NARUSE'S:BLOG

ハイロイン/上癮:Addictedの原作小説を和訳している男子大学生でした

第68章:お前のためにできること

軍の宿舎に無事帰ることができた二人。

バイロインの部屋の扉を開くと、中から異様な香りが漂ってくる。
「おい、ちゃんと窓開けて換気してるか?」

鼻をつまみながら部屋の中に入り、バイロインを注意する。

「お前の言う通りに、毎日開けてるって」

そう窓を指差しながら拗ねた声で返す。

「ほんとかよ?」

窓を開けてみると、窓枠に触れた指に大量の埃が。この様子だと、十日以上は掃除をしていないようだ。

「...はぁ。これじゃ安心して出張にもいけやしねぇ」

グーハイは窓枠に積もる埃を指ですくい、窓を開けて外へと払う。

ーー世話の焼けるやつだな
グーハイが窓際の掃除をしている間に、バイロインは布団の中に戸棚の中、枕の下やベッドの下から大量の汚れた服を探し出し、ため息を吐くグーハイの胸へと押しつける。

「ほら、お前のために取っておいたやつだ」

「自分でやりたくないからだろ?」とは口にせず、憎しみと愛情を半分で割ったような異様な目つきでバイロインを見つめ、口を横に閉じたままバスルームへと消えていった。

 


洗濯機は前にグーハイがバイロインにと新しく買ったものだ。

グーハイは事前に様々な設定をしていたので、蓋を開けて衣類をぶち込み、水道の蛇口を捻って本体のボタンさえ押せばあとは自動でやってくれる手筈になっていた。

洗剤も柔軟剤も使い切りのやつを用意していたので、迷わないで済む。

これらは全てバイロインの手間を省くようにとグーハイがやったことだが、彼はこの少しの作業ですら億劫だと思うようで何も活かされていなかった。

「はぁ...」
しかし、グーハイはバイロインのことをよく理解している。

所詮、服なんて娯楽の一つでしかなく、さして重要ではない。

グーハイは一人で一日中書類やパソコンに向かっていて疲れた時、かえって体力仕事がリラックスと楽しみになることもある。逆に、バイロインは毎日訓練漬けなわけだが、サボれるような機会があったとしても決して手を抜かずに何事もやり遂げる。
幸いにも二人は同じ職業ではないので、お互いの辛い部分は互いで労わることができていた。

グーハイは上着類を洗濯機の中に入れて開始のボタンを押す。それ以外の下着と靴下は、全て丁寧に手洗いで済ませることにした。

洗い始める前に靴下を数えてみたら、一足だけ手元にないことに気が付く。

「おい!靴下が一足りない」

部屋でくつろいでいるバイロインへ向かって声を張る。
「いやー?俺は全部渡したぞー?」

バイロインの返事を受けて再度数えてみたが、やはり一足だけ足りていない。

「ちゃんと、もう一度探してみろって」

「んだよ」

ぶつぶつ文句を言いながら再度部屋の中を探し回るバイロイン。

数分探してみて、マットレスと枕元の間の隙間に挟まっていた靴下を見つけた。

「あったぞ」

汚いものを触るように指先で摘みながらグーハイの元へ運ぶバイロイン。
「なんで全部同じ形の白い靴下なのに、足りてないって気がついたんだ?」
「あー...ほら、俺が帰る前に靴下を買ってあげてただろ? その時に枕元の棚にしまっておいたんだ。お前洗濯嫌いだし、汚れてない靴下がそこにあるなら余計洗濯なんてしないだろ?だから多めに買っておいたんだよ」

「んで?」

「その日からの日数と、買っておいた靴下の数を照らし合わせたら今日で全部洗濯しないといけないはずなんだよ」

バレたかと言わんばかりの笑みを浮かべ、バイロインはへへへッと舌を出す。

「なんで笑ってんだぁ?」

泡立ててあったモコモコをバイロインの顔へ塗りたくるグーハイ。

「やぁめろって!」

笑いながら泡だらけになった顔をタオルで拭きながら、洗濯の続きをするグーハイの後ろ姿を見て微笑む。

バイロインはグーハイが仕事をするの姿を見るのが好きだった。

自分の家にグーハイが訪れて家事をする度に、こっそりとその姿を見ることが楽しみの一つになっていたほどだ。

誰がその姿を見ても惚れてしまい、まるで神に愛されて生まれてきたと言わんばかりの容姿に世界中の人は目を眩ましてしまうだろう。

そんなグーハイの家事風景だ、きっとどんな美女でも簡単に彼の傍へ寄ってくるだろう。そして多くの人は、その豪華絢爛な私生活を共に過したいと憧れを抱くことだろう。
だから、そんな万人に求められる男が料理をしたり、洗濯をしたりする姿を見て、バイロインは一流のショーを鑑賞しているような気分になっていた。

ーーこの光景は俺だけのものなんだよな...

