第29章:大掃除
休暇が終わる前日にグーハイと宿舎へと戻ることにしたバイロイン。
前回グーハイがここに訪れた時とはうって変わり、今では正式にバイロインの夫だと胸を張れるので、バイロインに挨拶をする兵士全員に大きい態度で威圧する。
いつでもこの場所に来れるわけではないので、今のうちに誰のものなのか分からせる必要があるからだ。
部屋に着くや否や「前から綺麗にするべきだと思っていたんだ」とグーハイに言われ、彼の手によって掃除が始まる。バイロインが手伝おうとしても「お前は外にでも居ておけ!」と叱られて、物にすら触れさせてもらえない。
仕方なく外の椅子に腰掛けて「これも要らないな」と呟きながら次々に処分していく姿を眺めていた。
「あー。その加湿器は確か...同僚から貰ったものだったかなぁ」
グーハイ以外の男から貰った物なんて話したら絶対に捨てられる筈なのに、わざとそれを口にしてからかってみる。
「ちょ、おい!灰皿も捨てるのかよ!」
処分用の袋に入れられたそれを取り出して、大事そうに抱える。
ゴミにしか見えない物を宝物かの如く持っているバイロインをシラけた目つきで見つめる。
「す・て・ろ」
この部屋にある物の殆どにカビやら埃が被っていたのだが、それを大切にして捨てないこの男は一体この八年間どう過ごしてきたのか、グーハイには理解しがたかった。
再度部屋の外に放り出されたバイロインは、自分の近くを通る部下から挨拶をされる。
いつも厳格でカッコイイ上官のイメージがあったバイロインだが、今だけは自分の部屋すらも綺麗にすることが出来ない、恥ずかしい人だと思われているようで今までのメンツが潰れてしまっているかもしれない。
グーハイがある程度部屋を片付け終わったのを確認してバイロインも部屋の中に入ると、ベッドの上に置いてあったシーツすらも捨てようとしていた。
「おい!それは捨てるなよ!」
そう言って、グーハイの手から奪い取る。
「逆に何で捨てないんだ?」グーハイは呆れ顔をする「そんなに湿ってるのに、使い続けたらダニが湧いてお前の体に悪影響を与えるぞ?」
そんな筈は...と呟きながらシーツを触ると、確かに湿っぽく感じた。
以前はそんなこと感じなかった筈なのに。
「この畳もいらないな」
そう言って床に敷かれていた畳を撤去する。
「畳だけじゃなくて、もうベッドごと変える必要があるんじゃないか、これ。」
「おい!それは軍から支給された物だから捨てるわけにはいかないんだ!」
頑として捨てようとしないバイロインの額を指で弾く。
「だめだ。誰かに運んでもらえよな。こんなにカビの生えたベッドなんて使い物にならないだろ」
「カビ?!」
どこにあるんだと眉をひそめて確認する。
バイロインを相手にするのが億劫になり、枕を持ち上げてゴミ袋に投げ捨てる。
「枕は絶対に捨てるな!!」
そう言ってゴミ袋から拾い出す。
「おい、捨てろって」
枕を脇に抱えて断固とした態度をとる。
「こいつとはもう長年の仲なんだ!今更捨てるなんて絶対に出来ない!」
枕を見てみると、そのカバーは真っ黒になっていて便所の雑巾と変わらないほどの汚さだった。
「持ってこいよ、俺が捨ててやる」
「それだけは許せない!」
「どうしてそんなに頑固なんだよ!」
昔は二つの枕をグーハイと一緒に使っていたが、結局グーハイがバイロインの元へと寄ってくるので、一緒に使っていた。その過去を思い出して、それなら仕方ないかと納得する。
「.....しょうがないな。なら、そのカバーは寄越せよ。洗ってやるから」
「カバーは...外せない!」
「は?」頬が引きつく「お前。何か隠してるだろ?」
「ま、枕に何を隠すって言うんだよ!」
昔から、グーハイという男は隠されたら興味を持ってしまうタチの悪い性格をしていた。もし、バイロインがそのまま枕を手放していたら何も思わなかっただろう。
しかし、ここまで頑なに譲ろうとしないバイロインに何かあると思い枕を奪いに襲いかかる。
少しの攻防の後、劣化で繊維がぼろぼろになっていた枕は二人の力で割かれて破れてしまう。
破れた枕から出てきたものは、グーハイの高校生時代のジャージ。
グーハイはそれを無言で拾い上げる。
「この枕は高さが足りなかったからな!な、中に服を入れて調整してたんだ。」
ジャージを手に持ったままバイロインの元へと歩み寄る。
気まずさから、首を捻って外を見るバイロインに「誰もいないだろ。」と指摘する。
唐突にグーハイがバイロインの胸ぐらを掴む。その顔は怒りで溢れているようだった。
「何でお前は....! 俺のジャージを枕に入れて寝るほど想ってくれていたのに、何でこの八年間も俺に連絡をくれなかったんだ!? 何でそんなに自分ですべて背負うと考えるんだよ?!」
「......どうやってお前がまだ俺のことを想ってくれているなんてわかるんだよ」
