NARUSE'S:BLOG

ハイロイン/上癮:Addictedの原作小説を和訳している男子大学生でした

第8章:あいつの部屋

バイロインの黒い瞳は、氷の刀を二本鋭く光らせてグーハイを見る心の投影のようだった。

「ここまで一緒に来て、いろんな話をしたんだ。最後の俺の言葉は信用出来るものじゃなかったか?」

いつもは皮肉屋のグーハイが、真剣な顔つきでバイロインのことを見つめる。

「俺のことをよく理解している様だな」

「当たり前だろ。お前のことならなんでも知ってる」

グーハイは両目を細めて催促する「で、この話はどう思う?」

「お前はいつも俺の全てを包み込んでしまう。俺がお前の心の奥の秘密を掘り起こしてみようと思うと、いつも傷つけてしまう。そしたら、自分の醜さに気づいてしまうんだ....」

グーハイはただ真っ直ぐ、最愛の人を捉える。

「お前がそう思うのは、誰よりも強い心を持っているからだ。」

バイロインは深く息を吸い雰囲気を変えるために食事にでもと誘う

「俺が奢るからさ、ほらどっか行こう」

「いや、遠慮しておく」

バイロインは気まずい顔をする。

「いや、俺が悪かったんだ。お前がこんなにきちんとした誠意を持って協力してきてくれたのに俺はバカな考えで接してしまっていた。その行為がお前の顔に泥を塗る事に繋がることくらい分かっていたのに。だから、せめて食事で詫びさせて欲しい。遠慮なんてしないでくれ」

この言葉はつまり、事実上グーハイの会社と契約を結ぶ事を決定づけるものになる

グーハイはニヤリと笑うと、バイロインの肩に手をかける

「一日の夫婦百日の恩(一度夫婦になったのなら、それはもうお互いに深い温情が芽生えていると言う諺)だろ?これぐらいのことは気にするかよ」

自分の肩に置かれたグーハイの手がまるで鉛の様に重く感じ、謎の強い力で押さえつけられている様に錯覚してしまう。

 

ホテルに着くと、スタッフがメニューを渡してきた。

バイロインはそれをグーハイに向けて、ぷらぷらと受け取るよう催促する。

「遠慮しないで、なんでも好きなものを頼んでいいから」

「じゃ、家庭料理を注文しようぜ」

「おい!」バイロインはそんな事を言うグーハイを不思議に思う「家庭料理なんてこんな所で食べるものじゃないだろ?...普段は食べられないものを注文しろよな」

「何でもいいんじゃないのかよ?」

席に着くと、グーハイは一度で十数個の有名な料理を注文する。

しかも料理ごとに二つづつ注文したのだ。

あ、と後悔した様な顔つきでバイロインを見る。

「昔の感覚で注文しちゃったな...昔はどの料理も二人前頼んでいたから、つい。...どうする?重複した料理をスタッフに下げてもらうか?」

バイロインは笑って大丈夫だと伝える。

内心は”グーハイ、お前ワザとやったんだろ!”と悪態はついていたのだが...

 

料理がそろった後、グーハイは食べようと思い動かした箸をピタリと止める。

「隊長さん?もし俺がこの食事に手を出した瞬間に気が変わったとか言い出して、さっきの話を無かったことにするとか考えてたりしないよな?」

「そんな事はしない!」

バイロインは怒った様な目つきでグーハイを見つめる。

「ほら、食べろ食べろ」

 

 

食事を終えて、バイロインは会計に向かう

「全部で四千元(約七万円)です。カードで払いますか?」

グーハイは隣で「お金は足りるのか?自分の分は支払おうか?」と心配してくる。

「うるさいぞ。俺が奢るって言ったんだ...大人しくしとけ!」

バイロインはカードで会計を済ませる。

ーーうわ。結構する場所だったんだな...

