NARUSE'S:BLOG

ハイロイン/上癮:Addictedの原作小説を和訳している男子大学生でした

第70章:新しい副社長

「ねぇ、聞いたぁ? 今度ウチに入る幹部の人、男らしいよぉ」
「嘘よ〜。だって、入社した時に女性しか雇わないって社長本人が言ってたじゃない」
「めちゃくちゃ才能があったりして!」
「まあ、どちらにせよ社長が連れてくる人ってだけで楽しみよねぇ」

エンがオフィスを横切る時、偶然聞こえてきた彼女たちの会話に耳を疑う。

ーーグーハイがこの会社に男を?

エンは仕事もせずに噂話をする彼女たちに軽く咳払いをし、注意をひきつける。

「そこのレディたち? 色々噂をしているようだけど、その話はありえないわ。...仮にそうだったとしても、彼なら一番最初に私に報告するはずだもの」

エンの存在に気づいた美女たちはその頭を一斉にデスク上の書類へと向け、先程まで騒いでいたことが嘘だったかのように仕事を再開した。

 

エンがグーハイの居る執務室の前に着き、ドアをノックしようとした瞬間。

その扉はエンの意思とは関係のない動きで、勝手に動き出す。

「あっ」

部屋の中から出てきたグーハイによって、二人はもう少しでぶつかりそうになる。しかし、エンの綺麗な瞳の二センチ手前で、彼の分厚い胸板は停止した。

「お、ちょうど良いところに来たな。お前に伝えてもらいたいことがある」

そう言って彼女の顔を見下ろすのは、この会社の社長であるグーハイ。

「各部門の管理者全員に、午後2時から大会議室で会議をするよう連絡して欲しいんだ。重要な報告があるから、絶対に遅れないよう念を押しておいてくれ」

エンが静かに返事をすると、グーハイはそのまま華奢な身体を避けるように長い廊下を歩いていく。

「グーハイ!!」

エンがその後ろ姿に声をかけると「何か用か?」と整った顔がこちらを振り返る。

「ボグループの会長がここ何日かずっと訪ねてきてたの。私たちの会社と協力して事業をしたいとおっしゃっていたのだけれど、その内容を聞いても一向に教えてくれないのよね。」

グーハイは少し不思議そうな表情を作る。

「ずっと訪問予約をしてくるものだから、今日もきてると思うんだけど...会社の前で待たせておこうかしら?」

「そうか」とだけ呟き、少し考えるような仕草をしていたが「詳しいことは、また俺が帰ってきてから頼む」と言い残し、そのまま急いで廊下を歩いて行った。

グーハイの接し方にエンは口を尖らせ、少し不満そうな表情で見送るしかなかった。

 


午後1時45分。

グーハイが乗る車が入り口に到着すると同時に、エンはロビーから急いで彼の元へと駆け寄り、荷物を受け取る。

「今日のお昼にも午前中に話したあの...」

「会議の連絡は各管理者にちゃんと伝えておいたのか?」

エンの話を途中で遮り、グーハイは捲し立てるように確認する。

「...済ませてあるわよ」

エンがため息を吐きながら答えると、「それでいい」とだけ返ってくる。

「俺は執務室に戻るから、お前は今すぐに会議の準備をしてくれ!...話はその後でも大丈夫か?」

そう言い残し、大股でエレベーターまで歩いていく。

エンが急いで後ろを追いかけるが、会議の内容をしっかりと教えてくれる様子はない。

「な、何を準備したら良いのよ?!」

焦った様子で尋ねるエンに対して「臨機応変!」という四文字だけ残し、グーハイはエレベーターの中へと消えていった。

ーーな、なんなの?! なんでそんなに焦ってるのよ!?

グーハイの傍若無人さに、エレベーターの前で地団駄を踏むエンであった。

 


「簡単に紹介する。」

グーハイの重厚な声が会議室に響きわたる。

「隣にいるがウチの会社に新しく赴任した副社長である、トン・ジェ(カタカナ発音)と言う。...これからこいつはウチの会社の一員だ。みんな仲良くするように」

グーハイの紹介を終え、会議室は騒然とする。その中で最も強烈な反応を見せたのは、もちろんエンである。

彼女は以前社員に対して、「ウチに男が来る事はない」と宣言していたからだ。

彼女のプライドに傷をつけるような報告に、エンは思わず口を挟む。

「なぜ、前もって教えてくださらなかったのですか?」

大勢の前での報告に対して、明らかに私情を含んだ質問をするエンに向かって一瞬暗い顔を向けるが、瞬時にいつもの表情へと直し口を開く。

「サプライズだ」

グーハイの返答に対し、質問を重ねる。

「社長は我が社では男性を雇わないと公言していましたよね? なぜ、その信条を破ってでもその方を雇用なさったのですか?」

しつこく食らいつくエンに対し、今度はしっかりと冷たい目線を送りながら強めの口調で説明を行う。

「俺は男は雇わないと公言していたが、その規則は変えられないものとは明言していない。このルールが運用され続けてきたのは、それを破ってくれる男が今までに一人もいなかったからだ。...そして、今それを破る男が俺の前に現れたんだ。」

グーハイは最後の言葉をゆっくりと紡ぐ。

「それでも、お前は俺に規則を守れと言いたいのか?」

グーハイは社員に対してずっと冷たい態度をとってきたが、エンに対してはかなり優しく接してもらえているのは周知の事実だ。

そんな彼女が初めて人前で辱められている状況に、エンを含め会議にいるほとんどの女性が困惑していた。

「エン副社長...」

トンが突然口を開いたことで、会議室全体の目が彼に集まる。

「十秒間だけ、私に簡単な自己紹介をする時間をいただけませんか?」

エンが口を開くよりも先に、隣の美人たちがまるで小鳥の囀りのようにざわめき始める。

ある人は彼女の態度がよくないと不満を言い、ある人は早く自己紹介を促すような言葉を、またある人はただただ男性に興奮冷めやらない言動をとっていた。

自分のイメージを守るためにも、会議全体の順調な発展のためにも、エンは息をのむしか選択肢がなかった。

「...どうぞ。申し訳ありませんでした。」

 

 

会議が終わると、エンはグーハイの後ろについて執務室まで歩き出す。トンもまた、そんな彼女の隣を歩いていた。
エンは元々トンに対して敵意などはなかったが、先程の内容を含め、結果的に彼の登場が自分にもたらした様々な不快感から、第一印象は最悪だった。
扉の前に着いた瞬間「午前中の件についてですが...」と話し始めるが、またしてもそれを遮るように声を張りだす。

「トン副社長に話がある。しばらく外で待っていてくれないか」

それでも何か言おうとするエンの口を手で塞ぎ、首を横に振るグーハイ。

「それから、誰が来ても外で待たせておけ。決して中に入れるような真似はするなよ?」

そう言い残し、執務室のドアが彼女の前で音を立てて閉まった。

 


午後、バイロインはプロジェクトの提携を理由に部隊の研究室からこっそりと抜け出し、グーハイの会社へと潜り込んでいた。
ロビーに入り、いつものようにフロントのスタッフに挨拶をすると、そのまま受付嬢がグーハイの部屋へと回線を繋ぐ。しかし、連絡を切っていたグーハイの部屋にコールが鳴ることはなく、エンの部屋へと繋がった。

「エン副社長、バイロイン様が面会に来られました。お時間はございますでしょうか?」

電話を受け取ったエンは機嫌が悪く、荒っぽい口調のまま「今は忙しく、誰にも会わないそうです!」とだけ言い残してすぐさま回線を切る。
受付嬢は、電話越しの雰囲気がいつもと違うエンに驚きながら「社長は現在急ぎの業務があるようで...」と申し訳なさそうに謝り出した。

「大丈夫ですよ。外で待ってますから!」

受付嬢の負担にならないよう、バイロインは精一杯の笑みを浮かべてロビーを後にした。

 

 

