第79章:束の間の再会
最近、就寝前の習慣になってることがある。
「今日はどうだ...」
回線を繋いで、グーハイが経営する会社のホームページを検索するバイロイン。
グーハイと会うことが出来ない日々の気晴らしか、毎晩会社が運営するホームページを開いては動向を気にかけていた。
「ん?今日も更新されてるな」
バイロインは、公式サイトが頻繁に更新されていることに気づく。
ーーたぶん、近々上場するんだろうな。...いつもより新情報が多いみたいだし。
いつもの情報をまとめたリンク先をクリックすると、目立つ文字で画面が埋まっていた。
『明日、十五時半。海因科技社の上場開始式は、当社の一階の展示室の外で予定しております。』
ーーもう上場するのか!
想像以上の速さに、思わず唸るバイロイン。
「??」
日付を見ると、自分が最後に確認した時から二十日が経過していることに気がつく。
「早いんじゃない。俺たちが離れてから、もう二十日も経ってたってことか...」
時が経つのは早いようで、寂しさで心が支配されるには十分すぎる時間だった。
ーーもうすぐ上場なら、今までは向こうも忙しかったんだろうな...
そう心配しながら、深くため息を吐いた。
うまく寝付けなかったバイロインは、また深夜の訓練を行おうかと立ち上がる。
しかし、夜間訓練はリョウウンによって禁止されているため、手持ち無沙汰に夜のキャンプ場を歩き回ることしかできなかった。
「... ...!」
皆が寝静まり、深い闇の包まれたキャンプ場で唯一明かりがついている部屋を見つける。
「隊長...」
暇を持て余したバイロインは、その灯りの方へと歩みを進めた。
リョウウンの耳は異常に発達しており、数キロ先の物音も聞き取れる。
そして、バイロインの寮からそう遠くはない部屋に滞在しているリョウウンは、バイロインが部屋から出た時の微かな扉の音を捉えることができた。
「またか...」
微かに聞こえる足音から、バイロインが数千歩以内にいることを察知する。
深いため息をつきながら、リョウウンは重い腰をあげた。
「また俺に怒られたいのか?」
下を向きながら歩いていたバイロインの前から、聞き覚えのある声が聞こえてくる。
「あ、」
バイロインは顔を上げると、首を横に振った。
「あなたがまだ寝ていなかったようなので、様子を見に...」
「なんでお前も寝ていないんだ?」
バイロインの言葉を遮り、リョウウンが被せて質問を投げかける。
どうしようもない表情を作ったバイロインは、「暇で」と肩をすくめながら答えた。
実際のところ、バイロインは疲労困憊で、ドアノブさえもまともに握れないほど弱っていた。
どのみち、したくても訓練などできないのである。
「じゃあ、俺のところに来い」
苦笑いを浮かべながら、リョウウンはバイロインを自室へと誘った。
リョウウンの部屋に入ると、パソコンの前に厚い冊子が積み上げられており、今にも崩れそうな様子だった。
そのファイルを勝手に開くと、あるパイロットの最近の訓練状況の仔細がまとめられていた。
「身体状況分析、心理的素質分析......すごいな。全部手書きだ...」
リョウウンがペンと紙を持って訓練場にいる姿を思い出せないのにも関わらず、ここまで詳細に全隊員分の情報があることに驚きを隠せないでいた。
「...毎晩、こうして作業をしていたのですか?」
バイロインの質問に、リョウウンはインクで汚れた手を洗いながら答える。
「いや、最近上司に近況報告を命令されてな。それで慌ててまとめてただけさ。」
「報告、ですか?」
「ああ、明日この資料を持って本部に届けるってわけだ」
「明日...」その言葉を聞いて胸が騒ぎ出す「...北京に、帰るということ、ですか?」
洗い終わった手を拭きながら、リョウウンは声も出さず首肯する。
ーー北京に行ける...!?
