第78章:ただ愛しているだけ
酔いも回り、二人の会話はより砕けたものへと変わっていく。
「電話で出なかっただけで怒ってるぅ!??」
呂律が上手く回らないトンの投げかけに、緩みきった瞳で肯定する。
「ああ、そうだよ。...しかも、その後謝りにわざわざいったんだ。なのに、あいつは俺に会おうとしなかった!ずっと応接室で待ってた俺の気持ちにもなれよ...」
なんてひどい!と漏らしながら、口を手で覆って目を開く。
「彼はそんなに酷い人だったんですか?!」
「いや!お前はまだあいつの全部を知らないだろ?!」
酔の所為にするのか、グーハイは自分の過ちをバイロインへと転嫁し始める。
「あいつは急に怒って何も話してくれなくなるんだ。その怒るポイントが全くわからないだけに留まらず、意地でも俺と顔を合わせてくれないやろーなんだよ!」
その吐露に頷くトンの瞳も緩んでおり、油料理で濡れた唇と相まって上級の色男の姿そのものだ。
「...でも、まだ好きなんでしょう?」
その言葉でグーハイの口元はゆっくりと弧を描く。硬い顔に出来ていた線は柔らかくなり、彼には似合わない濃い愛の色を瞳の中に浮かべる。
ーーやっぱり。
その瞳を見て、トンもまたゆっくりと微笑んだ。
「まぁ、あいつは魅力的だからな!...何がとは言わないが」
「ベッドの上のことでしょう?...全く、先に下半身が言い包められてるじゃないですか」
グーハイは否定も肯定もしなかったが、その目がどちらを示しているのかくらいは酔ったトンでも分かる。
「それにしても、彼が喘いでる姿なんて想像できないですね...」
思わずそう呟いた内容がグーハイの逆鱗に触れる。
「お前...なぁに想像してんだよ?」
一瞬のうちに起きた出来事に理解が追いつかない。
「え、ちょっ」
胸ぐらを掴まれただけではなく、顔に一発もらったようで頬がヒリつく。
ーーああ、またやってしまったのか。
身の危険を感じたトンは相手を怯ませようと足蹴りを繰り出すが、大木のようなグーハイの太腿がそれを阻む。
そのままグーハイは大きな手でトンのこめかみを鷲掴みにして、横へ大きく投げ捨てる。
ーーう、お腹の中から...
吐き気を我慢しながらトンは額を摩る。
「俺は二週間も我慢した!!我慢したんだ!なのに、なんで何もないんだ!!...知ってるか!俺がどれだけアイツのことを想っているのか、知ってるのかよ!」
耳のすぐそばで破裂音が聞こえた。
視線を音の元へと動かすと、グーハイが投げた皿が割れていた。
「呑みすぎだ!!!」
トンが怒号する。
その声で我に返ったグーハイは、髪をかきあげてタバコを取り出す。
「酔ってなんかいない。...意識だってはっきりしている」
そう言って火をつけ、ゆっくりと煙を吐き出す。
「嘘ですね」
そう言って立ち上がったトンは、グーハイからタバコを奪いって自分の口元へと運ぶ。
「彼にこんなに不満があるなら、その代わりとして私とずっと一緒に居てください。どうせ向こうもあなたの代わりを探しているでしょうし、あなたもその代わりを側に置いておくべきだと思います...」
荒い息が落ち着いてきた頃、グーハイは突然トンの顔の前へと自分の顔を近づけると、短くなったタバコを奪い取る。
「確かに、それは面白いアイデアだ」
そう言って笑みを浮かべ、煙をトンの顔へと吹きかけた。
受け入れたグーハイを見て、トンは妖艶な笑みを浮かべる。
「なら、そのタバコを私の口に渡してください」
グーハイは頭を下げて灰になりかけたタバコを見つめていたが、それをトンへと渡すことはなく、終始淡い瞳で眺めているだけだった。
「... ...。」
タバコは最終的に灰皿へと押し込まれた。
「あなた程の男であったも浮気は怖いんですね」トンは目を細めて腹から笑い声を上げる「そんなに彼を恐れてるんですか?」
その問いかけにしばらく黙っていた後、グーハイは淡々と話す。
「恐れてるんじゃない。愛しているからだ」
結局二人は泥酔し、電話が鳴るまでグーハイはソファーで寝ていた。
リリリリーー....
