第156章:お前はあいつを酷い目に遭わせたか?
グーハイはそのままジェンダーチェンの家に直行した。
グーハイは伯父に対してなんの感情も抱いておらず、彼が生まれてから現在に至るまで、ジェンダーチェンと会った回数も二、三回程度だった。
グーハイのお母さんがチェンの話をしていなければ、そもそも叔父の存在すら知ることもなかった。
グーハイにとってもジェンダーチェンのイメージは人から聞いたもので、変わり者、傲慢で自惚れ屋、劣悪な人格、非道な言動……
だからこそバイロインがジェンダーチェンを訪ねたと聞いて、あれほどに怒ったのだった。
二人の警備員がグーハイを止める。
「身分証は?」
グーハイはそのうち一人の警備員の顔に一発、重い拳をお見舞いする。
「テメェが身分証を見せやがれ!」
もう一人の警備員が陰からグーハイに向かってくる。しかし、グーハイにサッとかわされて、そのまま蹴り飛ばされ警備員は壁に打ちつけられた。
先ほど顔面パンチを喰らった警備員がグーハイの背後から襲おうとしたが、思いがけない速さでグーハイは立ち回り、気づいたらまた同じ場所に一撃、喰らっていた。警備員の顎はたちまち砕かれて、口を開くことができなくなった。
先ほど壁に打ちつけられた警備員が大声を出そうとしていると、グーハイは長い足を上にあげて、その警備員の襟足に目がけて思い切り、振り下ろす。カチャという音が聞こえ、その警備員が顔を上げることはなかった。
グーハイが陰気な顔をしながら、まるでハリケーンのように庭に飛び込んでいき、目にも止まらぬ速さでジェンダーチェンの玄関の前まで来ていた。
ゾンビ顔はグーハイを見て思わず呆然とした。
ーー彼はなんで私よりも怖い顔してるんだ?
「ジェンさんは用事で忙しくしています。中に入って邪魔をしてはなりません」
グーハイは彼をチラッと見て、冷淡に笑う。
「お前はタマを潰される痛みがどんなものか、知ってるか?」
ゾンビ顔はあっけにとられた顔をしている。
次の瞬間には、グーハイの靴はゾンビ顔の股間に直撃しており、無表情だったはずの顔は痛みに歪み、汗が大量に噴き出し、倒れた後はしきりに身体を痙攣させている。ズボンの股の部分が擦れ、そこから血が滲み出てくる。
ジェンダーチェンは屋敷の中でくつろぎながらお茶を飲んでいる。窓に背を向けて、外で起こっていることについては気づいていないようだ。
グーハイは大股で部屋の中に入り、ジェンダーチェンの手から湯吞みを奪い取り、思い切り地面に叩きつけた。
あまりにも強く叩きつけたせいで、ジェンダーチェンの手の甲に湯吞みの破片が飛び、小さな傷ができる。
「ジェンダーチェン」
グーハイは歯の隙間からこの言葉を絞り出した。
ジェンダーチェンはグーハイをチラッと見る。グーハイが来ることはすでに予想していたようで、落ち着いた様子で尋ねる。
「何をするんだ?」
「このクソ伯父が!」
怒号と共に、グーハイはジェンダーチェンを地面に叩きつけて、そのまま雨のように拳を打ちつける。
ジェンダーチェンは若い頃は軍の高官を務め、年を取った今でも身体を鍛えていた。だから身体は丈夫で、グーハイの拳で打たれても問題はなかった。
しかし、それは通常のグーハイの場合だ。今のグーハイは理性を失っている。狂人には無尽蔵の力があり、ジェンダーチェンは丈夫で耐えられたとしても、返す手立ては全くない。
彼がいくら丈夫で、いくら骨が硬くても、何度もこんな力で殴られれば骨だって折れてしまう。
ましてや彼はグーハイの伯父さんだ。こうやって甥に殴られる叔父がいるだろうか。
「ジェンさんを守れ!」
誰かが叫んだこの”合図”で、窓から十本以上の銃が向けられ、七、八人ほどの警備員がホールに飛び込んできた。
これだけの大人数なら一人を扱うのは容易だが、二人となるとまた話が変わってくる。
