第9章:グーハイの思惑
翌日、リュウチョウは昨夜出会った男こそが隊長がこの前資料を見て気になっていた相手だった事に気付いた。
「まさか。あいつがグーハイ...?あの敏腕若手社長の...?」
その言葉を聞いて笑いながら
「そうだよ。あのグ・グループの御曹司さ」
と聞きたくなかった事実を隊長が告げてくる。
「はぁ!?」
驚きのあまり目が点になる。
「神様!隊長はもう副大区(中国軍の階級で日本で言うところの少佐。同じ少佐でも役職の違う呼名がいくつかあるため目下からは隊長。目上からは副隊長と呼ばれる)です。二年もかからないうちに大佐に昇進できるんです!隊長程の才能がお有りなら軍に応募したのも納得してしまいます!こんなに優秀なお方の側に仕えているからと言って、昨日は取引先の社長にきつい言葉を使ってしまいました!な、何か復讐とかありませんよね...?」
その言葉を聞いて、さらに隊長は笑い出す。
リュウチョウは隊長の反応を見てさらに目を丸くする。
「嘘ですよね?あの方はそんな小さなことまで恨みを持ったりするのですか?」
「あいつはとても短気だからな。前にホテルで俺たちが喧嘩したことを思い出してみろよ。あれ、実は俺がドアを開けた時にあいつにぶつけたからだったんだよ。そしたら急にキレてあんな状況になったんだ」
バイロインがさも真実かの様に話すため、リュウチョウもすっかり信じきってしまった。
「しまった!あの日お二人の仲裁に入るときに彼を二度も殴ってしまいました!ああ、彼はきっと私のことを忘れていないでしょうね。はッ!昨夜はきっと私が持っていた餃子が食べたかったに違いありません!しまったぁ...そうと知っていたのならあげていたのに....」
慌てふためく部下の姿を頬杖をしながら「あいつはしっかり者だな」とバイロインは笑っていた。
「もうからかうのはやめてください!」
からかわれていたことに気づいたリュウチョウは上官を不満そうに見つめる。
「本当のことを教えてください。あの方があなたの所に来た理由は?」
「俺たちのプロジェクトとの協力を頼まれた。昨日俺のところに来ていた理由はそれだよ」
「そうでしたか....」
やっと理由が聞けて安心する。
「それで、契約は結べたんですか?」
「いや。」
「え?」
リュウチョウは隊長のその言葉の意味が理解出来なかった。
「彼らの会社にとっても条件はとても良いはずです。とても優秀な協力関係を築けると思うのですが...何がいけなかったんですかね?傷つく事(失敗)を恐れているのでしょうか?」
「...確かに、俺はあいつを傷つけすぎた...」
そう意味深な言葉を吐いて、研究室からバイロインは出て行った。
三日後、バイロインは所長のところへプロジェクトの進捗状況を報告するため部屋に伺う。
「こちらが関係チームに入る人材のリストになっています。すでに契約した人もいます。そしてこちらが協力企業のリストになっています。特別何もない様でしたら、こちらから人を派遣して企業側と契約書を交わしてきますが」
所長が注意深くページを捲る間、その顔は深く眉間にシワを作っていた。
正直、バイロインはとても緊張していた。登録した企業はある程度のリスクがあるのは事実だし、この様な大きなプロジェクトを任されたのは初めてだったからだ。
だから、所長が全て見終わったあとバイロインを賞賛するとは思ってもいなかった。
「いいんじゃないかな!しっかりするべきところはきちんと保証されているし、企業の意外性もある。いやぁ、今の若い人達は頭が良い! 私たちの様な古い骨董品はもう時代の流れについていけないね...できることは、精々あなた方にアドバイスをしてあげることくらいかな!アハア!... ...本当に良いアイデアを求める時は、君たちの様な若い人たちに意見を聞かねばならない、か。」
バイロインは安堵の笑みを浮かべる。
「ありがとうございます。ですが、私たちは今 先も見えぬ暗闇を手探りで前進しています。所長たちのような明るい街灯がなければ歩くことも出来ませんよ」
「ははは!そうかね!……そうだ、この海因科技会社と言うところは初めて私達と協力するはずだね?」
「はい、彼らは陸軍、二砲と協力したことがあります。価格も安いですし、私はこの企業を気に入って入選しました」
