NARUSE'S:BLOG

ハイロイン/上癮:Addictedの原作小説を和訳している男子大学生でした

第72章:理解できない男

毎朝、エンはグーハイのいる執務室に赴いては点呼(打个卯=軍隊式のような言い方。現代でいう挨拶のようなものだと考えて下さい)をする。いつしか、それが彼女の習慣になっていた。

彼女はどんな些細なことーーその大半はグーハイに会う事を目的とした、報告するまでもない口実なのだがーーでも報告する優秀な人材であり、彼に会えない日にはいつも心が落ち着かないでいた。

今日もいつものように彼の部屋へと向かっていたが、その扉の前にはエンが一番出会いたくない人物が立っていた。

 

トンは執務室を出ると、エンが扉のそばに立っているのを見て、その姿を舐めるように視線を動かして観察する。

「何しに来たのですか?」

どこか嘲笑が含まれる声色でエンに尋ねる。

「何しに来た、ですって?」

エンはわざとらしく鼻を鳴らすと、彼の質問に答えぬまま歩を進めた。

「状況を説明しないと入れる事ができません」

ドアノブへと手を伸ばしたエンの腕をトンが掴み。制止する。

「...どうして私の邪魔をするの?」

エンは頬を赤くしながら、静かに肩を震わせる。

「副社長は身をもって模範を示さなければなりません。もし、あなたがその職権を利用して社長に迷惑をかけていたとしたら?...他の従業員にどう顔を向けたら良いのですか?」

トンの台詞がオフィスへと届いたのか、背中から多くの目線が送られているような気がする。

ーーふん。この場において私に歯向かおうとしているの?

エンはゆっくりと強者の笑みを浮かべる。それも仕方がない。この会社では、女性より優れる男性など、ただ一人しかいないのだ。

急に外界から入ってきたトンなど、社内の雰囲気を考慮したらエンの敵ではなかった。

「どうして、私が社長に迷惑をかけに来たと思うのかしら?」

エンは手に持っていた書類をトンの眼前へと掲げる。

「私は書類を持って来ているの。そしてこれは、社長の手に渡す必要があるわ。...私のことを暇か何かと勘違いしてるのかしら??」

そう言って目の前でちらつかせられた書類を、トンは素早く奪い取ろうとする。

「ちょっと見せてください。...重要な書類かどうかを確認してみます。」

トンの迫る手を華麗に捌くと、「午後に使用する会議の原稿なの」と余裕を持って口にする。

書類の内容を確認した後も、トンがどこか不満そうな表情を浮かべている。

「そうでしたか。ですが、これは秘書がやるべき業務では?...なぜ、副社長であるあなたが作っているのですか?」

トンの発言に、エンはしっかりと深く息を吐いて残念そうな表情を浮かべる。

「社長には秘書はいないの。これらの事は、ずっと私が彼のために行って来てるのよ。」

「...そうでしたか」

そう言うや否や、今度はしっかりとエンの書類を奪い取り、そのまま執務室に入っていく。

「えっ!?」

数秒後に部屋から出てきたトンは、驚いた表情をして固まっていたエンに「書類は私の方から渡しておきますので、もう戻って下さい」と告げる。

エンが怒りで肩を震わせている様子を見て、トンは優しい笑みを浮かべる。

「どうしたのですか?...ああ、なんなら送って行ってあげましょうか? もちろん、お礼なんていらないですよ。お互い、仲良くしないといけないですしね」

エンは真っ赤な目でトンの後ろのドアの取っ手を見つめる。

ーーくそっっ!!

悔しいが、もう中へ行くことができない。後ろには、多くの視線がある。ここで無駄に行動しては、品位が窺われる。

先ほどまでは応援に感じていた視線が、今ではナイフのように突き刺さる。

「自分一人で、大丈夫ですから...」

エンが恥ずかしそうに立ち去った後ろ姿を見て、トンは口元に笑みを浮かべた。

 

 

午前中、エンはどこか心が落ち着かなかった。沸点まで沸かないじわじわとした怒りが彼女を支配しようとした時、ちょうど販売責任者がデータ分析表を提出しに来た。

ーーやったわ!これでまた彼の元へ行ける!

