第75章:グーハイの苦悩
執務室のドアノブに手をかけて、トンは心配そうに振り返る。
「...今日もここに居るのですか?」
「ああ」
トンの言葉が本当に耳に入っているのか、どこか生半可な声で返事をする。
「はぁ、もう一週間もこの調子ですね...」
そう言って部屋から出ていくトンの言う通り、バイロインとの連絡が取れなくなってからこの一週間は、ずっと会社に泊まって彼からの連絡を待っている様子だった。
他人からするとたかが七日、されどグーハイにとっては地獄のような時間になる。
すでに彼の精神は壊れ始め、まるで可愛らしいパンダのような大きな隈が美しい顔を台無しにしていた。
「インズ...」
今までも離れ離れになったことはある。長期間離れていたこともある。
しかし、それは連絡が取れるという信頼の上で我慢できていたものであり、今の状況ではバイロインの行方を追うことすらできない。
誰かからバイロインに関する連絡が来るのではないかと淡い期待を抱き、一日の業務を素早くで済ませては、残り全ての時間をバイロインに充てていた。
夜九時過ぎになると、会社は空きビルと化す。
グーハイは一人で青白く光るデスクに目をむけ、深いため息を何度も繰り返していた。
そのスクリーンには絶えずバイロインの写真が入れ替わり映され、その映像を見ているとかえって心が苦しめられる。
「ふぅ...」
グーハイが携帯電話を手に持ち、指を滑らせた先は空軍政治部の副主任。
軍部の上層部にすら直ぐにコンタクトが取れるグーハイだが、いつも電話口から聞こえてくる言葉は同じもの。
『シャオハイや、何度も話しているだろう? 私も全力で探してはいるが、何せ閉鎖環境での訓練なんだ。うまく連絡は取れないんだよ』
ーーくそ。役立たずが。
いつもはやさしい気持ちで接する電話相手だが、今回ばかりは気が立ってしまう。
「何度もすみません」
グーハイは恨みを抱いて、携帯電話を机の上に置いた。
煙草に火をつけ、外の星空に向かってゆっくりと息を吐く。
薄灰色の煙が風に吹かれ、暗い夜空に消えていった。
「くそっ」
いい案が思い付かず、仕方なくグーハイは携帯電話に光る連絡先に指を運ぶ。
『もしもし?』
電話をかけた先はユエン(義母)だった。
「...インズの部隊は閉鎖訓練をしてるみたいで連絡が繋がらない。あいつ、確か着替えを十分に持っていかなかった気がするし、届けてくれないか?」
グーハイからの突然の電話に、ユエンは急いで『何かあったの?大丈夫?』と聞き返す。
「別に、何もない。...あいつの上司から連絡が来たんだ」
『そう、なのね。...わかったわ。二日後には届けておくから』
「いや、明日にでも届けてくれ。最近は天気が良くない」
グーハイの催促を不思議に感じるユエン。そして、躊躇いながら『どうして直接あなたが届けないの?』と口にした。
「...別に。あいつの邪魔をしたくないだけさ」
『まぁ、そうなのね!』
その言葉を聞いてユエンは喜びの色を含んだ声色になる。それは、グーハイがやっと彼に執着しないで、人のことを考えられる大人になったのだと感じたからだ。
「とにかく、頼んだからな」
そう言って電話を切り、グーハイは深く息を吸って目を閉じる。
「...ふぅ」
心の中は暗闇に沈み続けていた。
夜、グーウェイティン(グーハイの父)が帰ってきたタイミングで、ユエンは電話の内容をそのまま伝える。
「冗談だろ?」
グーウェイティンの語気は硬い。
「あいつは今、閉鎖環境で訓練をしてるんだ。どうして外部との面会をすることができるんだ?...そうやってまた、自分の息子の顔を見たいだけじゃないのか?そんなことは許されん!馬鹿なことを言ってないで、早く寝なさい!」
彼の強い言葉に臆せず、むしろ反発を強めてユエンは言い返す。
「閉鎖訓練と言えども刑務所じゃないでしょうに、どうして中に入って見ることができないのよ!」
「内容が違うだけで、あいつらは大量殺人犯と同じ環境にいるんだ...!」
「何を言っているの!?」
ユエンは顔を赤くして拳を握る。
「自分の息子を犯罪者扱いするっていうの?! 私は暮らしが豊かになるってあなたが言ったから、シャオバイには転職を進めて軍部に就職させたのに!!」
ユエンが口をひらけば開くほど、その瞳に涙が溜まっていくのを見て、グーウェイティンは慌てたように口調を和らげる。
「別にそう言うわけで言ったんじゃないさ!...俺だって軍に勤めてきたが、辛いと思う日々があったことをお前も知っているだろう? どの職業にだって、辛い時期ってものは存在するんだよ。わかっておくれ...」
「話をすり替えないで!そんなの関係ないわ!...私は風邪をひくかもしれない息子のために服を届けにいくの!」
「はぁ...」
グーウェイティンは頭を抱えて下を向く。
「あいつももう二十七歳だぞ?...自分で体調管理もできないでどうする?!」
夫の言い分に、ユエンは再度怒りを露わにする。
「何よそれ!!...あなたの息子も二十七で料理もできるのに、心配だからってご飯を届けにいってたこと知ってるのよ?」
グーウェイティンは、想定外の爆弾発言に思わず咽せてしまった。
「...わかった。なら、向こうにいる部下に連絡して、服を二枚追加させるように指示を送っておくから」
「だめよ!」
ユエンは唇を尖らせる。
「自分で届けにいくわ!軍部の男なんて、信用できたものじゃないもの!」
「訓練期間中、どの部隊も外部との接触を禁止しているんだ!どうしてそんな身勝手なことが許されると思うんだ?!」
その一言を最後に、冷たい表情を作るユエンは背を向けて寝室へと向かっていった。
この関係は寝るまで続き、嫌な静けさが二人のベッドを支配する。
「...はぁ。」
最後に白旗を上げたのは、グーウェイティンの方だった。
「服をくれ。明日、届けておく」
その言葉を聞いて笑顔になったユエンは、振り向いてグーウェイティンの胸に飛び込む。
「本当!? 服を捨てたりしないでしょうね?」
「...そんなに夫に対しての信用がないのか?」
「まさか!」
そう言って彼女は急いでベッドを降り、戸棚の中で事前に準備した服を出してはベッドの頭の戸棚の上に並べていく。
「明日、行く前に絶対忘れないでくださいね!!」
そう何度も注意を繰り返して。
翌日、グーハイはずっと軍区の別荘に潜伏し、父親の出を待っていた。
午前九時を過ぎた頃だろうか、どこか荒々しい運転の車が出ていくのを確認する。
「やっと出てきたな」
グーハイはその車の後ろを尾行し、四時間以上もかけて、今回の閉鎖訓練が行われている秘密軍事基地に到着することができた。
「ここは...」
実のところ、秘密と言われるこの場所だがグーハイにとっては見覚えのある場所だった。
それもそのはずで、昔父に連れていかれては何度かここを訪れていた。
「まさか、まだ使われていたなんて...」
もう何十年も前の記憶だったので、すでに廃墟として使用されていないものだと勝手に思っていた。
グーハイは軍車を運転していたが、入り口で止められる。
「すみません。証明書をご提示願います。」
そう尋ねてきた哨兵に身分証明書を見せ、確認させる。
哨兵はIDを一目見た後、またグーハイの方に目を向けた。
「まさか、グー大隊長のご子息で?」
いつもは嫌な気持ちになるが、今回ばかりは彼の名を借りるしかない。
「...ああ」
「やはりそうでしたか。...わかりました、どうぞこちらへ」
最初の門を突破したと思ったが、また直ぐ別のゲートキーパーに止められる。
「申し訳ありませんが、これ以上先には行けません。ここより先は訓練場と実験区になっていますので、お探しの方がいらっしゃるようでしたら、応接室にてお伺い致します!」
ここは普通の部隊の管理よりも厳格で、たとえグーハイであっても彼の顔を見て通してくれる場所ではなかった。
「ああ、わかった。」
元々グーハイもそこまで入り浸るつもりではなかったため、門兵の言う通りに移動して応接室へと移動した。
暫くして、応接室での静寂に飽きたグーハイは外に出て空を見渡していた。
何機かの戦闘機が飛行編隊を構成し、大角度の回転動作を繰り返し練習している様子だ。
中のパイロットを確認することは叶わないが、どの戦闘機をバイロインが操っているのかはなんとなく分かる。
「彼らは毎日このように練習しています」
後ろの将校が、突然口を開いた。
それに対してグーハイは何も言わず、目はずっと流れる戦闘機を見つめている。
「私は彼らが訓練を終え、楽しそうにタバコを吸っているのを見るのがとても好きなんです...」
そう言う将校は、とても優しい瞳をしていた。
他の人にとって、これらの飛行は演技であり、観賞に近い。
しかし、グーハイにとってはこれらの難易度の高い動作は平日の苦しい訓練を示していることくらい理解できる。
演技が素晴らしければすばらしいほど、その背景には多大な苦労が存在している。
そう考えると、バイロインのことを想いグーハイは心が締め付けられる。
「ああ...」
今、目の前で繰り広げられている何十回転もしながら飛行するアクロバットは華々しいものだが、グーハイの目には数十Gに耐える苦行としか写らない。
朝の訓練が終わったのを見て、言伝を預かる兵士がバイロインの元へと駆け寄る。
「バイ隊長、面会したい方がいらっしゃっています。」
バイロインは乾いた喉を潤しながら、「誰だ?」と聞き返す。
「グーハイさんです」
その名前が耳に入った瞬間、口に含んでいた水を吐き出しそうになって咽せる。
「はぁ?...知らん、そんなやつ!」
どこか悲しみを含む背中を向け、慌てたように再び戦闘機に乗って離陸した。
もともと午後の訓練には参加しなくてもよかったが、グーハイが来訪したと知り、居ても立っても居られないままに訓練へと向かっていた。
複雑な感情が渦巻く心を鎮めるために、高負荷の訓練で自分を殺すことしか方法がない。
空はだんだん暗くなり、今ではもうバイロインが搭乗する機体しか空を飛んでいない。
「バイ隊長! まだグーハイさんはお待ちでいますが...」
自分が休憩を挟むたびに尋ねてくる部下だったが、バイロインは断固とした態度で、「会わないと言ったら会わない!」とだけ繰り返す。
「わかりました...」
そう言い残して遠くへと去っていく部下の足音を聞き、本当は顔を見たいと思うバイロインの胸は痛みで締め付けられる。
しかし、間もなくして再度足音が自分の元へ近づいてきた。
「会わないと言っただろ!」
拳を握り締めて怒るバイロインだったが、部下が慌てて訂正の言葉を紡ぐ。
「い、いえ!今度はグーハイさんではなく、グー大隊長です。ご本人がお目にかかりました。」
想定外の人物の来訪に呆然とするバイロイン。
「あ、ああ」
暫くしてようやく口を開くことができたのだった。
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ちょっとがんばりまして、二話連続投稿してみました!
