NARUSE'S:BLOG

ハイロイン/上癮:Addictedの原作小説を和訳している男子大学生でした

第50章:ドッペルゲンガーの喜劇

リョウウンの鋭い眼光が、訓練場で列をなす兵を一掃する。

煌々と暗闇を照らす照明が、リョウウンの瞳に赫く反射して、沈黙を貫く彼らの姿を網膜に映しあげる。

高台に坐するリョウウンは、ある男の報告を目を閉じ、黙って待つ。

いくら待っても報告があがってこない現状に、目を開く。

「バイ隊長はどこにいる?」

リョウウンの重厚な声が、この場全域に響き渡る。

声をかけられている兵士達は、皆揃って下を向き、顔を合わせようとしない。

「アイツは今何をしているんだ?...休暇届けでも申請していたのか?」

二度目の問いかけにも、誰も答えない。リョウウンが口を開くたびに、場の雰囲気は段階的に重くなっていった。

リョウウンは深く鼻から息を吐くと、隣に立っている参謀長を手招きし、低く小さな声で耳打ちする。

「現場はあなたに任せます。私は少し、不届き者を探しに行ってくるので」

「わかりました。早く探しに行ってあげて下さい。何かあってはいけませんからね」

すべての将校のバイロインに対する印象は、“どんな理由があっても遅刻しない真面目な人”であり、ましてや召集に応じないなど、考えられなかった。

 

リョウウンは駆け足でバイロインの部屋がある宿舎まで向かう。

部屋の前につくと、中からは光が漏れていた。ドアを押し開けて部屋の中に入ると、まだ暖かさを感じる。

寝室に向かい、ベッドにかけられていた布団を剥ぐと、中に目的の人物はいなかった。

部屋から出ると、車のタイヤ痕が宿舎の区域外へと続いているのを見つける。

ーー休暇?届もなしにか?...まさか、逃げたってわけじゃないだろうな?

リョウウンが色々考察していた時、彼のポケットで眠る携帯が騒がしくなった。

「何の用だ?」

『師長!早く!早くこちらにいらしてください!』

電話の向こうから、慌ただしい声が聞こえてきた。

「何があったんだ?」

『あなたが...師長が連れてきたあの男性....彼が!..彼が、自殺を図りました!』

「なんだと!?」リョウウンは焦った声で電話の向こうに尋ねる「今はどうなっている?!」

『よく分かりません。私達では低圧室のロックを解除出来ないので。ですが、部屋の中には人の血だと思われる液体が充満しているのを確認しています!...その影響でカメラで人影をチェックできなくなっているんです!』

報告を受け、焦ったリョウウンはバイロインの部屋の前から実験基地へと発揮できる最大のパフォーマンスで走っていく。

 

 

グーヤンは船内にあった鈍器を利用して、皮膚を切り裂いていた。傷口から溢れ出る血液は、裂傷箇所からドーム状に張り付き、飛び散らない。

しかし、数度揺らすと血液は部屋中に飛び散り、充満させることに成功する。

彼の目的は監視員の注意を引くこと。

しかし、グーヤンは知識が乏しかった。溢れ出た血液は止まる事を知らず、通常よりも大量に溢れ出た事で、一瞬にして気を失う。

このような状況に陥ると、非常に危険な状態になる。救助が間に合わないと、五臓六腑が押し出されるかもしれないのだ。

実験室に着いたリョウウンは、パスコードを打ち込み重い扉を開く。

部屋の中に空気がなだれ込み、気圧は地上と同じ状態まで一気に戻り、浮いていたグーヤンは扉が開いたタイミングで地面へと叩き落とされた。

「おい!早く救急隊員に連絡しろ!!」

 

十数人の軍医が素早く駆けつけて来ると、グーヤンの応急手当てに早速取り掛かる。

「おい!大丈夫なんだろうな!?」

「すみません!今は話しかけないでください!」

命に直結する問題だけに、目上のリョウウンに対して礼儀を欠いた言葉を放つ軍医だったが、リョウウンも気が動転していた為、そんな事を気にする余裕もなかった。

ある程度の処置を終えたが、これ以上はここで対処できないと軍医がリョウウンに伝えると、リョウウンはすぐさまに空軍管轄の総合病院に空きのスペースを作らせる。

リョウウンが連絡をしているうちにグーヤンを搬送し、ICUへと運ばれることになった。

 

 

朝七時過ぎ、バイロインの携帯が着信の合図を送る。

朝早くに起き、台所で朝食を作っていたグーハイは、寝室で鳴る携帯の音を聞くとすぐに駆けつけて、それを取り上げる。

そのまま部屋を出て扉を閉め、バイロインを起こさないように離れてから画面を見る。

画面には“シュウ・リョウウン”の文字が

グーハイは特に考えもなしに、電話に応じる為にタップする。

『バイロイン、出たか。...その、突然のことだと思うが、お前の弟が今...空軍総院にいるんだ』

リョウウンが指す“弟”は、バイロインがリョウウンの為に設定したグーハイの“兄”だ。

グーヤンにまで被害が及んだ事を知り、グーハイは朝から酷いストレスを感じる。

ーーあの老害!俺の家族にまで手を出しやがったな!!