この待ち時間はなんと二時間にもわたり、グーハイとトンが執務室から出てくる頃には、エンはもう帰りの支度を始めていた。

「そうだ、用事があると言っていたな。どうしたんだ?」

やっと話を聞いてくれたグーハイだったが、エンはもうどうでも良さそうな表情を浮かべている。

「...なんでもないわ」

エンがそう言うと「そうか、じゃあ気をつけて帰るんだぞ」とだけ返ってくる。

しばらく彼の顔を見つめていたが、時間が経っても何も言ってこないグーハイに心から呆れ、エンは本当にどうでも良くなってしまった。

「じゃあ、さよなら」

エンが荷物をまとめて歩き出すと、いきなりグーハイから名前を呼ばれる。

その瞬間。心が沸き踊ったが、振り返るときには平常を装い、いつもの表情で返事をする。

「どうしたの?」

「いや。俺が話し込んでいる間に、誰か俺を訪ねてくるやつはいなかったか?」

その質問を受け、一気に鼓動が加速してしまう。

「い、いたわ。...あなたのお兄さんが来てたわよ」

ピクリ、と眉が上がる。

「“どの”兄貴だ?」

グーハイの質問に不思議そうな表情を浮かべ、ため息を吐き出す。

「一体あなたに何人のお兄さんがいるのよ?...バイロインさんだけでしょう?」

エンの言葉を受け、なんの前触れもなくグーハイは怒鳴り声をあげる。

「どうして俺に知らせなかったんだ!!!!」

突然怒りをぶつけられ驚いたが、ジワリと怒りを覚え、エンも声を荒げて言い返す。

「誰であっても邪魔させないようにって言ったのはあなたじゃない!!」

グーハイは顔を真っ赤に染め、並の人であればその場に居ただけで泣き出してしまいそうになる程の怒りを露わにする。

グーハイの怒号は会社全域に行き届き、彼のこのような様子を見たことがなかった女性たちはどうして良いかわからずに、皆息を潜めだす。

「あいつがどんな奴なのかお前はわからないだろ!?あいつがここに来てくれることの重要さを理解していないだろう?!!ああ!?...覚えとけ。アイツが来たら、俺がどこにいても、何をしてても、すぐに知らせろ!!」

エンにそう言うと、今度は会社全体に聞こえるように声を張る。

「他のやつも聞いておけ!! 彼にあったら俺にあったと同じだと思え!!何人たりともアイツに指示も命令も出すな!その時はそいつの首を切るぞ!!!」

グーハイの警告が木霊すると、駆け足でエレベーターに入りその姿は見えなくなった。

エレベーターの扉が閉まる様子を眺めるエン。その顔には、一切の感情がなかった。

 

 

何度もバイロインに電話をかけるが、エレベーターの中にいるからなのか、全く繋がらず焦燥感に駆られる。

「ちくしょう!!」

エレベーターを降り、急いで外に出るとバイロインの車が向かいの喫茶店に停まっているのを見つけて駆け寄る。すると、運転席でハンドルにうつぶせになって眠る姿が見えた。

車の中では音楽がかかっており、そのせいで着信音に気づいていない様子だった。

ドアを開けようとしたら鍵がかかっているのか開かない。

「おい!起きろ!」

窓をノックしながら声をかけると、それに反応してバイロインは顔をあげる。

「んぁ。もう終わったか?」

寝ぼけ眼でこちらを見つめるバイロインの顔には、ハンドルに突っ伏していたせいか、二本の線が赤く跡になっていた。

「なんで電話に出ないんだ?!」

心配と苛つきから、グーハイは思わず強い口調で話しかける。

「なんだよ。お前が忙しいって聞いたから電話をしなかったんじゃないか」

唇を尖らせるバイロイン。

「ここでずっと待ってたのかよ?」

グーハイの質問に「うーん」呟きながら車内で伸びをするバイロイン。

「いや、そんなに待ってない。それよりも早く乗れって、今日は俺の家に行くぞ〜」

そう言って欠伸をするのであった。

 

 

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エンが可哀想な回でしたね〜。さて、今回は早めに更新できてよかったです!

そして!みなさんのコメントやリプライが励みになっているので、よければぜひ!!

 

*なぜかパスコードが解除されていますが、エラーなのかなんなのか、直し方がわからない状況です。そこで宣言した手前恥ずかしいのですが、そのまま公開しようかなと考えております。不都合がございましたら、ご連絡ください。

 

:naruse

第69章:厳格さ、崩壊。

二人が揃った週末、グーハイは餃子を作って食べることにした。
バイロインが隣で餃子の皮を一生懸命作ってくれているが、皮を伸ばす作業が遅すぎて多少の苛立ちを覚える。

「俺の作る餡がどんどん溢れちまうじゃねぇか」

そう言ってバイロインを押し出し、結局は自分の手で皮を作り始めた。
グーハイが作る餃子の皮は昔ながらの典型的な薄皮で、それに大きな餡を一つずつ包み、効率よく餃子のひだを形作っていく作業は、見ていてとても気分がいい。

「楽しそうだな」

自分もやりたくなったバイロインは、グーハイが作った餃子の皮を手に取り、スプーンで餡を少しすくい取ってはそれに載せて、見よう見真似に手で包んでひだを作る。
「どうだ?いい感じだろ?」
自信に満ちた表情を横目に、グーハイの口角は冷ややかに薄く、角度をつける。

「ああ、そうだな。...わかったから、向こうで大人しく待ってろって」

「なんだよ...それ」

あまり良い出来ではなかったようだった。

 


二人が満足して食べるには、大家族が要するであろう量の餃子を作らなければいけなかった。

グーハイが一人で作業をしている間、バイロインはグーハイにもたれかかりながら退屈そうに天井を見上げる。

「俺が子供の頃はな、正月や節句によく餃子を食べてたんだ。その頃は祖父母共に元気に暮らしてて、婆ちゃんが餃子を作ってくれてたんだよ」

バイロインの昔話に手を止め、グーハイも自分の過去を思い出そうと顔が少し斜めに動く。

「俺が覚えている限りでは、... ...子供の頃にはもうじいさんはいなかったし、ばあさんは自分で料理をするような人ではなかったな。だから、軍部から家政婦や料理人が派遣されてよ。その時は自分で好きなものを食うと言うより、食わされてたって感覚が強いと思う」

バイロインは目に驚きの色を浮かべる。

「ちょっと待て。俺らが知り合ったばかりの時、じいさんが神経麻痺を患っているって言っていなかったか?」

「ああ?」

「失禁するから大変だって言ってただろ?なのになんで亡くなってんだよ。...お前、じいさんが何人かいるのか?」

最後の言葉に多少の笑みを含めて聞く。

「一人だけだ」グーハイはどこかぼんやりとした表情で答える「きっと、聞き間違いだろ」

自分の記憶に絶対的な自信があるバイロインは、目つきが鋭くなる。

「いいや、聞き間違えてなんかない。俺の家で一緒にご飯を食べた時、俺のじいちゃんがお前の服に食べ物をこぼした時あっただろ?」

「...ああ」

「その日の帰り道で俺が謝ったら、俺のじいさんもそうだから気にするなって言ってたはずだ!」

グーハイは過去の記憶をたぐり寄せる。しかし、確かにそう言っていたような気もする、という程度でしか思い出すことが出来ない。

ーーこいつ、なんでそんな些細のことまで記憶してるんだよ。

バイロインはグーハイの顔をじっと見つめているが、その表情はどこか陰りを感じる。

「お前、まだ俺に隠していることがあるんじゃないのか?」

強い口調で問い詰める可愛い恋人に両手を上げ、降参のポーズをとる。

「そうだな...。あの頃はお前に取り入ろうと必死だったんじゃないのか?」

「このやろ...!!」

そう言ってバイロインはグーハイの手を抓る。

この光景を見た刹那、脳裏に学生服を着てボロボロになった鞄を背負いながら登校をするあの日のバイロインや、授業中に机に突っ伏す鳥の巣みたいな頭のバイロインが浮かび上がる。

ーーなんだ、これは。

グーハイは、心の中で温かい何かがジワリと滲み広がっていくのを感じた。

「隙あり(猴子偷桃)」

その温かみを感じながら、いやらしい笑みを浮かべるグーハイの右手が、バイロインの股間を鷲掴みにする。

「お前!!」

バイロインは驚きの声をあげ、反射的にグーハイの逞しい胸元を殴打していた。

 

 

