第66章:和解
全てを言い終えると、胸の中のもやが晴れていく気がした。
ーー八年も我慢したんだ。
一呼吸ついた時、鼓動が早くなるのを感じる。
グーヤンは長い間沈黙していたが、バイロインを見る目は先程までの嘲笑を含んだ瞳ではなく、一種の優しさのような印象を感じさせる。
どうやらもうバイロインに対して敵意がなくなっているようだった。
「言いたいことはそれで全てか?」
しばらくして、ゆっくりと口を開く。
「ああ」
バイロインもまた、ゆっくりと返事をした。
「お前らが一緒にいるのを見てきたが...なんだ、もうそこまで深い関係になってたのか」
グーヤンの瞼がゆっくりと閉じる。
「...なんだかスッキリした気分だな」
その口調はゆったりとしている。先程までの雰囲気がなんだったのか疑問になるほど、今の空気は清々しい。
「それは...、良かったですね」
グーヤンはその言葉を聞いて、口角に微笑を浮かべていた。
「冗談に捉えないでくださいよ。俺は、本気で全部口にしてますから。」
バイロインは肘でグーヤン肩を軽く小突く。
「...知ってるさ」
そう言うと、グーヤンの顔色が突然変わり、深い色を瞳に宿しながらバイロインを正面に捉える。
「お前の言いたかったことも、お前が今まで俺にやってきたことも全て受け入れるつもりだ。だが、お前も一つだけ知っておかないといけないことがある。」
「それは...」
「わかってると思うが、俺はいまグーハイを潰すだけの力がある。そこで、だ。」
グーヤンはゆっくりと腕も前に出し、一つずつ指を立たせる。
「お前たちには二つの道がある。一つは、今までみたく俺にちょっかいを出し、俺に報復されて破滅していく道。もう一つは、昔みたいに何事もなく付き合い、過去のしがらみを全て水に流してお互い干渉をしてこない道だ。」
グーヤンの提案にバイロインは目を輝かせて、優しい笑みを浮かべる。
「もともと、あなたとは敵対関係になりたいと思っていませんでした!...なにせ、あいつのお兄さんですから。本来ならそれだけで俺の尊敬すべき人だし、何か手を出すなんてしませんよ。」
一拍置いて、「だけど」と付け加える。
「グーハイに危害を加えてくるなら、たとえ身内だろうとも俺は容赦しなかった。ただ、それだけだったんです。」
バイロインの顔も真剣になる。
「あなたからそう言ってきた以上、この場で明白にしないといけない事があります。...これまでに得た機密文書は互いにすべて処分し、自分たちの周辺の出来事は自分たちで後始末をすること。そして、今後は私的な理由で会社や個人に手を出さないと言うことを約束しましょう」
「それはいいな、賛成する。...して、その資金はうちが出してやるよ。」
「はっ、いい人のフリなんかしなくてもいいです。そもそも、そのお金は俺らのもので、本来ならあなたが返済しないといけないものですから」
グーヤンは昔からお金にがめつい男だった。この期に及んでも、金銭面で優位に立とうするのが彼らしい。
「他には?」
バイロインはしばらく思考していたが、特別思いつかなかったのか、肩をすくめる。
「なら、俺からもひとついいか?」
グーヤン言葉にバイロインは反射的に顎を高くし、上司が部下の意見を聞くときのような厳しい顔つきをする。
「さっきの決め事は、俺とグーハイの内容だったよな?...俺とお前との内容については、まだ一言も触れてない。だろ?」
バイロインはゆっくりと頷く。
「なら...。俺らの約束事として、これからは八年前の交通事故の確執はなかったことにしよう。俺は普通の態度でお前と接するし、お前もそうしてくれ。...何が正常な態度なのかは言わなくても分かるよな?」
「いや、曖昧にされるのは困ります。何のことなのかしっかりと話してください」
グーヤンは両眼を細めて、言葉をはっきりと紡ぐ。
「...俺はお前に好意を抱いているんだ。だから、もう嫌そうな目で俺のことを見ないでくれ。心の底から俺のことをフラットに捉えてほしい。...お前の中で俺が、嫌なやつとして存在してほしくないんだ」
グーヤンの言い分にバイロインは深く息を吸う。
「それは人為的に操作できるものではないはずです。人の心は自由で、嫌なことから逃げるのは当然の摂理だ。」
「でも...」
「でも。あなたがもし、俺と良い関係を築きたくてよくしてくれるなら。俺もまた、同じようにあなたのことを大切にすると約束します...」
正直なところ、グーヤンはいまいち納得していなかった。しかし、バイロインのことを可愛く思うが故に、その内容を断ることは出来ないでいた。
ーー半分可愛くて、半分憎たらしいやつだ...
