない雰囲気を感じる。
「あー、この写真に写っているこの男性は本当にイケメンね!仏様かと思ったわ!」
「仏...?...こんなに可愛い仏なんているのかよ....」
「.....ーハイ...社長!、グーハイ!?」
エンは、写真を眺めたまま虚ろになっていた彼に向かって大きな声で名前を呼ぶ。
グーハイは気を取り戻して、静かに答える。
「どうかしたのか?」
エンは妖艶な笑みを浮かべて、「私が今日つけている香水の効能で、あなたをトリップさせちゃったかしら?」と皮肉を込めたセリフを放つ。
「...そんなことをした副社長さんには、明日退職届を提出させないとな。改めて、新しい副社長でも選抜するか」
皮肉で返されたエンは「あら、やだわ」と口を閉ざし、おとなしくグーハイのパソコンから会議記録についてのファイルを取り出したのだった。
早朝のゴビ砂漠は寒さが強く、輝くオレンジ色の尾が空を切り裂く。
若くハンサムな空軍少佐の目は厳しく、冷たい声で号令を放つ。
「出撃!!」
一瞬にして、数十機の戦鷹がうなりながら空を駆け上がり、北京軍区空軍所属の航空兵が長距離実弾攻撃訓練をスタートさせた。
これは簡単な飛行訓練ではなく、彼らの目標は数千キロ先の大砂漠のあるところにある。
道中、至るところに地上ミサイルの迎撃やレーダーの電磁妨害、目標エリアに入ると実戦が行われる可能性が潜んでいる。
空軍少佐は単独でステルス戦闘機を構え、攻撃編隊を率いて地上ミサイルの陣地に向かう。
「急速急降下!!!」
少佐の命令はまるで小型爆撃のように、後方で待つパイロットの耳元で炸裂した。
一瞬のうちに、少佐の戦闘機と続く数十機がすさまじいスピードで地上に急降下し、ゴビ砂漠のラクダがパイロットの目の前でさっと通り過ぎ、砂塵が刃のように飛び去った。
ミサイルを発射するとその尾から猛火を吐いて目標に向かっていき、轟音という言葉に相応しいほどの大きな音がして、目標は破壊され、十数メートルの砂柱が立った。
任務を無事に終えた後、少佐は飛行機から出てきてマスクを外し、すました表情で部下を見つめる。
「隊長!水をお飲みになられますか?」
少佐はペットボトルを受け取り一気飲みすると、空になった容器をぷらぷらと逆さにした。
「ふぅ...ありがとな」
隊員は空になった容器を受け取り、先ほどの訓練結果について疑問を投げかけた。
「隊長は、勝算にいくら自信がおありでしたか?」
少佐と呼ばれる人物ーーそれは、二十六になったバイロインだった。
彼は口元を緩ませ、女性がそれを見たら即倒してしまうほどの笑みを浮かべて言い放った
「馬鹿みたいに...かな!」
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第二部第1章いかがでしたか?
途中風邪をひいてしまい本来1日で仕上げる予定でしたところを数日かかってしまいました(汗)
中国語もわからない、語彙力も無い自分が物語を紡いだらかなりひどいモノになっていないか心配です(笑)また、誤字脱字がありましたらご報告願います!確認次第修正いたします!
:naruse
202004追記:加筆修正しました。タイトルの変更有。