第65章:バイロインの言葉
墜落している最中、バイロインは心の中でグーヤンに対しての罵詈雑言が止まらない。
ーーあいつ...。なんで俺のズボンを引き裂いたんだよ。あー、やばい。痛ってぇ
グーヤンから逃げる際に引き裂かれたズボンの隙間から、極寒の風が皮膚に突き刺さっていた。
パラシュートは無事成功して開き、二人は一緒に草木が生い茂る山の中へと落ちていく。
地面が近くなった瞬間にグーハイが自分の体を下へと動かし、自分が先に地面へ当たるように体勢を変える。
... ... ドンッッ!
衝撃に備え目を瞑ったバイロインは自分が硬い地面ではなく、少し柔らかい筋肉のような感触を感じて顔が赤くなる。
ーーくそ。
目をゆっくりと開けると、想像通り自分が男らしい立派な胸の上にいることを把握する。
「大丈夫だったか?」
そう言うグーハイの片手は、ちょうどズボンの破れた箇所から見える素肌を撫でている。
急に悪寒を感じ自分の股の方を見ると、バイロインは破れている箇所が後ろだけではなく、前の方まで被害が及んでいたことに気づいた。
「どうした。風にでも裂かれたのか?」
そう言うグーハイは、どこかいやらしさを感じる優しい表情をしていた。
ーーはぁ!? 俺がこうなっている原因はお前の兄貴だろ!!
「怪我してないか、ほら。よく見せろよ」
グーハイの手がズボンの隙間から侵入しようとした瞬間、バイロインは自分の身を捩ってグーハイの胸元から脱出し、そのまま地面を横に転がってグーハイから離れた。
それからグーハイから少し離れたところに腰を下ろし、現在位置を推測しようと周りを見回した。
グーハイは不満そうな顔をしながら近寄ろうとしたが、バイロインの殺気を帯びた眼光に刺される。
「何でだよ、俺らの距離遠いだろ?」
「この...汚らわしい奴めっ」
バイロインの心ない言葉を聞き、眉間に皺が押し寄せる。
「なんでずっとそんな感じなんだよ?! 俺ら何十日ぶりに会ったっていうのに、なんでそんなにピリピリしてんだよ」
バイロインはギチリと歯を鳴らす。
「ああ、俺が悪いんだよな。俺と一緒に飛ばないで、さっきの男と一緒に飛んでたらよかったんだ。そしたら、今頃俺らは顔を合わせずに済んだはずだしなッ!!」
「バイロイン。おい、お前...俺を苛つかせたいのか? どれだけ俺がお前のことを想って過ごしてきたと思ってんだよ?」
「誰も俺のことを考えて欲しいなんて頼んでない」
バイロインは冷たい顔でグーハイを見つめる。
「まして、俺のことを考えている様には見えなかったけどな。そんな良い表情は、香港で過ごさないと作れないもんな!」
グーハイも溜めた怒りの原油に点火する。
「俺がこんな顔をするのはお前と一緒に居られるからだって、ほんとに分からねぇのかよ!!?」
バイロインは聞こえないふりをして、冷たい言葉を続ける。
「ああ。貧乏人の俺と一緒にいるより、早くお前を必要としている同僚とやらを助けに行った方がいいなじゃないか? 万が一、パラシュートが開いてなかったら、今頃おまえが亡骸を回収してくれるのを期待して待ってると思うし」
我慢の限界に来たグーハイは立ち上がり、バイロインの元へと近づいていく。
バイロインも鋭い視線で牽制するが、その威勢も虚しくグーハイには通じないでいた。
グーハイはバイロインの両肩をがっしりと掴み、勢いよく地面へと押し倒す。
「おいっ」
バイロインが抵抗しようと身を捩ろうとするが、グーハイの大きな手によって力強く肩を押さえつけられているのでどうしようもない。
グーハイの手がいやらしさを帯び、そのままバイロインのズボンの中へ入り込もうとした時、バイロインが自分の後頭部を押さえ「あっ!」と声を上げる。
突然聞こえた悲痛の一声に、グーハイはその手を止める。
バイロインは苦しそうな顔をしてグーハイを見つめるが、あまりにタイミングのいい状況にグーハイは疑念を抱き、ゆっくりとその箇所へ手を触れる。