電話を切り、朝食を完成させて皿に盛りつけてラップをかけ、荷物をまとめて病院へと向かうことにする。

寝室に寄ると、バイロインはまだぐっすりと眠っている。ここで起こしてしまっては、ストレスの材料にしかならないと考え、無防備な愛くるしい表情で夢を見る顔にそっとキスを落として部屋を出た。

 

 

 

急いで病院に駆けつけ、受付で親族だと伝えて部屋の場所を聞くと、その部屋に向かって駆けていく。

扉をあけて部屋の中に入ると、自分の義兄はまだ昏睡状態のようだった。

グーヤンのそばに近寄り、その白くなった顔を見ると心が締め付けられる。

この男は八年前に自分たちの仲を引き裂いた張本人だったが、それでもグーハイが入院している間の半年間は、付きっきりで看病してもらっていたのだ。

グーヤンに真相を聞かなかったのは、それがあったからだったりもする。

グーヤンの様子を確認しに、医者が入ってくる。そして、側に立つグーハイの顔を見て眼を見張る。

「うわ。お二人はとても似ていらっしゃいますね!双子だったりするのですか?」

「...異母兄弟だ」

「そ、そうでしたか。あまりにも似てたもので...」

この話を終えると医者と共に部屋の外に出て、グーヤンの詳しい容態の説明を受ける。

会話の途中、エレベーターからリョウウンが出てきた。グーハイに気づくこともなく、その足は真っ直ぐにグーヤンの病室へと向かっていく。

すれ違う瞬間にリョウウンのことをぶん殴ってやろうかと思ったが、ふとバイロインの顔が脳裏をよぎり、その拳を収めた。

 

リョウウンが病室に戻っても、グーヤンは昏睡状態のままだった。隣では、看護師が器具のデータを調べている最中のようだ。

「彼はどうなんだ?」

「安定していますよ」

「どれぐらいで目が覚めるんだ?」

一番気になっている質問をすると、看護師はやんわりと笑って答えを濁らせる。

「もうすぐ目が覚めるかもしれませんし、もう二、三日...目が覚めないかもしれません」

こればかりは分からないんです、と申し訳なさそうに謝る看護師に、暗い顔をしてお礼を言うリョウウン。

看護師が外に出てから、リョウウンは目を凝らしてグーヤンの顔を見つめる。見慣れたと思っていたこの顔だが、最初会った時とは、どこか様子が違うような気がする。

違和感を感じるが、違和感の正体を掴むことが出来ない為、これは自分の気のせいだと納得することにした。

 グーハイの顔など、とっくの前に忘れていたのだ。リョウウンは今のグーヤンの顔で覚えている様子だった。

 

 

復讐の計画を思いついたグーハイ。

早速取り掛かろうとスタッフルームへ行き、病衣を盗んでトイレで着替えると、鏡に向かってグーヤン風な髪型に整える。

追加で、グーヤンが点滴を打っていた箇所に白いテープを貼り付け、さも病室から出てきましたという雰囲気で仕上げた。

 

トイレで待つこと二十分、リョウウンが病室から出て、グーハイのいるトイレへと向かってきた。

ーー準備は整った。

リョウウンが個室のドアを開けると、中には先ほどまで病室にいたはずのグーヤン(グーハイ)が立っていた。

「お前…もう目を覚ましたのか!?」

グーハイの行動は素早かった。リョウウンが驚いている間にその顔面目がけて二度ストレートをお見舞いし、ふらついたリョウウンを個室へと連れ込む。

リョウウンも抵抗しようと思えば出来たのだが、先ほどまでの状態を思い出してやり返せないでいた。

「昏睡状態を装っていたのか?」

グーハイに殴られながらも、そう質問する。

流石に先ほどまで寝ていた男が、ここまで動けるとはリョウウンも思っていなかった。

「昏睡状態だ?!...俺はこんなに元気だぞ!!」

リョウウンは何発目かのパンチを受け止めると、その瞳を輝かせる。

「前みたいな、あのヤンチャな頃に戻ったのか!!」

グーハイに最初に痛めつけられた日を思い出して、興奮し出すリョウウン。しかし、そのタイミングを図っていたのか、リョウウンが素直に殴られるのをやめた瞬間にグーハイは個室から飛び出す。

