第74章:変わってしまったのは
部隊が閉鎖訓練基地に到着したのは、夜も深くなった頃。移動する車内では、多くの人が夢の世界に誘われていた。
バイロインは運転席のすぐ後ろに座っていたが、所定の場所に到着するや否や、後ろの席で船を漕いでいた部下に張った声で呼びかける。
「起きろッッ!!」
起きていた運転手ですら驚きで「うわっ」と声を漏らすほどの声量だ。
「...!!!? はいッッ!」
部下が驚いて目を覚ます中、運転手は驚きと同時に、彼が夜中なのに何故ここまで元気なのかと不思議に感じてもいた。
バイロインは先に車から降り、将兵が一人一人降りてくるのを眺めていた。そして、その最後の数人の中にリュウチョウの姿もある。
リュウチョウはバイロインの姿を確認すると、足早に車から降りて大隊へと向かおうと駆け出す。
「おい!」
逃げるように車から降りたリュウチョウの腕を捕まえたのは、バイロインの逞しい腕。
前にグーハイから喝を入れられたリュウチョウは、意識的にバイロインのことを避けるように生活しており、二人は暫く顔を合わせていなかった。
「お前は...、俺に恨みでもあるのか?」
そういうバイロインの表情は柔らかい。
「...私は隊長を恨んだことなんてありません。自分が部隊に来たばかりの頃、隊長が良くしてくれたことでむしろ感謝しかしていないです!...でも、この前の事があってから色々考えたんです。私は少し利己的で、隊長のことが心配で行動していたことが、かえって邪魔になっていたんじゃないかって...」
照れた顔で話すリュウチョウを、目を細めて見つめるバイロイン。
「暫く会っていない間に、お前はそんなこと考えてたのか。」
「あ!いえ、そんなこと!」
リュウチョウは気まずい思いをして頭を掻く。
「ずっと訓練に励んでいて、自分が休んで遅れていた分を取り戻そうとしていたんです。...でないと、今日こうやって隊長と一緒に訓練を受けられませんから...」
「そうか...。それは向上心があっていいことだ」
そういうバイロインの優しさに、リュウチョウは違和感を感じる。今日の彼は、目が澄み切っており、深夜だがきらきらと輝いていて見えるのだ。
ーー長距離移動にも疲れている様子でもないし。どうしたんだ...?
「シャオバイ!!まだか〜〜!?」
リュウチョウが思慮していた間に、遠くから促す声が届いてきた。
「いま向かう!!」
返事をしたバイロインはリュウチョウの方を向くと、「俺を恨んでいないならいいんだ。今はゆっくり休んで、暇を見つけてまた話そう!」と言い、肩を叩いては集まっている場所に向かって走り去った。
午前二時過ぎ。それは、部屋に入った将校が眠りにつく頃。
リョウウンはそびえ立つ飛行指揮塔の頂上で、広大な基地全体をぼんやりと眺めていた。
今夜は蒼然としていて、光り輝く星空に照らされた訓練場は雄大な美しさを帯びており、どこか神秘性を感じさせてくれた。
そう遠くはないところで数十機の戦闘機が列をなし、勢いを蓄えて今にも飛び立たんとする熱気を感じる。その様子にリョウウンは心の中で微かに興奮していた。
コツコツコツ...
後ろから突然聞こえてきた足音に、リョウウンは心の中で静かに驚く。
ーー長距離移動して疲れているだろうに、こんな夜中にここを訪れる奴なんて珍しいものだな。
リョウウンは戦闘機狂人として有名であり、彼の熱量について来れる者などいない。そんな彼と同じ景色を見に訪れる人物に興味を持ち始める。
「美しいですね」
聞き覚えのあるその声に、身を固くする。
ゆっくり振り返ると、そこにはバイロインが立っていた。
ーーどうしてあいつが?!
