NARUSE'S:BLOG

ハイロイン/上癮:Addictedの原作小説を和訳している男子大学生でした

第63章:息子との別れ

戦闘機に乗り込もうとするバイロインを急いで阻止する隊員たち。

もう少しでコックピットに乗り込めるが、それを二人の隊員に足をひっぱられることで出来ずにいた。

「くそっ」

眼下に見えるまりものような黒い球体ーー部下の頭を力一杯蹴り飛ばす。

「邪魔だっ、お前ら!」

バイロインの渾身の蹴りは二人を身体から引き剥がすことに成功し、そのままコックピットへと滑り込もうとしている。

一方、その様子を見ていたグーヤンは怒りで顔が真っ赤に染まっていた。

ーー三十人がかりでもたった一人を捕まえられないのか?

なかなか捕まえることの出来ない男どもが決め手になり、グーヤンの顔色は沸点を超えてドス黒く変化している。

「どけっ!能無しども!! 俺が直接捕まえてやる!!」

バタバタと右往左往する無能な軍人を払い除け、バイロインが機上する場所へ梯子を使って鬼神のごとき表情で登っていく。

バイロインの半身が中に入った時、片足が先ほどより強い力で引っ張られ思わず身体がのけぞる。

焦った表情で振り返ってみると、気持ち悪いほどの吊り上がった口角と、怒りに駆られ捻じ曲がった眉が混在する笑みを浮かべたグーヤンの顔がそこにあった。

「逃がすかぁ!!!!」

叫ぶグーヤンの肩と自分の裾を掴む手をバイロインは力を込めて蹴っていたが、グーヤンはその手を緩めるどころか、更に力を込めてズボンを引き摺り下ろす。

強引に引き剥がそうとするグーヤンに抵抗し、バイロインはドアの溝を必死に掴む。

「くッ...!!」

バイロインの指は悲鳴を上げている。爪は血が滲み出し、指先の感覚が次第になくなってくる。それに対してグーヤンの猛攻は、いっこうに緩む気配はない。

「俺の感情を騙して、俺の感情を利用して、俺の感情を弄びやがって! バイロイン、絶対に逃がさないからな...!!」

グーヤンの力が強くなった時だった。

「あッッ!!!」

バイロインが急に大声で叫び、その声を近くで聞いたグーヤンは反射的にその手を止めてしまう。その一瞬の隙を狙って、バイロインはそのまま機内へと勢いをつけて入ろうと動き出す。

しかし、動きを止めていたグーヤンも一瞬で切り替え、入り込もうとするバイロインのズボンを思い切り掴んだ。

その時だった。

バリバリバリッッ!!

反対の方向へ最大の力をかけられたズボンは悲惨な音を立てて、ちょうどお尻の方から引き裂かれてしまった。そして、露わになるバイロインの下着を眼前に捉え、グーヤンは思わずその光景を前に再度動きが止まる。

引き裂かれたズボンはグーヤンからの縛りを解くことになり、バイロインはそのまま機体の中へ身体を入れることに成功した。

「あっ、くそ!」

グーヤンが弾かれたように手を伸ばすも、すでにキャノピー(コックピットの窓=風防)は閉められており、その手の侵入を防いだ。

バイロインがエンジンを始動させ、その轟音が鳴り始める。

「危険だ!今すぐ下ろすんだ!!」

下で二人の攻防を見ていた誰かが叫んだのを皮切りに、大勢の兵が押しかけてグーヤンのことを梯子から無理やり引き摺り下ろす。

「やめろ!!」

「ダメです! このままでは危険です!」

「なら。今すぐに戦機を二機出動させて、あいつの戦闘機を止めてこい!!」

グーヤンの顔は真っ黒で、語気は殺気で溢れていた。

無茶を言うグーヤンの顔を兵士は驚いた顔で見つめるが、グーヤンもまた鬼のような表情で見つめている。

「どうした? なぜ行動しない? 無断で戦闘機を動かすことがそんなに怖いのか? よろしい。なら、今すぐに団長に連絡して、お前たちに任務として出動させてもいいんだぞ!!」

今のグーヤンの覇気に逆らえるものなど、この場にはいない。しかし、勇気ある一人の兵士がその口を重く開ける。

「い、いえ。スクランブルさせることが怖いのではありません!」

続けて他の隊員も口を開く

「私たちはあなたを助けないのではなく、本当に助けられないんです!」

「飛行能力においてこの部隊でバイ隊長に敵うものなどいません!加えて、隊長の戦闘能力は軍の中でも極めて優れているので、私たちが後を追いかけても堕とされる未来しか見えないんですよ!」