リョウウンもすぐに追いかけようとしたが、殴られている最中にズボンを下ろされていたようで、それを直している間に出ていったグーハイを見失ってしまった。

殴られた頬をさすりながら病室に戻ると、先ほどの激しさとは程遠い姿で横になっているグーハイ(グーヤン)が目に入る。

「...俺を馬鹿にしているのか?」

頭にきたリョウウンは、寝ているグーヤンの襟を掴み、目を覚まさせようと激しく揺さぶる。

それを見ていた看護師は、慌ててリョウウンの肩を掴む

「ちょっと!何をしているんですか!彼はまだ安静にしていないといけないんですよ!?」

「安静にだと!?...そんな奴がなんでさっきは元気そうだったんだよ!」

グーヤンは激しく揺さぶられた衝撃で目を覚ます。

ゆっくりと目蓋を開けると、目の前には凶悪な笑みを浮かべた屈強な男が自分の胸ぐらを掴んでいた。

「起きたか。...はっ、いい演技だったよ。さっきの威勢はどうしたんだ?」

「...ここはどこだ?」

「はっ!また演技か?...お前、俳優とか向いてると思うぞ」

実は、はっきりとリョウウンの顔を見たのは事故の時と、今が初めてだったグーヤン。覚醒直後だったということもあり、意識が混濁していたグーヤンは目の前の男が誰なのか、本当にわかっていなかった。

「お前は誰なんだ?」

とぼけていると思っているリョウウンは、大きくため息を吐く。

「はあ…お前が俺に何かする度に、この言葉を聞く必要があるのか?」

そう言って、再度グーヤンのことを激しく揺さぶり始めた。

 

 グーハイは病室の外で話を聞いていたが、うまく聞き取れず状況が掴めないでいた。リョウウンが再度、義兄を揺さぶり出したので、危険だと感じたグーハイは急いで受付へと走っていく。

「先生!俺の義兄の部屋で揉め事があるみたいで、患者が危険な状態になっているんです!」

そう言って、医者と看護師を向わせると、自分は非常階段の入り口に身を潜ませる。

暫くして、医者に説得されたのであろうリョウウンが、落ち着かせる為に部屋の外へと出てきた。

 再度、チャンスが巡ってきたと感じたグーハイは、リョウウンに気づかれないように背後へと移動する。

リョウウンは窓にもたれ掛かり、タバコを吸っているようだった。

「油断したな!」

そう言って襲い掛かるグーハイだったが、リョウウンはその気配に気づいており、今度はベテランの兵士として上手く躱すことに成功する。

「ふん。どうやら俺は、夢でも見ているようだな!」

再度姿を見せた“好戦的なグーヤン(グーハイ)”に笑いかける。

リョウウンが反撃しようと一歩踏み出した時、グーハイは非常事態にと持っていた粉をリョウウンの顔にめがけてばら撒く。

粉はリョウウンの目に入り、視界が一時的に塞がれる。

リョウウンが回復した時には、既に男の姿は無くなっており、悔しさで声を荒げる。

「そもそも、なぜあいつはあんな早く病室を抜け出せるんだ?」

 

 

病室に戻ってみると、ベッドに座るのは呆けたグーヤン。その様子を見て、頬が痙攣し、眉を歪めるリョウウン。

「なんで戻ってきたんだ?」

冷たい目でこちらを見つめるグーヤンを気味悪がり、病室のドアを勢いよく閉めて急いで医務室へと向かう。

担当医の元へ到着するや否や、開口一番「四号棟のあの患者には、精神科の専門医にも診てもらう必要があるぞ!!」と怒鳴り、医者たちを驚かせた。

 

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本日 二話目、いかがでしたか?

グーハイとグーヤンの入れ替え描写は、ややこしいと思いますが、どうか皆様の想像力で補完してください(笑)

 

それから、今日で50章という区切りのいい話数になりました!

ここに辿り着くまでに意外と時間がかかったことへの達成感を感じると同時に、終わりが見えてきたことへの悲しみも感じます。

翻訳を始めて約半年、これからも皆様とハイロインを語っていけたらと切に思います!

 

:naruse