そうと分かった瞬間に化粧を直し、再び執務室へと歩き始めた。

 

 

結局、途中でまたあの邪魔者に出会した。

エンはトンを無視しようとしたが、彼はまたもエンの行く手を止める。

「今度は何をしに来たのですか?」

「...社長を探しによ」

力強く返事をする。

「今度は、何を届けるつもりですか?」

曖昧にした部分をトンは再度尋ねられたため、流石のエンもそう何度も誤魔化すことはできずに、「最近の販売データの分析よ」とだけ口にする。

「そうですか、では」

油断している隙に、またもやトンに書類を奪われる。しかし、エンは強気な姿勢を崩さない。

「あなたが送っても無駄よ。その販売ラインはずっと私が担当しているの。...だからその書類をこちらに返してくださる?」

エンの勝ち誇った顔に、思わず鼻で笑う。

「このような結果を、よく彼に報告しようと思えましたね」

「...どういう意味よ」

トンの言葉に、エンは顔の表情を少し暗くする。

「...この内容を見る限りでは、四半期の販売実績が競合企業とあまり差がないようですね?...広告へ莫大な予算を割いている割には還元もないようなものですし。販売部門はあなたの私服を肥やすためだけに存在しているかのような業績に思えます。...そんな書類を持って社長へ会うなんて、勇気があると言うべきなのか。私なら、恥ずかしくて穴に潜っていたい気分ですよ」

彼の言葉に言い返すことが出来ず、彼女の赤く潤った唇が怒りでかすかに震えていた。

「変な考えをしてないで、もっと仕事に集中して下さい。」

そう言って執務室へと入って行くトンの背中が見なくなった時、エンは自分の手のひらが汗だらけになっていることに気づく。

ーーわ、私が怒られたの??!

エンが濡れた手を再度握りしめる。

ーーどうして新しく来た副社長が私に指図するのよ!? ...この会社は、私がグーハイに付き添って少しずつ大きくしてきたって言うのに!?

沸々とした怒りが、普段の端正な表情ではない、歪んだ表情へと変える。

ーー私の指導と管理が駄目なら、この会社の販売部門は今のような規模になってないはずよ!!そんなに自分の力に自信があるなら、あなたが引き継いでやればいいじゃない!!

この気持ちは昼を過ぎても落ち着かなかった。

さらにエンの情緒を不安定にさせた原因は、彼女が朝から今までグーハイの影さえ見ていないことにもあった。

 

お昼ご飯を食べに社外へ出るとき、そこで初めてエンはグーハイの姿を見た。

しかし、その隣にはトンが一緒になって歩いており、二人はエレベーターへと向かっているようだった。

「グーハイ!!」

エンは急いで二人の後を追ったが、彼女の声が届く前に二人を乗せたエレベーターの扉は閉まってしまった。

数字が小さくなっていく電子版を見て、エンはまた気分が下がるのであった。

 

 

午後。エンが自分のデスクに着くや否や、技術部門の主任が訪問してきた。

「副社長、もう一度ご確認いただきたい事があるのですが...。この修正後のサンプルはどうですか?」

そう言って差し出された図面を見て、縁が驚きの表情を浮かべる。

「このサンプルはとっくに審査に合格したんじゃなかったの?どうしてまた!?」

主任はどこか気まずそうな顔をしながら「前回は審査に合格しましたが、トン副社長から電話が来まして。...私たちの設計サンプルは材料の購入を考慮していないとおっしゃっており、多くのやり直しをくらってしまいまして...」

主任の話が途中なうちに、エンはデスクを勢いよく叩いて厄介者の元へと駆けていった。

 

 

しかし、トンがいるはずのデスクには誰もなかった。そこで、エンは大股でグーハイの執務室へと向かう。

ーーもう我慢ができない!!