幾らか激しい攻防の時を過ごした後に、バイロインは自分のポケットから小さい何かを取り出すと、それをグーハイに手渡す。

「これ、餡の中に入れてくれ」

グーハイは手渡されたそれに視線を落とす。

「何だ、これ?」

「小さいけど、卵なんだ。最近入隊した新兵から貰ったんだが、なんでもこれを餃子の餡にして食べると幸運が訪れるらしい」

その話を聞いて、グーハイは静かに目を細める。

「なんで部下からそんなものを受け取ったんだ?」

「部下が上司に贈り物をするのは、日常茶飯事だろ?」

どこか不機嫌なグーハイを無視して、早く包むように催促する。

「この一つだけ卵が入った餃子が、どっちに当たるのか楽しみだな!...小さい頃に家庭でやってから、こんな事はそれ以来なんだ!」

「....はぁ。」

キラキラした表情をこちらに向ける姿には逆らえず、グーハイは大人しく卵を洗ってから餡の中に押し込めた。

 

 


「そう言えば、この頃会社の金が余ってたんでな、オリンピック村に豪邸を買っておいた。お前にプレゼントするよ」

餃子を食べている時、グーハイは世間話のように軽くバイロインへ報告する。
目の前に座っている男からの突拍子もない言葉に凍りつきながら、数秒してじわじわと苛立ちが全身を駆け巡り始める。
「おい。...馬鹿なのか!? 俺は自分の家を持ってるし、父さんと母さんも自分の家を持ってるんだ!それに、お前も自分の家があるだろ?...なんでまた新しく家なんて買ったんだ?!」

想定内の反応に、グーハイは笑みを浮かべる。

「いつか俺たちが別れてしまったも、俺のことを忘れさせないように...かな?」

どうしようもない理由に思わず力が抜けて、口元まで運んでいた餃子を思わず床に落としてしまった。

「おいおい、汚いぞ」

グーハイは落ちた餃子を拾い上げ、口に詰め込んで笑顔を浮かべながら話を続けた。

「まぁ、それは嘘として。...本当は俺らの老後の家として買ったんだ」

「老後?!...おい、老人二人にそんなデカい家が必要なのか?ましてや、俺らには子供もいないって言うのに」

「俺たちは、二人で一つの部屋に住むんだ。余った部屋は、全部犬を飼うために使おうぜ!」

グーハイは手にしていた箸を置き、その目の中に浮かぶ幼心をバイロインに向ける。

「部屋中に色んな種類の犬を飼ったりして、庭には小屋を建ててロバでも買うんだ」

正直に言えば、グーハイと沢山の犬と暮らす生活に憧れを抱かないわけではない。

バイロインは、定年退職をした後の生活を脳内に浮かべる。

ーー毎日散歩して帰ってきて、家に入ったら犬の群れが体に飛びついて.....良い。

「世帯主をお前の名前に変えておいた。」

妄想にふけり、笑みを浮かべるバイロインはその声で我に返る。

「は?俺に?...いつか軍の組織に個人の財産を調べられて豪邸が見つかった時、俺が汚職や賄賂を疑われたらどうするんだよ?」

「誰が誰を調べるって?」グーハイは瞳に凶暴さを灯す「正軍職の上級官であっても調査の対象になるのか?...なら、軍事委員会の委員も空軍総司令官も平等に調査されるはずだよなぁ?!」
グーハイの迫真の表情に、バイロインはテーブルをたたいて笑い出す。

「それはないな!!」

「ふんッ、だろうな」

二人でしばらく笑ったのちに、バイロインがグラスを持ってグーハイに突き出す。

「ほら、俺らの将来のために乾杯でもしようぜ!」

そのグラスに応じてグーハイもグラスを持ち上げる。

そして...小さいが、想いの詰まった音が部屋中に広がった。

 

 


しばらくして酔いが心地よくなってきたころ、バイロインは少し重たそうにその口を開く。

「グーハイ、その...おれ、暫くここを離れることになりそうなんだ」

突然の内容に、思わず口にしていた餃子を吹き出しそうになる。

「離れる?!どこに行くんだ?」

バイロインの顔色がだんだん暗くなるのを見ると、グーハイの心も不安を帯び出す。

「来月の空軍部隊は中央軍事委員会の検閲を受けることになったんだ。だから、最高の内容を披露できるように、しばらく特別な場所で訓練を行わないといけなくなった」

「それで?」

「今回の監査官はとても大切なお方だから、俺らの部隊は平時の訓練内容を見せるだけじゃなくて航空演技も行わないといけなくなったんだ」

グーハイはようやく、吹きかけた口の中の餃子をを飲み下す。

「なんだ、そんなことか。頑張って、最高の演技を見せつけてこいよ!...都合が合えば、俺もそれを観れるか許可をとってみるさ」

想像していたよりあっさりとした返事だったため、バイロインは思わず呆気に取られる。

ーー今回はどうしてこんなに大人しいんだ?

バイロインは不思議でたまらない表情を浮かべて、グーハイを見つめる。

そんな顔を見ながらもグーハイは内心、バイロインのことを引き止めたくて仕方がなかった。

ーーくそ!!俺が素直にお前と離れられるとでも思ってんのかよ!?

それでも今回の重要さを認識しているグーハイは、バイロインの足枷にならないようにと精一杯の笑みを作って応援する。

「そんな顔するなって、素直に応援してんだよ」

「...ありがとう」

バイロインは小さく表情を変えたが、グーハイの態度を見てそれ以上深く詮索する事はなかった。

 


二人は餃子を全て食べ終え、一緒に台所で食器を洗い始めていた。

バイロインは突然何かを思い出して、顔をグーハイの方に向ける。

「そう言えば、あの餃子はどうなったんだ?」

「あの餃子?...なんの餃子のことだ?」

「あの卵を包んだ餃子だよ!忘れたのか?...どっちが食べたんだ?」

二人は顔を見つめ合わせるが、答えが出てこない。

「俺は食べてないぞ」

「俺も食べて...ないと思う」

二人とも食べていないと言うのに、今夜の食卓に出された餃子は全てなくなっていた。

 

 


夜、二時過ぎ。

腹が痛くなったグーハイは、勢いよくベッドから飛び上がる。

「どうしたんだ?」
いきなり起き上がったグーハイに起こされたバイロインが、お腹を抱えているグーハイを心配そうに見つめる。

「腹が...いてぇ」

「急にどうして...」

背中をさするバイロインをチラリと見ながら、グーハイはニヤリと白い歯を見せる。

「どうやら...卵くんは俺の腹に不幸を運んできたようだ」

どうしても他の男から貰ったものをバイロインに食べさせたくないと、早々に口にしていたグーハイが犯人だった。

「バチが当たったんだよ、ばか」

 深夜の帳に男性二人の笑い声が染みていった。

 


翌日の午前中、バイロインはシワひとつない軍服を身に纏い、汚れのない軍靴でゆっくりと音を立てながら訓練場に集まった兵士の前を往来する。

集まった兵士たちは一貫した厳粛な顔をで隊列を組み、バイロインから浴びせられる厳しい眼光を一身に受けていた。

「首長!!おはようございます!!」

バイロインは静かに瞼を下ろしたと思うと、威厳のある声で質問をする。

「何だその腑抜けた声は?...最近、俺が訓練を見てなかったから怠けていたのか?」

プレッシャーの感じる重たい声に萎縮する兵士たち。

「いいえ!そのようなことはありません!!」

返事を聞いてバイロインは更に顔色を悪くする。

「聞こえないって言ってるだろ!!」

地鳴りのような怒号に呼応して、爆音のような返事がこだまする。

「いいえ!!そのような事はありません!!!」

その声に満足そうに頷くと、列の真ん中に行って一人一人の精神状態を確認し始めた。

すると、突然兵士が「首長、お腹が痛いです」と報告してきた。

バイロインは頷きながら、昨夜のグーハイを思い出し、思わず吹き出しそうになる。

しかし、兵士の前ではいつも厳粛なイメージを持たなければならないので、必死にその湧き上がる笑いを押し殺していた。

我慢していたら、近くにいた何人かの兵士がバイロインの顔を見ながらニヤついていることに気づいた。
ーーなんだ?もしかして、俺の心の中を読み取ったのか?

一瞬そのような考えが浮かんだが、合理的に判断して自分の表情管理を信じることにする。

ーー気にしすぎか。

引き続き威厳のある表情で闊歩し、一定のリズムを刻む歩調で兵士の間を往来する。

しかし、なんだかいつもと違う感覚に襲われたのでふと辺りを見渡す。すると、周囲にいる多くの兵士から好奇的な視線で自分が見られていることに気づいた。

ーーこいつら、俺を舐めてるのか?!