「そうですかそうですか」
所長は喜びながらバイロインの肩を叩いていた。
バイロインは自分のテンションが上がっているのを感じながら所長室から急ぎ足で退室し、早速 各大手会社に協力の詳細を相談しに出かけた。
返事は午後にメールで伝えられてきた。
ほとんどの企業は快諾してくれたのだが、海因科技会社は協力を拒否してきた。
バイロインは頭に雷が落ちるような衝撃を感じた。
「なぜ!?」
事情を知る部下が説明する。
「彼らは私たちが決めた条件が厳しすぎると言ってきました。自分たちの会社の利益を全く考えていないとも」
バイロインの顔は怒りで赤くなっていく
「俺たちが決めたぁ?この条件は相手側が出してきたものだろ!!何故それをこちら側の不備として申し出を断ってくるんだよ!!あのクソ野郎...!」
バイロインは怒って所長に電話したが、電話が繫ることはなかった。その後、研究部の部長を見つけ、経緯を説明した。
部長はバイロインの意見を聞いた瞬間、その意見を否定した。
「所長にこのことを言ってはいけない」
「なぜです!?」
部長はため息をつく。
「他の会社ならよかったよ....はぁ。よりによって長男の会社か... ...実は、所長とグ少将は仲がいいんだ。もし所長がすでにこのことをグ少将と話していたら、どうやってなかった事にできるんだ?」
バイロインは心の中で歯を食いしばる。
「なぜ急にこんなことが?何か相手に失礼でもしたのか?」
「そんなことはしてない筈です!」
バイロインは恨みのこもった声で説明する
「あちらは信用がないので、価格を低く抑えていたんです。私たちはもう予算を出してしまっています。なのに、向こうが急に値上げをしてきたんです!それだけではなくて、いくつかの厳しい条件も提示してきています。これまでそのようなことはなかったはずなのに。....こんな酷い会社と付き合いを続ける必要はありませんよ...!」
部長は苦い表情を浮かべる。
「商業界と官界は似たようなものさ。契約が決まっていない前なら、白紙に戻すことだったできるんだ。わかったらもう一度あちらに出向いて相談してきてみてくれ。彼らの求めている真意が何なのか、しっかり見極めてこいよ。」
バイロインの唇は一文字に締まっていて返事がない。
部長は彼の肩をたたいて言った。
「如何しようも無いのなら、別の道を選んでも良いんだよ。どちらが大切なのかは、お前自身が分かっているだろう?」
この言葉を聞いて、バイロインは心の中は歯ぎしりをする。
やけにグーハイの肩を持つと思っていたが、この上司はグーハイの息が掛かっているようだった。
ーーグーハイ...!お前ってやつは...この八年間、お前は無駄に生きていなかったんだな!
仕方なく次の日に部下を派遣してそこに相談に行かせたが、昼になって帰ってきた部下の口から出てきた言葉は「先方の協議の結果、自分では面会が認められず責任者であるバイロインさんが直接出向かわなければならないとおっしゃっていました」というもの。
一晩中考え、バイロインは恥を忍んで自分で出向く事にした。
グーハイが経営する会社の一階のロビーに足を踏み入れた途端、濃い香水の香りが鼻を突く。
その瞬間バイロインは自分が会社ではなく、風俗にでも来たのではないかと感じてしまった。社長を訪ねに来たのではなく、今夜の相手を探しに来たのではないのかと。
「ようこそ。何かご用ですか?」
そう声をかけられた女性を見て、バイロインは前よりもグーハイの経営方針に強い不快感を感じた。
エレベーターで六階に向かい、各部門のオフィスを通って行く。
その道中で無数の女性の目に晒され、気恥ずかしい思いをしながら会議室に辿り着く。
バイロインは初めてこの会社に入ることが許された男性となった。
「どうぞおかけください。」
やけに野太い声の大きい美人がバイロインのコップに一杯のお茶を注ぐ。
ふとその美人女性の脹脛を見てみると、濃い毛がそこを覆っていた。
「...ッ!?」
驚いて思わず喉がキュッとなる。
よくよく見てみると、この女性の骨格はとても太く 腕の上に筋肉がまだあって、その輪郭は男性的だった。
ーーいくら募集条件が厳しいからといって、女装した男を採用するのか?
