第152章:謎を解明する糸口
ソン警備兵がバイロインを見てまず最初に口にした言葉。
「最近はそんなに暇なのですか」
バイロインはカバンからネックレスを取り出してソン警備兵に見せた。
ソン警備兵はあっけにとられながらバイロインに尋ねる。
「これは一体どういう意味ですか?」
グーウェイティンと全く同じ反応だ。これで夫人が持っていたネックレスを見たことがある人は誰もいないということが分かった。
「このネックレスはグーハイのお母さんの部屋で見つけました」
ソン警備兵は腰を下ろして、穏やかな表情をしながらバイロインのことを見ている。
「つまり、何が言いたいのですか?」
「私はこのネックレスがグーハイのお母さんの死に関係しているんじゃないかと思っているんです。グーハイに聞いても、グ少将に聞いてみても、誰一人としてこのネックレスを知る人はいませんでした」
ソン警備兵は薄く笑う。
「これがどう繋がるというのですか?夫人は数多くのアクセサリーを持っていました。少将もシャオハイも全部を覚えているなんてこと、出来ますでしょうか。ましてや夫人が亡くなってからもう長い時間が経っています。ですから夫人の物をはっきりとは覚えているなんてこと、できないでしょう」
バイロインはハッキリとした目つきでソン警備兵を見ている。
「グーハイのお母さんが持っていたアクセサリーを全部見ましたが、このネックレスだけは他のアクセサリーとは系統が全く違うんです。それに夫人のアクセサリーは全て専用のケースに保管されているのに、このネックレスだけは目立たないところに放置されていたんです」
ソン警備兵は相変わらず硬い表情をしている。
「夫人のようなご身分の方であれば、彼女に贈り物をする人がいるのも当然です。そして夫人が気に入らなければ、どんどん捨ててしまうことでしょう」
「そんなことありません」
バイロインは自分の推測を強く信じている。
「夫人がこんな貴重なネックレスを簡単に捨てるようなことはしないでしょう。きっと夫人はこのネックレスを貰って間もないうちにいきなり事件が発生して、亡くなるまでの間にケースに仕舞うことも出来なかったんだと思います」
「ロイン」
ソン警備兵は立ち上がり、バイロインの肩を叩いた。
「あなたがシャオハイの力になりたいと思っているのは分かります。しかし、これはあなたが思っているほど簡単なことではないのです。当時、少将が真実を知るためにどれほどの労力を費やしたか。それでも何も情報を得ることが出来なかったのです。もし何者かがこれほどまでに隠し通しているのであれば、きっと少将には手が出せない力が作用しているのかもしれません。我々がこのことについて更に追及しようものなら、もっと大きな迷惑をかけてしまうかもしれません」
「グ少将がどれだけ大きな力を持っているかは関係ありません。私は本当のことを知りたいだけです。グーハイのお母さんがどうやって亡くなったのか、それをグーハイが分からないままにしておくなんてこと、あってはいけません」
バイロインの執念深い目を見て、ソン警備兵の顔にどうしようもないという表情が浮かぶ。
「それで、今は何を調べているんですか?」
バイロインはネックレスを手に取る。
「これが手掛かりです。グーハイのお母さんの部屋から現れた一つの謎のネックレス。しかもこれだけは箱で保管されていなかった。この二点だけで疑うに値します」
「あなたも仰っていましたが、それはほんのわずかな疑いです。当時我々が疑っていた物はあなたのそれよりもずっと多かったです。それを追求していったところで、得られる物は何もありませんよ」
ソン警備兵は続けて話す。
「まさかこのネックレスが事件の鍵だなんて思っていませんよね?」
バイロインは少し焦り出す。
「グーハイのお母さんはこのネックレスを貰ってから事故に遭いました。このネックレスは誰が夫人に贈ったのか、その人の目的は?……」
「もう充分です」