「ああ、ああ!そうだったよな!お前の母親は冷たいやつだもんな!お前が母親のことどう思ってるか知らねぇけど、あいつを通したら俺のことなんて何でもわかった筈なのにな!」
「グーハイ....そんなこと言うなって」
二人の口論は、古びたドアがギシギシと音を立てて開かれるまで続いた。
リュウチョウはバイロインの部屋に向かっていると、部屋の中から大声が聞こえてきたので急いで駆けつけてみる。
中を覗くと、うちと連携をとっている会社の社長と言い合いをしているようだった。
リュウチョウの存在に気づくと、グーハイを押しのけて上官としての威厳を取り戻す。
「おい! なぜノックをしないんだ?!」
いつもの厳格な隊長からの厳しい声に緊張の汗を流す。
「わ、私は、ノックはしました。...恐らく聞こえていないようでしたが...」
「聞こえなかったからと言って、お前は勝手に入室して良いと教わったのか?」
「この前ドアのノックが聞こえなかった時は、仕方ないと隊長が仰っていたので...違いましたか?」
バイロインは冷たい目つきで再度尋ねる
「教わったのか?」
リュウチョウは慌てて敬礼のポーズをとり、謝罪する。
「いえ! そのように教わっておりませんでした!!」
「...よし。分かったなら中に入って椅子にでも座ってろ」
その言葉に従って中に入ったが、どこにも椅子が見当たらない。
グーハイに気づいたリュウチョウは、再度敬礼をして挨拶をする
「お久しぶりです!」
前は悪い印象を持っていたが、今ではちゃんと育てられた部下だと感心する。
「この部屋にはよく来るのか?」
グーハイは優しい顔をして質問する。
リュウチョウはバイロインの顔を見て笑いかけると、グーハイの方を見て答える。
「はい!よくお邪魔させてもらっています! 隊長はお優しいので、我々がこの部屋に自由に入ることを許してくれていて、部屋にある食べ物も自由に食べさせてもらっているんです!」
「それは素晴らしいな」
「そうなんです!私たちの隊長はとても素晴らしいお方なので、貴社とチームアップして取り組んでいく上で損は決してないと思いますよ!」
ーーそのお前らが尊敬する隊長さんは、昨夜ベッドの上で俺にめちゃくちゃにされてたけどな!
バイロインはこのまま二人が会話を続けると、何か起きてしまうのではないかと焦りだし、話を変えようとする。
「リュウチョウ、何でここにきたんだ?」
「大した事はないんです!会いたかったので、ここに来ました!」
「...俺が部屋を片付けているのを見ても尚、用なくここに来たのか?」
リュウチョウはあわてて立ち上がる。
「隊長、私も片付けを手伝います!」
「いや、大丈夫だ。お前は部屋に帰って休んでろ」
「...そうですか! 分かりました! では、お邪魔します。お互い健全になったら乗り合いましょうね!」
そう言って笑顔で部屋を立ち去る。
バイロインはリュウチョウの最後の言い方に思わず喉を詰まらせた。
グーハイの顔は、ホラー映画のポスターにでも使えそうなほど怒りの形相になっていた。
「あ、あいつが言っていたのは一緒に戦闘機に乗ろうって話だ!!その、変な意味ではないから...」
そう説明し終えると、ドアの外から大きな音がする。
リュウチョウの怪我を考えてまさかと思い急いで外に出ると、派手に倒れたであろう彼が起き上がろうとしていた。
「あ、あはは... 滑って転んだだけですので...」
グーハイは宿舎で一日を忙しく過ごした。
バイロインの部屋の中は夕方にはすべてが新品に変わり、古くカビも生えていたベッドも新調することができた。
その変化ぶりは、まるで古民家から金持ちの部屋に変わったかの如くだった。
帰り際、グーハイは執拗に何度も言い聞かせる
「俺が言ったこと忘れるなよ! これからお前の部屋に他人を勝手に入れない事。ジャンクフードはもう買わない事。髪の毛を洗ったらすぐにドライヤーをかける事! 分かったか? 定期的に検査に来るからな! もし破っていたら...」
「分かった!分かったから!!」
そう言って、口うるさい男を部屋から追い出すのであった。
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アクセス数もですが、もちろん皆様からのコメントも励みになっております!
また、30章まで翻訳し終えましたらしばらく僕が運営している別のBLOGの記事を作成する期間に致しますので、こちらの更新が遅れることを伝えておきます!
グーハイのジャージが見つかった時は、グーハイが「こらこら、インズ」的なラブシーンになるかと思っていましたが、意外とシリアスな感じになりましたね(笑)
さて、次回で約三割達成の30章です! これらも頑張っていきますね!
:naruse