NARUSE'S:BLOG

ハイロイン/上癮:Addictedの原作小説を和訳している男子大学生でした

第69章:厳格さ、崩壊。

二人が揃った週末、グーハイは餃子を作って食べることにした。
バイロインが隣で餃子の皮を一生懸命作ってくれているが、皮を伸ばす作業が遅すぎて多少の苛立ちを覚える。

「俺の作る餡がどんどん溢れちまうじゃねぇか」

そう言ってバイロインを押し出し、結局は自分の手で皮を作り始めた。
グーハイが作る餃子の皮は昔ながらの典型的な薄皮で、それに大きな餡を一つずつ包み、効率よく餃子のひだを形作っていく作業は、見ていてとても気分がいい。

「楽しそうだな」

自分もやりたくなったバイロインは、グーハイが作った餃子の皮を手に取り、スプーンで餡を少しすくい取ってはそれに載せて、見よう見真似に手で包んでひだを作る。
「どうだ?いい感じだろ?」
自信に満ちた表情を横目に、グーハイの口角は冷ややかに薄く、角度をつける。

「ああ、そうだな。...わかったから、向こうで大人しく待ってろって」

「なんだよ...それ」

あまり良い出来ではなかったようだった。

 


二人が満足して食べるには、大家族が要するであろう量の餃子を作らなければいけなかった。

グーハイが一人で作業をしている間、バイロインはグーハイにもたれかかりながら退屈そうに天井を見上げる。

「俺が子供の頃はな、正月や節句によく餃子を食べてたんだ。その頃は祖父母共に元気に暮らしてて、婆ちゃんが餃子を作ってくれてたんだよ」

バイロインの昔話に手を止め、グーハイも自分の過去を思い出そうと顔が少し斜めに動く。

「俺が覚えている限りでは、... ...子供の頃にはもうじいさんはいなかったし、ばあさんは自分で料理をするような人ではなかったな。だから、軍部から家政婦や料理人が派遣されてよ。その時は自分で好きなものを食うと言うより、食わされてたって感覚が強いと思う」

バイロインは目に驚きの色を浮かべる。

「ちょっと待て。俺らが知り合ったばかりの時、じいさんが神経麻痺を患っているって言っていなかったか?」

「ああ?」

「失禁するから大変だって言ってただろ?なのになんで亡くなってんだよ。...お前、じいさんが何人かいるのか?」

最後の言葉に多少の笑みを含めて聞く。

「一人だけだ」グーハイはどこかぼんやりとした表情で答える「きっと、聞き間違いだろ」

自分の記憶に絶対的な自信があるバイロインは、目つきが鋭くなる。

「いいや、聞き間違えてなんかない。俺の家で一緒にご飯を食べた時、俺のじいちゃんがお前の服に食べ物をこぼした時あっただろ?」

「...ああ」

「その日の帰り道で俺が謝ったら、俺のじいさんもそうだから気にするなって言ってたはずだ!」

グーハイは過去の記憶をたぐり寄せる。しかし、確かにそう言っていたような気もする、という程度でしか思い出すことが出来ない。

ーーこいつ、なんでそんな些細のことまで記憶してるんだよ。

バイロインはグーハイの顔をじっと見つめているが、その表情はどこか陰りを感じる。

「お前、まだ俺に隠していることがあるんじゃないのか?」

強い口調で問い詰める可愛い恋人に両手を上げ、降参のポーズをとる。

「そうだな...。あの頃はお前に取り入ろうと必死だったんじゃないのか?」

「このやろ...!!」

そう言ってバイロインはグーハイの手を抓る。

この光景を見た刹那、脳裏に学生服を着てボロボロになった鞄を背負いながら登校をするあの日のバイロインや、授業中に机に突っ伏す鳥の巣みたいな頭のバイロインが浮かび上がる。

ーーなんだ、これは。

グーハイは、心の中で温かい何かがジワリと滲み広がっていくのを感じた。

「隙あり(猴子偷桃)」

その温かみを感じながら、いやらしい笑みを浮かべるグーハイの右手が、バイロインの股間を鷲掴みにする。

「お前!!」

バイロインは驚きの声をあげ、反射的にグーハイの逞しい胸元を殴打していた。

 

 

幾らか激しい攻防の時を過ごした後に、バイロインは自分のポケットから小さい何かを取り出すと、それをグーハイに手渡す。

「これ、餡の中に入れてくれ」

グーハイは手渡されたそれに視線を落とす。

「何だ、これ?」

「小さいけど、卵なんだ。最近入隊した新兵から貰ったんだが、なんでもこれを餃子の餡にして食べると幸運が訪れるらしい」

その話を聞いて、グーハイは静かに目を細める。

「なんで部下からそんなものを受け取ったんだ?」

「部下が上司に贈り物をするのは、日常茶飯事だろ?」

どこか不機嫌なグーハイを無視して、早く包むように催促する。

「この一つだけ卵が入った餃子が、どっちに当たるのか楽しみだな!...小さい頃に家庭でやってから、こんな事はそれ以来なんだ!」

「....はぁ。」

キラキラした表情をこちらに向ける姿には逆らえず、グーハイは大人しく卵を洗ってから餡の中に押し込めた。

 