グーヤンは顔を酷く歪める。

「技術で勝てないなら、性能が一番いい戦闘機を使えばいいだろう?!」

「それが。その...。最も性能の良い戦闘機は、バイ隊長が操縦していったあの機体なんです。」

「… ...。」

長い間沈黙の後、一人の兵士は慎重にその口をグーヤンに向かって開く。

「でも、一人だけ。一人だけ、バイ隊長よりも優れた能力を持つ方がいます。...ですが、彼が助けてくれるかどうかまでは、わかりません...」

「そいつは誰だ?」

鋭く光る両眼が、その兵士を捉える。

「しゅ、シュウ師長です。」

その名前を聞き、グーヤンのこの時の気持ちがどれほど複雑なものだったのか。その表情から簡単に想像できたのであった。

 

 

バイロインは、戦闘機を操縦し上空に上がってしばらくすると、飛行速度を最大に保ったままグーハイの元へ飛ばしていく。

雲を破って移動する戦闘機の速度は凄まじく、ほんの一時間で香港の上空に到達し、ゆっくりと高度を降ろし始めた。

同時刻、グーハイ達はガソリンの心配をしながら地上を走っていた。

後ろを振り返ってみるが、追っ手らしき車はもう姿が見えなくなっていた。だが、完全に振り切れたというわけではないはずだ。

時間の経過とともに、再度場所を特定されることだろう。

そう考えていたら、携帯が鳴る。

「もしも...」

『今どこにいるんだ!? 俺は香港に着いたぞ!』

着信の相手はバイロインからだった。

「俺は....」

グーハイは四方を見渡すが、辺り一面は海景色。困った顔でトンの方を見つめても、気不味そうに苦笑いするだけ。

「...郊外のはず〜、ではあるんですが」

答えを求めるグーハイに応えようと、なんとか言葉を絞り出す。

バイロインはしばらく黙っていたが、グーハイたちの状態を感じ取り、優しい声で語りかけた。

『大丈夫だ。そこを動かないでくれよ、俺が衛星を使って探してみる』

「わかった」と言い終える前に、グーハイは今一番会いたくない車がバックミラーに映ったのをみて叫ぶ。

「おい!あいつらが来た!」

トンは焦ってアクセルペダルを踏むが、車が言うことを聞かない。

「ガソリンが底を尽きたみたいです!!!」

「はあ!?」

車は無理だと判断した二人は、急いで降りてそう遠くはない村へと走って逃げていく。追手も車から降りて走り、四方八方から村に流れ込んだ。

結果。村からの逃げ道は絶たれ、完全に包囲されてしまった。

 

グーハイとトンは近くにあった壁を越えて人の気配を感じない家の庭に逃げ込み、呼吸を整えて落ち着かせようとする。

その時、後ろから急に飛びついてきた犬にグーハイは思わず声を上げてしまいそうになった。グーハイは驚嘆を一瞬で殺し、急いで犬を懐に引き寄せてその口を塞ぎ、音をたてないように押さえつける。

グーハイが犬を落ち着かせている時、トンは突然空から雷鳴に似た轟音が響いてくるのを耳にする。

頭を上げてみると、戦闘機が一機、こちらに向かって飛んでくるのを目視できた。

トンは慌ててグーハイの肩を叩き、その存在を知らせる。グーハイもまた顔を上げ空高く飛ぶ戦機を見つけると、その顔をほんの少し緩めた。

「インズ、お前か」

繋がっていた通話に話しかける。

『ああ、やっと見つけた』

もちろん、追手もバイロインの操縦する戦闘機に気付いていたので、その存在がグーハイたちの逃げ道だと悟られるのも必然だった。

戦闘機が着陸態勢をとるにつれ、男達は四方八方から押し寄せては着陸箇所を塞ぎ、包囲攻撃の態勢を整え始めている。

「何発かやっても構わないか?」

バイロインは瞬時の判断で殺傷力のない二つの小榴弾を発射し、下に群がる男どもを散らばらせようと試みる。

バイロインは着陸できる場所探して降りたいが、ここに適当なところなど見つからない。

思考を巡らせていた時にグーハイたちが走ってどこかへ移動している姿を確認した。

「...了解」

バイロインはグーハイが走って移動する先で合流しようと、グーハイの周りにいる追手たちに向かってチャフや先程の小榴弾を射出し、道を作ろうとその圧倒的な操縦技術で妨害する。

しかし、しばらくして小榴弾に殺傷力がないことに気づいた男たちは、失いかけていた勢いを取り戻し始めた。

グーハイに被害が及ぶことも考慮すると、実弾を用いて援護することなどバイロインには出来なかった。

追いつかれる前に合流しようと、強引に着陸を行い迅速に機体の扉を開ける。

それとほとんど同時にグーハイは機内へと飛び込み、入ってき瞬間にバイロインのことを強く抱き締めた。

「インズ...」

バイロインはグーハイと無事再開し、自分が抱きしめられていることに気持ちが昂ったが、なんとか理性で興奮を抑え込み、扉を閉めようと行動する。

「待て!」

グーハイは声でバイロインの行動を制し、自分の身を半身外にだしてトンのことを探す。

トンはグーハイより走るのが遅く、いま飛び乗ろうとしていた。だが、下の何人かのがトンを引っ張っており、うまく登れずに人の助けを借りるしかなかった。

「インズ! 早く、手を貸せ!」

グーハイは焦ったようにバイロインに呼びかける。バイロインはしばらくためらったが、助けるためにグーハイの隣に出る。

 