そう心の中で呟いては、表情を柔らかくする。
「好きにしろ」
そう、グーヤンは吐き捨てた。
その瞬間。バイロインは一万トンの巨石を肩から下ろすかの如き開放感と、厚い雲で覆われた心の中は一瞬にして雲一つなくなり、太陽の光があまねく照り輝く爽快感に襲われた。
目つきも輝きを戻し始め、最後にはグーヤンと仲良く歩いてグーハイの元まで戻っていった。
グーハイはいまだに自分の苛立ちを鎮めることが出来ずにいた。
そんな状態なのに、どこかスッキリしたような表情でグーヤンと並んで帰ってくるバイロインを見て、さらに不快感が増していった。
「おい、何を話してきたんだ?」
バイロインは顎を引いて顔を少し斜めに傾け、可愛らしい瞳を輝かせながら「ひ・み・つ」とだけ呟いた。
ーー秘密だぁ?!
その言葉を聞いた瞬間に怒髪天を衝く。
「おい。お前ら二人の間には俺には言えない秘密があるってことかよ?バイロイン、お前は俺をここに残してそいつと一緒に北京に帰って、本当に俺の会社を倒産させようと企んでんのかよ?!...それともなんだ、二人でこそこそとした愛でも育むつもりか?!」
あまりにもあさってな方向の文句に一瞬で怒りが頂点に達し、バイロインもすぐさま反撃する。
「ああ、俺はお前に浮気をする機会を与えてしまったようだな!香港で支えてくれたのは俺じゃなくて、あの魅惑的な男がいたから!!」
「おまえ...!!」
感情に任せてグーハイは動き出し、バイロインの両肩を強く掴んではグーヤンの方を向く。
「一つ聞かせろ。兄貴のパソコンの中にあった機密文書は会社の機密か?...それとも他の何科なのか?」
グーヤンは隣で退屈そうに鼻をほじりながらテキトウに答える。
「ああ、それならバイロインの裸の写真が入ってる。八年前に俺のベッドで撮ったんだ」
「!!!!??」
バイロインはグリンと首を回して凶暴な目つきでグーヤンを捉える。
「グーヤン!!何馬鹿なこと言ってんだよ!!...お前はそうやってこの馬鹿...純粋なグーハイのことを騙してきたのか?ああ?!」
戦闘態勢の猫のように神を逆立て、シャアシャアと吠える。
「ああ、お前の言う通り。本当に俺は馬鹿だよな」
グーハイがなんだか暗い雰囲気を醸し出したまま、肩を掴む力が次第に強くなっていく。
「俺はお前が求める時、朝から晩まで苦労してお前の欲求を満たしてたろ?...なのに、それだけじゃ飽き足らずに、コイツとまでヤってたのかよ?! 俺に触られるのが気持ちいって言ってたのは嘘だったのかよッッ?!」
今度はグーハイの方へ首を勢いよく戻し、その口を思いっきり摘む。
「第三者がいるこの場で、なんでそんなことを言うんだよっ!!!!」
「あいつの顔を見てみろよ!満更でもない顔をしてこっちを見てんだぞ?! 」
そう言うとグーハイはバイロインのことを引っ張ってグーヤンから遠く離し、声を低くして問い詰める。
「八年前に何があったんだ?なんであいつのベッドになんか行ったんだ?本当は何があったんだ?おい。全部話せよ!」
そう言ってはバイロインの腰をつねり始めるグーハイ。
ーーなんでこいつはこんなに妄想癖がすごいんだ?しかも、こう言う時だけは、やけに口が回るんだよな...。
なんてことを考えて黙っていると、グーハイはバイロインが黙認したと勘違いを起こし、怒りに身を任せて先程までつねっていた箇所をさらに強く捩る。
バイロインもさっきまで我慢できていたが、急に酷くなったので思わず大声を出して痛がり始める。
グーヤンは二人の話声は聞こえなかったが、グーハイが何をしているかは見えていた。
「おい、グーハイ。バイロインは腰に古傷があるんだ、手加減してやれ」
