第15章:素晴らしい一日
十二月二十五日をもってグーハイの会社は正式に休みに入った。
一年間、この会社という鳥かごに閉じ込められていた若い雛鳥たちは全て業務から解放され、各々好きな場所へと羽ばたいていった。
ディシュアンも同じく解放されたのだが、相変らずバイロインは忙しいようだった。
グーハイはエンの母親の見舞いをする為に青島に向かっていた。
見舞いを済ませた後、病棟から出てきたグーハイと二人休憩室で暖をとる。
「...あのね、グーハイ。助けて欲しいことがあるって言ったら、どうする?」
今の二人は、社長と部下の関係ではなく。昔からの知人、エンとグーハイの関係だった。
「おい、忘れたのか?前に言っただろ、お前には沢山助けられたんだ借りは絶対返すって。俺に出来ることならなんだって言えよ、助けてやるさ」
傲慢な態度の旧友に笑ってしまう
「あなたは昔からそうやって変わらないわね。やると言って事を本当に成し遂げるのは凄い事なのよ」
「そんな事ない、出来る事だけをやってるだけだよ」
「そう...」
二人はしばらく見つめ合い、心地よい空調の暖かさに包み込まれる。
「私と婚約してくれないかしら」
「は?」
エンの一言に戸惑いの色が隠せない。
「今ならまだ取り返しがつくわ」
驚きの色を隠して、今度は真面目な顔で質問する
「なぜ急に婚約を?」
エンは「そうね」と言いながら身を翻し、窓の外を眺めながら目を細める
太陽の日差しが眩しかった。
「母を安心させたいだけだわ。....安心して、母が亡くなったなら婚約は解消するから。何も結婚してくれって頼んでるわけじゃないわ。ただ形だけでいいの。」
この事を切り出すのはとても勇気が必要だった。
ーー反応を見たらわかる、私には何の気持ちもないって事くらい。私が勝手に期待してるだけなんだって事も。でも、言いたかったの。.....いいじゃない。最後にワガママ言っても。
グーハイは相変らず黙ったまま、タバコに火をつける。
暫くの沈黙が流れた後、エンが突然笑い出す
「嫌ならいいのよ?そしたら他の人を探すだけだわ。ただ、母は長年あなたと一緒にいると思ってるみたいだから。もしあなたがこの役を演じてくれたら、母が安心してくれるかもって考えてただけよ」
エンの笑顔が必死に作っている顔だって事くらいはグーハイにだって分かる。
「すまない。もう少し考えさせてくれ。」
吸いかけのタバコは次第に短くなっていく。しかし、彼の心の中はいまだに長いモヤモヤに巻き込まれていた。
「ねぇ、グーハイ?一つだけ聞いてもいいかしら?」
グーハイの視線は彼女の元へと動く。
「あなたは...ディシュアンが好きなの?」
グーハイは思わず吹き出す。
「何でお前までそんな事を言いだすんだ」
エンは静かに指輪が嵌められた手を顔の前に掲げる。
「あの日私にくれたこの指輪は、隣の席に座っていた誰かにあげる為の物じゃないのかしら?私だって馬鹿な女じゃないわ。この指輪が私の為に用意されていた物じゃないって事くらい分かっているつもりよ」
ーー.....その通りだよ、エン。お前は頭の中で誰かと誰かを勘違いしたまま話しているだろうけど、俺がこの八年間も一途に愛し続けていたのは一人だけだ。恐らくこのままその人が誰なのかお前が知ることは無いと思うが、俺が愛している人は男なんだ。
エンはグーハイが答えていないことを見て、引き続き探りを入れる。
「あの日の帰り道で二人が車の中でキスしているのを見たの。」
自分が想像するだけのモノと他人の口から話されるものとでは、心に対する殺傷力は全く違うものだった。
この時、グーハイは自分の表情に出る感情をごまかそうとしても隠しきれなかった。この手の話はやはり心にくる。
グーハイが傷つく様子を見て、同時にエンの期待も儚く散った。
エンは指輪を外して机に置くと、湿った笑顔を浮かべる