投稿する期間がまちまちだと口調だったり、関係性を忘れてしまうこともあり、思い出したり確認をとったりするために翻訳する時間が倍になってしまうのが悔しいところです...笑
前と違和感を感じましたら、気軽に指摘いただけると助かります!
:naruse
第74章:変わってしまったのは
部隊が閉鎖訓練基地に到着したのは、夜も深くなった頃。移動する車内では、多くの人が夢の世界に誘われていた。
バイロインは運転席のすぐ後ろに座っていたが、所定の場所に到着するや否や、後ろの席で船を漕いでいた部下に張った声で呼びかける。
「起きろッッ!!」
起きていた運転手ですら驚きで「うわっ」と声を漏らすほどの声量だ。
「...!!!? はいッッ!」
部下が驚いて目を覚ます中、運転手は驚きと同時に、彼が夜中なのに何故ここまで元気なのかと不思議に感じてもいた。
バイロインは先に車から降り、将兵が一人一人降りてくるのを眺めていた。そして、その最後の数人の中にリュウチョウの姿もある。
リュウチョウはバイロインの姿を確認すると、足早に車から降りて大隊へと向かおうと駆け出す。
「おい!」
逃げるように車から降りたリュウチョウの腕を捕まえたのは、バイロインの逞しい腕。
前にグーハイから喝を入れられたリュウチョウは、意識的にバイロインのことを避けるように生活しており、二人は暫く顔を合わせていなかった。
「お前は...、俺に恨みでもあるのか?」
そういうバイロインの表情は柔らかい。
「...私は隊長を恨んだことなんてありません。自分が部隊に来たばかりの頃、隊長が良くしてくれたことでむしろ感謝しかしていないです!...でも、この前の事があってから色々考えたんです。私は少し利己的で、隊長のことが心配で行動していたことが、かえって邪魔になっていたんじゃないかって...」
照れた顔で話すリュウチョウを、目を細めて見つめるバイロイン。
「暫く会っていない間に、お前はそんなこと考えてたのか。」
「あ!いえ、そんなこと!」
リュウチョウは気まずい思いをして頭を掻く。
「ずっと訓練に励んでいて、自分が休んで遅れていた分を取り戻そうとしていたんです。...でないと、今日こうやって隊長と一緒に訓練を受けられませんから...」
「そうか...。それは向上心があっていいことだ」
そういうバイロインの優しさに、リュウチョウは違和感を感じる。今日の彼は、目が澄み切っており、深夜だがきらきらと輝いていて見えるのだ。
ーー長距離移動にも疲れている様子でもないし。どうしたんだ...?
「シャオバイ!!まだか〜〜!?」
リュウチョウが思慮していた間に、遠くから促す声が届いてきた。
「いま向かう!!」
返事をしたバイロインはリュウチョウの方を向くと、「俺を恨んでいないならいいんだ。今はゆっくり休んで、暇を見つけてまた話そう!」と言い、肩を叩いては集まっている場所に向かって走り去った。
午前二時過ぎ。それは、部屋に入った将校が眠りにつく頃。
リョウウンはそびえ立つ飛行指揮塔の頂上で、広大な基地全体をぼんやりと眺めていた。
今夜は蒼然としていて、光り輝く星空に照らされた訓練場は雄大な美しさを帯びており、どこか神秘性を感じさせてくれた。
そう遠くはないところで数十機の戦闘機が列をなし、勢いを蓄えて今にも飛び立たんとする熱気を感じる。その様子にリョウウンは心の中で微かに興奮していた。
コツコツコツ...
後ろから突然聞こえてきた足音に、リョウウンは心の中で静かに驚く。
ーー長距離移動して疲れているだろうに、こんな夜中にここを訪れる奴なんて珍しいものだな。
リョウウンは戦闘機狂人として有名であり、彼の熱量について来れる者などいない。そんな彼と同じ景色を見に訪れる人物に興味を持ち始める。
「美しいですね」
聞き覚えのあるその声に、身を固くする。
ゆっくり振り返ると、そこにはバイロインが立っていた。
ーーどうしてあいつが?!
意外すぎる人物に驚きを隠せない。
ーーいつも訓練地に着くと最初に寝てしまうはず...。そんな奴がなんでここにいるんだ?!
彼とは対照的に、隣まで移動するバイロインの足はゆっくりとしていた。
「あなたでしたか。...偶然ですね」
バイロインに話しかけられ、咄嗟に出てきた返事は「寝てなかったのか?」だった。
リョウウンの言葉を受けて豪快に笑うと、大きな声で「興奮して眠れないのです!」と言葉を紡いだ。
バイロインの熱を受け、リョウウンは逆に萎縮してしまう。
「...興奮?何が興奮するんだ?」
その疑問に、まるで宣誓でもするかのような大声で答える。
「もうすぐ三十日以上の訓練が始まるんです!...その間、私たちはこの青空を飛んでは大地を見下ろし、新しい目標に向かって突き進みます。これのどこに興奮しない理由がありますか?...多くの航空兵があなたと俺の合図でこの戦場を支配しなければならない。そんな彼らのことを考えると、やる気にも満ちてしまうでしょう?」
「...、...。」
暫くしても返事のないリョウウンを不思議に思ったのか、首を捻って確認をするバイロイン。
「どうしました? 今日は元気がないですね」
その一言で我に返ったリョウウンは、唾を飲み込んで引き攣った笑みを浮かべる。
「お、お前は元気すぎるみたいだな」
リョウウンの表情を見て、豪快な笑い声をあげるバイロイン。
「まぁ、まぁ!一緒に頑張りましょう!!」
そう言い残して背を向け、だんだん遠くなる後ろ姿を見て首を傾げるリョウウン。
ーーあいつ。どうしちまったんだ!?