意外すぎる人物に驚きを隠せない。
ーーいつも訓練地に着くと最初に寝てしまうはず...。そんな奴がなんでここにいるんだ?!
彼とは対照的に、隣まで移動するバイロインの足はゆっくりとしていた。
「あなたでしたか。...偶然ですね」
バイロインに話しかけられ、咄嗟に出てきた返事は「寝てなかったのか?」だった。
リョウウンの言葉を受けて豪快に笑うと、大きな声で「興奮して眠れないのです!」と言葉を紡いだ。
バイロインの熱を受け、リョウウンは逆に萎縮してしまう。
「...興奮?何が興奮するんだ?」
その疑問に、まるで宣誓でもするかのような大声で答える。
「もうすぐ三十日以上の訓練が始まるんです!...その間、私たちはこの青空を飛んでは大地を見下ろし、新しい目標に向かって突き進みます。これのどこに興奮しない理由がありますか?...多くの航空兵があなたと俺の合図でこの戦場を支配しなければならない。そんな彼らのことを考えると、やる気にも満ちてしまうでしょう?」
「...、...。」
暫くしても返事のないリョウウンを不思議に思ったのか、首を捻って確認をするバイロイン。
「どうしました? 今日は元気がないですね」
その一言で我に返ったリョウウンは、唾を飲み込んで引き攣った笑みを浮かべる。
「お、お前は元気すぎるみたいだな」
リョウウンの表情を見て、豪快な笑い声をあげるバイロイン。
「まぁ、まぁ!一緒に頑張りましょう!!」
そう言い残して背を向け、だんだん遠くなる後ろ姿を見て首を傾げるリョウウン。
ーーあいつ。どうしちまったんだ!?
一時間も寝ないうちにリョウウンは目が覚めた。
彼はほとんど毎日、誰よりも早く起きている。それは季節にかかわらず、どんなに遅く寝ても、朝四時に目が覚めるためだった。
「習慣というのか、俺の体内時計は自分でも怖く感じるな」
洗面を終え、リョウウンは訓練場に向かって体を動かし始めた。
訓練場の辺りはまだ暗く、月明かりでいくつかの影が確認できるくらいだった。
「その影たちは見張り、か。」
昨夜のバイロインを思い出し、自分を落ち着けるように声に出す。
今朝は遅れてくるはずだ、と。
「あ、今日は遅いですね。寝過ごしたのですか?」
リョウウンは体が震えた。
声のする方を見ると、一つの影が自分の方に近づいてくる。その影が次第に形を綺麗に映し出した時、バイロインだと確信した。
「寝てないのか?!」
リョウウンがそう尋ねると、バイロインは汗で濡らした前髪をかきあげながら、彼の走るペースに合わせる。
「寝ましたよ、十分くらいですが」
そう言うと、速度を上げてリョウウンを置いていく。
その言葉に驚いたリョウウンは、近くにいる見張り兵のもとまで駆け寄り「あいつはいつからいるんだ?」と焦ったように肩を揺らす。
「...す、少なくとも、私は二十周以上走っている姿を見ています!!」
眠たいなか、突然上司に肩を揺さぶられて強張る部下から出てきた言葉は、信じられないものだった。
午前中、難易度の高い飛行訓練が本格的にスタートした。
数十機の戦闘機が勢いを蓄え飛び立っていく。二機の銀色の戦鷹が大空を飛び回り、轟音を奏でて飛翔する。
最大勾配旋回、低空逆転飛行、小角度最速速度着陸......。卓越した飛行技術が、リョウウンの目の前で繰り返されていた。
彼は飛行指揮塔で指揮をとっており、たまには自分で飛行模範を示す。
今回は平時の訓練とは異なり、高負荷を身体に加え続けては、難易度の高い飛行技術を完成させるという内容だった。
数時間の訓練の末、リョウウンは終了の合図を鳴らす。
その音を待っていたかのように戦闘機は格納庫へと移動を開始し、収納し終えた者から汗を拭いながら降りてきた。
普段は平気な顔で飛行をする者も今回ばかりは顔色を悪くしており、中には吐き出す兵もいるようだった。
リョウウンが全員を訓練場から見送り、一緒に離れる準備をしていたとき、突然三機の戦闘機が再び昇空し始めた。
「!!...誰だ?」
そのうちの一機はバイロインの戦闘機で、後ろについていた二機は彼の部下が運転しているようだった。
三機はまた難易度の高い動作を始める。十数トンの重い鉄の塊が、彼らの操縦によって、まるで小鳥のように軽快に飛び回る。
その様子を見たリョウウンは目を細めたが、その瞳には驚喜の色が含まれていた。
ーーあいつは本当に変わったのか!!