ホテルを出ると、足を止めてグーハイを見つめる。

「俺はそのまま宿舎に戻るよ。お前も早く家に帰れよな」

その言葉を聞いてグーハイは少し心が締まりそうになった。

「...そんな事言うな。お前のところについて行ってもいいか?」

タクシーに乗ろうとしていた時、そんな言葉が聞こえてきた

「俺は軍の寮に住んでいるし、面白いものなんてないぞ」

暗くてよく顔が見えなかったが、さっきからグーハイの顔色が少し暗い様な気がする

「何年もお前の事を探していたんだ。お前の隠れ家くらい見せてくれてもいいだろ?」

バイロインは何も言わず、そのままタクシーに乗り込んだ。

グーハイはバイロインの乗るタクシーの後を追い軍の居住区へと向かう。

タクシーから降りたバイロインについて行き、部屋へと入る。

そこは普通の部屋で、軍属の男にとっては部屋は綺麗な部類に入るがグーハイのようによく軍隊の寮に出入りしない人にとっては、このような部屋は見るに耐えられない汚さだった。

「お前もソコソコの階級だと思っていたけど、なんでこんなに部屋が汚いんだ?部下を呼んで部屋の掃除でもさせないのか?」

グーハイは部屋を見渡して、少し嫌気がさしてくる。

「俺はただ他人に自分の部屋に入られるのが嫌なだけだ」

グーハイが冷蔵庫を開けてみたら、中身が空になった飲み物が何本か入れられていた。

その中でも中身が入っていた瓶を一本取り出すと、すごい悪臭がした。

「これはいつからあるんだ?臭豆腐か?」

「....臭豆腐じゃない、味噌豆腐だ」

バイロインは誰かからもらってきたものだと言っていたが、これは本当によくない。

「冷蔵庫に入れっぱなしで、食べるのを忘れていたんだ!」

グーハイの手からそれを奪い、ゴミ箱に捨てる。少し膨れっ面になりながら「こなければよかったんじゃないのか?」と拗ねる。

「えっと、隊長さん?このパンツはどこに捨てればいいんですか?」

「は?!」

振り返ると、グーハイが自分のパンツを持ってヒラヒラとさせていた。

冷やかしたような顔で俺のことを弄ぶ、いけ好かない男からそれを奪いとる。

「触んな!」

「貧乏人な癖はまだ抜けてないみたいだな?昔は、俺がよくお前のパンツも洗ってあげてただろ?」

この手の話になると、二人は黙り込んでしまう。二人の視線が交差するとお互いにわざとずらして話を続けようとはしない。

バイロインはズボンを靴下やシャツなどの汚れた服と一緒に洗濯機に放り込む。

いくつかの操作を行うと、洗濯機が回る音が聞こえてきた。

その間、グーハイはバイロインのデスクの下に置かれていたカップラーメンの箱を見ていた。まとめ買いしているであろうその箱の中の麺類は半分ほどすでに消費されている。

デスクの上にはまだ袋を開けていないビスケットが二つ。そして八宝粥も…

ーーインズ、お前が食べるものはこんなものだけなのか?こんなに破れた汚い布団を使っているのか?この八年間合わない間に、お前は自分の世話もできなくなってしまっていたのか!

 グーハイの心の中は誰かを罵りたくなるほど荒れていた。

 

 

バイロインが洗濯室から寝室に戻ると、そこにはグーハイが自分の枕をいじっている姿が見えた。

「それに触るな!!」

唐突に発せられた大声に驚き、枕カバーを外そうとしていたグーハイは固まってしまう。

そのまま近寄ってきたバイロインによってベッドから離された。

「なんだあれは?」

グーハイは冷たい目で枕を指す。

「何であんなに汚いものを使っているんだよ。今すぐ洗濯に出して綺麗にするか捨ててやりたいくらいだぞ?お前はあんなの使ってて何とも思わないのかよ?」

「ああ!思わないね!」

グーハイはバイロインの部屋をぐるっと見回ると、部屋の主の前で止まり静かな声で話しかける。

「正直、お前がこんな暮らしをしているなんて...がっかりだぜ」

バイロインは顔色を一切変えない。

「そうか。ならもういいんじゃないか?帰れよ」

「いいんじゃないかって?いいやぁ、良くないね」

そう言い終わるとまた部屋の中を物色し始める。

「勝手にしろ」

バイロインはそう言うとそのままどっかへと行ってしまった。

グーハイが玄関に近寄った時、ドアをノックする音が聞こえてきた。

時計を見ると、午後九時五十分。

ーーこんな夜遅くに人が訪ねてくるのか...