一時間も寝ないうちにリョウウンは目が覚めた。
彼はほとんど毎日、誰よりも早く起きている。それは季節にかかわらず、どんなに遅く寝ても、朝四時に目が覚めるためだった。
「習慣というのか、俺の体内時計は自分でも怖く感じるな」
洗面を終え、リョウウンは訓練場に向かって体を動かし始めた。
訓練場の辺りはまだ暗く、月明かりでいくつかの影が確認できるくらいだった。
「その影たちは見張り、か。」
昨夜のバイロインを思い出し、自分を落ち着けるように声に出す。
今朝は遅れてくるはずだ、と。
「あ、今日は遅いですね。寝過ごしたのですか?」
リョウウンは体が震えた。
声のする方を見ると、一つの影が自分の方に近づいてくる。その影が次第に形を綺麗に映し出した時、バイロインだと確信した。
「寝てないのか?!」
リョウウンがそう尋ねると、バイロインは汗で濡らした前髪をかきあげながら、彼の走るペースに合わせる。
「寝ましたよ、十分くらいですが」
そう言うと、速度を上げてリョウウンを置いていく。
その言葉に驚いたリョウウンは、近くにいる見張り兵のもとまで駆け寄り「あいつはいつからいるんだ?」と焦ったように肩を揺らす。
「...す、少なくとも、私は二十周以上走っている姿を見ています!!」
眠たいなか、突然上司に肩を揺さぶられて強張る部下から出てきた言葉は、信じられないものだった。
午前中、難易度の高い飛行訓練が本格的にスタートした。
数十機の戦闘機が勢いを蓄え飛び立っていく。二機の銀色の戦鷹が大空を飛び回り、轟音を奏でて飛翔する。
最大勾配旋回、低空逆転飛行、小角度最速速度着陸......。卓越した飛行技術が、リョウウンの目の前で繰り返されていた。
彼は飛行指揮塔で指揮をとっており、たまには自分で飛行模範を示す。
今回は平時の訓練とは異なり、高負荷を身体に加え続けては、難易度の高い飛行技術を完成させるという内容だった。
数時間の訓練の末、リョウウンは終了の合図を鳴らす。
その音を待っていたかのように戦闘機は格納庫へと移動を開始し、収納し終えた者から汗を拭いながら降りてきた。
普段は平気な顔で飛行をする者も今回ばかりは顔色を悪くしており、中には吐き出す兵もいるようだった。
リョウウンが全員を訓練場から見送り、一緒に離れる準備をしていたとき、突然三機の戦闘機が再び昇空し始めた。
「!!...誰だ?」
そのうちの一機はバイロインの戦闘機で、後ろについていた二機は彼の部下が運転しているようだった。
三機はまた難易度の高い動作を始める。十数トンの重い鉄の塊が、彼らの操縦によって、まるで小鳥のように軽快に飛び回る。
その様子を見たリョウウンは目を細めたが、その瞳には驚喜の色が含まれていた。
ーーあいつは本当に変わったのか!!
リョウウンが撤収の合図を送ってなお訓練(作戦)を実行する者は、支援がない中を飛び回るという意味で自殺行為に近い。
その精神は褒められたものだが、このような策略は適切ではない。
リョウウンは、すぐ降り立つであろうエリアに向かって歩いて行った。
三機が着陸し、機内からは平気そうなバイロインと、顔色が悪い二人の兵士が降りてきた。
「もういいだろう。すぐ休みなさい」リョウウンは少し強めの口調で指示を出す。「これからまだ先も長い、今はこんな無茶をするべきではないだろう!」
そう諭すリョウウンに対し、バイロインはすぐに否定の意を顕にする。
「だめです。今日の訓練が目標に達しなければ、休むことなど出来ません。」
以前はリョウウンが訓練に対して色々と難癖をつけていたが、今では逆の立場になっているように見える。
「後ろの部下を見てみろ。こんな状態で続けるべきじゃない!」
リョウウンの怒りに全く屈しないバイロイン。
「人の潜在能力は無限大です。たとえどんな状況であろうと、目標を達成し続けることは可能なはずです!」
行くぞ!!と怒号が発せられると、三機は再び大空へと飛び立っていった。
「...はぁ」
深く息をつくリョウウンは、今後を考えて話の場を持つ必要があるなと呟いては空を見上げていた。
まるで戦闘機から降りて来たばかりのような格好で、部屋に訪れたバイロイン。
「何か御用ですか?」
そう尋ねる彼の髪は、シャワーを浴びた直後のように濡れている。
「まあ、座ってくれ。ゆっくり話したい事がある」
その指示に従い席に着くと、タオルで自分の体から汗を拭いとる。
しばらくすると、食事を届けに部下が入ってきた。
その手元には、訓練地では中々お目にかかることのないほど豪勢な食事が用意されていた。これは、リョウウンがバイロインのことを考えて用意したものだったのだが、これに気づいたバイロインは怒りを露わにする。
「誰がこんなものを用意しろと言った!? こんなにいい食事を用意して、俺たちに取り入ろうとでも考えているのか!!」
「い、いえ......」炊事兵は驚いてリョウウンの方をちらっと見たが、すぐに何かを察して肯定する「....はい。」
「そんなことをするくらいなら、今すぐ食堂で腹を空かせている奴らにでも持っていってやれ!!」
バイロインの言い分にリョウウンは驚きを隠せない。
自分自身をここまで傷めてつけて、食事もまともに取ろうともせず、一体その力はどこから湧き出ているのか。
バイロインが素朴な料理を求めたため、リョウウンもそれに従うしかなく、一緒に饅頭を5つと具がほとんど入っていないスープを食べ始めた。
バイロインは饅頭を大きく頬張り、ほとんど二、三口で胃の中に収めている。
リョウウンが食べ始めた時には饅頭を食べ終わり、リョウウンが饅頭の二つ目に手をかけた時にはスープさえ飲み干していた。
いっぱい食べたと言わんばかりのゲップをして、バイロインはリョウウンの目を見る。
「何か、言いたいことでも?」
あまりの速さに驚きながら、ゆっくり食事をするという計画も崩れ、リョウウンは機械的に首を横に振るしかなかった。
その様子を見たバイロインは嬉しそうな顔を浮かべると「じゃあ、訓練に行きます」と言い残して部屋を出ていった。
リョウウンは訓練に出かけようとしていたバイロインを部屋の中に入れ、彼が過ごす一帯が消灯するまで見守り、自分の部屋に帰る。
そろそろ眠りにつきそうだと思っていた時、突然ゴゴゴッ!!という騒音で目が覚める。
「何事だ!?」
リョウウンはパイロットをして何年もいたが、脳が正常に働かない状況で、この音が何であるのかがわからない。
それもそのはず。こんな夜遅くに訓練をする者など、今までいなかったのだ。
急いで服を着て外に出ると、戦闘機が離陸寸前だった。
よく目を凝らしてみると、その機体はバイロインが操縦するものらしかった。
「バイロイン!!!!」
一度や二度ならその心意気に感心したが、ここまで回数が重なるとそうはいかない。
急いで司令室に向かっては指揮命令を強行し、バイロインに緊急着陸を行わせた。
そして機体から降りて来た彼を縄で縛って寮に返し、ベッドに押し倒しては服を脱がし、布団をかけて明かりを消す。
「大人しく寝やがれ!!」
そう言って、やっと安心してリョウウンは部屋に戻った。
布団の中から温もりを感じ始めた頃、暫くしてまた部屋の外から戦闘機の離陸音が聞こえ始めた。
「...あいつ。」
今度はバイロインを縛るだけではなく、ドアの外から鍵をかけて閉じ込める。
しかし、鍵開けのプロでもあるバイロインの手に掛かれば、ものの三分もしないうちに突破しては訓練場へと向かっていた。
リョウウンがベッドに戻った瞬間に再度、戦闘機の離陸音が聞こえてきたため、今度こそ本気で怒りが湧いてくるものがあった。
「いい加減にしろ!!!」
今度は直接バイロインを自分の部屋に引き込み、枕に顔を押し付け、彼が眠りに落ちるまで側で見守り続けた。
ーーやっと、静かな夜が訪れたか。
そう思ってリョウウンも眠りにつき、夢を見始めたころ。彼は戦闘機を操縦していたのだが、その操縦が思うようにいかず機体が揺れに揺れていた。
ーーおかしい!この俺が操縦できないだと?
夢の中でも完璧な飛行をするはずのリョウウンだったが、あまりの異常に思わず叫んで目を覚ましてしまう。
すると、本当に誰かが自分を揺らしているのに気づいて顔を上げる。
「...お前」
自分の体を揺らしていたのは、陰気な目でこちらを睨んでくるバイロインであった。
「訓練の任務を手配してください」
そう言うバイロインの額に手を寄せ、思い切り叩くリョウウン。
「ふざけたことを言うんじゃない!寝かせてくれ!」
しかし、懇願するように話すリョウウンのことは見えていないかのようにバイロインは大声で繰り返す。
「訓練に行かせてください!行かせてください!」
訓練に〜〜...その言葉を何回聞かせられただろうか。
眠たい目を擦るリョウウンの顔は、疲労の色が濃かった。
_____________________
お久しぶりです!
