第43章:あの時
「専門家の皆様、この度は当会議に参加していただきありがとうございます。」
グーハイの挨拶から各関係者会議の幕が開いた。
「今回のラジオナビゲーションプロジェクト実施方案交流会に参加するにあたりまして、当社がすべての協力企業を代表して進行を進めさせていただきますこと、了承頂きたく思います」
グーハイの声がゆっくりと会議室に響き渡る。今回の会議には全部で三十人の研究員やその関係者が参加していた。
グーハイの左側には男性一色、右側は女性一色で 男女が向かい合って座る形をとっていた。その様子はプロジェクト交流会とは思えず、まるでお見合い会場のようだった。
しかし、雰囲気は厳粛で、皆の中央に座するグーハイの顔は社長の威厳を感じられる。
バイロインは彼の右手に座り、エンと向かい合うように席についていた。
視線を前に向けるとエンが目に入るため、つい何度もその様子を伺ってしまう。彼女の視線はグーハイへと向かっていたが、その瞳は他の参加者とは違った感情を抱くーー女性としての瞳をしていた。
「次はプロジェクト責任者のバイロイン氏の説明です。よろしくお願いします」
進行のグーハイからバトンが渡され、拍手が起こった時にふと我に返る。エンに気を取られすぎていたようだ。
「んんッ....はい。ご紹介にあずかりました〜.....」
気を引き締め直したバイロインから、ゆっくりと軍のプロジェクト計画についての初歩的な構想と実施計画が話された。
参加者は皆、真剣な表情でバイロインの説明を拝聴する。真剣な様子は、グーハイもまた例外ではなかった。
しかし、彼の目線はバイロインの薄い唇に集中しており....いや、他に口元を見る人も居たのだが、なぜかグーハイの視線はどこかいやらしさを帯びていた...ような気がした。
「〜...では、以上で説明を終わりたいと思います」
皆から拍手が起こった後に、グーハイからの総括が行われる。
「今説明して頂きましたバイロイン氏の内容を、簡潔に五つのポイントにまとめてみました。手元の資料の五枚目を〜.....」
グーハイの真剣な仕事姿を間近で見ることが出来て、バイロインはご機嫌だった。
ーーこいつのこんな姿は久しく見てなかった!...悔しいけど、かっこいいな
会議が終わるまで、終始バイロインは笑みを保っていた。
会議が終了し、主催側のグーハイは各関係者と握手を交わす。軍の責任者でもあるバイロインとも、もちろん形式上の挨拶を交わした。
エンは入り口に立ち、グーハイが全てを終えるのを待っていた。しかし、未だにバイロインの手を握って離そうとしない。
「社長、執務室にお戻りにならないのですか?」
エンの柔和な声色が会議室に響き渡る。
「今は戻らない。バイ少佐と少し話すことがあってな....先に戻っててくれ!」
バイロインはエンに向かって礼儀正しく愛想のある笑みを浮かべていた。
皆が退室し、最後までいたエンが扉を閉めた瞬間、グーハイはすぐにジャケットを脱いでバイロインの顔を自分の大きな手で撫でる。
何日も会っていなかった訳でもない、何ならやることだってやっていた筈だが、グーハイから発せられる色気につい欲情してしまう。
会社という場所が興奮を助長させているのか定かではないが、今の二人はお互いを求めていた。惹かれるがままに二人の唇は重なり合う。甘く味わうキスから、激しく息が出来ないほどの深いキスまで。長い間、二人しかいない会議室には湿った音が響いていた。
一区切りを感じ どちらからでもなく唇が離れあと、グーハイが濡れた目で見つめていることに気づく。
「会議の時から、お前がエロくて我慢するの辛かったんだぜ?」
「お前は本当、それしか考えられないのかよ...」
ーー今のこのグーハイの表情を会社のロビーに大きく映し出して、女性たちに見せたら面白そうだよなぁ....
バイロインが考え事をしている隙に、グーハイは腰から這わせてズボンの中に手を素早く侵入させ、その弾力ある二つの塊の間に潜り込ませる。
「何でお前はどこでも発情できるんだよ?」
グーハイの性欲に思わず感心してしまう。
「こんなにそそられる男が居るのに、欲情しない奴がいるのかよ」
「おい!ふざけんッ....!」
「騒ぐと外にバレるぞ?」空いている片方の手でバイロインの口元を覆い、耳元まで口を近づけて湿ったような声で呟く「昨日の夜、俺が最初は断ったのにどうしてもって言って誘ってきた少佐殿は誰だったかな...? あれ?なんかお前と似てるような...」
「やめろって!」塞がれていた手を外し、恥ずかしさを隠すようにグーハイの顔を遠ざける「...なぁ、真面目な話なんだけど」
「ダメだ...今はするな」
グーハイが続きをするように手を動かした瞬間、稲妻のような速さでその手を払い退け、数歩離れて崩れた軍服を整える。
「やめろ。俺がこの服装をしてる時はキス以上はアウトだ。俺も軍人としての尊厳がある。分かってくれ」
「....分かった」
その場は大人しく引き下がったが、いずれ軍服プレイもいいなと心の内で呟く。
「それともう一つ...これからは俺がここに来る事もないし、お前が俺のところに会いに来るのも禁止だ」
「何でだよ?」
突然の提案に顔を顰める。バイロインもグーハイの反応を見てバツが悪そうに下を向く。
「何でもいいから、とにかく禁止だ!...これからは、弁当もあの部下だけを遣わせてくれ」
理由もなくいきなり理不尽な要求をするバイロインに、当然納得できないグーハイ。
「理由を言え、言わないと納得できない」
「...リョウウンが退院した」
「そいつが退院したからなんだよ?俺が復讐されるのが怖いのか!?それとも、俺らの関係が公になるのを恐れてるのかよ!」
バイロインはこの話をするために何日も考えていた。結局いい案は浮かばず、お互いが苦しむ方法を提案するしかなかったのだ。もし、別の案を言っていたとしても、最終的にグーハイから文句を言われる事を避けられなかっただろう。
ーー俺だって苦肉の策なんだ!!
