NARUSE'S:BLOG

ハイロイン/上癮:Addictedの原作小説を和訳している男子大学生でした

第154章:浮かび上がってきた真相

バイロインはこのまま我慢を続け、最後はいつの間にか寝ており、目を覚ますとすでに夜が明けていた。オッターハウンドが少し離れたケージの中でバイロインのことをじっと見つめている。

バイロインは目を除いて、身体のパーツをどこも動かすことができなかった。バイロインはただボーッと庭の中を揺れ動く清掃員を眺めながら身体が回復するのを静かに見ている。

 

 

ジェダーチェンは朝早くから出かけていた。そして昼に戻ってきた際、バイロインがしゃがみ込んでいる姿を見かける。

「あれは誰だ?」

ジェダーチェンは警備員に尋ねる。

「あれは昨日、あなたに尋ねてきた人です」

その時、ジェダーチェンの目の中に驚きの表情を浮かべる。チェンはバイロインがすでに帰ったと思っていて、まさかここにまだいるとは思っていなかった。

ーー若者よ、なんて意志の強さだ。どこまで耐えられるか見てやろう!

バイロインはジェダーチェンの姿を見て、壁に寄りかかりながら立ち上がる。その身体は寒さで震えている。服の氷は解けていたのだが、依然と濡れており、しかも一晩中地べたで寝ていたせいで泥まみれだ。

こんな散々な姿でバイロインは一歩ずつジェダーチェンの元に向かっていく。そんなバイロインの横顔の輪郭は相変わらず強情だ。

「ジェンさん、すみません。今日はお時間ございますか?」

ジェダーチェンは動きを止めて、振り向いてバイロインを見る。

「あるとも」

バイロインはあっけに取られる。ジェダーチェンは続けて話す。

「しかし気分ではないな」

バイロインは臆することなく尋ねる。

「どうしたらお話ができる気分になりますか?」

「もし私と話がしたいと言うのなら、最低限、身体を綺麗にしたらどうだ?」

バイロインは凛とした表情で、また口を開こうとしたのだが、ジェダーチェンはその場から身体を向きを変えて去ってしまった。

昼の気温が最も高い時間帯。

バイロインは冷たい水をバケツに入れて、ダウンジャケットとズボンを脱いだ。そして力を入れて衣服についた泥まじりの水を擦り落とす。

バイロインは今、寒さと極度の空腹に耐えているだけではなく、嘲笑うような目つきと明らかな軽蔑にずっと耐え続けている。しかし子供時代から今までに比べれば、バイロインが受けたこの三十数時間の屈辱なんて比にならないものだった。

やっとのことで衣服を洗い終えて、バイロインは屋敷の裏庭にある物干し竿に服を干した。それから日当たりのいい場所を探して、そこで日に当てることにした。ポケットから携帯電話を取り出すと電池が切れていることに気づいた。

バイロインはもう成す術もなく、ここまで来たらただチェンのことを待つしかなくなった。何も成果が無い状態ではどんな顔をして帰ればいいのか分からない。

 

 

夕方になり、バイロインは自分が干した服の様子を見に行く。他の人の服はしっかりと物干し竿にかけられていた。しかしバイロインのダウンジャケットとズボンは地面に落とされていた。しかもどれくらい踏まれたのか分からないくらいの足跡が付けられていた。

バイロインは服を拾い上げると、後ろからいくつかの笑い声が聞こえてきた。

バイロインは心の底から込み上げてくる怒りを抑え、頭がクララする。蛇口のところまで行く。バイロインは心の中まで氷が張っている。しかし、バイロインはこの野次馬たちを恨んではおらず、彼らに同情していた。ここの連中はこんなにも思いやりのない世界で暮らしているのかと同情せずにはいられなかった。

もう服を物干し竿にかけることはできないと悟る。バイロインは再び服を洗って、空いた場所を見つけてそこで両手で持ち上げる。

 

 

空が暗くなった。また一日が終わってしまう。

バイロインは二日間全く何も食べていない。彼の身体を支えている両足は少しへなへなになっている。

するといきなり、一個のマントー(馒头:中国の蒸しパン)がバイロインの足元に転がってきて、小麦粉と泥土の混じった香りが鼻孔を突く。

バイロインの胃が突然痙攣を始める。

バイロインは怒った顔を上げた。するとそこには自分よりも小さい子どもが立っており、その子はニコニコしながらバイロインのことを見ている。さっきのマントーはこの子どもが投げてきたものだ。しかもその子供はマントーを踏みつけていった。