僕も就職が決まって卒業もし、中国では大きなニュースもあり、色々と変化のある年初めになっていましたが皆さんはいかがお過ごしでしょうか?...(笑)
もっと早めに投稿する予定でしたが、もう僕はこのペースでしか動くことができないようです。
あと少しで100万回アクセスになるので、そこまでいったら何かお祝いもしたいですね!
毎回話していますが、僕の素人翻訳でも待ってくれている皆さんありがとうございます。恐らく、もう色々な方が翻訳されていますので、続きを求める方はそちらを追ってみてください。
そして、皆さんのコメントが次への意欲につながりますので、よろしくお願いします。
:naruse
第73章:本気の怒り
グーハイの会社に着くと、バイロインは真っ先に受付嬢の元に駆け寄る。
「すみません、ここの社長に会いに来たのですが...!」
「あ、バイロインさん。社長ですね、わかりました。」
そう言って受付嬢は直ぐに受話器を手に取り、耳にあてた。
「もしもし?」
内線はエンのデスクへと繋がったようだ。
『副社長。お客さまが社長にお会いしたいと...』
ーーー受付嬢からの内線、社長への来客...
エンは電話を終えると、その来客が誰なのかを瞬時に把握する。
「...お兄さんね」
前回。同じような内容で失態を犯したエンは、その教訓から何がなんでもグーハイへ伝えなくてはいけないと思い、直ぐに立ち上がると執務室へと駆け出した。
エンとの通話を終えた受付嬢は、目の前に立つ男性を待合室へと案内するために立ち上がる。
「社長はもうすぐ着きますので、あちらのソファーでお待ちいただけますでしょうか?」
バイロインはこの待ち時間を利用して、乱れた息を整える。
「ッン...フーー。はい、わかりました」
訓練された呼吸器官は瞬時に冷静さを取り戻す。しかし、その額からは大量の汗が滴り落ちていた。
「それと、こちらをどうぞ」
それを見ていた受付嬢は、そう言って用意していたタオルを手渡す。
「ああ、どうもありがとうございます」
礼儀正しくお礼を言うイケメン将校に、受付嬢はうっとりとした表情を浮かべていた。
執務室まで走って行ったエンがドアを開けると、トンがソファーで横になりながら雑誌を読んでいた。
「今度はまた、何の用ですか?」
トンが大きいため息を吐き出しながら尋ねてきたが、エンはそれを無視して奥の部屋の扉へと進む。
「ちょっと、何をしてるのですか?!」
そう言って急いで立ち上がったトンは、彼女の手首を握りしめ、ドアをノックしようとする手を強引に止めた。
「社長は今、仮眠をとっています。...急用でないなら遠慮してください」
「その急用があるの」
そう言ってトンの顔を睨みつけ、握られた手を振り解く。
「はぁ....。あのですね、今。社長は仮眠をしていると言いましたが?」
最後まで言葉を紡がなかったが、”それを邪魔するほどの急用など、エンには存在しない”と顔に書いてある。
「だから。たとえ仮眠をとっていたとしても伝えなければならないほど、重要なことがあるって言ってるの」
どこか虚な瞳で宙を見つめ、エンは少し苦い顔を浮かべる。
「...私は必ず彼を起こして、来客があるということを伝えなきゃならない。あの人が来たら、何があっても真っ先に伝えないといけないの!」
そう躍起になるエンを冷たい瞳で鎮めさせる。
「もっと現実味のある作り話を用意したらどうですか?」
「...作り話、ですって?」
エンはこれ以上彼に何を言っても意味がないことを悟る。
「グーハイ!バイ...ん!んん?!!!」
急にグーハイを起こそうと大声を出そうとしたエンの口を、慌てて塞ぐトン。
「気でも狂ったんですか!?」
エンは瞬時に自分の口を覆う大きな手にガブリと噛みつくと、驚いたトンは慌ててその手を彼女の顔から引き離す。
「きみッ...!!。....かつて、僕はこんな素敵な女性と会った事がないね」
たっぷりの皮肉を込めた棘を放つが、エンも「あら、奇遇ね。私もあなたのような素晴らしい男性とは出会った事がなかったの」と言い返してきた。
しばらくの沈黙を破るように、エンはポケットから携帯を取り出し、直接グーハイに電話しようと呼び出し欄を開く。
すると、彼の部屋から鳴るはずの呼び出し音は、トンのポケットの中から聞こえてきた。
「どうして?!」
ポケットからグーハイが使用しているスマートフォンを取り出すと、エンの目の前に掲げ、口元に冷たい笑みを浮かべる。
「そんな変なこと、...いきなりしないでください」
全てを妨害してくるトンに、エンの瞳は赤く染まり潤う。
しかし、しばらくするとその瞳は冷静さを取り戻し、次第に冷たい色味を帯びていった。
「そうね。ならいいわ。ずっと、ここで番犬の真似事でもしてなさい」
そう言う彼女の口元は、綺麗な弧を描いていた。
五分ほど待ったが、一向にグーハイが降りてくる様子がない。
時間に余裕がなかったバイロインは、再度フロントを訪ねる。
「あ!バイロインさん、大変申し訳ありません。社長は現在出払っているようで、お会いすることは難しいかと...」
「何かあったのですか?」
バイロインの整った表情から、怒りの感情が滲み出る。
「先ほどは大丈夫だとおっしゃっていませんでしたか?」
受付嬢は彼からの圧を耐えきれず、罪悪感を抱いた表情で、先程までとは比べ物にならないほど小さい声を出す。
「た、確かに先ほどは大丈夫だったのですが...!ですが、お待ちしていただいてる間に副社長から折り返しの連絡がありまして。とある事情で社長へと連絡がつかなかったと...」
「もう大丈夫です」
バイロインは彼女の話を最後まで聞くことなく、自分の携帯を取り出してグーハイの番号を呼び出していた。
何回か呼び出し音が鳴った後に、通話が繋がる。
『もしもし?』
電話越しから聞こえてきた声は、自分が想像していたものとは違った男性だった。
「グーハイはどこにいる?」
バイロインは、自分の恋人の電話に出た何者かに尋ねる。
『彼なら寝ているよ』
彼ーーならーー寝てーーいる..........