我慢ができなくなったバイロインは目を見開き、近くにいた一人の兵士の襟を激しく掴んで尋問をする。

「ここは訓練場だぞ?!なぜそのようなふざけた表情で俺の前に立っていられるんだ!!」

掴まれた兵士はいつものように恐怖で血色を悪くすることもなく、むしろ余裕のある表情でバイロインのことを見つめている。

「プッ...」

ついには笑いが込み上げ、バイロインを前にして吹き出してしまった。

彼のこの笑いを起点に、最終的には部隊全体までもが笑いの渦に包まれてしまっていた。

バイロインは何が起こったのかまるでわからず、ただ呆然と周囲を見つめることしかできないでいると、近くにいた同僚がバイロインの腕を掴んで急いでその場から連れ出していく。

「お前の嫁さんは豪快なやつだな!!」

同僚からも笑われ、不快を露わにしながら視線を送ると、将校は咳をして誤魔化す。

「いいから、自分の股間を見てみろって」

「どう言うことだ?」

言われた通りに自分の股に視線を落とすと、その顔は真っ青に染まる。
バイロインの視線の先には、クッキリとした五本の指の跡白く残っており、その様子は金玉を鷲掴みにしているようにしか見えない。

 

 

「隙あり」

 


バイロインの脳裏には、昨日グーハイが奇襲した時に発したこの言葉が浮かび上がり、心臓が爆発するかと思うほど動悸が最高速で刻み始めた。

ーーいつもの俺なら別にこんなことされてもよかった...今日じゃなければ!!

心の中でそう叫ぶバイロインの厳格なイメージは、昨日のグーハイの手によってなきものにされてしまったのであった。

 

__________

猴子偷桃・・「猿が桃を盗む」

中国語では金玉潰しと言う意味で、広東語では不意打ちという意味があるそうです。

今回は正しくないかもしれませんが、後者の方で翻訳しながら意味合いとしては前者の方で話を進めています。ご注意ください。
 
みなさんお久しぶりです!実習等々も終わりましたので、遅くなりましたが少しずつ翻訳していた最新章を更新することができました!
今回は最後の部分の翻訳が難しかったので、とても自己流で意訳してしまっているかもしれません笑
また次回は、早めに更新したいと思います!
:naruse

第68章:お前のためにできること

軍の宿舎に無事帰ることができた二人。

バイロインの部屋の扉を開くと、中から異様な香りが漂ってくる。
「おい、ちゃんと窓開けて換気してるか?」

鼻をつまみながら部屋の中に入り、バイロインを注意する。

「お前の言う通りに、毎日開けてるって」

そう窓を指差しながら拗ねた声で返す。

「ほんとかよ?」

窓を開けてみると、窓枠に触れた指に大量の埃が。この様子だと、十日以上は掃除をしていないようだ。

「...はぁ。これじゃ安心して出張にもいけやしねぇ」

グーハイは窓枠に積もる埃を指ですくい、窓を開けて外へと払う。

ーー世話の焼けるやつだな
グーハイが窓際の掃除をしている間に、バイロインは布団の中に戸棚の中、枕の下やベッドの下から大量の汚れた服を探し出し、ため息を吐くグーハイの胸へと押しつける。

「ほら、お前のために取っておいたやつだ」

「自分でやりたくないからだろ?」とは口にせず、憎しみと愛情を半分で割ったような異様な目つきでバイロインを見つめ、口を横に閉じたままバスルームへと消えていった。

 


洗濯機は前にグーハイがバイロインにと新しく買ったものだ。

グーハイは事前に様々な設定をしていたので、蓋を開けて衣類をぶち込み、水道の蛇口を捻って本体のボタンさえ押せばあとは自動でやってくれる手筈になっていた。

洗剤も柔軟剤も使い切りのやつを用意していたので、迷わないで済む。

これらは全てバイロインの手間を省くようにとグーハイがやったことだが、彼はこの少しの作業ですら億劫だと思うようで何も活かされていなかった。

「はぁ...」
しかし、グーハイはバイロインのことをよく理解している。

所詮、服なんて娯楽の一つでしかなく、さして重要ではない。

グーハイは一人で一日中書類やパソコンに向かっていて疲れた時、かえって体力仕事がリラックスと楽しみになることもある。逆に、バイロインは毎日訓練漬けなわけだが、サボれるような機会があったとしても決して手を抜かずに何事もやり遂げる。
幸いにも二人は同じ職業ではないので、お互いの辛い部分は互いで労わることができていた。

グーハイは上着類を洗濯機の中に入れて開始のボタンを押す。それ以外の下着と靴下は、全て丁寧に手洗いで済ませることにした。

洗い始める前に靴下を数えてみたら、一足だけ手元にないことに気が付く。

「おい!靴下が一足りない」

部屋でくつろいでいるバイロインへ向かって声を張る。
「いやー?俺は全部渡したぞー?」

バイロインの返事を受けて再度数えてみたが、やはり一足だけ足りていない。

「ちゃんと、もう一度探してみろって」

「んだよ」

ぶつぶつ文句を言いながら再度部屋の中を探し回るバイロイン。

数分探してみて、マットレスと枕元の間の隙間に挟まっていた靴下を見つけた。

「あったぞ」

汚いものを触るように指先で摘みながらグーハイの元へ運ぶバイロイン。
「なんで全部同じ形の白い靴下なのに、足りてないって気がついたんだ?」
「あー...ほら、俺が帰る前に靴下を買ってあげてただろ? その時に枕元の棚にしまっておいたんだ。お前洗濯嫌いだし、汚れてない靴下がそこにあるなら余計洗濯なんてしないだろ?だから多めに買っておいたんだよ」

「んで?」

「その日からの日数と、買っておいた靴下の数を照らし合わせたら今日で全部洗濯しないといけないはずなんだよ」

バレたかと言わんばかりの笑みを浮かべ、バイロインはへへへッと舌を出す。

「なんで笑ってんだぁ?」

泡立ててあったモコモコをバイロインの顔へ塗りたくるグーハイ。

「やぁめろって!」

笑いながら泡だらけになった顔をタオルで拭きながら、洗濯の続きをするグーハイの後ろ姿を見て微笑む。

バイロインはグーハイが仕事をするの姿を見るのが好きだった。

自分の家にグーハイが訪れて家事をする度に、こっそりとその姿を見ることが楽しみの一つになっていたほどだ。

誰がその姿を見ても惚れてしまい、まるで神に愛されて生まれてきたと言わんばかりの容姿に世界中の人は目を眩ましてしまうだろう。

そんなグーハイの家事風景だ、きっとどんな美女でも簡単に彼の傍へ寄ってくるだろう。そして多くの人は、その豪華絢爛な私生活を共に過したいと憧れを抱くことだろう。
だから、そんな万人に求められる男が料理をしたり、洗濯をしたりする姿を見て、バイロインは一流のショーを鑑賞しているような気分になっていた。

ーーこの光景は俺だけのものなんだよな...