エンはグーハイへ不満を伝えに廊下をドスドスと移動する。

 

「社長?失礼します」

何度ノックしても中からの反応はなかったので、エンは静かに扉を開ける。

 

「....え」

 

目の前の光景を脳が処理できない。

トンがグーハイの席に座るだけではなく、足を机の上に乗せて横柄な態度で饅頭を頬張っていた。

「何か、ご用ですか」

ゆっくりとトンの元へ歩み寄り、死んだ目で彼を見つめる。

「グーハイが...社長が、あなたの、この姿を見られても平気だとでも?」

エンにそう問われ、口に含ませていた饅頭を飲み込む。そのまま格好つけるように前髪を掻き上げ、整った表情で話し出す。

「彼が僕をここに座らせてくれたんだ」

そう言って後ろの仮眠室を指す。

「彼なら中で寝ていますよ。僕のこの姿を見せたいなら、ノックでもして起こして来たらいい。...だが、彼が出てきてから最初に叱るのは僕ではなく、あなただ」

決め台詞のように話しながら、最後にエンを指差す。

そうしてゆっくりとマグカップに入ったコーヒーを飲み干した。

ーーそのマグカップは...!!!

エンは彼が口にしているマグカップがグーハイの私物だということに気づく。

トンは彼女がグーハイと何年も知り合ったことを知っていて、グーハイの生活用品に触ったことがないことを逆手に煽っているようだった。

「...ふん。いつまでそうして居られるかしらね」

そう吐き捨て、振り向いて執務室を後にした。

 

 

午後四時、バイロインの携帯が鳴り響く。ーーー上司からだ。

「...はい」

『シャオバイ!キャンプで訓練に参加する兵士に連絡してほしい事がある。出発時刻は午後五時になった!急いで準備するように!』

五時...その時間に驚愕の表情を浮かべる

「五時ですか?!この前は夜九時と言っていましたよね!?」

『計画に変更はつきものだ。車隊はもう派遣されたし、数時間早くなることくらい些細な変更だろう?』

そう言って切れた携帯を置き、バイロインは暗い表情で下を向く。

時間が早まる。それは約束していた最後の食事は自動的になくなることに繋がる。

ーーもっと、もっと早くに分かっていたら!

だが、もう時間は残されていない。

朝、出かける前にグーハイを蹴って追い出したのが最後の別れになるとは思っていなかったバイロインは、沈んだ気持ちになる。

「どうしても無理なら、電話でもかけ....」

ピリリリリーーー...

携帯電話が鳴った。

「もしもし?!」

『おお、出るの早いな!』

上司からだった。

『シャオバイ!さっきの連絡だがな、言い間違えてた事がある!五時じゃなくて、六時だ!六時だっ...』

最後の言葉を聞く前に電話を切ると、何も考えずに車の鍵を手に取って駆け出す。

車に乗ってキーを回すと、最高速でグーハイの元へと向かっていた。

 

 

ーーせめて、最後に窓越しからでも姿を見て行きたい...!

そう思いながら車を走らせる。軍部とグーハイの会社は五キロも離れていない距離だが、しばらくすると渋滞に捕まってしまう。

「なんだ!?」

前方を見つめると、交通事故が発生しているようで、交通警察が現場を片付けている最中だった。

腕時計を見るが、まだ少しだけ時間はある。

しかし。結局はこの渋滞に十分ほど捕まり、時間に余裕を持たせた運転がチャラになってしまった。

バイロインは焦って腕時計を見る。

「くそッ!!」

このままでは間に合わないと思い、ハンドルを思い切り叩く。

「...グーハイ!」

バイロイン思い切って車から降り、大股でグーハイの方向に向かって走り出した。

 

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こんばんは!まだ更新を待ってくれている方がいるのかわかりませんが、自分のためにも細々と続けていくつもりです!

最近はないですが、コメントなどをいただけたら、やはり嬉しかったりします笑

文章もいつまで経っても拙いですが、暖かい心で読んでいただけたらと思いますっ

 

:naruse