この言葉は冷たい氷の刃となって、彼に会いたいと熱くしていたバイロインの心に突き刺さり、大きな穴をつくった。
「そ、う」
バイロインが呻き声に近い返事を返すや否や、その通話は切られる。
しばらくその場で硬直していたバイロインは、ゆっくり彼が降りてくるはずだったエレベーターを見つめる。
筋肉で統制された腕が、その全ての機能を失ったように、だらんと力なく垂れ下がる。
ーーそう、か。
バイロインはゆっくりと、しかし大股で、会社を背にして歩いて行く。
車を走らせ軍に戻る途中、何を思ったのかバイロインは空いた窓の外へと、携帯を投げ出した。
携帯電話のケースが四分五裂し、尖った薄片が窓にぶつかって、鋭く耳障りな音を立てる。
そしてそのまま、車と電話は離れていった。
グーハイが目を覚ましたのは、先の出来事から三十分後のことだった。
「んぁ...」
手は習慣的に携帯を探し、バイロインから何か連絡がなかったかを確かめようとしたが、いくら探しても枕元にあるはずのものはなかった。
「なんだ?」
そう言ってあくびをしながら立ち上がり、扉を開ける。
執務室では、トンがタバコをくわえて、目を細めながら書類を見つめていた。
整った顔にはいくつかの愁色が漂っている。どうやら彼を不満にさせるものがたくさんある様子だった。
「...エンでも訪ねてきてたのか?」
グーハイがそう質問することで、トンは彼の存在に気付く。
「何度か来てましたけど、追い払っておきました」
書類から視線を逸らさないまま、質問に答えるトン。
「何か言ってたのか?」
「...くだらないことですよ」
そう言って顔を上げると、苦虫を潰した表情でグーハイを見つめる。
「今時、あのような態度の女性は酷いと思わないのですか?...正直言って、この会社にどっぷり浸かったロクでもないやつだと思います」
グーハイはトンのそばに座って、ゆっくりとタバコを口に咥える。
「俺がそんな女を置かないことくらい、わかるだろ?」
「...まぁ、知っていますけど」そう言って煙を吐き出す「ですが、彼女のような甘やかされて育った令嬢は、あなたにとって毒でしかない。」
その言葉を聞いて、グーハイは乾いた笑い声をあげる。
「ああ。そういえば」
思い出したように自分の胸ポケットからグーハイの携帯を取り出し、それを本人へと返す。
「なぜ俺の携帯をお前が?」
グーハイの質問に対して、模範解答を作っていたかのような速度で答える。
「僕には電話を止める義務があります。...ある女性が。寂しさに耐えられずに電話を掛け、あなたの睡眠を邪魔しないとも限りませんから」
トンの返事に軽く笑うと、頭をコツンと指で突く。
「俺のことをよく分かってるようだな!」
電話を受け取り通信記録を遡ると、そこにはバイロインからの通話記録が。
その瞬間、グーハイが先ほどまで浮かべていた笑みが一瞬にして凍った。
「おい。もしかして俺に電話があったのか?」
グーハイが尋ねると、トンは頷く。
「さっき、あなたが寝ていたときにありましたけど...」
グーハイの顔色が急変する。
「な、何を言ってたんだ?!!」
「特別な話でもなかったみたいですけど。...ああ、どこにいるのか?とか聞いていたような気がしますね。」
「それで、...なんて返事をしたんだ?」
寝起きとは思えないほどの焦り顔を浮かべる。
「”彼なら寝ているよ”とだけ、伝えました」
その言葉を聞いた瞬間。グーハイの逞しく太い眉毛が、もう少しで繋がるのではないかと思うほど、鋭く眉間に皺を寄せていた。
この件に関して怒鳴る余裕もなく、急いでバイロインに電話をかけたが繋がらない。
通話履歴を遡ると、バイロインから電話があった少し前にエンからも電話があったことに気づく。
「あいつ!!」
グーハイは携帯を握りしめ、大きな音を立てながら扉を開いて出ていった。
「エン!!!」
自分を訪ねてきたグーハイが目の前にいる。その事実に、瞳の底に淡い喜びが溢れる。
しかし、その喜びとは対照的に、しかし想像していた通りの冷たい声がかけられた。
「あいつが訪ねてきたんだよな?」
「そうね」
エンはこの瞬間を待っていたかのように笑みを浮かべる。
「あなたが寝ている間に来ていたわ。起こしに行ったのだけど、あの”トン”に邪魔をされてどうしようもなかったのよ」
エンは、トンという言葉をわざと強調して答える。
「お前は、二度も同じ失態を犯して。どうなっているんだ?」
しかし、その続きはエンが想像していたものとは違い、怒りに満ちた内容になった。
「...こんなことなら、この会社に副社長は二人もいらない。お前よりも優秀な奴が俺の側にいるべきだしな、そうだろ?」
その言葉を聞いた瞬間、エンは勢いよく立ち上がる。
「もう、もういいわよ!!!」
幼き頃より可愛い一人娘として育てられてきたエンは、誰にも怒られることなく、優秀な道を辿っていけるはずだった。
しかし、彼女にとってグーハイは、そんな輝かしい未来さえも犠牲にしてまで、尽くしてあげたいと思う存在になっていたのだ。
「あなたの事を想って、想って、想い続けて来たのに。そんな事を言うなんて...。もういいわ!こんな会社、私から願い下げよ!!!!」
エンの弾けた想いは、気が立っている今のグーハイにとって、火に油を注ぐようなものだった。
「この声量で俺起こしていたら、俺はとっくに目を覚ましていただろうな!それに、電話はどうした?なぜ俺が起きるまでかけなかった?!」
怒鳴られるエンの瞳は、すでに決壊寸前だった。
「電話?電話なら誰が持っていたのか、起きた時にあなたも確認したでしょう?!なんなのよ!!!もう勝手にして!!!!」
そう言い切り、エンはその場にしゃがんで顔を膝に埋める。その肩はひどく震えていた。
「もう、いい」
そう言い残し、グーハイはその場を後にした。
グーハイが扉を開くや否や、トンはため息混じりに冗談を口にする。
「はぁ。あなたから二人の付き合いの機会を減らして欲しいとお願いしてきたのに、なぜまた自分から彼女のオフィスに行ったんですか...」
トンはまだ事の深刻さに気づいていない様子だった。
グーハイは、急いでバイロインを探しに行った後に話をつけようと考えていた。しかし、このセリフが沸点を突き破る原因となり、感情のままにトンの襟を大きな手で掴み上げた。
「なぜエンを通さなかった!!?」
トンはこの状況に戸惑いながらも、冷静に返事をする。
「は、離れさせてほしいと言ってませんでしたか?」
普通の人なら早いうちに泣き出してしまうほどの眼力でトンを睨みつけると、額をガンと合わせては低く唸る。
「お前はまだ、グーヤンの味方だったんだな...!」
グーハイは急いで部隊に駆けつけバイロインの部屋へと辿り着いたが、ドアは鍵がかかっていた。
「インズ!!」
彼は合鍵でドアを開けたが、中ががらんとしていて、荷物としておいてあったスーツケースがなくなっていた。
「... ....。」
グーハイは一瞬で心を入れ替え、彼の身体能力をフルで生かした走りで伝達室に向かったが、そこでもバイロインに会うことは叶わなかった。
「あ、グーハイさん!」
そこにいた将校は、グーハイを見て挨拶をする。
「バイ隊長に会いにきたのですか?それなら惜しかったですね!もう三十分も早くついてたら、最後まで出発を渋っていた隊長と会えたかもしれなかったんですけど」
その言葉を聞いたグーハイの心が、どれだけ締め付けられたかは言うまでもない。
ーーあいつはきっと、臨時に知らせを受けたに違いない...
自分に会うために急いで会社に駆けつけたが、結局。自分は寝ていたのだ。
ーーーしまいには、俺の声を聞こうと掛けた電話から他の男の声が聞こえたってわけか...。
グーハイは、バイロインがどんな表情で会社を去り、訓練へと向かったか。容易に想像することができた。
「インズ....。」
重い足取りでバイロインの部屋に戻ると、目の前には昨夜の痕跡があった。
ベッドの下の本は几帳面に並んでおり、どの本にもバイロインが読んだであろう跡が窺える。
ーー俺と会えないまま。そのまま行ってしまった。
最後の挨拶もできず、最後の食事もできず、最後の愚痴すらも言えなかった。
これからは冷たい布団で寝て、合わない食事を我慢をして、夜遅くまで厳しい訓練を行うであろうバイロインを想像し、グーハイは言葉にできない苦しみを覚えた。
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メリークリスマス!!皆さんは楽しい1日を過ごせたでしょうか?
この更新が皆さんの楽しみの一つに加わることができたのなら、僕としても嬉しいです!
それと、前回。コメントに関しての後書きをすると、多くの方からコメントを頂けたので大きな励みになりました!ありがとうございます!
:naruse
第72章:理解できない男
毎朝、エンはグーハイのいる執務室に赴いては点呼(打个卯=軍隊式のような言い方。現代でいう挨拶のようなものだと考えて下さい)をする。いつしか、それが彼女の習慣になっていた。
彼女はどんな些細なことーーその大半はグーハイに会う事を目的とした、報告するまでもない口実なのだがーーでも報告する優秀な人材であり、彼に会えない日にはいつも心が落ち着かないでいた。
今日もいつものように彼の部屋へと向かっていたが、その扉の前にはエンが一番出会いたくない人物が立っていた。
トンは執務室を出ると、エンが扉のそばに立っているのを見て、その姿を舐めるように視線を動かして観察する。
「何しに来たのですか?」
どこか嘲笑が含まれる声色でエンに尋ねる。
「何しに来た、ですって?」
エンはわざとらしく鼻を鳴らすと、彼の質問に答えぬまま歩を進めた。
「状況を説明しないと入れる事ができません」
ドアノブへと手を伸ばしたエンの腕をトンが掴み。制止する。
「...どうして私の邪魔をするの?」
エンは頬を赤くしながら、静かに肩を震わせる。
「副社長は身をもって模範を示さなければなりません。もし、あなたがその職権を利用して社長に迷惑をかけていたとしたら?...他の従業員にどう顔を向けたら良いのですか?」
トンの台詞がオフィスへと届いたのか、背中から多くの目線が送られているような気がする。
ーーふん。この場において私に歯向かおうとしているの?