他人がいくらグーハイの私生活を妄想しようが、憧れを持とうが、実際に彼と暮らすことができるのはここにいるただ一人。
「パンツは流石に一日おきに変えてるよな?」

グーハイの声で我に帰り、つい間延びした声を出してしまう。

「あぁ、おお。毎日変えてる」
グーハイはそれを聞いて頷く。

「それでいい。衛生的にもせめて下着だけは、面倒でも毎日変えないとな」

本来なら今すぐにでも会社へと戻り様々な事務処理を行わなければいけないのだが、グーハイは自分の意見を通して昼間からバイロインの家で溜まった仕事をこなしている。

掃除や洗濯が終わると、自分が何かしてやらないとバイロインはまともな料理を食べられていないと思い、グーハイは自分で車を運転して市場まで出向いては食材を購入し、仕事よりも家事を優先してキッチンに立った。

 

「ほら出来たぞ」

そう言って食卓に並んだ料理を見て目を輝かせるバイロイン。だが、その中に肉料理が混じっているのを見つけ、その顔を曇らせた。
「肉は食べたくないんだ...。グーハイ、食べてくれるか?」
目の前の肉が入ったいくつかの皿をグーハイの前へ箸で押し出す。
グーハイは手に持っていた箸をゆっくりと卓上へ下ろし、不思議そうな顔でバイロインの顔を覗き込む。
「どうしたんだ?肉が嫌いになったのか?」

“肉”と言う単語を聞いて、バイロインは唾をゆっくりと飲み込んで顔を歪める。

「このごろ胃の調子が少し悪くてな...」
「どういうことだ?」

グーハイの顔は不安な色が深まっていく。

「また何か変なものを食べて、胃を壊したのか?」
グーハイはただ確認していただけだが、バイロインは急に何かを思い出したようで、急にトイレへ駆け込んでいき、苦しい音が聞こえ出す。

「おい?!」

グーハイが後をついていってトイレへ入ると、バイロインは悲痛に歪めた表情で目に涙を浮かべていた。

 

 

口をすすいでから再度椅子に着いた時には、バイロインは見ていられないような顔をしていた。
グーハイはその表情を見て心が痛むが、あえて何も聞かずにそのまま食事を続ける。

「お前を見てると、その肉も美味しそうに見える」

バイロインがそう言ってきたので、グーハイは「なんだ、食欲はあるのか」と箸で掴んでいた一枚の牛肉をバイロインの前へ差し出す。
その瞬間。バイロインはリョウウンにされた行為を思い出し、思わずまた吐きそうになる。

「いい...グーハイ、俺のことは構わないで、自分のペースで食べてくれよ...」

ーー俺の飯が食えないのかよ?

そう頭をよぎってしまった。だが、よくよく考えてみると喧嘩した際の弱みにならないようにいかなる場合でも強がるあのバイロインが、こんなに弱った姿を見せると言うことは余程なのかもしれない。

ーーあいつの体の全ては俺の宝物だからな
そこで、グーハイはバイロインの隣に座って先に彼の目をその大きな手で優しく覆い、とげを取り除いた魚の身を口もとまで運んで耳に囁く。

「ほら、大丈夫だから...な?」

そう言って口の中に入れると、魚のすり身は肉の食感や香りとかけ離れていたのか、バイロインはすんなりとそれを受け入れて喉へ運んだ。

ーーよし。

その様子を見ながら、グーハイは次に鶏肉を箸で運ぶ。それから羊肉を...最後に豚肉を口へ運ぼうとした時、その香りで気づいたのか、バイロインは頭を左右に振って拒絶する。
「インズ、俺の口だけを見てろ。肉じゃなくて、俺の口元をな」
グーハイがそう言ってきたので、素直に従いその端正に整った口元を見つめる。
箸で持っていた豚肉はグーハイの口の中へと運ばれ、幾度か咀嚼を繰り返した後にバイロインの唇へと移される。

バイロインは唇を硬く結びグーハイからの豚肉を拒んでいたが、グーハイが根気よくゆっくりと舌で押し込んできていたので、最後には折れてグーハイからソレを受け入れる。
「んっ...っく」

噛みたくもない豚肉だからか、咀嚼もなしにそのまま胃へと流し込む。
「ほら。もう一度」

「んんっ...」

小さく唸るバイロインはグーハイの片手をぎゅっと握り、困った顔をする。

「グーハイ、お前にそんなに甘やかされたら、俺はダメになってしまう。...お前と再会する前までは何を食べても平気だったのに、お前の作った料理を食べ始めてから...些細なことで胃の調子を崩すんだ」
「じゃあ、俺が望むお前の健康を俺は手に入れてたんだな!」

グーハイは誇らしげに鼻をならす。

「これではむやみに変なものを食べようとしなくなるだろ」

「だめなんだよ!...だって、俺らはずっと一緒に暮らせないだろ?...だから、毎日お前の手料理を食べるわけにもいかないし。それに、俺は三日間永遠と走ったり、訓練で一ヶ月間野営することだってあるんだ。...今までは何ともなかったけど、最近はふと恐怖を感じる時が来る」
バイロインの心の内を察し、グーハイは苦しくなる。しかし、そんな感情は表には出さず、穏やかな顔で何度もバイロインの頭を撫でる。
「大丈夫だ。今は辛いかもしれない。けどな、いずれそれにも慣れるのがお前だろ?...いつかその時が来たら、今食べなかったことを後悔するかもしれない。だから、ほら...な?」

そう言って、ゆっくりとバイロインの口へ料理を運び出した。

 


食事が終わり、二人は一緒にお風呂で体を洗う。

グーハイがバイロインの背中を流している時、ふと腰に出来ていたロープで締め付けられているような傷跡を見つけて眉を顰める。

「この傷は...どうしたんだ?」
「...それはー。その、訓練で...」

中越しに感じる圧に、バイロインは心が締め付けられる。

「なんの訓練でこんなに腰を痛めたんだ?」
「……フラフープで」
「そんな訓練...、本当にあるのかよ!?」

そう言ってグーハイはバイロインの息子を強く握りしめる。
「あるあるある!試合だってある!」

そう言うバイロインを疑いの目で見つめながら、再度腰にできた跡をゆっくりと撫でる。

「お前らのフラフープにはガラスの破片でも付いてるのか?」
そのセリフにバイロインは言葉が詰まり、モゴモゴと口元で濁しながら目が泳いでいた。
「正直に言ってくれ。この腰の傷はどうしたんだ?」

直接グーハイの眼を見てはいないが、背中からとても鋭い視線を感じる。
「それは...その。俺の訓練が基準に達してなかったから、罰則をくらった...と言うか...」
「...どうやって罰せられたんだ?」
バイロインはしばらく黙っていたが、グーハイの雰囲気に負けて口を開く。

「腰にロープを縛って、戦闘機を五十メートル引っ張る...やつ、だけど」
その内容を聞いた瞬間、グーハイは全身の血が逆流し、本当に髪の毛が逆立ってしまっているかと思うほど怒りが沸いた。

「またあのクソ野郎か?」

「おい!今度は何もするなよ?!」

グーハイの復讐を察したのか、バイロインは慌てて後ろを向く。

「俺は決めたんだ。どんな辛い訓練もこなして、もっと強くならないといけない。この前リョウウンと闘った時、俺はそれを痛いほど思い知らされた。...上にはうえがいる。そして、俺はあいつを越えないといけない...!!」

グーハイはバイロインの代わりに疲れた様子でため息を吐く。

「何でそんなに高いレベルを求めるんだ?」

「俺が優秀であればあるほど、お前の父親に認めてもらえるだろ?...俺には武勲をあげることしかできないから。...それ以外に、お前のためにしてあげられることがないんだ」

グーハイからは何も返事がない。...ただ、その表情は暗かった。

 

______________________________

 

GW企画最終日です!いかがでしたでしょうか!?

楽しんでいただけたなら嬉しいです!

前回から、いくつかのコメント、リプライありがとうございました!読んでいて本当に嬉しかったです!

これからもよろしくお願いしますね!!

 

 :naruse

追記20210506:加筆修正。表現に違和感があったので!

第67章:お前は最高なやつだよ

バイロインは、少し離れたところで腰ほどの高さになっている倒木の上に座っていた。

片足を畳んでは腿を成長した胸に当て、顎を膝の上に置いては不貞腐れたような表情をしている。自由に伸ばしたもう片方の脚が、ぷらぷらと宙を動いていた。
滅多見せない表情のバイロインを見つめ、罰の悪い顔で後頭部を掻く。

「おい。そんな所に座ってないでこっちに来いよ。...風邪ひくぞ」
少し腹に溜めて出した声は、グーハイにしては弱々しさを感じる。

座っているバイロインを立たせようと手を差し伸ばした瞬間、バイロインは素早くその腕を自分の体の方へ引っ張って、その巨体を地面へと押し倒す。

「どのツラさげてきたんだよ!?...ああ?!」

グーハイの襟を握り締めるその手の甲には、太く青い血脈を浮かせている。

押し倒されている体勢から逃れるため、グーハイはバイロインの肩に思い切り噛み付く。

「ああッッ!!!」

激痛に声を出すバイロインの隙を狙い、縛りから逃れる。
「どっか行けよ!ほっとけって!!」
「じゃあ、俺と一緒に帰るんだな」

グーハイは再度、バイロインの手を取ろうとする。

「...もしかして。俺が満足に歩けないのを心配して迎えに...?」

その問いに応えるように、グーハイは片眉をクイっとあげる。

「あと、お前のその汚れた服を洗ってあげる奴も必要だろ?」

「... ... 。ああ、そうかもな」

そう言って悪戯に眉と頬を引き上げると、力いっぱいに己の服を地面を擦り付ける。

「あっ、おい!」

グーハイの驚いた表情を横目にさらに自分の体を地面へと擦り付けるが、その途中に乾いて鋭く尖った木の皮が、バイロインの破れたズボンの隙間から塞ぎかけていた生傷を抉る。

ぐちゅぅ...