その事実にバイロインは興奮して鼻息が荒くなり始めていた。
「どうした?」
おかしな様子のバイロインを覗き込むように眺めながら、リョウウンは眉間に皺を寄せる。
「何か買ってきて欲しい物でもあるのか?」
「い、いいえ」
呼吸を抑えながら、バイロインは首を横にふる。
「そうか。なら、お前も早く寝ろ。俺が向こうに行ってる間は、ここをお前に任せるんだからな」
リョウウンの言葉を朧げに聞きながら返事をして、どこか重たい足取りで扉まで歩く。
ドアノブまで手をかけた時、静電気が走って弾けたようにバイロインは口を開く。
「隊長。その、明日の北京の件。俺も同行できませんか!!?」
「はぁ?同行?...なんだ、もうリタイアしたいのか?」
リョウウンは冗談を言って笑いながら顔を掻く。
「まだ訓練が始まって数十日しか経っていない。なんなら、メインイベントは今から来るはずだろう?」
「リタイアしたいわけではありません」
リョウウンの言葉を否定した後、しばらくの沈黙があったが、バイロインは絞り出すように口を開く。
「儀式に、行きたいのです」
「儀式ぃ!?」
硬い物言いに、リョウウンは誰かが結婚したのか?と好奇心を示す。
「結婚ではないです。...グー社長が経営する企業が上場するようで、それのセレモニーがあるのですが、長いこと協力してきた私はそこに参列すべきだと思いまして...」
バイロインは瞬時に考えた完璧な理由をスラスラと述べる。
しかし。変な勘違いをしたリョウウンは、大丈夫だと肩を叩いて笑みを浮かべる。
「そこまでメンツを気にするなら、報告を済ませた後に俺自身が参加してくるよ。それで大丈夫だろ?」
その言葉を待っていたバイロインは、同じく笑みを浮かべながら口を開く。
「なら、なおさら自分も付いて行かないとですね。」
「なんだと!?俺がヘマをするとでも思ってるのか!」
リョウウンの大声と同調するように、バイロインも大きく笑う。
釣られて笑ったリョウウンが落ち着くと、「じゃあ」と呟いて息を整える。
「じゃあ、俺と一緒に行くぞ。でも、本部へと報告した後に向ったら時間がなくなるかもしれない。だから、式にはお前が先に向かっておいてくれ。」
昔の関係では考えられないリョウウンの優しさに、バイロインの顔は綻びを止められない。
「はい!」
「ただし、俺が迎えにいったらすぐに戻ってこいよ。時間の遅れは許さないからな!」
「はい!!」
返事と共に姿勢を正し、美しい軍礼をリョウウンに向けた。
まだ当たりが薄暗い早朝。リョウウンとバイロインは訓練施設を旅立つ。
道中で渋滞に遭ってしまい、予定時刻よりも三十分ほど遅れて時刻は三時過ぎになっていた。
「後は自分で行きます!」
リョウウンの車から降り、しばらく走ってはレンタル車を手配し、途中から別行動でグーハイの会社へと急行する。
バイロインが会場に着いた時には、会場はすでに大きく賑わっており、中に入れなかったバイロインは数百メートル離れた場所へと車を停めた。
「流石に遅すぎたか...」
しかし、本当は式に参加する気のなかったバイロインにとっては、隠れながら観察することのできるので、むしろ好都合だった。
この時、グーハイは一階の展示室で応援に来た指導幹部に会社の製品を紹介していた。
二人の副社長のうちエンは、会場配置の指示や裏方の仕事が多く、主に汚れ仕事に奔走し、激務の末に悲惨な顔つきになったいた。
もう一方でトンは、ずっと目立つところに立って賓客と話していたため、この会社の副社長としての良いイメージは彼に独占されているような状況になっていた。
三時半。式典が本格的に始まり、辺りはさらなる熱を帯び始める。
人混みに紛れてその場を過ごすバイロインは、誰にも気づかれないように立っていた。
「ここで、代表の入場です!!」
司会の男が声高らかに宣言すると、扉からグーハイとトンが笑顔で登場する。
二人は長く敷かれた赤い絨毯の上を一緒に歩き、周囲からは彼らの移動に合わせて万雷の拍手が鳴り響く。
この光景を見たバイロインは、胸の中で何か影を感じた。
「当社の上場イベントにお越しいただき、ありがとうございます!今回は〜...」
司会者が前置きを口にし、そのまま代表者挨拶へと移行する。
壇上で話すグーハイの顔を見れば、どこもやつれた様子はなく、精神的にも平気そうな雰囲気だった。
ーーなんだよ。
嬉しいような、どこか寂しいような。複雑な感情で見つめるバイロイン。
スクリーンで大きく映し出されたカウントダウンの数字が刻まれ、ゼロに到達した時、会社の屋上から無数の光の球と豪雷が鳴り響いた。
「花火、だって?」
驚くバイロインの視線には、海因科学技術社の名前と上場の文字が発表された。
ーーやっぱり、アイツはすごいな...。
バイロインが感心するや否や会場では無数のフラッシュが焚かれ、それと同じくして万人の拍手と祝いの爆竹が一斉に鳴った。
皆の拍手に応えながら降壇したグーハイとトンは、笑顔で抱擁を交わす。
「お前がいなかったら、おじさんが大変だったこの状況での上場は難しかった。本当にありがとう!」
グーハイからの賛辞に、トンは顔を緩める。
「いや、当然のことをしただけですよ。本当におめでとうございます!」
もちろん、隣に立っていたエンへのハグも忘れずに交わすグーハイ。しかし、残念なことにバイロインはその様子を見ていなかった。
グーハイがトンと抱擁を交わした段階で、目を逸らしてしまっていたからだ。
二人はずっと一緒に行動し、時折耳元で何かを話すように顔を近づけ、そのまま楽しそうに笑っているのだ。勘違いしてしまうのも無理はない。
その様子に、バイロインは耐えられそうになかった。
「はっ...はぁっ!」
胸に息が詰まってうまく呼吸ができない。
ボルテージが上昇する会場とは対照的に、バイロインの心は深く冷たい海へと沈んでいくようだった。
「...帰ろう。」
そう言ってバイロインは会場に背を向け、タクシーを呼び出した。
「あれ?あれって、噂のお義兄さんでは?」
トンがそう口を開くと、グーハイは苦笑する。
「こんな時にきつい冗談を言わないでくれ。なんで訓練中のアイツがここに来れるんだよ!そもそも、もし来るならきっと俺に電話を入れてくれるは...ず...」
言葉を最後まで言い切らずして、グーハイの顔色が急変する。
「あ、ちょっと!?」
トンを押し退けて急に走り出すグーハイ。
「おい!どこいくんだ!!この後はインタビューが入ってるんだぞ!!?」
そう叫ぶトンの声は、虚しくも人混みに埋もれていった。
バイロインはすでに乗車しており、タクシーは今にも動き出そうとしている。
このまま後ろを追いかけても追いつかないと判断したグーハイは、まだ走り出しで動きの遅いタクシーを利用して、フロント方面へと身を投げ出した。
ドンッッ!!!!!