エンはゆっくりと強者の笑みを浮かべる。それも仕方がない。この会社では、女性より優れる男性など、ただ一人しかいないのだ。
急に外界から入ってきたトンなど、社内の雰囲気を考慮したらエンの敵ではなかった。
「どうして、私が社長に迷惑をかけに来たと思うのかしら?」
エンは手に持っていた書類をトンの眼前へと掲げる。
「私は書類を持って来ているの。そしてこれは、社長の手に渡す必要があるわ。...私のことを暇か何かと勘違いしてるのかしら??」
そう言って目の前でちらつかせられた書類を、トンは素早く奪い取ろうとする。
「ちょっと見せてください。...重要な書類かどうかを確認してみます。」
トンの迫る手を華麗に捌くと、「午後に使用する会議の原稿なの」と余裕を持って口にする。
書類の内容を確認した後も、トンがどこか不満そうな表情を浮かべている。
「そうでしたか。ですが、これは秘書がやるべき業務では?...なぜ、副社長であるあなたが作っているのですか?」
トンの発言に、エンはしっかりと深く息を吐いて残念そうな表情を浮かべる。
「社長には秘書はいないの。これらの事は、ずっと私が彼のために行って来てるのよ。」
「...そうでしたか」
そう言うや否や、今度はしっかりとエンの書類を奪い取り、そのまま執務室に入っていく。
「えっ!?」
数秒後に部屋から出てきたトンは、驚いた表情をして固まっていたエンに「書類は私の方から渡しておきますので、もう戻って下さい」と告げる。
エンが怒りで肩を震わせている様子を見て、トンは優しい笑みを浮かべる。
「どうしたのですか?...ああ、なんなら送って行ってあげましょうか? もちろん、お礼なんていらないですよ。お互い、仲良くしないといけないですしね」
エンは真っ赤な目でトンの後ろのドアの取っ手を見つめる。
ーーくそっっ!!
悔しいが、もう中へ行くことができない。後ろには、多くの視線がある。ここで無駄に行動しては、品位が窺われる。
先ほどまでは応援に感じていた視線が、今ではナイフのように突き刺さる。
「自分一人で、大丈夫ですから...」
エンが恥ずかしそうに立ち去った後ろ姿を見て、トンは口元に笑みを浮かべた。
午前中、エンはどこか心が落ち着かなかった。沸点まで沸かないじわじわとした怒りが彼女を支配しようとした時、ちょうど販売責任者がデータ分析表を提出しに来た。
ーーやったわ!これでまた彼の元へ行ける!
そうと分かった瞬間に化粧を直し、再び執務室へと歩き始めた。
結局、途中でまたあの邪魔者に出会した。
エンはトンを無視しようとしたが、彼はまたもエンの行く手を止める。
「今度は何をしに来たのですか?」
「...社長を探しによ」
力強く返事をする。
「今度は、何を届けるつもりですか?」
曖昧にした部分をトンは再度尋ねられたため、流石のエンもそう何度も誤魔化すことはできずに、「最近の販売データの分析よ」とだけ口にする。
「そうですか、では」
油断している隙に、またもやトンに書類を奪われる。しかし、エンは強気な姿勢を崩さない。
「あなたが送っても無駄よ。その販売ラインはずっと私が担当しているの。...だからその書類をこちらに返してくださる?」
エンの勝ち誇った顔に、思わず鼻で笑う。
「このような結果を、よく彼に報告しようと思えましたね」
「...どういう意味よ」
トンの言葉に、エンは顔の表情を少し暗くする。
「...この内容を見る限りでは、四半期の販売実績が競合企業とあまり差がないようですね?...広告へ莫大な予算を割いている割には還元もないようなものですし。販売部門はあなたの私服を肥やすためだけに存在しているかのような業績に思えます。...そんな書類を持って社長へ会うなんて、勇気があると言うべきなのか。私なら、恥ずかしくて穴に潜っていたい気分ですよ」
彼の言葉に言い返すことが出来ず、彼女の赤く潤った唇が怒りでかすかに震えていた。
「変な考えをしてないで、もっと仕事に集中して下さい。」
そう言って執務室へと入って行くトンの背中が見なくなった時、エンは自分の手のひらが汗だらけになっていることに気づく。
ーーわ、私が怒られたの??!
エンが濡れた手を再度握りしめる。
ーーどうして新しく来た副社長が私に指図するのよ!? ...この会社は、私がグーハイに付き添って少しずつ大きくしてきたって言うのに!?
沸々とした怒りが、普段の端正な表情ではない、歪んだ表情へと変える。
ーー私の指導と管理が駄目なら、この会社の販売部門は今のような規模になってないはずよ!!そんなに自分の力に自信があるなら、あなたが引き継いでやればいいじゃない!!
この気持ちは昼を過ぎても落ち着かなかった。
さらにエンの情緒を不安定にさせた原因は、彼女が朝から今までグーハイの影さえ見ていないことにもあった。
お昼ご飯を食べに社外へ出るとき、そこで初めてエンはグーハイの姿を見た。
しかし、その隣にはトンが一緒になって歩いており、二人はエレベーターへと向かっているようだった。
「グーハイ!!」
エンは急いで二人の後を追ったが、彼女の声が届く前に二人を乗せたエレベーターの扉は閉まってしまった。
数字が小さくなっていく電子版を見て、エンはまた気分が下がるのであった。
午後。エンが自分のデスクに着くや否や、技術部門の主任が訪問してきた。
「副社長、もう一度ご確認いただきたい事があるのですが...。この修正後のサンプルはどうですか?」
そう言って差し出された図面を見て、縁が驚きの表情を浮かべる。
「このサンプルはとっくに審査に合格したんじゃなかったの?どうしてまた!?」
主任はどこか気まずそうな顔をしながら「前回は審査に合格しましたが、トン副社長から電話が来まして。...私たちの設計サンプルは材料の購入を考慮していないとおっしゃっており、多くのやり直しをくらってしまいまして...」
主任の話が途中なうちに、エンはデスクを勢いよく叩いて厄介者の元へと駆けていった。
しかし、トンがいるはずのデスクには誰もなかった。そこで、エンは大股でグーハイの執務室へと向かう。
ーーもう我慢ができない!!
エンはグーハイへ不満を伝えに廊下をドスドスと移動する。
「社長?失礼します」
何度ノックしても中からの反応はなかったので、エンは静かに扉を開ける。
「....え」
目の前の光景を脳が処理できない。
トンがグーハイの席に座るだけではなく、足を机の上に乗せて横柄な態度で饅頭を頬張っていた。
「何か、ご用ですか」
ゆっくりとトンの元へ歩み寄り、死んだ目で彼を見つめる。
「グーハイが...社長が、あなたの、この姿を見られても平気だとでも?」
エンにそう問われ、口に含ませていた饅頭を飲み込む。そのまま格好つけるように前髪を掻き上げ、整った表情で話し出す。
「彼が僕をここに座らせてくれたんだ」
そう言って後ろの仮眠室を指す。
「彼なら中で寝ていますよ。僕のこの姿を見せたいなら、ノックでもして起こして来たらいい。...だが、彼が出てきてから最初に叱るのは僕ではなく、あなただ」
決め台詞のように話しながら、最後にエンを指差す。
そうしてゆっくりとマグカップに入ったコーヒーを飲み干した。
ーーそのマグカップは...!!!
エンは彼が口にしているマグカップがグーハイの私物だということに気づく。
トンは彼女がグーハイと何年も知り合ったことを知っていて、グーハイの生活用品に触ったことがないことを逆手に煽っているようだった。
「...ふん。いつまでそうして居られるかしらね」
そう吐き捨て、振り向いて執務室を後にした。
午後四時、バイロインの携帯が鳴り響く。ーーー上司からだ。
「...はい」
『シャオバイ!キャンプで訓練に参加する兵士に連絡してほしい事がある。出発時刻は午後五時になった!急いで準備するように!』
五時...その時間に驚愕の表情を浮かべる
「五時ですか?!この前は夜九時と言っていましたよね!?」
『計画に変更はつきものだ。車隊はもう派遣されたし、数時間早くなることくらい些細な変更だろう?』
そう言って切れた携帯を置き、バイロインは暗い表情で下を向く。
時間が早まる。それは約束していた最後の食事は自動的になくなることに繋がる。
ーーもっと、もっと早くに分かっていたら!
だが、もう時間は残されていない。
朝、出かける前にグーハイを蹴って追い出したのが最後の別れになるとは思っていなかったバイロインは、沈んだ気持ちになる。
「どうしても無理なら、電話でもかけ....」
ピリリリリーーー...