痛々しい音が二人の間を抜けていく。

「インズ!!」
グーハイは焦った様子でバイロインの元へ駆け寄り、しゃがんで頬を優しく撫でる。
「さっきは俺が悪かった。...あんなバカなことを言うべきではなかったんだ。...でも、お前も知ってるだろ? お前に何かあったら、俺は自分を自分で制御出来なくなっちまうことをよ」
バイロインは落ち着いた表情で黙り込む。

沈黙に耐えられなくなったグーハイは、愛らしい顔をしながらバイロインの耳を鼻先で左右に擦り付ける。その姿は、許しをこうように近寄ってくる大型犬のようだった。
「なぁー。もういいだろ?悪かったって。...そんな仏頂面しないでくれよ」
ーーはぁ?誰のせいでこの顔になってると思ってんだよ

バイロインは上手いこと許してもらおうとするグーハイをチラリと見て、呆れる。
視線をグーハイの奥の方にやってみると、生い茂った群草を見つける。

鋭く尖った草や所謂ひっつき虫と呼ばれる黒くて細い種が所狭しと群がっていた。この中の鋭い方が、先ほどバイロインの傷にさらに危害を加えたヤツだろう。
「...ああ。わかったから、わかったから行くぞ」
そう言って手を差し出す。

先ほどまでとは打って変わり、瞳に輝きを戻したグーハイはその手をとる。

その時、バイロインはその手を前後に振り、グーハイの重心を後ろの方へずらしてそのまま後方へ押し倒した。

ドスン...

驚いた表情をしながら起き上がるグーハイの背中には、何千本というひっつき虫が見事に刺さっていた。

「ハハ、ハッ...ハハハハハハハ!!!」
バイロインは惚けるグーハイを笑いながら踵を返して走り出す。

グーハイもまた一瞬で思考を切り替え、逃げたバイロインを追いかけ、右へ左へと走り回る。

バイロインは勢いよく近くにあった木の上にするするっと登ると、後から追いついてきたグーハイのことを上から見下ろす。
「おい!降りてこいって!」
グーハイが上に向かって大声を出すが、バイロインは動こうともしない。
「この木の皮は棘がいっぱいあって危ないんだ!また怪我したら危ないだろう!」

体のことを心配して慌てるようだった。

「ほら、飛んでこい!俺が受け取ってやる!」
「なんで棘がいっぱい刺さってるお前にそんな心配されなくちゃいけないんだよっ!」

バイロインの皮肉たっぷりなセリフは、心配でいっぱいなグーハイの耳には届かず、両手を広げたままゆっくりと木へ歩み寄る。

「ゆっくりと降りてこいよ。絶対落とさねぇから」
グーハイがキャッチできる範囲に近づいたのを確認すると、それを嘲笑うようにバイロインはグーハイとは反対側の方へ飛び込んだ。

「は?!」

地面に着く瞬間にボロボロに破れたズボンの隙間から、バイロインの鍛え上げられた脚と股間部を覆う布の面積がはっきりと見え、グーハイはつい見入ってしまう。

ドスンッッ!!

軍で訓練を積んでいるバイロインは華麗な着地を決め、それを見ているグーハイはあまりにも魅惑的なその体のラインや身のこなし方に、ただ呆然としてしまう。

起きあがろうとしたバイロインだが、自分のズボンが大胆に破けていることに気づき、恥ずかしさのあまりに起き上がれない。

ーーくそっ、やってしまった!

さらにバイロインの背中には、先程のグーハイ同様沢山のトゲが刺さっていた。

「インズ!大丈夫か!!」

我に返ったグーハイがバイロインの元へ駆け寄ると、バイロインはトゲまみれになっており、さらには切り傷の部分にも刺さっている状況だった。
「この馬鹿野郎!なんでこんなことを!...この服を作ってる会社はほんとダメだな。インズを守らずにこんな姿にしやがって」

大丈夫か?と何度も体を揺らして確認してくるグーハイは、どこか演技掛かった雰囲気も感じる。

「おい。揺するなって」
バイロインはそういった。

 


それから二人は一本の木の下移動して座り、グーハイの服に刺さった棘を抜いていた。

「おい。この服、何百万もしたんだぜ。...弁償してくれるんだよな?」

ニヤニヤと笑いながらそう言ってくる具を横目に、真顔で「すまん」とだけ言い放つバイロイン。
「すまんで済んだら、この世に警察はいらねぇんだよな。...払えないなら体で払ってもらうしかないよなぁ?」

そう言ってグーハイは計算を始める。

「この服は大体八十万したから、俺と一緒に寝る事を一回一万円としたら八十回は一緒に寝ないといけないよな。ズボンは五十万くらいだから...SMプレイを一回一万で、十回はできるはずだし。あとは四十万残ってるから、コスプレを一回千円で、十回の一万円分やってもらうだろ?... 残りの三十万は俺のことを悦ばせるために使うとして。俺の息子を手で抜いてもらうのを十回と、口でやってもらうのを十回。本番を十回言うこと聞いてもらうのを各一万でやってもらって、やっと完済だな!!」

汚い計算を長々とし続けるグーハイを冷たい目で眺めながら、グーハイが計算し終えた瞬間に笑いながら「大丈夫だ、全部やらないで普通に全額返すさ」と適当に返した。

「こんッの!!」
バイロインにあしらわれたグーハイは、意地悪な顔をしながら魔の手をバイロインの露わになった脚へと滑らせていく。

「おい!やめろって!」
「ハハッ!」

二人はしばらくそのままじゃれつくのだった。

 


「ほらよ」

そう言ってグーハイは棘を抜き終わったズボンをバイロインに差し出す。
「えっ?」

バイロインは意味がわからずに、思わず「何んで」と聞き返す。
「いいから、俺のやつとお前のを交換するぞ」
意味がわからずに困惑するバイロインをよそに、しつこく何度も交換をせがむ。

あまりのしつこさにバイロインは折れ、自分のズボンを脱いでグーハイの手に渡した。

「いい子だ」
その瞬間、グーハイの手はバイロインの太ももをいやらしく触りながら、そのまま股間を覆う布の上から愛しの息子を撫でる。

「おい!」

バイロインの肘打ちがグーハイの胸に当たったが、グーハイの視線は変わらずバイロインの息子を凝視しており、痛みなど感じていないようだった。
「俺の右手はいけない子だな。何?今すぐにでもあの息子を触りたいだって?」

そう言ってはバイロインの性感帯を知り尽くしたその手で悦ばせる。

「お前のそれも、俺の右手と会いたがってるみたいだぜ?」

「ふざ...けん、なぁ」

「まずは一万返してもらわないとな。そうだ、今すぐ現金で返せるなら辞めてやってもいいぜ?」
グーハイのそのセリフにバイロインは何も言い返せないでいた。

 


お互いの欲を満たすように繰り返される手の動きがスピードを増した時、グーハイの背中の方からよく通る男性の声が。
「二人がどうしてここに?」
声をかけてきたのは、一緒に逃げてきたトンだった。

その声を聞いた瞬間にグーハイの洋服を盗んで勃起するそれを隠すバイロイン。
ただならぬ様子にトンは不思議そうな声色で聞き返す。
「何をしているんですか?」
「...何でもない。服の交換をしてたんだ」