「素敵ね。あなたにはもうすでに想い人がいるのに私のお願いは聞き入れられないわよね。ごめんなさい、さっきの話はなかったことにしてくれるかしら。」
そう言って立ち上がり背を向けて歩きだしたが、その腕をグーハイに掴まえられる。
エンは後ろを振り向くことが出来ないでいた。彼女の目元はすでに紅く染まり、こんな弱い部分を今のグーハイには見られたくなかった。
「手伝ってやるよ」
そう言うグーハイに頭を振る。
「大丈夫よ。嫌な女にはなりたくないの。」
グーハイはエンの身体を引き寄せ、正面を向かせる。向かい合うその瞳は覚悟のある色をしていた。
「今の俺には恋人なんていない。だから、お前が罪の意識を持つ必要なんてないんだ」
エンは呆然とする。
グーハイは机に置かれた指輪を取り上げ、チラチラと見ながら複雑な口元を見せる。
「この指輪はデザインが古すぎるな。しかも、俺とお前以外のロゴが刻まれている。...新しい指輪を買ってやるさ。夫婦になれなくても、お前の気持ちには答えることができる。」
大歓声が研究室内部に響き渡る。エンジニア達はお互いを抱き合いながら喜んでいた。
最近根をつめていた難関な問題を解決したのだ。ようやくみんな正月休みに入ることができる事を喜んでいた。
バイロインも笑いながら皆んなを落ち着かせる。
「あはは!みんな今日は俺の奢りでお昼を食べさせてやる!良い店を探してくれよ!」
「本当か!おい、お前らクソ高い店を探すぞ!」
「それは良いな!散々俺らのことを扱き使って残業させやがって!」
その夜、バイロインは気分が良いままバイハンチーに電話をかける。
「親父!今年は家で正月を過ごすことができるぞ!」
興奮のあまり、まだ相手が何も言っていないのに電話が繋がった瞬間にまくしたてた。
『そうか!今、母さんと正月に使うものを買い揃えていたんだが、それならもっと準備しておかないとな!』
「いや、それは良いよ。長いことは滞在できないからさ」
『そうはいかないだろ!息子と久しぶりに正月を過ごすんだ!短い間だろうがお前を満足させてやらないとな!』
「分かったって!ありがとな」
そう言って電話を切った瞬間、今度は病院から電話がかかってきた。
『隊長!退院できました!』
続けざまの良いニュースにバイロインは興奮する
「もうか!?早いな!今どこにいるんだ?俺が迎えに行くよ」
『いや、大丈夫ですよ!もう同僚に拾ってもらっていて、もう少しで隊舎に着きそうですから』
通話を終えた後、バイロインは上着を羽織り入口の方まで歩いていくと、外から車が一台入ってきた。
「どうしてこんなところで待っていたんですか!?」
「いいから」
有無を言わせずに、リュウチョウの同僚と一緒に歩行補助をしながらバイロインの部屋まで運んでいく。
「お前はしばらくこの部屋で待ってろよ。すぐに元の部屋を手配するさ。あ、もし正月を家で過ごしたいなら上に申請してやってもいいけど、お前は今の身体だ。なるべく両親がこちらに来てもらうようにするんだぞ」
なんだか申し訳なくなったリュウチョウは話題を変えるように話しだす
「そうだ!隊長!今日はやけに嬉しそうですけど、また何か手柄でも立てたのですか?」
バイロインはリュウチョウを見てニヤリと笑う
「教えてやろう!」
いつもと違うテンションの隊長に拍手を送る
「来年もしかしたら昇進するかもしれない!!」
「本当ですか!?...よっ!出世頭!」
楽しそうにしていたリュウチョウだが、まだ怪我の影響で腰がしっかりと安定しておらず、立っていると辛そうな表情を浮かべていた。
「おい、辛いならベットで横になってろ。お前の部屋が片付き次第、送ってやる」
「いや、流石に...」
「上官の言うことを聞け!」
そう言うとリュウチョウは大人しく指示に従い、ベットで横になる。
ーーやっと次に進める。安心して家に帰り新年を過ごすことも出来るし、こいつも退院した。心の中を覆う数多の暗雲がついに今日で消え去ったんだ!