彼らはチェンからグーハイを引き剥がすのと同時に、ジェンダーチェンの身の安全を確保しなくてはならない。
よりによってグーハイは今、猛き一頭の雄ライオンのようで、例え誰が噛まれたとしても近寄ってはいけない存在だ。そして七、八人の大男たちは邪魔し合うばかりで役には立たず、ただジェンダーチェンのメンツをつぶすだけだった。
すると突然、誰かが外から銃を一発、発砲した。
その音にジェンダーチェンは慌てて、目を向いて怒鳴り声を上げる。
「誰も彼を撃つんじゃない!」
ひと声の命令の後、窓で銃を構えていた警備員たちは皆一斉に銃を下の置いた。部屋の中で二人を引きはがそうとしていた者たちも動きを止めている。
この男にはジェンダーチェンを殴るだけの勇気がある。きっと大きな後ろ盾があるに違いない。軽はずみは行動はするべきではない。
外で銃を持っていた人たちも皆、部屋の中に入ってきた。元々中にいた警備員たちに従い、二人を取り囲むように立ち、目を見張らせている。
ジェンダーチェンは自分の頭上の一人と十数組の警備員の目を見て、怒りで肺が爆発しそうだった。
ーー銃を撃つなとは言った…しかし手を触れるなとは言ってないだろうが!お前たちは私が死ぬまでそうやってただ待っているつもりなのか?
グーハイが手を止めた時には、ジェンダーチェンは既に半殺しの状態だった。
日暮れ時、庭の中はしんと静まり返っている。
グーハイは突然、無造作に一人の守衛を引っ張り出して、その警備員の首に思い切りベルトを打ちつけた。首に走った鈍痛にその男は口を歪め、腫れた首が夕日で暗紅色に染められている。
「言え!お前はバイロインを酷い目に遭わせたか?」
守衛は痛みに耐えながら首を横に振り、身体を直立させ、恥ずべきことは何もないという顔をしている。
グーハイはベルトを再び振り上げる。そして先ほどと同じ場所を、先ほどと同じ力で打ち、暗紅色は一瞬にして真っ赤な血の色に染まった。
「バイロインを酷い目に遭わせた奴は名乗り出ろ。そうしないとこいつがお前らの代わりに痛い目に遭うぞ?」
そう言ってグーハイはまたベルトを上に持ち上げる。
すると守衛の一人が隣の警備員を指さしてこう言った。
「こいつだ……こいつはあの青年に冷水をかけたんだ」
グーハイの顔つきが一気冷たくなり、瞳孔は大きく縮んでいる。グーハイは一歩ずつその警備員の前に歩いて行き、じっと見つめる。そして少し離れたところにある魚の泳いでいる池を指さす。
「飛び降りろ」
警備員はじっとしたまま動かない。
「俺が蹴り飛ばすことになったら、上がって来れると思うなよ…?」
警備員の固まった目がグーハイの執念深い威圧をとらえる。硬く結ばれた口は一本の直線を描いていた。グーハイが手を伸ばして、骨の関節がカチカチと音を立てる。警備員は足のコントロールが効かないまま前進し、身体を支える物が何もなくなり、全身が水に沈み、寒さが身体中に染み渡る。
グーハイは警備員の頭に足を置き、彼を水底まで沈める。
三分が経ち、男は激しくもがき出し、水の中から泡が一つずつ浮いてくる。
男の身体が硬直するまでグーハイは頑なに足で押さえて離さなかった。大きな揺れで水を掻きまわされ、魚たちが慌てふためきあちこちへ泳ぎ回る。そしてやっとグーハイは警備員の頭を掴んで池から引き揚げた。
「次は誰だ」
二時間かけて行われた”復讐”。バイロインに難癖をつけた者、バイロインを痛めつけた者、バイロインを嘲笑った者……一人残らず、皆十倍以上の大きな代償を支払った。
元々重苦しい雰囲気の豪邸に恐怖でひっそりとした雰囲気が加わり、さながら生者の墓のようだった。
一人の男の子が壁の隅っこでうずくまっている。自分に向かって歩いてくるグーハイを震えながら見ている。