コール音で目が覚め、スマホをの明るさでやられる目を擦りながら画面を覗く。
今は深夜二時過ぎ、電話の相手は意外にもバイハンチー(バイロインの父)からだった。
『ダーハイ!ツォおばさんだよ!』
グーハイはツォおばさんの焦った口調を聞き、一瞬にして目が覚めた。
「おばさん、どうしたんですか!?」
『おじさんが!....横になったきり....そ....のまま.....』
言葉が途切れ途切れになり、全容がわからない。
「おばさん!焦らないで!そのままでいてください!!」
そう言って飛び起きると、素早く玄関に移動し靴を履き替え、ドアを押して外へ出た。
十分もしないうちにグーハイの車は、バイハンチー家のビルの下に到着した。
古い建物なのでエレベーターがなく、更にはバイハンチーは最上階に住んでいたが、グーハイはものの一分もせずに辿り着く。
「どうしたんですか!!」
バンッと扉を開け、目の前の光景を見て呆然とする。
義理の父は血の気なく地面に横たわり、その側ではツォおばさんが涙を流して肩を震わせ、モン(ツォおばさんの連れ子)はバイハンチーを揺すって動転していた。
「何があったんですか!?」
グーハイは急いで横たわる身体を調べ始めると同時に、ツォおばさんがむせび泣きながら言葉を紡いだ。
「私も知らないの!...さっきトイレに行きたいと言ってベッドから出ていったら...急にドンって音がしてっ...。急いで見にいったら、こうやって倒れてたのさ!...インズに電話しても繋がらないし、それであなたに...」
「救急に電話は?!」
グーハイの問いに、側にいたモンから「呼んだけど、まだ来てない」と返ってくる。
「わかった」
そう言ってグーハイはバイハンチーを担ぎ始める。
「俺の車で病院まで行きます」
グーハイの判断にツォおばさんは焦り出す。
「どうやって運ぶの?家には担架もないし、おじさんはとても重いでしょう?」
ツォおばさんの言葉を待たずして抱え上げたグーハイは、そのまま玄関を飛び出し、二分もしないで一番下に停めてある車まで運んでいった。
「すごい」
モンの称賛を背に受けながら、エンジンを蒸した車は赤い光の尾を引いて走り去っていった。
病院についてから応急手当を経て、命の危機を脱するバイハンチー。
「彼はいったいどんな状況ですか?」
グーハイの焦りに対照して、医師は冷静に口を開く。
「...突発性急性心筋梗塞でした」
その言葉を聞いて冷や汗が流れるグーハイと、顔が真っ青になるツォおばさん。
「おじさんは過去に冠状動脈性硬化症に罹っていましたか?」
グーハイがそう聞くと、ツォおばさんは首を横に振る。
「いや、これまで彼が病気になったのを見たことがないよ...」
下を向くおばさんに向かって、医師は説明を加える。
「突発性心筋梗塞は冠状動脈性硬化症歴のある人だけが犯すとは限らないんです。...心臓に異常がない人でも、心筋梗塞が発生する可能性があるということです。そして、専門の心臓病専門病院に行ってよく調べてみることをお勧めします。もし、冠状動脈性硬化症があるなら、早く治療したほうがいいですので...」
バイハンチーが目を覚ますと、二人は一緒に病室に入る。
「怖い思いをさせないでよ!もしダーハイが来てくれなかったら、今頃は...」
涙を流しながら、ツォおばさんは弱い力で手を握る。
おじさんは何かを言おうと口をゆっくり開くが、そこから声は出てこない。
ーーくそ。
その様子を見て、口の中で何の味もしなくなる。
「おばさん、おじさんを休ませましょう。続きは、夜が明けてからでも...」
身体が極度に弱っていたバイハンチーは、その言葉を聞いた瞬間に再び深い眠りへとついた。
グーハイは病室を出て、ツォおばさんの肩に触れる。
「おじさんをすぐに阜外病院へと移しましょう。すぐに検査をして、他に異常がないかを確認する必要があります」
有名な病院名を聞き、ツォおばさんは心配そうな顔を浮かべる。
「あの病院はとても入りにくいと聞いているけど、大丈夫なの?」
「...大丈夫ですよ!」
そう言ってグーハイは救急ビルの外に出ると、電話をかけ始めた。
四時過ぎ、バイハンチーは阜外病院へと移された。
検査、料金の支払い、病室の手配......すべてグーハイが一人で行っていたので、午前九時過ぎまでは息つく暇もなかった。
ピリリリリーー...
「...誰だ」
画面を覗くと、トンからの電話。
「何の用だ?」
『夜中からどこに行ってたんですか?』
「ちょっと色々あってな。...ちょうど良かった。午前中は会社に行けないかもしれない。何かあれば、俺に電話をしてくれ」
電話の内容を聞いてツォおばさんは、グーハイが会話を終えた瞬間に思わず口を挟む。
「ダーハイや。会社に戻りなさい!ここは私に任せて、あなたはあなたのことをしなくちゃ」
「おばさん一人で看ることができますか?」
グーハイは真面目な顔で見つめる。
「この病院には、俺が頼んだから入れてもらっているんです。だから、俺もいないと」
その言葉を受けて、ツォおばさんはため息を吐く。
「インズがここにいたら...」
「アイツには何も言わないでください」グーハイは突然口を開く。「もし何かあったら、俺に連絡をしてください。インズは訓練で疲れていて、精神的な負担をかけたくないんです。」
グーハイは念を押すように、少し語気を強める。
「アイツは今、とても危険な職業に従事しています。少しの不注意が、命の危険に直結することだってあるんですよ」
悲しい現実に、ツォおばさんは涙を浮かべる。
「二人のことを考えて...私は...」
グーハイは、ツォおばさんの皺に溜まった涙を指で拭い「大丈夫、インズはすぐ帰ってきますから」と励ました。
医師の診断によると、バイハンチーは冠状動脈性硬化症による心筋供血不足のようだった。
家族と話し合った結果、三日後にステント手術を行うことになり、その間、グーハイはずっとおじさんの側にいた。
手術が終わると、グーハイは急いで会社へと向かう。
そして入院生活が始まると、グーハイは会社と病院の両方を行き来し、多忙な毎日を過ごしていた。
一週間後、バイハンチーは無事に退院ができたが、その過程の一切をバイロインが知ることはなかった。
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GWをいかがお過ごしでしょうか!
僕も息抜きに旅行の計画を立てているので、翻訳更新の日程は今日と次の土日のどちらかの2回、更新したいとおもいます!
この翻訳が皆さんの楽しみになっていたら嬉しいです〜!
:naruse