美人は聡く、バイロインの考えていたことはすぐに見抜かれた。
「私は女ですよ」
美人が口を開いて強調する。
バイロインは今まで生きてきた中でこんなに気まずい思いをしたことはなかった。
グーハイが会議室の扉を押して中に入ると、バイロインが真ん中の椅子に座っていた。
その身に纏う軍服が軍人たる体つきを強調し存在を大きく見せている。
英気迫る顔には淡く殺伐とした雰囲気も感じられた。
鋭い目つきはグーハイが部屋に入ってきた後からずっとその姿を追い続ける。
口は固く一つに結ばれており、その姿は商談に来たのではないと側から見ても分かるほど厳しいものだった。
美女は身をかがめ、グーハイの耳元で何かを囁くとグーハイは頷き、それを確認した美女は退室していく。
広い会議室はバイロインとグーハイの二人だけとなった。
「さっきの奴はニューハーフだ」
グーハイは淡々と話す。
「お前の好みは段々と変わっていってるみたいだな」
「実はお前がここにくる前からどのようにもてなしたら良いか考えていたんだ。美人な女を何人か見繕って接待させても良いと思ったが、長いこと軍役で禁欲していた誰かさんの事を考えたらよくないなと思ってな。ほら、発情しちゃうかもだろ?だから、前菜としてさっきのニューハーフを使ったんだよ。そのうちお前も慣れていくだろ?」
バイロインは明らかに怒りを帯びた目つきをしていたが、それに比例して口元は機械的に笑みを作る。
「ご考慮、痛み入ります」
グーハイはとても楽しそうに笑う。
「さて、今日は何の用だ?」
「プロジェクトの件についてに決まってるだろ」
グーハイは黙ってタバコに火をつける。
「こいつは脂身の塊のような案件で、競業率が高いんだ。もしお前たちが協力しないのであれば、その代わりはいくらでもいるんだぞ?」
「そうだな」
まだ惚けるつもりか?と心の中では愚痴を垂れながら、表面では穏やかな声で話を続ける。
「だから、もう少しそちらできちんと考えてみたほうがいいと思う。」
「考えるべきはお前らだ」
グーハイはわざとらしく両手を広げる
「協力をやめるとは言ってないだろ。価格を上げることに同意すれば、こちらはすぐ契約を結ぶと言っている」
「価格はここに並べてあるもので全てだ。同意すればサインを。同意しないのなら...この取引は白紙に戻るだけだ」
お前に肯定的な返事をさせることはこんなに難しいものなのかと、若干哀れんだような顔でグーハイは見つめてくる。
そんな顔をしても絶対に俺の心は折れないぞ!
『どちらが大切なのかは、お前自身が分かっているだろう?』
バイロインの頭の中に突然部長の言葉が浮かんできた。
その途端、バイロインは意を決したようにグーハイに近寄る。
「分かったから。価格を上げるから、契約を結んでくれ」
グーハイはそう迫るバイロインを見て微笑むと
「気分がまた変わった。お前たちとは契約を結びたくない」
その言葉を聞いたバイロインの顔色は暗くなり、いじらしくグーハイのネクタイを手前へと引き寄せる
「グーハイ。まだ俺に気があるんだろ?」
この取り引きは、どうやらバイロインの負けのようだった。
「最初からわざとやって....」
言葉の続きを言い終わる前にグーハイはバイロインの首に腕を回して抱き寄せる。
「俺に会いたかったのか?」
「!!!!」
顔が一気に赤くなったバイロインは肘でグーハイの下腹をど突き、離れようとする。
「ああ!!なんでお前と一緒に仕事をしないといけないんだよ!...おい!こんな事するな!分かった!もう、今日のこの話はなかった事にしよう!元の値段で交渉だ!一円たりとも安くしてやらないからな! 契約したくないんだろ? それなら好都合だ! もし契約なんて交わしてしまったらお互いまた連絡取り合わないといけなくなってしまうからな!」
バイロインの息遣いが、声が、温もりがグーハイの心の奥まで伝わってくる。
「こんなに可愛く拗ねるやつがいるのか!俺たちまた一緒にくだらない時間を過ごせるんだぜ!」
グーハイは楽しそうにバイロインの頭をぽかぽかと叩く。その姿は先ほどの悪徳商人のような雰囲気から世話好きな近所のお兄さんに変わっていた。
「俺は我慢していたんだ!国のため!国民の安寧のため!俺は我慢してたのに!」
灰皿に置いていたタバコを手に取り、口に含む。息を吸い、フーッとバイロインの顔に吹きかける。
「あの日の餃子は、美味しかったか?」
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はい!意外とまとまった時間を取ることができたので、更新することができました!
ここから二人の関係は元に戻っていくんですかね?
それとも、翻訳ミスで解釈違ってたりするのかな((ry
:naruse
202004追記:加筆修正。さて、あの部長はグーハイの息が掛かっていたのだろうか...