やけに笑顔なグーハイに妙な恐ろしさを感じながらも、トンは納得の笑みを浮かべる。
バイロインは立ち上がって、自分の服を脱いでグーハイの方へ投げ捨てる。

「別に着たけりゃ着れよ、あんまり合わないと思うけどな」
グーハイはバイロインの飛行迷彩服を着て、バイロインもグーハイのスーツを身につけた。

衣服を入れ替えると、先程までの雰囲気とは全然違う二人になっていた。
「お互い自分の服を着ているのが一番かっこいいと思いますよ。生活の中の役とはよく言ったものです」
バイロインは彼の側をすり抜ける瞬間、酷く冷たい声で「よく見てるんだな」と吐き捨てた。
そう言われても一切動揺せず、トンは常に笑顔を貼り付けていた。

 


しばらくして、歩く距離がバイロインと少し離れた隙を狙い、グーハイにこっそりと話を振り始める。

「グーヤン社長はどうしてここに?」
グーハイはため息をつく。

「あいつが乗っていた戦闘機も撃墜されたんだよ。」
その言葉を聞いて絶望の色を浮かべていた。

 


グーハイにバイロイン、加えてトンが一緒に自分の前に歩いてきたのを確認し、本当に部下が自分を裏切ったことを悟る。
「そうか」グーヤンの視線はトンを貫く「お前の故郷は山東省だったのか」
トンは深く息を吸い込み「すみません、社長。あなたの会社を離れることにしました。」と頭を下げながら早口で告げる。
グーヤンの表情はあまり変わっていなかったが、これは絶対的に危険な信号をちらつかせていた。彼の瞳の中に潜んでいる激しい炎を見れば、誰でも気づくだろう。

ーー俺は自分の会社の製品を盗まれ、お金も取られた上に...香港で唯一の親友まで奪われてしまったのか。
グーハイは長年の勘から、今のグーヤンの様子が危ないことを悟る。
その合図を感じ取ったのか、バイロインはすぐさま先刻の取り決めごとを口にする。
「なぜ先ほど...トンが私を裏切っていると伝えなかったんだ...?」

グーヤンの凶悪な目つきは、まっすぐにバイロインを刺す。
「俺も彼とは先ほど知り合ったばかりなんです。彼とは緊急離脱する寸前に少しだけ話を交わしだけだったんです。それだけで何を把握しろと?」
グーヤンは顔をこわばせるだけで口を開けない。

悪い雰囲気を断ち切るため、バイロインは軽い咳払いをして話を切り出す。

「兄さん、あなたは過去の過ちをしっかりとみるべきなんです」
その言葉を受け、グーヤンの視線はグーハイとトンの間を往来していたが、何かを急に思い付いたのか、ゆっくりとその口元を引き上げる。
「いや、何。確かにそうだな。俺たちは家族なんだ、それは会社の付き合いの場だってそうだろう?」
そう言って、バイロインの方へ視線を変える。その瞳には深い色が宿っている。
「お前たちの幸運を祈るよ...」

そう呟いた。

 

 


帰り道、バイロインはグーハイに向かって疑問をぶつける。

「お前はいったいどうやってトンを仲間に引き抜いたんだ?」
「トンはお前と状況が似ていると思ったんだ。...兄貴があいつを大切にするのは、あいつを何かの身代わりにしているからだってな」

バイロインは疑惑の視線を送る。

「根拠は?」
「それは...ないさ」

そう言って両手を空へ向けて肩を窄めるグーハイ。
眉を中央に寄せ、縦皺を作ればるくるほど考えがまとまらず、次第に笑いが込み上げてくる。
「……確証もなしに行動して成功するなんて、お前が今回で一番の勝者なんだな!」

バイロインが小さく笑いながらそう言ってきたので、グーハイも笑みを浮かべる。

「何の勝者なんだ?」
「考えてみろよ。今回の騒動はいったい全部で何人の人に影響を及ぼすと思ってるんだ?...ここにいる四人だけか?...この四人の中で誰が一番損をしているのか、その足りない頭で考えてみろよ!」
「俺がバカだからこそ成功したんだろ〜」

そう言ってグーハイは暖かい顔で笑った。
「このバカめ!お前が一番凄いんだよ!!!」

 

________________________

 

GW企画2日目ですね!

明日でこの連休も終わってしまいますが、みなさんはどう過ごしているでしょうか?

今回はちょっと翻訳が難しくて、自己流にしてる箇所がいくつかあります!大きく逸れていることはないと思いますが、ご理解いただけると幸いです。

みなさんのコメントがやる気につながっているので、是非ともコメント&リプライで感想をお聞かせください!

 

:naruse

 

第66章:和解

全てを言い終えると、胸の中のもやが晴れていく気がした。

ーー八年も我慢したんだ。

一呼吸ついた時、鼓動が早くなるのを感じる。
グーヤンは長い間沈黙していたが、バイロインを見る目は先程までの嘲笑を含んだ瞳ではなく、一種の優しさのような印象を感じさせる。

どうやらもうバイロインに対して敵意がなくなっているようだった。
「言いたいことはそれで全てか?」

しばらくして、ゆっくりと口を開く。
「ああ」

バイロインもまた、ゆっくりと返事をした。
「お前らが一緒にいるのを見てきたが...なんだ、もうそこまで深い関係になってたのか」

グーヤンの瞼がゆっくりと閉じる。

「...なんだかスッキリした気分だな」

その口調はゆったりとしている。先程までの雰囲気がなんだったのか疑問になるほど、今の空気は清々しい。

「それは...、良かったですね」
グーヤンはその言葉を聞いて、口角に微笑を浮かべていた。

「冗談に捉えないでくださいよ。俺は、本気で全部口にしてますから。」

バイロインは肘でグーヤン肩を軽く小突く。

「...知ってるさ」

そう言うと、グーヤンの顔色が突然変わり、深い色を瞳に宿しながらバイロインを正面に捉える。

「お前の言いたかったことも、お前が今まで俺にやってきたことも全て受け入れるつもりだ。だが、お前も一つだけ知っておかないといけないことがある。」

「それは...」

「わかってると思うが、俺はいまグーハイを潰すだけの力がある。そこで、だ。」

グーヤンはゆっくりと腕も前に出し、一つずつ指を立たせる。

「お前たちには二つの道がある。一つは、今までみたく俺にちょっかいを出し、俺に報復されて破滅していく道。もう一つは、昔みたいに何事もなく付き合い、過去のしがらみを全て水に流してお互い干渉をしてこない道だ。」
グーヤンの提案にバイロインは目を輝かせて、優しい笑みを浮かべる。
「もともと、あなたとは敵対関係になりたいと思っていませんでした!...なにせ、あいつのお兄さんですから。本来ならそれだけで俺の尊敬すべき人だし、何か手を出すなんてしませんよ。」

一拍置いて、「だけど」と付け加える。

「グーハイに危害を加えてくるなら、たとえ身内だろうとも俺は容赦しなかった。ただ、それだけだったんです。」

バイロインの顔も真剣になる。

「あなたからそう言ってきた以上、この場で明白にしないといけない事があります。...これまでに得た機密文書は互いにすべて処分し、自分たちの周辺の出来事は自分たちで後始末をすること。そして、今後は私的な理由で会社や個人に手を出さないと言うことを約束しましょう」
「それはいいな、賛成する。...して、その資金はうちが出してやるよ。」
「はっ、いい人のフリなんかしなくてもいいです。そもそも、そのお金は俺らのもので、本来ならあなたが返済しないといけないものですから」
グーヤンは昔からお金にがめつい男だった。この期に及んでも、金銭面で優位に立とうするのが彼らしい。
「他には?」
バイロインはしばらく思考していたが、特別思いつかなかったのか、肩をすくめる。
「なら、俺からもひとついいか?」
グーヤン言葉にバイロインは反射的に顎を高くし、上司が部下の意見を聞くときのような厳しい顔つきをする。
「さっきの決め事は、俺とグーハイの内容だったよな?...俺とお前との内容については、まだ一言も触れてない。だろ?」

バイロインはゆっくりと頷く。

「なら...。俺らの約束事として、これからは八年前の交通事故の確執はなかったことにしよう。俺は普通の態度でお前と接するし、お前もそうしてくれ。...何が正常な態度なのかは言わなくても分かるよな?」

「いや、曖昧にされるのは困ります。何のことなのかしっかりと話してください」

グーヤンは両眼を細めて、言葉をはっきりと紡ぐ。

「...俺はお前に好意を抱いているんだ。だから、もう嫌そうな目で俺のことを見ないでくれ。心の底から俺のことをフラットに捉えてほしい。...お前の中で俺が、嫌なやつとして存在してほしくないんだ」
グーヤンの言い分にバイロインは深く息を吸う。