他人がいくらグーハイの私生活を妄想しようが、憧れを持とうが、実際に彼と暮らすことができるのはここにいるただ一人。
「パンツは流石に一日おきに変えてるよな?」

グーハイの声で我に帰り、つい間延びした声を出してしまう。

「あぁ、おお。毎日変えてる」
グーハイはそれを聞いて頷く。

「それでいい。衛生的にもせめて下着だけは、面倒でも毎日変えないとな」

本来なら今すぐにでも会社へと戻り様々な事務処理を行わなければいけないのだが、グーハイは自分の意見を通して昼間からバイロインの家で溜まった仕事をこなしている。

掃除や洗濯が終わると、自分が何かしてやらないとバイロインはまともな料理を食べられていないと思い、グーハイは自分で車を運転して市場まで出向いては食材を購入し、仕事よりも家事を優先してキッチンに立った。

 

「ほら出来たぞ」

そう言って食卓に並んだ料理を見て目を輝かせるバイロイン。だが、その中に肉料理が混じっているのを見つけ、その顔を曇らせた。
「肉は食べたくないんだ...。グーハイ、食べてくれるか?」
目の前の肉が入ったいくつかの皿をグーハイの前へ箸で押し出す。
グーハイは手に持っていた箸をゆっくりと卓上へ下ろし、不思議そうな顔でバイロインの顔を覗き込む。
「どうしたんだ?肉が嫌いになったのか?」

“肉”と言う単語を聞いて、バイロインは唾をゆっくりと飲み込んで顔を歪める。

「このごろ胃の調子が少し悪くてな...」
「どういうことだ?」

グーハイの顔は不安な色が深まっていく。

「また何か変なものを食べて、胃を壊したのか?」
グーハイはただ確認していただけだが、バイロインは急に何かを思い出したようで、急にトイレへ駆け込んでいき、苦しい音が聞こえ出す。

「おい?!」

グーハイが後をついていってトイレへ入ると、バイロインは悲痛に歪めた表情で目に涙を浮かべていた。

 

 

口をすすいでから再度椅子に着いた時には、バイロインは見ていられないような顔をしていた。
グーハイはその表情を見て心が痛むが、あえて何も聞かずにそのまま食事を続ける。

「お前を見てると、その肉も美味しそうに見える」

バイロインがそう言ってきたので、グーハイは「なんだ、食欲はあるのか」と箸で掴んでいた一枚の牛肉をバイロインの前へ差し出す。
その瞬間。バイロインはリョウウンにされた行為を思い出し、思わずまた吐きそうになる。

「いい...グーハイ、俺のことは構わないで、自分のペースで食べてくれよ...」

ーー俺の飯が食えないのかよ?

そう頭をよぎってしまった。だが、よくよく考えてみると喧嘩した際の弱みにならないようにいかなる場合でも強がるあのバイロインが、こんなに弱った姿を見せると言うことは余程なのかもしれない。

ーーあいつの体の全ては俺の宝物だからな
そこで、グーハイはバイロインの隣に座って先に彼の目をその大きな手で優しく覆い、とげを取り除いた魚の身を口もとまで運んで耳に囁く。

「ほら、大丈夫だから...な?」

そう言って口の中に入れると、魚のすり身は肉の食感や香りとかけ離れていたのか、バイロインはすんなりとそれを受け入れて喉へ運んだ。

ーーよし。

その様子を見ながら、グーハイは次に鶏肉を箸で運ぶ。それから羊肉を...最後に豚肉を口へ運ぼうとした時、その香りで気づいたのか、バイロインは頭を左右に振って拒絶する。
「インズ、俺の口だけを見てろ。肉じゃなくて、俺の口元をな」
グーハイがそう言ってきたので、素直に従いその端正に整った口元を見つめる。
箸で持っていた豚肉はグーハイの口の中へと運ばれ、幾度か咀嚼を繰り返した後にバイロインの唇へと移される。