グーハイは突然バイロインの服の裾をめくって、腰の上で赤い血の印を見つけ呆然とする。
バイロインの方はあまりの激痛からまだ解放されていなかった。
「...あいつは...どうしてお前の腰の傷を知っているんだ?」
バイロインは、“グーハイが心配してくるのを恐れていたので、隠していた。”なんてことを言おうとしていた。だが、グーハイが心配より先に懐疑的な発言をしたため、心がすっと冷えていくのを感じり。
ーー俺が怪我したのを見て、慰めの言葉もなしにそんなことを言うのか...。はっ、面白いやつだな...。
「齧られたんだよ!」
そう短く怒鳴り、グーハイの元から離れていった。
グーハイも追いかけるように歩き出したが、バイロインの側には歩み寄らず、少し離れた位置で立ち尽くす。
グーヤンとの位置はだいぶ近い。
ーーこの黒幕を殴ってやれば気が済むか?
グーハイからはドス黒いオーラが漂うが、それを見てもグーヤンは澄ました顔で立っているだけだった。
しばらくして、何かを思いついたのかグーハイは突然グーの方を向く。
「もしかして...俺らの仲を裂こうとしてるのか?」
グーヤンは実際、なんとかしてこの弟に一発仕返しがしたかった。
ーーはっ、やっと気が付いたか?
自分の会社のものを盗まれ、ぐちゃぐちゃにされたのだ。少しくらいやり返してもいいだろう。
全てに気づいたグーハイは目を細めると「後でまたゆっくりと話し合う必要があるみたいだな!」そう言って、大股でバイロインの方へ歩いて行った。
「...ざまぁみろ」
グーハイの後ろから、小さくそう呟くのが聞こえた。
グーハイが去ったばかりの時、グーヤンの視線の中に見慣れた姿が突然現れた。
ーーは?...この世には、俺とグーハイ意外にも瓜二つな存在がいるのか?
グーヤンはその人を見て思わず口をぽかんと開ける。
そこにはなんと、トンが立っていたのだ。
トンはグーハイと逃亡し始めた時、彼に似合う服を着ていたが、途中で女装をする羽目になっていた。
加えて、緊急脱出をしたのちに追っ手に見つかるのを恐れて、着陸をした後にぼろぼろの服を身にまとっていた。
その結果、今では田舎の小道を歩いてきた地元の人と見分けがつかなくなっていた。
トンもまた疑問符を脳内に大量に浮かべていた。
ーー目の前にいるのは、グーヤン社長か?はたまたグーハイさんなのか?
グーヤンだとしても、どうして彼がここにいるのか全くわからずにいた。
ーーいっしょに行動して飛び降りたのは確かにグーハイさんだったはず...。
グーヤンは目の前にいる男がトンなのか、それとも赤の他人なのかを見定めるために、わざと質問を口にする。
「そこのお兄さん、少しお尋ねしたいのですが...。ここから石家庄まで、どうやって行けばいいのでしょうか?」
トンは両手を袖の中に入れて、山東なまりを使って身分を隠す。
「アイヤー。あたしゃぁ、地元の人じゃないからねぇ。ほら、あたしゃ山東の人だから。道なら別の人にきぃてみたらいいと思いますけどねぇ〜」
そのセリフを聞くグーヤンの顔は、無表情を極めていた。
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みなさん!GWも折り返しですね!どうお過ごしでしょうか?
GWで思い出したのですが、このブログも翻訳を始めて約1年が経ちました!
色々とあった1年でしたが、今も続けられてよかったです笑
さて、今回は後2日!明日と明後日に更新する予定ですので!ぜひ、皆さんの楽しみになれればな〜と願っています!それでは!
:naruse