ソン警備兵はバイロインの言葉を中断させる。
「坊や、もう帰りなさい。こんな時間ですよ」
「でも……」
バイロインはまだ話し足りない様子だったが、ソン警備兵の携帯が鳴り出して、しばらく口を閉じるほか無かった。
ソン警備兵は電話に応答しながら外に向かって歩いていく。バイロインはソン警備兵の後ろについていきながら、気持ちを落ち着けて、焦ってはいけないと自分に言い聞かせる。
ソン警備兵は携帯を置いて、「すみません」と言ってバイロインに対して笑いかける。
「少将が私を探しています。すぐに行かなくてなりません」
バイロインは話を続けたかったが、ソン警備兵の顔色を見ると、そうも言っている状況ではなかった。
帰り道の途中で、バイロインは暗い気持ちでいっぱいだった。バイロインはソン警備兵が彼の発見を大きく喜んでくれると思っていたのにも関わらず、結果は正反対のものであった。
ソン警備兵の顔は終始笑顔であったが、彼の目の奥ではバイロインのことを蔑んでいることに気がついていた。
それもそのはずだ。これだけの大きな事件で、しかも時間だって相当経っている。そんな状況で誰が彼のような学生がこの事件の謎を解くことが出来ると信じるのだろうか。
しかしバイロインは、実は物事はそれほど複雑ではないんじゃないかと微かに感じている。きっと彼ら(グーウェイティンたち)が意図的に事を複雑にしたのだろうと。
もしかすると、真相は頭のすぐ上のところにあって、ちょっと手を伸ばせば届くのかもしれない。
ショックを受けていたが、バイロインは絶えず自分を鼓舞し続ける。他の人が不可能だと思えば思うほどに、バイロインは俄然やる気が出てくるのだ。
バイロインはそんな人だから挫折の度、それを頑固一徹に力に変えてきた。もしこんな簡単なことで諦めてしまうようでは、そんなのバイロインではないのだ。
「どうしてまた来たの?」
ユエンは玄関の入り口でハーハーと息を切らせているバイロインのことを愕然としながら見ている。
バイロインは何も言わずにそのまま二階に駆け上がっていき、夫人の部屋に直行した。
ユエンはそんな彼の様子にびっくりしながらバイロインのあとについていく。バイロインは夫人の部屋で焦った様子で何かを探していた。間もないうちに綺麗だった部屋がバイロインによってかき回されてぐちゃぐちゃになってしまった。
戸棚に並べられていた物は全て投げ出され無造作に散らばっており、それを見たユエンはわなわなと震える。
「私の坊や、もういい加減にして…彼女の物を滅茶苦茶にしたら、グーハイは私を容赦なく殺すし、グさんだって私に腹を立ててしまうわ…」
バイロインはまるで聞こえていなかったかのように、ずっとひたすら引き出しの中を探し回っている。
「ロイン、あなたは一体全体何を探しているのよ?教えてちょうだい、お母さんも手伝うから」
しかしバイロインは依然として無言で探し続けており、戸棚と引き出しの中にあるアクセサリーケースを全て開けていた。どのケースにもアクセサリーが入っており、空の箱は一つも無かった。そしてバイロインは突然何かを悟った。
もしネックレスが無造作に置かれていたんだったら、そのネックレスの入れ物だってちゃんと戸棚の中に入っているなんておかしいだろう。
バイロインはすぐに目線を上にあげて探してみると、化粧台の上に目立たない小さな一つのケースを見つけた。それを手に取って開けてみるとやはり中は空だった。さらにネックレスを入れてみるとぴったりとはまったのだ。
バイロインの目は隠せぬ興奮を露わにしている。
「このケースは最初から空だったのか?」
バイロインはユエンのほうに顔を向けて尋ねた。
「何回言えば信じてくれるの?私は彼女の物を動かしたことは一度もないのよ。それなのに…前に比べて、今のこの状態はどういうことよ…」
バイロインは夫人の部屋から出て、リビングルームにあるソファーに座り、もう一度ネックレスのケースを開けた。