携帯電話が鳴った。
「もしもし?!」
『おお、出るの早いな!』
上司からだった。
『シャオバイ!さっきの連絡だがな、言い間違えてた事がある!五時じゃなくて、六時だ!六時だっ...』
最後の言葉を聞く前に電話を切ると、何も考えずに車の鍵を手に取って駆け出す。
車に乗ってキーを回すと、最高速でグーハイの元へと向かっていた。
ーーせめて、最後に窓越しからでも姿を見て行きたい...!
そう思いながら車を走らせる。軍部とグーハイの会社は五キロも離れていない距離だが、しばらくすると渋滞に捕まってしまう。
「なんだ!?」
前方を見つめると、交通事故が発生しているようで、交通警察が現場を片付けている最中だった。
腕時計を見るが、まだ少しだけ時間はある。
しかし。結局はこの渋滞に十分ほど捕まり、時間に余裕を持たせた運転がチャラになってしまった。
バイロインは焦って腕時計を見る。
「くそッ!!」
このままでは間に合わないと思い、ハンドルを思い切り叩く。
「...グーハイ!」
バイロイン思い切って車から降り、大股でグーハイの方向に向かって走り出した。
_____________________
こんばんは!まだ更新を待ってくれている方がいるのかわかりませんが、自分のためにも細々と続けていくつもりです!
最近はないですが、コメントなどをいただけたら、やはり嬉しかったりします笑
文章もいつまで経っても拙いですが、暖かい心で読んでいただけたらと思いますっ
:naruse
第71章:今日のトップは...
帰宅したのちに晩ご飯を食べ、二人で部屋の片付けをしていると、グーハイはバイロインのベッドの下にある謎の箱を見つけた。
「...なんだ?」
ベッドの下から引っ張り出して覗いてみると、箱の中には沢山の本が入っている。
その殆どが経営やら交渉術に関する本で、残りは商業の雑誌が少しばかりあるだけだった。
「これは...殆ど限定版...?」
その本は通常で出回っているような代物ではなく、グーハイはバイロインがどのように入手したのか、わからないでいた。
「...おい。お前、こんな本を読んでんのか?」
グーハイの手元にある本を見て、少し苦い表情を浮かべるバイロイン。
「まぁ。暇な時に少し、な」
グーハイは手に持っていた本をしばらく眺めていると、急に口を開きだす
「インズ、本当はまだビジネスをしたいんじゃないのか? 本当は部隊にいたくないんじゃないのか?...今から転職をしても遅くない。俺が手を貸してやる」
「...お前は突然変なことを言い出すな」
バイロインはカラカラと笑う。
「そんなこと、考えたこともなかった」
「じゃあ。なんでこんな本なんて買ったんだよ?」
バイロインはしばらく黙っていたが、諦めたように口を開いた
「...お前に買ったんだ」
「俺に?!」グーハイは驚きの声を上げる「じゃあ、なんでくれなかったんよ?」
「...買ってきて自分で読んだんだ。そしたらどれも似たような事ばっかり書いててさ。...あげる意味ないんじゃないかって思ったんだ」
グーハイはバイロインのことを愛している。
彼のその真っ直ぐな表情も、困ったような表情もどちらも大好きである。だが、それと同時に自分を困らせるような、感情を簡単に左右させてしまう力も感じていた。
だから今回のどこか陰りのある表情も、グーハイは気になって仕方がなかった。
「でも、どうして俺に本なんかを?」
「それは...。お前、自分の会社を上場させる気はないのかよ?」
バイロインはグーハイの執務室に入った時、それに関する資料を見つけ覚えていた。そして、グーハイの経験不足を恐れ、肝心なところで失敗するのではないかと心配していたのだ。
「...インズ」
グーハイがいきなり抱きつこうとしたので、バイロインは全力でそれを拒む。
「警告だっ!俺に欲情するなっ!...今のうちに言う事を聞いておいた方がいい!」
バイロインはグーハイが自分に飽きてしまうことを恐れていた。このような事を繰り返せば、いずれ体の関係で冷めてしまう。
だが実際は、グーハイに求められるのが嫌なわけではない。むしろ、彼が欲情している姿を見ると自分も興奮する。そして、気づいたら自分の方から体を差し出しているのだ。
「興奮してるんじゃない。ただ、本当の気持ちを伝えに来たんだ」
そう口では否定しながらも、自分のものをバイロインへと擦り付ける。
バイロインから抵抗されようが、本気で嫌がっていない彼の力などグーハイにとっては何の邪魔にもならなかった。
しかし、ドアの近くを度々部下が通りかかるので、その足音を聞く度に気持ちが冷めていく。
「...グーハイ。やっぱりやめよう!俺は明日からまた訓練があるんだ」
この話を聞いた瞬間、今まで喧嘩の材料になってきたことを思い出し、グーハイは苛立つ心を必死に鎮める。
「...この前聞いた話ではまだ先だったろ?何でまた急に明日になったんだ?」
「命令が更新されたんだ。出発は明日の夜だが、詳しい時間はまだわからない。...安心しろ、仕事に行く前にお前のところによって一緒に飯を食べるさ」
「インズ...」
グーハイはバイロインの頭の後ろへ大きな手を回し、それをゆっくりと自分の肩に引き寄せて強く押し付ける。
「寂しすぎる...。俺ら、たった数日しか一緒にいられなかった」
バイロインは「そうだな」と言いながら顔をずらし、逞しい胸板へと頬を擦る。
「でも、これも将来俺たちがずっと一緒に居続けるための試練さ。...優秀な成績を残せば、昇進も早くなる。そしたら、俺の権力も強くなって、誰にも邪魔されない二人だけの時間を作れるはずだ...」
「そうだな。そしたら、俺もお前が居ない時間を有効的に使って会社の整理でもしておくさ。...面倒ごとは全部片付けて、お前を待ってる。」
そう言いながら、グーハイは額へと軽い口づけを落とした。
「そうだ」
バイロインは何かを思い出して、戸棚から袋を取り出してグーハイに投げ渡す。
「ほら、これでも食って頭よくしとけよ」
飛んできた袋を受け取ると、それは意外にも重く、大体5キロほどあった。
「何だ?」
袋を開けて中身を確認すると、そこには大量のクルミが入っている。
「こんなに大量のクルミをどうしたんだ?」
グーハイの疑問に笑って答えるバイロイン。
「午前中に訓練の一環で大量のクルミを用意してだな、午後にそれを全て割ってやったんだ」
「訓練?まさか...何で割ったんだ?」
バイロインは片手をヒラヒラとさせると「自慢の拳さ」と言った。
その言葉を聞いてグーハイは顔色を変える。
「ちょっと見せてみろっ!」
グーハイの気迫にバイロインが慌てて口を開く。
「待て待て!俺がやったんじゃなくて、俺の部下たちがやったんだ!今日の午後に拳を鍛える名目で訓練をしたんだ!...へへっ。俺も意外とやるだろ?」
ニヤニヤと見つめるバイロインに釣られて、グーハイの口角がゆっくりと上がっていく。
「ほう。俺の奥さんは訓練で公私混同をしてるみたいだなぁ?...部下に何も聞かれなかったのか?」
「...聞かれたさ」
「何て言ってたんだ?」グーハイは笑いながらバイロインの耳元へと口を近づける「旦那の為にやらせているんだって伝えたのか?」
冗談を言うグーハイの息子を膝で押し退け、唇を尖らせる。
「言うわけないだろっ。...お前の兄貴にあげるためって言ったんだ」
「...何だよ、それ」
今度はバイロインがニヤけた顔を浮かべていた。
夜も深くなり、二人で映画を観ていた時。バイロインは手に持っていたリンゴを数回上へ放り投げては、口をひらく。
「なぁ、グーハイ。リンゴを食べないか?」
前に大量のりんごをグーハイが剥いて食べさせてくれたことを思い出し、バイロインも自分が剥いたものをグーハイに食べさせたいと思ったのだ。
「俺が剥いてやる。お前は明日から大変なんだ。今は何もしなくていい」
バイロインの思いとは裏腹に、グーハイがそう提案してきたので面白くない。
「いい。俺が剥いて食べさせてやるんだ。」
「だから、俺がやるって...」
バイロインの手から取ろうとした瞬間、それを阻止して包丁を取りに行き、剥き始めるバイロイン。
「どんな形がいいんだ?何でもできるぞ」
そう言いながらウサギの形を想像してりんごを削り始める。
ザクっ!!
バイロインの手捌きは危なっかしく、とてもどんな形でも作れると豪語していた男の動きには見えなかった。
「ほらっ!できたぞ!」
そう言って渡されたのは限りなく長方体に近いリンゴ。
ーー何だ?四角く切ろうとしたのか?