リョウウンが撤収の合図を送ってなお訓練(作戦)を実行する者は、支援がない中を飛び回るという意味で自殺行為に近い。
その精神は褒められたものだが、このような策略は適切ではない。
リョウウンは、すぐ降り立つであろうエリアに向かって歩いて行った。
三機が着陸し、機内からは平気そうなバイロインと、顔色が悪い二人の兵士が降りてきた。
「もういいだろう。すぐ休みなさい」リョウウンは少し強めの口調で指示を出す。「これからまだ先も長い、今はこんな無茶をするべきではないだろう!」
そう諭すリョウウンに対し、バイロインはすぐに否定の意を顕にする。
「だめです。今日の訓練が目標に達しなければ、休むことなど出来ません。」
以前はリョウウンが訓練に対して色々と難癖をつけていたが、今では逆の立場になっているように見える。
「後ろの部下を見てみろ。こんな状態で続けるべきじゃない!」
リョウウンの怒りに全く屈しないバイロイン。
「人の潜在能力は無限大です。たとえどんな状況であろうと、目標を達成し続けることは可能なはずです!」
行くぞ!!と怒号が発せられると、三機は再び大空へと飛び立っていった。
「...はぁ」
深く息をつくリョウウンは、今後を考えて話の場を持つ必要があるなと呟いては空を見上げていた。
まるで戦闘機から降りて来たばかりのような格好で、部屋に訪れたバイロイン。
「何か御用ですか?」
そう尋ねる彼の髪は、シャワーを浴びた直後のように濡れている。
「まあ、座ってくれ。ゆっくり話したい事がある」
その指示に従い席に着くと、タオルで自分の体から汗を拭いとる。
しばらくすると、食事を届けに部下が入ってきた。
その手元には、訓練地では中々お目にかかることのないほど豪勢な食事が用意されていた。これは、リョウウンがバイロインのことを考えて用意したものだったのだが、これに気づいたバイロインは怒りを露わにする。
「誰がこんなものを用意しろと言った!? こんなにいい食事を用意して、俺たちに取り入ろうとでも考えているのか!!」
「い、いえ......」炊事兵は驚いてリョウウンの方をちらっと見たが、すぐに何かを察して肯定する「....はい。」
「そんなことをするくらいなら、今すぐ食堂で腹を空かせている奴らにでも持っていってやれ!!」
バイロインの言い分にリョウウンは驚きを隠せない。
自分自身をここまで傷めてつけて、食事もまともに取ろうともせず、一体その力はどこから湧き出ているのか。
バイロインが素朴な料理を求めたため、リョウウンもそれに従うしかなく、一緒に饅頭を5つと具がほとんど入っていないスープを食べ始めた。
バイロインは饅頭を大きく頬張り、ほとんど二、三口で胃の中に収めている。
リョウウンが食べ始めた時には饅頭を食べ終わり、リョウウンが饅頭の二つ目に手をかけた時にはスープさえ飲み干していた。
いっぱい食べたと言わんばかりのゲップをして、バイロインはリョウウンの目を見る。
「何か、言いたいことでも?」
あまりの速さに驚きながら、ゆっくり食事をするという計画も崩れ、リョウウンは機械的に首を横に振るしかなかった。
その様子を見たバイロインは嬉しそうな顔を浮かべると「じゃあ、訓練に行きます」と言い残して部屋を出ていった。
リョウウンは訓練に出かけようとしていたバイロインを部屋の中に入れ、彼が過ごす一帯が消灯するまで見守り、自分の部屋に帰る。