「たいちょ....」

扉を開けてそこに立っていたグーハイを見て言葉を失う。

「お前は...!あの日の......!?」

リュウチョウの目つきが急に鋭くなる反面、グーハイはバカにした様に笑った。

「だから?」

「お前…!!...隊長はどこだよ?」

「あいつの話を聞いてお前らには失望したよ。あいつにとってお前らは害でしかないな!お前らはあいつに何をしてあげたんだ?俺の方がまだあいつにとって良い存在であれるけどな!」

バイロインは話し声が聞こえてきたので入り口に行くと、部下の訪問に気づく。

「お前....何でこんな夜遅くに...」

リュウチョウはバイロインが無事であることを確認して、安心して部屋に入る。

手に持っていた包みを、テーブルの上に置く

「隊長、最近はあまりまともな食事をしていないって聞きましたよ?屋台で餃子を買ってきたんです。ぜひ温かいうちに食べてください」

「今日は仕事があるんじゃなかったのか?」

「はい!いま帰ってきたところです。隊長がまだ何も食べていないんじゃないかと心配になって、その...」

「こいつはもう食べ終わったよ」グーハイが横から口を挟む「俺にくれよ」

リュウチョウも流石に自分の好意を敵の手に渡すほど馬鹿ではない。

手に持ったそれをグーハイには渡さず、無視をしてバイロインに話しかける

「隊長、早く食べてください。冷めたら美味しくなくなりますよ!ほら、あなたの好きなウイキョウ餡の餃子です」

「お前らの隊長さんはウイキョウの餡が嫌いなんだよ。こいつはズッキーニの卵の餡が好きなんだ」

グーハイは強い口調で言う。

「誰が嫌いだって言ったんだ?」

バイロインは手を拭きながら歩いてくる

「俺の好みはとっくに変わったんだよ」

リュウチョウが持っていた袋を受け取り、弁当箱を開け、箸で餃子を挟んで口に運ぶ。

「おいしいよ」

そう微笑みながらお礼を言う。

八年と言う歳月は意外と人を変えてしまう様で、こんな見たくもないやり取りすらも受け入れなければならないのかと思うと頭が痛くなる。

グーハイは、今すぐにでもリュウチョウが買ってきた弁当を取り上げて、ぶん投げたいという衝動に駆られる。

しかし実際には何も変わってはおらず。ただグーハイを苦しめるだけだった。

「ならゆっくり食べれば良いだろ!じゃあな」

そういってリュウチョウには目もくれず部屋から出ていく。

グーハイが出て行って間も無くして、彼もまた部屋から出て行った。

みんなが出て行ったあと、口の中にあった餃子をすぐに吐き出した

「おぇッ.....」

実は、彼の好みはまったく変わっていなかった。

グーハイの言う通り、本当はウイキョウの餡が嫌いで、ズッキーニの卵の餡が好きだったのだ。

これは、バイロインに作ってくれたグーハイだけが知っていた事実でもあった...。

 

グーハイが何気なく触っていた枕カバーの中には、グーハイが高校生の時に着ていたジャージが隠されていた。

八年前にバイロインが家を出た時には、身の回りの物など何も持って行かなかったのに、この色褪せたジャージだけは大切に持って行っていたのである。

この制服を毎日枕の中に仕込みそのまま横になると、まるでグーハイの胸元を枕にしているかのような心地よい気持ちになり、すべての嫌なことを忘れさせて、バイロインを静かな眠りへと誘ってくれるのであった。

 

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うわああああああ!!!

めっちゃ最後かわいいいいいいい!!!!

本当はグーハイのことが大好きなインズ!素直な気持ちになりたい心と現実と向かい合う心、葛藤が凄まじいですね!

 

 

:naruse

 

202004追記:加筆修正。ズッキーニとかのくだり、もしかしたらさらに修正入るかもです。