この男の子は最後の最後で告発された。この男の子はバイロインの足元にマントーを投げたあの少年だ。
「おい、ガキ。お前には手を出さないが、アイツらの末路をよく覚えておけ。お前が俺くらいの年に成長したら、その時に同じ目に遭わせてやる。じっくり待ってろ!」
男の子は耐え切れず大声で泣き叫ぶ。
グーハイが再び病院を訪れた頃には外はすっかり暗くなっていた。当直室の医師に聞くと、バイロインはもう家に帰ったと知らされた。
「こんなに早く退院したのか?」
医師は頷く。
「あの青年は病院にいるのを嫌がってね。熱が下がったらすぐ帰ってしまったよ」
それからグーハイはバイロインの実家を訪れる。
一家は食事をとっていた。トンテンだけは食べ終えて、リモコンで飛行機のおもちゃを操縦して遊んでいた。そしてトンテンはグーハイの姿を見かけると、心の底から喜び、リモコンを操作するのを忘れて飛行機は真っ直ぐ地面に落ちていった。
「グーハイお兄ちゃん、来たんだね!」
グーハイはトンテンの頭を撫でながら訪ねる。
「バイロインは?」
トンテンは小さな手で指をさす。
「部屋で寝てるよ」
「あいつは飯を食わないのか?」
「食べたよ、全部吐いちゃったけど」
グーハイは顔色を変え、バイロインの部屋へと向かう。
バイロインは目を細め、枕にもたれかかっている。昼の時よりかは、幾分顔色が良いようだ。
グーハイはバイロインのおでこを触る。体温は下がったようだったが、手足は冷え切っている。
バイロインは誰かに触られた感覚がして、すぐに目を開けた。
「なんで来たんだよ?」
グーハイはそれに返事はせず、バイロインの掛けている布団の中に手を伸ばして、バイロインの足を両手で包み込む。
するとバイロインは自分の足を布団から引っ張り出し、グーハイを傷つけるには充分な言葉を言い放つ。
「お前なんか必要ない」
しかし、グーハイはまたバイロインの足を引っ張り戻して、バイロインを怒らせるのに充分な言葉を言い放つ。
「俺もお前なんか必要ない」
すぐさまバイロインの凄まじい視線がグーハイに向けられる。グーハイの手に包まれていた足を持ち上げて、バイロインは彼の胸に突然振り下ろした。体は弱っているが力は強い。
「じゃあここでまだ、一体何してるんだ?お前たちの家に帰れよ!出てけ、とっと失せろ!できる限り遠くまで!」
しかしグーハイは出ていかないどころか、ベッドによじ登り、バイロインに腕を巻きつける。そして狂猛な目つきでバイロインとにらみ合っている。
「お前はわざと意地悪しているのか?お前は俺に意地悪することができるのに、どうして不満は言わないんだよ?意地悪はできるくせにどうして俺に頼らないんだよ?意地悪はできるくせにどうして過ちを認めないんだ?……お前のこの馬鹿な行いを見てみろよ!世界中を探してもこんなバカなことする奴、お前しかいないぞ!俺がお前を必要としていると思うか?もし選べるっていうならお前なんていらない!俺は大バカ者だ、お前のそばにいると俺はただのお飾りで、なんの役にも立たないんだ。八つ当たりしたり、振り回したり、お前を気持ちよくさせる以外に俺はお前にとって何にも役に立たないんだ!」
バイロインは口を開きたくなかった。ただそこでじっとしている。
グーハイの拳が壁に当たり、壁が削れ大きな塊が落ちる。
「なんであいつに会いに行った?お前は俺の宝物だ、どんな理由があってお前はあいつらに苦しめられなきゃいけないんだ?どうしてだよ?」
この時、バイロインはまだ黙り込んでいる。
しばらくの間、部屋の中は静まり返る。
先ほどまで咆哮していた王様をバイロインは近くで見ているのだが、グーハイはすっかり意気消沈しており、目じりに涙をためていた。