バイロインはみんなが寝静まってもなお、そのマントーには一目も向けることはなかった。

 今夜は昨日よりも厳しい戦いになりそうだ。ダウンジャケットとズボンが着れないというのに、寒空は容赦なく薄い服に凍えるような風を吹きつける。

バイロインはちょっとでも油断して、また服に泥がついてしまったらと思うと怖くてしゃがむこともできず、少しでも物音を立てたらまたあの犬が起きて吠えてしまうのではないかと思うとバイロインは動くことすらできなかった。

バイロインはただただ、一つの彫刻であるかのように立ち、静かに朝が来るのを待ち続けている。

 

 

三日目の朝、 ジェダーチェンはゆっくりと寝室から出てきて、入り口で真っ直ぐに佇む一人の男の姿を目にする。

きちんと清潔な服装で、青白い顔。青紫色かかった唇のその青年は瞳を輝かせている。

バイロインは苦しそうに口を開く。その様子はまるで誰かにナイフを喉元に当てられているかのようだった。

「ジェンさん…おはようございます」

ジェンの平凡な顔にさすがにただならぬ表情を浮かべる。ジェンはバイロインの姿を下から上まで眺める。なんとかして揚げ足を取って指摘できないかと粗を探すが、いくら探しても全く見つけることはできなかった。

ジェンはじっと考えている。

ーーもしずっとこうして弄んでいたら、この青年は死ぬまで待つんじゃないか?

長い間の後、チェンがバイロインの肩を叩く。そしてチェンはバイロインの服が凍っていることに気づく。

「さあ、中に入って下さい」

バイロインはこの言葉を聞いて、自分がやっと鬼門を突破したのだと感じた。

「ジェンさん、私があなたを尋ねた理由なんですが……」

「言う必要はない」

ジェダーチェンは指を揺らす。

「分かっている」

「ご存じなんですか?」

バイロインは少し驚いている。

ジェダーチェンはバイロインに学生証と身分証を返してから、口を開く。

「これを見てすぐ、君が私のところに来た理由が分かったよ。でもね、まさか君だとは思っていなかったんだ。まず最初に来るのはグーハイだと思っていたからね」

バイロインは興奮のあまり指が震える。ジェダーチェンがこれを口にした以上、彼があの事件に関係していることは明らかだ。

こうして、バイロインが組み立てた憶測は当たり前のように繋がっていく。夫人はまず少将の危険をネックレスを使ってほのめかされ、軍事機密の運搬について教えてほしいと自分の兄・ジェダーチェンに助けを求めた。しかし、ジェダーチェンの持っていた情報もダミーの運搬路であり、夫人は誤ってあの車に乗り、その結果、事故に遭ってしまった……

バイロインは自分が知っていることを全てジェダーチェンに話し、夫人がチェンから輸送の情報を知り得たという証拠を求めた。そしてその証拠が他人の手に渡ることはないとチェンに約束する。

ジェダーチェンは静かにバイロインの話を聞いていた。バイロインが予想していた通り、チェンが驚きや困惑を顔に浮かべることは無かった。

チェンは至って冷静で、チェンから何の物音も聞こえないほどに静かだった。

バイロインは緊張した様子で彼からの返事を待っている。

しばらく経った後、ジェダーチェンが口を開いた。

「もし私が”彼女の死は自殺だった”と言ったら君は信じるかな?」

バイロインの身体が思わず震える。

「もし私が”彼女は最初から偽のルートだと知っていて、私もそのルートを偽物だと知っていた”と言ったら君はどう思う?」

バイロインは噴き出していた冷や汗がこれを聞いた瞬間、干上がってしまった。

「私は一家の主で、彼女は一番立場が弱い末っ子で、一番好きな妹だった。しかし、彼女がグーウェイティンと結婚した日から私は彼女との付き合いの一切を絶ったんだよ。私はいつか妹がグーウェイティンのために彼女自身を犠牲にする日が来るのだと思っていたからね。だからわざと私と彼女との関係を冷ましたんだ。そんな日が来たら私はきっと耐えられないからね。怖かったんだ。そしてね、結局『いつか』はやってきてしまった。しかも、私は自分の手で彼女を破滅の道に送ったんだ」

バイロインは全てを理解した。

「私はね、今でも覚えているんだ。あの日、彼女が私のもとを訪ねてきてね。私の前に跪いてグーウェイティンの計画を全て教えてくれと頼んできたんだ。だから私は彼女にはっきりと教えたんだ。グーウェイティンはタクシーの中にいるからただ静かに家の中で待っていればそれで問題ないってね。しかし彼女は『それはできない』と言ったんだ。もし彼女がダミーの車に乗らずにただ座して死を待つよう真似をすれば、きっと相手はグーウェイティンの行方を追い続けて、そして万が一、彼が無防備な状態でタクシーに乗っていることがバレてしまったら、彼は必ず死んでしまうだろうとね」