「それは人為的に操作できるものではないはずです。人の心は自由で、嫌なことから逃げるのは当然の摂理だ。」

「でも...」

「でも。あなたがもし、俺と良い関係を築きたくてよくしてくれるなら。俺もまた、同じようにあなたのことを大切にすると約束します...」
正直なところ、グーヤンはいまいち納得していなかった。しかし、バイロインのことを可愛く思うが故に、その内容を断ることは出来ないでいた。

ーー半分可愛くて、半分憎たらしいやつだ...
そう心の中で呟いては、表情を柔らかくする。

「好きにしろ」

そう、グーヤンは吐き捨てた。

その瞬間。バイロインは一万トンの巨石を肩から下ろすかの如き開放感と、厚い雲で覆われた心の中は一瞬にして雲一つなくなり、太陽の光があまねく照り輝く爽快感に襲われた。

目つきも輝きを戻し始め、最後にはグーヤンと仲良く歩いてグーハイの元まで戻っていった。

 


グーハイはいまだに自分の苛立ちを鎮めることが出来ずにいた。

そんな状態なのに、どこかスッキリしたような表情でグーヤンと並んで帰ってくるバイロインを見て、さらに不快感が増していった。
「おい、何を話してきたんだ?」
バイロインは顎を引いて顔を少し斜めに傾け、可愛らしい瞳を輝かせながら「ひ・み・つ」とだけ呟いた。
ーー秘密だぁ?!
その言葉を聞いた瞬間に怒髪天を衝く。

「おい。お前ら二人の間には俺には言えない秘密があるってことかよ?バイロイン、お前は俺をここに残してそいつと一緒に北京に帰って、本当に俺の会社を倒産させようと企んでんのかよ?!...それともなんだ、二人でこそこそとした愛でも育むつもりか?!」

あまりにもあさってな方向の文句に一瞬で怒りが頂点に達し、バイロインもすぐさま反撃する。

「ああ、俺はお前に浮気をする機会を与えてしまったようだな!香港で支えてくれたのは俺じゃなくて、あの魅惑的な男がいたから!!」

「おまえ...!!」

感情に任せてグーハイは動き出し、バイロインの両肩を強く掴んではグーヤンの方を向く。
「一つ聞かせろ。兄貴のパソコンの中にあった機密文書は会社の機密か?...それとも他の何科なのか?」

グーヤンは隣で退屈そうに鼻をほじりながらテキトウに答える。

「ああ、それならバイロインの裸の写真が入ってる。八年前に俺のベッドで撮ったんだ」
「!!!!??」

バイロインはグリンと首を回して凶暴な目つきでグーヤンを捉える。

「グーヤン!!何馬鹿なこと言ってんだよ!!...お前はそうやってこの馬鹿...純粋なグーハイのことを騙してきたのか?ああ?!」

戦闘態勢の猫のように神を逆立て、シャアシャアと吠える。
「ああ、お前の言う通り。本当に俺は馬鹿だよな」

グーハイがなんだか暗い雰囲気を醸し出したまま、肩を掴む力が次第に強くなっていく。

「俺はお前が求める時、朝から晩まで苦労してお前の欲求を満たしてたろ?...なのに、それだけじゃ飽き足らずに、コイツとまでヤってたのかよ?! 俺に触られるのが気持ちいって言ってたのは嘘だったのかよッッ?!」

今度はグーハイの方へ首を勢いよく戻し、その口を思いっきり摘む。

「第三者がいるこの場で、なんでそんなことを言うんだよっ!!!!」

「あいつの顔を見てみろよ!満更でもない顔をしてこっちを見てんだぞ?! 」

そう言うとグーハイはバイロインのことを引っ張ってグーヤンから遠く離し、声を低くして問い詰める。

「八年前に何があったんだ?なんであいつのベッドになんか行ったんだ?本当は何があったんだ?おい。全部話せよ!」
そう言ってはバイロインの腰をつねり始めるグーハイ。

ーーなんでこいつはこんなに妄想癖がすごいんだ?しかも、こう言う時だけは、やけに口が回るんだよな...。

なんてことを考えて黙っていると、グーハイはバイロインが黙認したと勘違いを起こし、怒りに身を任せて先程までつねっていた箇所をさらに強く捩る。

バイロインもさっきまで我慢できていたが、急に酷くなったので思わず大声を出して痛がり始める。
グーヤンは二人の話声は聞こえなかったが、グーハイが何をしているかは見えていた。
「おい、グーハイ。バイロインは腰に古傷があるんだ、手加減してやれ」
グーハイは突然バイロインの服の裾をめくって、腰の上で赤い血の印を見つけ呆然とする。
バイロインの方はあまりの激痛からまだ解放されていなかった。
「...あいつは...どうしてお前の腰の傷を知っているんだ?」

バイロインは、“グーハイが心配してくるのを恐れていたので、隠していた。”なんてことを言おうとしていた。だが、グーハイが心配より先に懐疑的な発言をしたため、心がすっと冷えていくのを感じり。

ーー俺が怪我したのを見て、慰めの言葉もなしにそんなことを言うのか...。はっ、面白いやつだな...。
「齧られたんだよ!」
そう短く怒鳴り、グーハイの元から離れていった。
グーハイも追いかけるように歩き出したが、バイロインの側には歩み寄らず、少し離れた位置で立ち尽くす。

グーヤンとの位置はだいぶ近い。

ーーこの黒幕を殴ってやれば気が済むか?
グーハイからはドス黒いオーラが漂うが、それを見てもグーヤンは澄ました顔で立っているだけだった。
しばらくして、何かを思いついたのかグーハイは突然グーの方を向く。
「もしかして...俺らの仲を裂こうとしてるのか?」

グーヤンは実際、なんとかしてこの弟に一発仕返しがしたかった。

ーーはっ、やっと気が付いたか?

自分の会社のものを盗まれ、ぐちゃぐちゃにされたのだ。少しくらいやり返してもいいだろう。

全てに気づいたグーハイは目を細めると「後でまたゆっくりと話し合う必要があるみたいだな!」そう言って、大股でバイロインの方へ歩いて行った。
「...ざまぁみろ」

グーハイの後ろから、小さくそう呟くのが聞こえた。

 


グーハイが去ったばかりの時、グーヤンの視線の中に見慣れた姿が突然現れた。

ーーは?...この世には、俺とグーハイ意外にも瓜二つな存在がいるのか?

グーヤンはその人を見て思わず口をぽかんと開ける。

そこにはなんと、トンが立っていたのだ。

トンはグーハイと逃亡し始めた時、彼に似合う服を着ていたが、途中で女装をする羽目になっていた。

加えて、緊急脱出をしたのちに追っ手に見つかるのを恐れて、着陸をした後にぼろぼろの服を身にまとっていた。

その結果、今では田舎の小道を歩いてきた地元の人と見分けがつかなくなっていた。

トンもまた疑問符を脳内に大量に浮かべていた。

ーー目の前にいるのは、グーヤン社長か?はたまたグーハイさんなのか?

グーヤンだとしても、どうして彼がここにいるのか全くわからずにいた。

ーーいっしょに行動して飛び降りたのは確かにグーハイさんだったはず...。

グーヤンは目の前にいる男がトンなのか、それとも赤の他人なのかを見定めるために、わざと質問を口にする。

「そこのお兄さん、少しお尋ねしたいのですが...。ここから石家庄まで、どうやって行けばいいのでしょうか?」
トンは両手を袖の中に入れて、山東なまりを使って身分を隠す。

「アイヤー。あたしゃぁ、地元の人じゃないからねぇ。ほら、あたしゃ山東の人だから。道なら別の人にきぃてみたらいいと思いますけどねぇ〜」
そのセリフを聞くグーヤンの顔は、無表情を極めていた。

 

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みなさん!GWも折り返しですね!どうお過ごしでしょうか?

GWで思い出したのですが、このブログも翻訳を始めて約1年が経ちました!

色々とあった1年でしたが、今も続けられてよかったです笑

さて、今回は後2日!明日と明後日に更新する予定ですので!ぜひ、皆さんの楽しみになれればな〜と願っています!それでは!

:naruse