タクシーと衝突したグーハイだったが、ほんの数歩後ろに下がっただけで、タクシーにも負けない強靭な体幹を披露した。
人を轢いてしまった運転手は恐ろしい目でグーハイを見ていたが、そんな視線に目もくれず、グーハイは後部座席へと移動するとドアを乱雑に開ける。
「降りろ!!」
中に乗るバイロインに向かって声を荒げて叫び、強引に彼の腕を引っ張っては外へと出した。
ドンっ!!
外に出るや否や、グーハイの大きな握り拳がバイロインの顔へと放たれる。
殴られても動じず、死んだ目をしているバイロインの襟を掴むと、そのまま路地裏へと引き寄せては壁に向かって彼を押し投げる。
「なんで連絡をしなかった!?なんで何も言わずにこっちへ来た!?...なんで、何も言わずに帰ろうとしてんだよ!!!」
「...なんか問題でもあるのか?」
そう言って見つめるバイロインの瞳から、正気は感じられなかった。
「なんだと?!!...なんで何も連絡を寄越さない!? 何十日も連絡を取れずに一人で過ごすことが、どれだけ辛いかわかってんのかよ!?」
「しらねぇよ」どこか怒りを瞳に宿しバイロインは言い放つ「それに、お前。辛そうに暮らしてなさそうだしな」
「このやろう!!!」
グーハイを押し退けてタクシーへ戻ろうとするバイロインだが、弱った体の彼の力ではどれだけ強く押してもグーハイを動かすことはできなかった。
退いてくれ!...そう口にしようとした瞬間、遠くからクラクションが鳴り響いた。
「おい!何してんだ?」
そう言って窓から顔を出したのは、リョウウン。どうやらバイロインのことを迎えに来たようだった。
「ちょうどいい。そういうことだから」
再度、厚い胸板に力を込めて押すと、今度は素直に身体が動く。
「上場おめでとう。社長さん」
そう言って歩き出したバイロインだったが、瞬時にその腕を掴むグーハイ。
「インズ!聞いてくれ!」
死んでも離さない意志を感じる引き止めに、バイロインは硬直してしまう。
「インズ。...お前がいない間、俺はエンと五年も交際を続けていたんだ。キッパリ関係を切ろうにも、あの女は俺にしがみつこうと必死になってきやがる。」
そう言ってグーハイは語り始める。
「トンのことはなんでもないんだ!お前が考えているようなことは一切ない!!...アイツを俺の会社に引き抜いた本当の理由は、俺からエンを引き剥がしてそのままトンとくっつけるためだったんだよ!!」
衝撃の事実に、バイロインの心は揺れる。
「...もしそれが本当だとして。それは上手くいくのかよ」
「まかせろ。大丈夫だ」
二人の会話を遮るように、後ろからリョウウンが急かしのクラクションを鳴らす。
「...どちらにせよ、俺はもう行かないと」
そう言ってもう一度歩き出そうとするバイロインを、グーハイは引き寄せる。
リョウウンが見ていることなど無視をして、グーハイは熱く、しかしガラスを扱うように繊細に、バイロインの口元へ愛の印を刻んだ。
「お前が帰りを...ずっと待ってる。」
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遅くなりましたが、更新できてよかったです!
そして、皆さんはGWをいかがお過ごしだったでしょうか!僕は、疲れた身体を癒すために連休を利用して、久しぶりに友人へ会いに小旅行をしていました〜
GWで皆さんよく読んでくださっているようで、コメントもたくさんあり、本当に励みになっていました!また、いろんな感想をお待ちしています!
:naruse