バイロインは唇を硬く結びグーハイからの豚肉を拒んでいたが、グーハイが根気よくゆっくりと舌で押し込んできていたので、最後には折れてグーハイからソレを受け入れる。
「んっ...っく」

噛みたくもない豚肉だからか、咀嚼もなしにそのまま胃へと流し込む。
「ほら。もう一度」

「んんっ...」

小さく唸るバイロインはグーハイの片手をぎゅっと握り、困った顔をする。

「グーハイ、お前にそんなに甘やかされたら、俺はダメになってしまう。...お前と再会する前までは何を食べても平気だったのに、お前の作った料理を食べ始めてから...些細なことで胃の調子を崩すんだ」
「じゃあ、俺が望むお前の健康を俺は手に入れてたんだな!」

グーハイは誇らしげに鼻をならす。

「これではむやみに変なものを食べようとしなくなるだろ」

「だめなんだよ!...だって、俺らはずっと一緒に暮らせないだろ?...だから、毎日お前の手料理を食べるわけにもいかないし。それに、俺は三日間永遠と走ったり、訓練で一ヶ月間野営することだってあるんだ。...今までは何ともなかったけど、最近はふと恐怖を感じる時が来る」
バイロインの心の内を察し、グーハイは苦しくなる。しかし、そんな感情は表には出さず、穏やかな顔で何度もバイロインの頭を撫でる。
「大丈夫だ。今は辛いかもしれない。けどな、いずれそれにも慣れるのがお前だろ?...いつかその時が来たら、今食べなかったことを後悔するかもしれない。だから、ほら...な?」

そう言って、ゆっくりとバイロインの口へ料理を運び出した。

 


食事が終わり、二人は一緒にお風呂で体を洗う。

グーハイがバイロインの背中を流している時、ふと腰に出来ていたロープで締め付けられているような傷跡を見つけて眉を顰める。

「この傷は...どうしたんだ?」
「...それはー。その、訓練で...」

中越しに感じる圧に、バイロインは心が締め付けられる。

「なんの訓練でこんなに腰を痛めたんだ?」
「……フラフープで」
「そんな訓練...、本当にあるのかよ!?」

そう言ってグーハイはバイロインの息子を強く握りしめる。
「あるあるある!試合だってある!」

そう言うバイロインを疑いの目で見つめながら、再度腰にできた跡をゆっくりと撫でる。

「お前らのフラフープにはガラスの破片でも付いてるのか?」
そのセリフにバイロインは言葉が詰まり、モゴモゴと口元で濁しながら目が泳いでいた。
「正直に言ってくれ。この腰の傷はどうしたんだ?」

直接グーハイの眼を見てはいないが、背中からとても鋭い視線を感じる。
「それは...その。俺の訓練が基準に達してなかったから、罰則をくらった...と言うか...」
「...どうやって罰せられたんだ?」
バイロインはしばらく黙っていたが、グーハイの雰囲気に負けて口を開く。

「腰にロープを縛って、戦闘機を五十メートル引っ張る...やつ、だけど」
その内容を聞いた瞬間、グーハイは全身の血が逆流し、本当に髪の毛が逆立ってしまっているかと思うほど怒りが沸いた。

「またあのクソ野郎か?」

「おい!今度は何もするなよ?!」

グーハイの復讐を察したのか、バイロインは慌てて後ろを向く。

「俺は決めたんだ。どんな辛い訓練もこなして、もっと強くならないといけない。この前リョウウンと闘った時、俺はそれを痛いほど思い知らされた。...上にはうえがいる。そして、俺はあいつを越えないといけない...!!」

グーハイはバイロインの代わりに疲れた様子でため息を吐く。

「何でそんなに高いレベルを求めるんだ?」

「俺が優秀であればあるほど、お前の父親に認めてもらえるだろ?...俺には武勲をあげることしかできないから。...それ以外に、お前のためにしてあげられることがないんだ」

グーハイからは何も返事がない。...ただ、その表情は暗かった。

 

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GW企画最終日です!いかがでしたでしょうか!?

楽しんでいただけたなら嬉しいです!

前回から、いくつかのコメント、リプライありがとうございました!読んでいて本当に嬉しかったです!

これからもよろしくお願いしますね!!

 

 :naruse

追記20210506:加筆修正。表現に違和感があったので!