 ここまで言い終えたジェダーチェンの目にはわずかな苦痛の色が見て取れる。

「私は彼女に『それは単なる可能性に過ぎない。もう一つ、グーウェイティンが発見されない可能性だってある』と言ったんだ。でも彼女は『私が車に乗ったとしても二つの可能性がある。それは私が死ぬか、もしくは死なないか。どうせ危険を冒す必要があるというのなら、それは私が引き受ければいいの』と言ったんだ」

この瞬間、バイロインはグーハイの頑固な屈強さの下に隠されたあの柔らかく優しい心が誰譲りのものなのかを理解した。

「当時、私は自分の立場を酷く嫌悪していてね。どうして私がこんなことを請け負わなければならないんだと考えていたよ。彼女の兄である私があの秘密情報を握っているとネックレスの送り主が知らなかったら、どうして一人の非力な女性を脅すようなことをしたと思う?もし私がこの情報を持ってさえいなければ、例え彼女が自分の頭に銃を向けたとしても私には彼女をあんな悲惨な結末に向かわせることだってできないだろう」

ジェダーチェンの悔やみ、自責する表情はバイロインを苦しめた時の冷淡なものとは鮮明に対をなしていた。

バイロインは考える。彼は傷ついた痛みは深い場所に隠すような男のはずだ。

 「何故君をここに入れたのか、そして何故君にこれを話した理由が分かるかい?」

バイロインは探りを入れるように答える。

「それは私の頑張り抜いた姿に感動したからですか?」

バイロインは心の中では実際にそう思っているが、実際口に出してみるとどこか自信が無くなる。

ジェダーチェンは笑った。

「それは、君がうちの犬に噛まれなかったからだよ」

バイロイン「……」

「もし君があの犬を手なずけることが出来ていなければ、例え君がここで死ぬのを待っていようが、私は君のことを視界に入れることもなかったよ」

バイロインはそれに対して自分が泣くべきなのか笑うべきなのか分からなかった。

「この犬は十年以上飼っているが、私が覚えている限りでは、大人しくしてたのはたったの二回だけなんだ。一回目は妹があのお願いをしに来た時。二回目は君がこのお願いをしに来た時だ。私はね、人よりも犬のほうがずっと信頼できると思っているんだ」

 

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※ 「彼女の兄である私があの秘密情報を握っているとネックレスの送り主が知らなかったら、どうして非力な一人の女性を脅すようなことをしたと思う?~~」の部分についての補足

 

ここかなり直訳気味なんですけど、要するに、ネックレスの送り主はジェダーチェンが真のルートを知っていると踏んでグーハイのお母さんを揺さぶればチェンから聞き出すだろうと読んでいた。その意図をジェダーチェンも気づいていた、ということですね。

自分がこんな情報さえ知っていなければ例え妹が自分の頭に銃を突き付けて脅してきたところで教えることはなかった(知らなければ教えることもできなかった)し、そのせいで彼女を死なせてしまうこともなかった。と、『計画の全貌を知っていたこと』の辛さ、そして教えてしまったことへの自責の念が込められています。

すこし回りくどくて分かりづらい表現なのですが、ここは意訳改変すべきではないなと思い、後書きで補足することにしました。

 

バイロインってとことんグーハイのお母さんに似ているんですね。

きっとジェダーチェンもそれを感じてバイロインに無意識に心を開いて話したんじゃないかな

グーハイのお母さんも自分のことを犠牲にしてでも愛する相手のために周りが見えなくなって突っ走ってしまう。

そのせいで周りがどれだけ心配して、どれだけ悲しむかも考えずに。

きっとグーハイが悲しむことやジェダーチェンが自分を責め続けることも考える余裕すらなかったんでしょうね。

そしてグーハイは、きっと男か女か、そんなこと関係なく母親の影がちらつく「バイロイン」だからこそ一緒にいて心から落ち着くことが出来て、好きで、「バイロイン」じゃなきゃ決して心が満たされないんでしょうね

母親の影を追っているともまた違くて、なぜか分からないけど、一緒にいてどこか安心する、そういう存在なんでしょうね

はー、えもすぎる…

 

【155〜157章の掲載時刻の変更のお知らせ】

6/21 0:00を予定してましたが、間に合わないので6/21  12:00に変更します

 

:hikaru