バイロインは”この気持ち”がどこから湧いてきたのか分からなかったが、唐突にグーハイの頭を一発叩いた。グーハイはじっとこらえていた涙が一滴、零れ落ちた。
「テメェにはまだ俺を罵る面があるのか?自分を見てみろ、すぐ女々しくピーピー泣きやがって。胸に手を当てて聞いてみろ。俺がお前をお飾りにしていたのか、お前が俺をお飾りにしていたのかどっちだ?お前が役立たずなわけじゃない。お前が俺のことを全く役に立たないだろうと思っていたからお前は自分が役立たずだって思うんだよ!」(※後書き有)
そう言い終えると、バイロインは全身汗まみれになっていた。
「じゃあそう言うお前は漢(おとこ)なんだな!そうだろ!じゃあ何で熱なんか出しているんだ?漢であるお前が何で布団の中で横になっているんだ?このグーハイ様なら真っ裸で一週間外に立っていようが風邪なんてひかねぇぞ!」
「そんなこと言うなら脱げよ。ここで脱がなきゃお前は漢じゃないぞ」
「バイロイン、これはお前が言ったから脱ぐんだからな」
「あぁ、そうだよ。だからなんだ?」
そしてグーハイは本当に脱いだ。グーハイが全裸になってすぐ、バイハンチーが部屋に入ってきた。
「おや、ダーハイ。今日はここに泊まっていくのかい?」
グーハイは気まずそうに笑う。そして布団の角を引っ張って身体を隠しながら、
「そのつもりです」
と言った。
「親父、こいつを追い出してくれ」
バイハンチーは困っているようだ。
「ダーハイはもう服を全部脱いでいるんだ、これで追い出すのはマズイだろぉ?」
「親父~~~」
バイロインは切なげに懇願する。
バイハンチーが唾をのみ込んだ。そして指で耳をかき、独り言のようにつぶやく。
「今夜の気温は何度だ?さっき天気予報を聞いたばかりなのになんで忘れてしまったんだろう……」
そう言いながらバイハンチーはドアのカーテンを上げて出ていった。
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※復讐を黙って受けれていたジェンダーチェン・ならびに警備員たちについて考察
まずジェンダーチェンはグーハイの母親(チェンにとっての妹)の死に対して強い後悔と自責の念を感じていました。
そしてバイロインにも言ってましたが「最初にくるのはグーハイだと思った」という言葉。
いずれグーハイが復讐(あるいは真相の解明)に来ることは察しがついていたのでしょう。
グーハイにボコボコにされることはジェンダーチェンにとっての贖罪であり、彼自身もどこかで望んでいたことなのかもしれません。
それにグーハイには半分、妹の血が流れているわけですから、グーハイを傷つけることは許さないのでしょう。
そして銃の発砲を怒りの形相で止め、無抵抗で殴られているジェンダーチェンを見て、グーハイの後ろ盾にはやばい奴がいると大きく勘違いした警備員たち。
復讐を拒めば、この先もっと恐ろしいことが待っているかも知れないと思い、十数人もいる屈強な男たちは一人の男に対して無抵抗で復讐を受けたのでしょう。
それにしてもグーハイさん、子供にも容赦ないですね。
バイロイン・モンペ大賞があったら間違いなく優勝ですね。おめでとうございます。
※「テメェにはまだ俺を罵る面があるのか?自分を見てみろ、~~について
正直、自分でもどういうことなのか前後読んでも全く分からず、原作英訳サイト様を確認すると、この部分が以下のように注釈されていました。(原文英語→日本語にしてます)
『インズが言っていることは、グーハイが自分を役立たずだと思っている原因は、インズがグーハイの母親の死の真相を突き止めた人だから』
うーん、分からん(; ・`д・´)
要するに、お前は役立たずじゃねぇから余計なこと言わないで黙ってろ!っていうツンデレですかそういうことでいいですか?ありがとうございます
:hikaru