他のアクセサリーケースとほとんど同じなのだが、これにはブランドのロゴが無かった。いや、違う。ロゴはあるにはあった。しかし、ケースの中にある綿布にだけ書いてあった。
バイロインが綿布に書いてある英語の表記をよく見てるとそこにはこう書かれていた。
『danger』
ーー危険……
バイロインは頭がドカンと破裂したような気分だった。再度、夫人の部屋に駆け込んで行き、バイロインが散らかした物を片付けているユエンを引っ張り出す。
「”頼み”があるんだけど」
ユエンはバイロインが自分を必要としている姿を初めて目にする。
「頼みたい、頼みたくないなんていう言い方、する必要ないわ。ほら、言ってみなさい」
「ジュエリーの専門家で知り合いっている?」
ユエンは少し躊躇っている様子だ。
「私の知り合いにはいないわ。でもすごく良い友人たちを知っているの。彼女たちの中にならその専門家の知り合いもいるはずだわ。でもどうして?宝石の鑑定でもしたいの?」
バイロインは気持ちを落ち着かせた後、ゆっくりと話し始めた。
「レッドダイヤモンドのネックレスとケースしかないんだけど、この二つだけを頼りにネックレスの産地と出どころを追跡できるかな?」
「レッドダイヤモンド……」
ユエンは目を細めている。
「夫人が持っていたネックレスのことを言っているの?」
バイロインが頷く。
ユエンはとても神妙な面持ちをしている。
「レッドダイヤモンドはとても珍しいと言われているの。宝石業界に従事しているベテランたちですら誰もお目にかかれないほどにね。私だって今、目の前にある”これ”で初めて目にしたんだもの。こんなに珍しい物はもちろん、売買の度に記録を詳しく書いているはずだわ。必ず調べられるとは断言できないけど、でも、できる限りの努力はしてみるわね」
ユエンにそう言われて、バイロインは心の中で手応えを感じていた。
二日後、ユエンはバイロインを訪ね、ネックレスと取引記録の全てをバイロインに手渡した。
バイロインは再びソン警備兵の元に訪れる。
ソン警備兵は平穏な二日間を過ごし、バイロインは難しいとして、諦めたものだと思っていた。まさかバイロインがまたいわゆる『手がかり』を見つけてくるとは思っていなかった。今回はネックレスだけではなく、分厚い資料も手に抱えていた。
最初、ソン警備兵は資料にざっと目を通した後、バイロインに返そうと思っていたのだが、その厚い資料の束を手に取ってすぐ、一つの名前に目を奪われた。
『カルン(Calun)』
ソン警備兵が初めてこの名前を耳したのは三年前、グーウェイティンの口からだった。
グーウェイティンが武器の研究開発プロジェクトを担当していた時、アメリカの軍事大手企業が人を交渉の為に派遣し、軍事機密情報を買いたいと申し出ていた。その交渉は結局断られたのだが、その時、交渉に来た人がこの”カルンCalun”という男だった。
これが本当に同一人物であるかどうか確かめるため、ソン警備兵は資料の続きを読み進める。そこには取引相手の詳細な情報が書いてあった。
ーーあの男に間違いない…
「この資料はどこで手に入れたんですか?それにこのネックレス、一体どこで見つけたんですか?」
この時、ソン警備兵はバイロインの目つきが変わるのを確かに見た。この三年間、捜査が滞っていた事件の解決の糸口がまさかこんなネックレス一本だとは思ってもみなかった。それ以上に予想だにしていなかったのは、これを発見したのがなんと普通の青年であることだ。
バイロインは自分がこのネックレスを夫人の部屋で偶然発見したこと、そして購入履歴を追跡した経緯を全て詳細にソン警備兵に教える。その間、ソン警備兵はとても真剣に聞いていた。バイロインは説明した後、ソン警備兵に尋ねる。
「この人物をご存じですか?」
「実を言いますと、この人物は当時、米国の企業から派遣された交渉人なんです」