そろそろ眠りにつきそうだと思っていた時、突然ゴゴゴッ!!という騒音で目が覚める。
「何事だ!?」
リョウウンはパイロットをして何年もいたが、脳が正常に働かない状況で、この音が何であるのかがわからない。
それもそのはず。こんな夜遅くに訓練をする者など、今までいなかったのだ。
急いで服を着て外に出ると、戦闘機が離陸寸前だった。
よく目を凝らしてみると、その機体はバイロインが操縦するものらしかった。
「バイロイン!!!!」
一度や二度ならその心意気に感心したが、ここまで回数が重なるとそうはいかない。
急いで司令室に向かっては指揮命令を強行し、バイロインに緊急着陸を行わせた。
そして機体から降りて来た彼を縄で縛って寮に返し、ベッドに押し倒しては服を脱がし、布団をかけて明かりを消す。
「大人しく寝やがれ!!」
そう言って、やっと安心してリョウウンは部屋に戻った。
布団の中から温もりを感じ始めた頃、暫くしてまた部屋の外から戦闘機の離陸音が聞こえ始めた。
「...あいつ。」
今度はバイロインを縛るだけではなく、ドアの外から鍵をかけて閉じ込める。
しかし、鍵開けのプロでもあるバイロインの手に掛かれば、ものの三分もしないうちに突破しては訓練場へと向かっていた。
リョウウンがベッドに戻った瞬間に再度、戦闘機の離陸音が聞こえてきたため、今度こそ本気で怒りが湧いてくるものがあった。
「いい加減にしろ!!!」
今度は直接バイロインを自分の部屋に引き込み、枕に顔を押し付け、彼が眠りに落ちるまで側で見守り続けた。
ーーやっと、静かな夜が訪れたか。
そう思ってリョウウンも眠りにつき、夢を見始めたころ。彼は戦闘機を操縦していたのだが、その操縦が思うようにいかず機体が揺れに揺れていた。
ーーおかしい!この俺が操縦できないだと?
夢の中でも完璧な飛行をするはずのリョウウンだったが、あまりの異常に思わず叫んで目を覚ましてしまう。
すると、本当に誰かが自分を揺らしているのに気づいて顔を上げる。
「...お前」
自分の体を揺らしていたのは、陰気な目でこちらを睨んでくるバイロインであった。
「訓練の任務を手配してください」
そう言うバイロインの額に手を寄せ、思い切り叩くリョウウン。
「ふざけたことを言うんじゃない!寝かせてくれ!」
しかし、懇願するように話すリョウウンのことは見えていないかのようにバイロインは大声で繰り返す。
「訓練に行かせてください!行かせてください!」
訓練に〜〜...その言葉を何回聞かせられただろうか。
眠たい目を擦るリョウウンの顔は、疲労の色が濃かった。
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お久しぶりです!
僕も就職が決まって卒業もし、中国では大きなニュースもあり、色々と変化のある年初めになっていましたが皆さんはいかがお過ごしでしょうか?...(笑)
もっと早めに投稿する予定でしたが、もう僕はこのペースでしか動くことができないようです。
あと少しで100万回アクセスになるので、そこまでいったら何かお祝いもしたいですね!
毎回話していますが、僕の素人翻訳でも待ってくれている皆さんありがとうございます。恐らく、もう色々な方が翻訳されていますので、続きを求める方はそちらを追ってみてください。
そして、皆さんのコメントが次への意欲につながりますので、よろしくお願いします。
:naruse