幸いにも、グーハイに何を作るのか言っていなかったため、バイロインの想像していたものからどれだけ乖離しているのかはバレずに済んだ。
「...どちらにせよ酷いな。」
そう言って、バイロインが持っていた果物ナイフを奪い取る。
「もういい、俺がやる。俺の方が綺麗に剥けるからな。食べ物を粗末にしないで済む」
グーハイがそう言うので、バイロインもどんなものが出来るのか興味が湧いてくる。
「どんな形でも出来るのか?」
「ああ、何でもできるぞ」
ーーだったら何があるか...
バイロインが一番好きなものは何かを考えている隙に、グーハイは手早く作業を終えて理想の形をつくり出す。
「ほら、できたぞ」
そう言って渡してきたものを受けとうとした瞬間、途中まで伸びかかっていたバイロインの腕が急停止し、小刻みに震え出した。
「...このッ。馬鹿野郎!クソ野郎!エロジジイめ!!」
バイロインが急に怒った理由はそのリンゴの形にあった。
なんと、そのリンゴはバイロインの息子に限りなく似た形をしていたのだ。
「お前が好きなのはこれじゃないのか?あ、何だ。もし俺のやつを想像してるなら無理だぞ?このリンゴじゃ小さすぎて再現できないからな!」
そう言って笑うグーハイとは対照的に、バイロインはすっかりやつれた顔をしていた。
先程の流れから、二人はベッドの上で戯れついていた。
ただの戯れ合いが甘みを深めていった時、バイロインはグーハイの耳を唇で優しく挟みながら、耳元で呟く。
「明日から俺は体を酷使するんだ。今日は俺が上をさせてくれ」
「ああ、お前がそうしたいなら好きにしたらいい」
今日のグーハイはかなり寛大な様子だ。
グーハイの返事を聞くや否やバイロインは気持ちが昂り、興奮して表情でグーハイの口を塞ぐ。
そのまま流れるようにバイロインの舌がグーハイの鎖骨のところまで滑り、しばらくその太い首に吸い付くようなキスを浴びせた後、更に下側へとゆっくり降りていく。
バイロインは器用に手を使ってグーハイのシャツのボタンを外し、露わになった立派な大胸筋の突起を求めて舌を這わせる。
グーハイもまた、バイロインの髪をくしゃくしゃに掴みながら快楽に身を委ねていた。
ボタンを全て外して、その鍛え上げられた鋼のような肉体美を見てバイロインが思わず「本当にかっこいいな」と溢す。
グーハイにとってバイロインの心からの賞賛は滅多にないため、このような夜の運動で溢す自分への甘い言葉は、最高の快楽になっていた。
ベルトを取ってズボンを脱がせたら、そこにはバイロインが求めていたものがテントを張っていた。
ーーさっきのリンゴとは比べ物にならないな...
バイロインが美味しそうに口に含むと、それを上下に動かし始める。
グーハイの呼吸はバイロインの動きに合わせて荒々しく吐き出されていた。
「気持ちいいか?」
バイロインがそう聞くと、グーハイはビクッと反応して腰を浮かせる。
「お..い、咥えながら喋るなよ」
そう言うと、バイロインの頭を掴んでもっと激しく奥まで咥えさせようとした。
「ンッ...!!」
一瞬苦しかったが、バイロインもそれを受け入れてグーハイの好きなように緩急を入れる。
バイロインの本気度が高まっていった瞬間、グーハイはその行為を止めさせる。
「...どうしたんだ?」
バイロインは少し咳き込みながら顔を上げる。
「トイレ…」
グーハイはそれだけ言い残すと、一目散にトイレへと駆け込んだ。
バイロインはこの時間を利用して部屋を暗くしていく。人目につかないようにカーテンもしっかりと閉めた。
バイロインがベッドに戻った瞬間、突然三発の銃声が部屋の中に響いた。
軍人の素養を備えたバイロインは、素早くベッドに伏せて低姿勢をとる。
その隙を狙って、一人の男がバイロインへと覆い被さり、彼の両腕を手錠で拘束した。
バイロインは状況が読めずにいたが、本能のままに体を捩って自分を押さえつけた男を見上げる。...すると、そこにはグーハイが自分に跨って笑っていた。
「何だぁ?バイ隊長はベッドの上での行動が早い様子でいらっしゃるなぁ。どうした?襲われた時の備えで練習でもしてたのか?」
グーハイの有り得ない行動に顔を真っ赤に染め上げ、バイロインは誰もが恐怖する恐ろしい双眸で目の前の男を射抜く。
両腕はまだ錠をかけられているが、バイロインは強い口調で捲し立てる。
「グーハイ!お前は本当に最低だな!...今日は俺が上でいいって言っただろう!」
「あ?そうだったか?...お前が軍服を着てプレイをする、の間違いじゃないのか?」
バイロインは激しく歯を軋らせる。
「やるにしても俺のその制服はやめろ!汚れるのだけは駄目だ!」
どれだけ凄んでも、グーハイには何も届いてなさそうだった。
「あーー?なんでそんなに怖い顔してんだよ」
その一言でバイロインの沸点は頂へと到達し、外にも聞こえるような怒鳴り声をあげる。
「おい!誰かこっちに来い!!ここに不敬な輩がいるぞ!!!!」
バイロインが外に呼びかけをしても、グーハイは動じずに、むしろゆっくりと弧を描く。
「呼んでみろよ。...何なら、見られながらプレイでもするか?」
グーハイの強気なその一言に、バイロインはしばらく黙っていた。
暫くして、バイロインはグーハイの言う通りに肌の上から直接軍の制服を着て立っていた。
制服から覗き見える腰のラインが、いっそう野性味あふれる魅力を惹き出していた。
ーーやっばいな...
グーハイはいつより興奮していた。
そのせいか、彼はほぼバイロインの身体全ての箇所を全部噛んでいた。まるで傷跡にも見えるその印は、バイロインの全てを覆い、誰のものかを証明するような輝きをみせていた。
グーハイは少しぐったりとしているバイロインをうつ伏せにし、上半身をベッドに伏せて、下半身を自分の方へ向けて地面に立たせる。
「...いいよな?」
その言葉を皮切りに、グーハイは自慢のデカブツをバイロインへと突き挿す。
「あッ!!!あっ...」
バイロインは体勢から来る羞恥心と快楽の狭間で揺れ動きながら、口を無意識に開いてしまう。
ーーせ、せめて制服は脱がないと...
そうは思っても、グーハイがそれを許さずに決してズボンを太ももより下には降ろさなかった。そのせいか、グーハイの方を見るたびに鮮やかな軍緑色がバイロインの視界に入る。
やがて二人は完全な快楽の状態へと入る。
バイロインは必死にシーツを引っ張り、ぎゅっと皺を寄せる二本のまっすぐな眉毛が、彼の今の幸せを表していた。
こんこん…
ノックの音がする。
すると、慣れた声が飛び込んできた。
「隊長...?先ほどは助けを求めていましたか?」
声から誰かは想像できなかったが、先程の怒号を聞きつけ、部下が駆けつけてきたらしい。
ーーくそっ。今さら来たのか!!
バイロインは心の中で愚痴をこぼす。
グーハイに犯されている状態から抜け出せず、バイロインはそのまま無視をし続けることにした。
「隊長?元気ですか?」
しかし、その声は続いて聞こえてくる。
「...お前の部下が俺をの様子を伺ってるみたいだな」
グーハイはそう言ってニヤリと笑うと、ペースを早めてバイロインへ強く打ちつける。
ーーくっ...そ!!
バイロインは苛立ちを覚えるが、どうしようもできずにただ睨みつける。
「ほら、早く返事をしないと」
耳元でそう呟くグーハイ。
「いや…」バイロインは歯のすき間から言葉を絞り出す「あ、と……」
バイロインが口を開くたび、グーハイはバイロインが一番気持ちいと感じる場所へと刺激を強めた。
「くぅッ...はや、く。早く帰れ!大丈夫だ!」
なるべく平常を装った声で扉へと叫ぶ。
「隊長?大丈夫なんですか?」
ーー早く帰れよ...
バイロインが「ああ、大丈夫」と言いかけたばかりで、グーハイはまた快楽のスピードを上げだして黙らせる。
「...!!?」
そのせいでバイロインはそれ以上言葉を紡げなかった。
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こんばんは!お久しぶりです!
もう暫く更新できていなくてすみません!就職も決まったので来年度からの更新は厳しくなりそうです。なので、それまでに全部更新できたらなぁとは考えております!
そして今日は10月31日!ハッピーハロウィンですね!
皆さんの楽しい夜の一部になれたら嬉しいです!笑
:naruse