どうにかトンを機内へと入れ込み、今度こそ扉を閉めようとしたが、再度グーハイが大声でそれを止める。

「まだ閉めるな!...息子がまだ下にいるんだ!」

先ほどトンの足を引っ張った時、うっかり落としてしまっていたようだった。その息子は追手どもの足元で踏まれながらグーハイに助けを求めているようだった。

「もう少し待ってくれ!いま取りに行ってくる!」

「だめだ!!」バイロインはグーハイの体を押さえつける「これ以上は危ないんだ!」

トンが扉を急いで閉じ、グーハイはその窓からみんなの足で踏みつけられている小さなロバのおもちゃを悲しそうに見つめることしかできない。

「なぜ取りに行かせてくれないんだ?!」

グーハイは苦しそうな顔でバイロインを見つめる。

ーーはぁ。なんでおもちゃごときでそこまで悲しそうにするんだ?

「わかった。あれは別に世界で一つだけの物じゃないし、落ち着いたらまた買ってやるから」

そう言われ、グーハイは何も言えずにただ立ち尽くすだけだった。

 

 

グーヤンが取調室に入ると、リョウウンは壁に向かって拳を打ちつけていた。

壁には一点に集中した大きな窪みがある。それは、リョウウンの拳の跡のようだった。

グーヤンが入ってくるのを見ても、リョウウンの顔は何の変化もない。

ーーくそ。なんでこんなやつに...

しかし、バイロインとグーハイが協力して仕掛けてきたことに比べると、この男にされた所業はさほど重くはない。そう思い込むことにした。

「お前に仕事を提案する。もし、その仕事をうまくこなしたら...、すぐにでも自由の身にしてやろう。どうだ?」

リョウウンは壁を殴る行為を止め、しばらくしてから頭を捻り、グーヤンを睨む。

「どんな仕事だ?」

「戦闘機の確保だよ」

「確保?」リョウウンは冷ややかに笑う「お前はいつの間に俺達、空軍部隊の業務をも引き継いだんだ?」

「どうしてこんな状況になっているのか忘れたのか?」

グーヤンはゆっくりと息を吐く。

「バイロインだよ。あいつが俺のことを利用してお前をこんな場所へと押し付けたんだ。そうだろう?」

リョウウンはその名前を聞いた瞬間に壁を強く打ちつける。

パラ...パラパラ...

一点に集中した窪みから放物線状に小さな亀裂が広がる。

「...今の俺とお前は同盟関係にあると言ってもいい。俺たちの共通の敵はバイロインなんだ。あいつは今、戦闘機を操縦して逃げ回っている。この部隊であいつを堕すことができるのはお前だけなんだ。」

「同盟関係…ねぇ...。」

リョウウンはこの言葉を反芻する。

「同盟相手に無理やり小便のかかった饅頭を食べさせられたことがあるが?」

「それとこれとは話が違うだろう」

「...考えさせろ」

リョウウンは引き続き壁に向かって拳を打ちつけ始めた。

リョウウンのマイペースさに、グーヤンは焦り始めた。

「北京から香港まで往復しても三時間しかからないんだ。そんなに考え込んでいたら手遅れになるだろう!?」

「往復、だぁ?」リョウウンは片眉を上げる。「あいつが帰ってくるって分かるなら、おれ以外の戦闘機を派遣したらいいだろう? それとも、ここのパイロット達はそこまで暇がないということか?」

リョウウンの表情に苛立ちが隠せなくなってくるグーヤン。

「最後に聞くぞ。できるのか、できないのか?」

「...国家の機械はお前の個人的な問題を解決してくれるものではない」

リョウウンはそうはっきりと言い放った。

「そうか」

グーヤンは厳しい顔をしたまま、その足を出口の方へと歩ませた。

 

 

廊下を歩きながら、グーヤンは強く握りしめた携帯電話を耳元に当てる。

「チョウ団長、今すぐにでも高いレベルの航空兵が二人必要になりました。それも、バイロインと対抗できるくらいのレベルです。」

『おお、お前から連絡してくるなんて珍しいな! そうか、それならちょうど心当たりがあるぞ。彼は他の軍区で連れてきた尖兵なんだがな、...お、北京での会議が終わったらまた連絡するさ』

通話を終えて、グーヤンはさらに怒りが湧き上がってくる。

「それが先に分かっていたら、あんな奴のところになんか行かなかった!!」

グーヤンは振り返って取調室の入り口を睨みつける。

ーー待っていろよバイロイン、覚えておけよリョウウンのやろう!!!

 

 

__________________________

 

ほんとーーーにお久しぶりですね笑

当ブログも閲覧の仕様が変わり、不便をおかけしていること申し訳ございません。

おそらく更新頻度はこれからもゆっくりになるとは思いますが、付き合っていただけたら幸いです!

 

:naruse