 


「そう言えば、この頃会社の金が余ってたんでな、オリンピック村に豪邸を買っておいた。お前にプレゼントするよ」

餃子を食べている時、グーハイは世間話のように軽くバイロインへ報告する。
目の前に座っている男からの突拍子もない言葉に凍りつきながら、数秒してじわじわと苛立ちが全身を駆け巡り始める。
「おい。...馬鹿なのか!? 俺は自分の家を持ってるし、父さんと母さんも自分の家を持ってるんだ!それに、お前も自分の家があるだろ?...なんでまた新しく家なんて買ったんだ?!」

想定内の反応に、グーハイは笑みを浮かべる。

「いつか俺たちが別れてしまったも、俺のことを忘れさせないように...かな?」

どうしようもない理由に思わず力が抜けて、口元まで運んでいた餃子を思わず床に落としてしまった。

「おいおい、汚いぞ」

グーハイは落ちた餃子を拾い上げ、口に詰め込んで笑顔を浮かべながら話を続けた。

「まぁ、それは嘘として。...本当は俺らの老後の家として買ったんだ」

「老後?!...おい、老人二人にそんなデカい家が必要なのか?ましてや、俺らには子供もいないって言うのに」

「俺たちは、二人で一つの部屋に住むんだ。余った部屋は、全部犬を飼うために使おうぜ!」

グーハイは手にしていた箸を置き、その目の中に浮かぶ幼心をバイロインに向ける。

「部屋中に色んな種類の犬を飼ったりして、庭には小屋を建ててロバでも買うんだ」

正直に言えば、グーハイと沢山の犬と暮らす生活に憧れを抱かないわけではない。

バイロインは、定年退職をした後の生活を脳内に浮かべる。

ーー毎日散歩して帰ってきて、家に入ったら犬の群れが体に飛びついて.....良い。

「世帯主をお前の名前に変えておいた。」

妄想にふけり、笑みを浮かべるバイロインはその声で我に返る。

「は?俺に?...いつか軍の組織に個人の財産を調べられて豪邸が見つかった時、俺が汚職や賄賂を疑われたらどうするんだよ?」

「誰が誰を調べるって?」グーハイは瞳に凶暴さを灯す「正軍職の上級官であっても調査の対象になるのか?...なら、軍事委員会の委員も空軍総司令官も平等に調査されるはずだよなぁ?!」
グーハイの迫真の表情に、バイロインはテーブルをたたいて笑い出す。

「それはないな!!」

「ふんッ、だろうな」

二人でしばらく笑ったのちに、バイロインがグラスを持ってグーハイに突き出す。

「ほら、俺らの将来のために乾杯でもしようぜ!」

そのグラスに応じてグーハイもグラスを持ち上げる。

そして...小さいが、想いの詰まった音が部屋中に広がった。

 

 


しばらくして酔いが心地よくなってきたころ、バイロインは少し重たそうにその口を開く。

「グーハイ、その...おれ、暫くここを離れることになりそうなんだ」

突然の内容に、思わず口にしていた餃子を吹き出しそうになる。

「離れる?!どこに行くんだ?」

バイロインの顔色がだんだん暗くなるのを見ると、グーハイの心も不安を帯び出す。

「来月の空軍部隊は中央軍事委員会の検閲を受けることになったんだ。だから、最高の内容を披露できるように、しばらく特別な場所で訓練を行わないといけなくなった」

「それで?」

「今回の監査官はとても大切なお方だから、俺らの部隊は平時の訓練内容を見せるだけじゃなくて航空演技も行わないといけなくなったんだ」

グーハイはようやく、吹きかけた口の中の餃子をを飲み下す。

「なんだ、そんなことか。頑張って、最高の演技を見せつけてこいよ!...都合が合えば、俺もそれを観れるか許可をとってみるさ」

想像していたよりあっさりとした返事だったため、バイロインは思わず呆気に取られる。

ーー今回はどうしてこんなに大人しいんだ?

バイロインは不思議でたまらない表情を浮かべて、グーハイを見つめる。

そんな顔を見ながらもグーハイは内心、バイロインのことを引き止めたくて仕方がなかった。

ーーくそ!!俺が素直にお前と離れられるとでも思ってんのかよ!?