そう考えていた時、突然外からクラクションが聞こえてきた。
窓から外を覗いてみると、グーハイの車が。
グーハイが隊舎の入り口の門を開けると、そこにはバイロインが迎えにきてくれていた。
「いやぁ、隊長さん自ら出迎えてくれるなんて何だか申し訳なく感じるな」
そう言うグーハイの機嫌は良さそうだった。
「迎えに来たんじゃない、からかいに来たんだ!」
「からかいに来たって?」
グーハイはニヤつく
「どうした?お金でも強請りたいのか?」
バイロインは口角をちらりと上げたが、すぐに元の表情に戻す
「別に....やっぱりなんでもない」
バイロインの部屋に入ると、その部屋のベットには一人の男が。
誰かが入ってきたと思い、起き上がろうとするリュウチョウの肩を抑える
「大人しく寝ていろ。お前の客じゃないさ」
一連の様子を見ていたが、グーハイは感情を一切表には出さない。なぜなら、一応あいつには彼女がいるのだから。
ーーけど、ムカつくものはムカつくんだよ!なんでただの一兵卒がこいつのベットで寝れるんだよ!俺はこいつの部屋に入るだけで顔色をうかがわないといけないってのに!!
バイロインはコップにお湯を注ぎグーハイの手元に置く。
「それで?今日は何しにきたんだ?」
グーハイが何を言ってきても言い訳できるように何個も考えていたが、今回のグーハイはどこか様子が違った。
グーハイの胸ポケットから取り出されたものは招待状だった。その招待状に縁取りされた赤い色を見た瞬間、バイロインの顔は強張る。
「お前の弟は明後日に婚約するんだ。お兄さんはどうしてくれるんだ?」
これはバイロインを揺さぶるグーハイの最後の切り札だった。
そして予想通りにその切り札は効果を発揮した。
目の前の男は威厳のある顔つきも失せ、いつもなら何かとこじつけて文句を言ってくるのだが、それすらもなく。ただ自分の手元にある招待状のみを見つめ、震えていた。
その目はしばらくすると今度は宙を彷徨い、口元は何かを言おうとしているが言葉が出てこない。
そんな様子の男からは到底似つかない言葉が、絞り出されるようにして出てくる
「お、おめで...と、う。」
グーハイはやっと欲しかった表情を見ることができた。バイロインが自分のことで素直になって欲しかったのだ。
しかし、自分が求めていたはずの反応を見たというのに心の中は少しも達成感がないことに気づいた。
バイロインが泣きそうな顔をしながらその招待状を受け取った時、なぜかもの凄い苦しみが心を掴んできた。
もともと、この反応を見た後に話そうと思っていた言葉があったのだが、今の自分の口からは一言も出てこない。
話を聞いていたリュウチョウはバイロインに向かって嬉々として尋ねる
「隊長!ついに隊長のお兄さんも結婚されるんですね!?」
その言葉に、ただ無言で頷く。
「今日はたくさんの良いことが隊長に起こってますね!ああ、今日はなんて良い日なんでしょう!」
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グーハ〜〜〜〜〜〜イ!!やってしまいましたね。
なんでこの二人は素直になれないのかなぁ....
と、まぁこんな感じで今回は終わりましたが。実は僕にも嬉しいことが!
最近このブログへの来場者がだんだんと増えています!
ハイロインの八年後のストーリーを読みたい方は是非そのまま僕の読者になってくださいね!
感想など頂けると嬉しいです!では、また次回!
:naruse
202004追記:修正。そろそろ文章が安定してきた時期っぽいですね!