バイロインは五本の指を強く握り締め、鋭い目つきになる。
「カルンは恐らく少将が軍事機密を引き渡す日を聞いていたんだと思います。しかし具体的なルートは聞けなかったんです。夫人から軍事機密の輸送ルートを探るためにカルンはシャオハイの母上にこのネックレスを送って、今回の少将の任務に危険があることを示唆しました。なぜならカルンは夫人が必ず少将を探しに行くと確信していたのでしょう。ただ少将が最終的にあんな輸送手段を講じるとは予想していなかったんでしょう……もちろん、これは私の推測でしかありません。知ってることから考えればこういうことになるでしょう」
ソン警備兵の表情はここまで重々しくなったことはなかった。しかし、それでいてバイロインの推測のほとんどを認めた。
バイロインは眉をねじり、口を開く。
「しかしこれは推測でしかなく、確かな証拠もありません。やはりこれだけではグーハイを納得させることはできないでしょう。例えば、グーハイのお母さんはどうやって少将のルートを知ったのか。これが重要なカギです。この問題が解決しない限り、全ての答えは出ないでしょう。このダミーのルートを知る人は多くいましたよね、グ少将も含めて。もしかしたらグ少将が人を使って夫人に間接的に伝えていた、そんな可能性も無くはないですからね」
「実のところ、一人心当たりが…」
ソン警備兵は独り言を漏らした。
バイロインが目の色を変える。
「誰ですか?」
「その人はジェンダーチェン(甄大成)といいます。中国人民解放軍総参謀部二部七局・元局長でグーハイの叔父(グー母の兄)でもあります。参謀部二部は軍事情報収集の仕事を担当しており、彼の実力は侮れません」
「どうして事件が発生した時、すぐにこの人を訪ねなかったんですか?」
ソン警備兵は厳しい顔をしている。
「これは組織としても記録に過ぎず、誰も逆らうことはできません。それにジェンダーチェンは夫人との兄妹の関係を切って久しいので、調査をする必要がありませんでした」
バイロインはすべてを理解し、そして自分が何をすべきか確信していた。
するとソン警備兵は命令するかのように冷たく話す。
「絶対に彼を訪ねてはいけません。私はちょっと言ってみただけですし、この人には追及する価値がありません。彼は本当に変人です。もしあなたが会いに行っても面倒を被るだけですし、決して少しも得られるものなんてありませんから」
バイロインは心の中でそっと言葉を返す。
ーーただ僅かな希望でも、全部試してみるしかないんだ
帰る前、ソン警備兵はバイロインに重ねて注意する。
「覚えていてください。私たちが話したことは少将には一言も伝えてはいけません。
彼はとっくに疲弊しています。もう一度苦しめるようなことはしないでください」
バイロインは頷く。
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※レッドダイヤモンドについて(Eng.WIKIより一部抜粋翻訳)
レッドダイヤモンドは非常に希少なダイヤモンドで、ピンクダイヤモンド・ブルーダイヤモンドよりも更に希少で高価とされている。
12色あるファンシーカラーダイヤモンド(ダイヤの中でも高価とされる色たち)の中で最も高価なものとされている。
1カラットあたり数十万ドル(取引数が少なく、値段はその時によって大きく変動する)以上で取引される。
最も希少な色であるため、その中でも大きな物を見つけるのは非常に困難でほとんどのレッドダイヤモンドは1カラット未満である。
一般人は知りえないレッドダイヤモンドの希少性についてまで、博識なバイロインは知っていたんですね、しゅごい。
明日、2020.6.20は昼12時に153.154章と深夜0時に155.156.157章の計5章追加します。
まだ推敲終わってないけど何とか間に合わせます。
間に合うか間に合わないかじゃない、間に合わせるんだ(ブラック思考)
:hikaru