それでも今回の重要さを認識しているグーハイは、バイロインの足枷にならないようにと精一杯の笑みを作って応援する。

「そんな顔するなって、素直に応援してんだよ」

「...ありがとう」

バイロインは小さく表情を変えたが、グーハイの態度を見てそれ以上深く詮索する事はなかった。

 


二人は餃子を全て食べ終え、一緒に台所で食器を洗い始めていた。

バイロインは突然何かを思い出して、顔をグーハイの方に向ける。

「そう言えば、あの餃子はどうなったんだ?」

「あの餃子?...なんの餃子のことだ?」

「あの卵を包んだ餃子だよ!忘れたのか?...どっちが食べたんだ?」

二人は顔を見つめ合わせるが、答えが出てこない。

「俺は食べてないぞ」

「俺も食べて...ないと思う」

二人とも食べていないと言うのに、今夜の食卓に出された餃子は全てなくなっていた。

 

 


夜、二時過ぎ。

腹が痛くなったグーハイは、勢いよくベッドから飛び上がる。

「どうしたんだ?」
いきなり起き上がったグーハイに起こされたバイロインが、お腹を抱えているグーハイを心配そうに見つめる。

「腹が...いてぇ」

「急にどうして...」

背中をさするバイロインをチラリと見ながら、グーハイはニヤリと白い歯を見せる。

「どうやら...卵くんは俺の腹に不幸を運んできたようだ」

どうしても他の男から貰ったものをバイロインに食べさせたくないと、早々に口にしていたグーハイが犯人だった。

「バチが当たったんだよ、ばか」

 深夜の帳に男性二人の笑い声が染みていった。

 


翌日の午前中、バイロインはシワひとつない軍服を身に纏い、汚れのない軍靴でゆっくりと音を立てながら訓練場に集まった兵士の前を往来する。

集まった兵士たちは一貫した厳粛な顔をで隊列を組み、バイロインから浴びせられる厳しい眼光を一身に受けていた。

「首長!!おはようございます!!」

バイロインは静かに瞼を下ろしたと思うと、威厳のある声で質問をする。

「何だその腑抜けた声は?...最近、俺が訓練を見てなかったから怠けていたのか?」

プレッシャーの感じる重たい声に萎縮する兵士たち。

「いいえ!そのようなことはありません!!」

返事を聞いてバイロインは更に顔色を悪くする。

「聞こえないって言ってるだろ!!」

地鳴りのような怒号に呼応して、爆音のような返事がこだまする。

「いいえ!!そのような事はありません!!!」

その声に満足そうに頷くと、列の真ん中に行って一人一人の精神状態を確認し始めた。

すると、突然兵士が「首長、お腹が痛いです」と報告してきた。

バイロインは頷きながら、昨夜のグーハイを思い出し、思わず吹き出しそうになる。

しかし、兵士の前ではいつも厳粛なイメージを持たなければならないので、必死にその湧き上がる笑いを押し殺していた。

我慢していたら、近くにいた何人かの兵士がバイロインの顔を見ながらニヤついていることに気づいた。
ーーなんだ?もしかして、俺の心の中を読み取ったのか?

一瞬そのような考えが浮かんだが、合理的に判断して自分の表情管理を信じることにする。

ーー気にしすぎか。

引き続き威厳のある表情で闊歩し、一定のリズムを刻む歩調で兵士の間を往来する。

しかし、なんだかいつもと違う感覚に襲われたのでふと辺りを見渡す。すると、周囲にいる多くの兵士から好奇的な視線で自分が見られていることに気づいた。

ーーこいつら、俺を舐めてるのか?!

我慢ができなくなったバイロインは目を見開き、近くにいた一人の兵士の襟を激しく掴んで尋問をする。

「ここは訓練場だぞ?!なぜそのようなふざけた表情で俺の前に立っていられるんだ!!」

掴まれた兵士はいつものように恐怖で血色を悪くすることもなく、むしろ余裕のある表情でバイロインのことを見つめている。

「プッ...」

ついには笑いが込み上げ、バイロインを前にして吹き出してしまった。

彼のこの笑いを起点に、最終的には部隊全体までもが笑いの渦に包まれてしまっていた。

バイロインは何が起こったのかまるでわからず、ただ呆然と周囲を見つめることしかできないでいると、近くにいた同僚がバイロインの腕を掴んで急いでその場から連れ出していく。

「お前の嫁さんは豪快なやつだな!!」

同僚からも笑われ、不快を露わにしながら視線を送ると、将校は咳をして誤魔化す。

「いいから、自分の股間を見てみろって」

「どう言うことだ?」

言われた通りに自分の股に視線を落とすと、その顔は真っ青に染まる。
バイロインの視線の先には、クッキリとした五本の指の跡白く残っており、その様子は金玉を鷲掴みにしているようにしか見えない。

 

 

「隙あり」

 


バイロインの脳裏には、昨日グーハイが奇襲した時に発したこの言葉が浮かび上がり、心臓が爆発するかと思うほど動悸が最高速で刻み始めた。

ーーいつもの俺なら別にこんなことされてもよかった...今日じゃなければ!!

心の中でそう叫ぶバイロインの厳格なイメージは、昨日のグーハイの手によってなきものにされてしまったのであった。

 

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猴子偷桃・・「猿が桃を盗む」

中国語では金玉潰しと言う意味で、広東語では不意打ちという意味があるそうです。

今回は正しくないかもしれませんが、後者の方で翻訳しながら意味合いとしては前者の方で話を進めています。ご注意ください。
 
みなさんお久しぶりです!実習等々も終わりましたので、遅くなりましたが少しずつ翻訳していた最新章を更新することができました!
今回は最後の部分の翻訳が難しかったので、とても自己流で意訳してしまっているかもしれません笑
また次回は、早めに更新したいと思います!
:naruse