「とにかく、お願いだ。分かってくれ...!」
バイロインの顔がますます歪んでいく。
グーハイはその顔を見て、少し興奮してしまう。バイロインの苦しむ表情は、精神的に余裕があるときに見ると興奮の材料になることを最近知った。
しかし、そんなことは絶対に口にしない。今の場面なら尚更である。
「バイロイン、正直に言ってくれ。あいつとはどんな関係なんだ?...俺があいつを懲らしめた後から、何となく俺のことを嫌ってるのは知ってる。ただお前が仕事で疲れているから俺に何も言ってこない事も...けど、あいつをそんなに庇うのはなんで何だ!?」
「どんな関係って聞き方なんだよ!?」バイロインは怒りで語気が強まり、鼻息が荒くなっていく「前も聞きたかったけど、お前。あの爆発以外に他に何もしてないだろうな!?」
言葉にしてないだけで、裏で何かしてるかも知れない。そう思っていたバイロインは、怒りでつい抱いていた疑念を口にする。
自分が疑われていることに怒りを覚え、バイロインの胸ぐらを掴む。
「あいつとの会話の内容すらちゃんと教えてくれないお前にそんなこと言われるなんてな!...何だ、まさか俺がマフィアでも雇ってるって言いたいのか?...なぁ!お前にとってあいつは絶対に正しくて、俺は卑怯者だって認識なのかよ?!」
バイロインは荒く息を数回吸って吐き出すと、無言のまま部屋から出ようと歩き出す。
立ち去ろうとするバイロインの腕を掴むグーハイ
「ハッキリさせてから出て行けよ」
「もうハッキリしてるだろ!」
掴まれた手を振りほどこうともがく。
つい十分前まであんなに甘い雰囲気の二人だったが、今では互いを睨むほど険悪なムードになっていた。
経理部門の女性が入室してきた時も、お互いはまだ言い争っていた。
「取り込み中失礼します...すみません、早急の書類ですので先に署名をお願いしてもよろしいでしょうか?」
そう言われては署名しないわけにはいかない。それに応じてペンを取り出したとき、フリーになったバイロインは大股で部屋の外に出ていった。
宿舎に戻ると、バイロインは携帯の電源を落とす。
グーハイと喧嘩別れをしてきたばかりだが、その頭はリョウウンの見舞いに行った時のセリフが繰り返し流れていた。
ーークソッ!グーハイのことをいいように利用するつもりだな!あの無害そうな顔をして、俺に頼み事なんかしやがって!!
バイロインが部屋にいることを分かっていた部下が、ドアをノックして来訪を知らせる。
「隊長、面会を願う者がいます」
「知るか!」
バイロインは纏まらない思考の所為で、怒りに任せてつい怒鳴ってしまう。
結局のところ「知るか!」という大声は効果を現さず、その扉は簡単に開かれた。
大方グーハイが来たのだろうと思い「なぜ来たんだ?」と言いかけたが、最後の方は驚きで小さくなっていた。
そこに立っていたのは、馴染みのあるグーハイの義兄。
グーヤンはサングラスを外して、悠々と笑う
「なぜ来ちゃいけないんだ?」
まさかの来訪者に先程までの怒りは薄れていた。
「...なぜ来られたんですか?」
「出張だ」勧められるでもなく、我が物顔で部屋に置かれていた椅子に腰を掛ける「ついでにお前の生活状況にも関心があってな」
「俺に...関心を?」
「ああ、いつも心配してるさ」
グーヤンの笑みはどこか気味が悪い。バイロインは「間に合わせですが」と用意したお茶を手渡す。
グーヤンは素直に受け取り、香しいお茶の湯気を一吸いし、ゆっくりと口にする。
長旅の疲れが多少 癒えるように感じた。実は、出張でここに来たのではなく、純粋にバイロインに会いにわざわざ遠くから訪れていたのだ。
その理由は、本人にもよく分からないでいた。
「グーハイに会いに来たんですか?」
「いや、そんな事はない」
バイロインはタバコに火をつけながら、グーヤンの向かいに座る。
「この前、台所に置いてあった料理を食べていきましたよね?」
「いつのことを言ってるんだ?」
バイロインは冷たく煙を吐く。
「その言い方。...全部で何回あるんですか?」
「そうだな...二回、かな」
「二回...。 一回はこの前だとして....あと一回はいつですか?」
「八年前だよ」グーヤンは楽しそうに目を細める「お前が初めてグーハイに作った料理を俺が食べてやった時だよ」
「...ッ!!」
バイロインの心の内にある苦しみを測ることは出来ない。悲しみで溢れていた思い出だったが、その時の犯人が八年越しに判明したのだ。
しかも、その相手がまさかの目の前にいる男。
「あの時の料理は、とてもじゃないが食べれたものじゃなかったな」
バイロインはニヒルな笑みを浮かべる事しか出来なかった。
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八年前〜!!でました〜!これ後で修正案件のやつですね〜(笑)
八年前が絡んでくると、やや直訳気味にするようにしてます。背景をうまく掴めていない翻訳内容になっていますが、雰囲気は伝わるように頑張っていますのでよろしくお願いします!
:naruse