「... ...おい。この嘘つき馬鹿野郎!なんもねぇじゃねーか!」
「誰がバカだって?!」
バイロインは恨みを込めた声で「どけっ」とグーハイを押し退ける。
「痛っ!!」
隙をみて脱出しようとしたが、鋭く尖った木の枝が、ズボンの隙間から顔を出すバイロインの脚に突き刺さる。
その様子を見て、グーハイは思わず笑みを溢す。
「ほら、俺を怒らせたからだ。俺の言うことを聞こうとしないから、それの報いで怪我をしたんだろ」
そう言って立ち上がり、痛がるバイロインへと手を差し出す。しかし、その手はバイロインの手によって払い除けられた。
「おい、自分一人じゃ痛くてうまく立てないんだろ?」
「別に...立てなくてもいい」
グーハイは笑いながら息を深く吐くと、バイロインの両脇に腕をくぐらせそのまま上へと持ち上げる。
「あそこへ移動するぞ」
近くにあった人が座れる場所へ移動しながら、グーハイはバイロインの露わになっている脚をいやらしく撫で回していた。
「ほら、俺がいてよかっただろ?」
人の脚を撫でておきながら、ドヤ顔でこちらを除く隣の男に目を丸くするバイロインだった。
木の枝は少し深く刺さっているようで、取り除く作業は思っていたより痛みを要するようだった。
「大丈夫か?」
バイロインは顔の半分を手で覆い隠しながら、絞り出したか細い声で「大丈夫だ」と返事をする。
「馬鹿なこと言うなって、嘘だろ?」
「それはお前の勝手な思い込みだろ。俺自身の言葉が正しいんだッ」
痩せ我慢だと誰がみてもわかる状況だが、枝を抜いている間、バイロインは声を一切漏らさずに顔を隠していた。
処置が終わってもバイロインは顔を背けたまま、静かな時間が刻刻と過ぎていくだけ。
沈黙に負けたバイロインがゆっくりとグーハイの方へと振り向くと、目の前には自分の方を優しい目でずっと見つめる最愛の男がいた。
その瞬間、心の中の暗雲が一掃され、今度は自分を蔑視し始める。自分の知らない人と親しそうにしていたグーハイに嫉妬していたのだ。
ーーくそ。汚いのは俺じゃないか
「...あの、あの人の所には本当に行かないでいいのか?」
バイロインは伺うようにゆっくりと口を開く。
「どの人のことだ?」
「お前が...一緒に来てたあの男の人だよ」
トンのことを言っているのだと気づき、グーハイは一瞬困ったような表情を浮かべたが、すぐに元の優しい表情に戻して笑みを浮かべる。
「あいつは丈夫なんだ。無事に北京に帰ってからでも遅くはないはずさ」
バイロインしばらく黙ったまま、歯切れ悪くまた質問を重ねる
「香港ではどうだったんだ?」
「あー。あの男、トンって言うんだけどな。あいつのせいでめちゃくちゃ忙しかったぜ」
グーハイの短気さを憂いてか、焦ったような表情を浮かべる。
「彼を棒で殴ったりはしてないよな?」
「おいおい冗談だろ? あいつみたいなこと、俺はしないさ」
分かってはいたが、バイロインは胸を撫でおろす。
「まぁ、それもそうだな。それより、もしあいつがお前の会社の機密文書を手に入れてなんかりしたら、今度はお前を脅しに来るだろうな。...今回は損をした。」
「大丈夫だ。なにせ、俺には切り札がもう一枚ある。」
グーハイは自信があるようで、軽く胸をぽんっと叩いた。
「仮にあいつが俺を脅しても、俺はトンを引き抜いてきたんだ。あの男は側近だったからな、例えるなら動く機密文書だ!...それに、トンはグーヤンのやつの元から抜け出せて嬉しかっただろう」
そう言うグーハイは笑っていた。
「確か、彼とあいつの関係は鉄のように堅いはず...。どうやって勧誘したんだよ?」
バイロインはずっと気になっていたことを口にする。
「それは...秘密だ」
そう言って微笑むと「もう痛くないのか?」と話を逸らすようにバイロインの体についた土を手で軽く払う。
「... ...秘密って何だよ?」
そう聞くバイロインの手をつかんで自分の方へ引き寄せる。
「ほら、俺の膝の上に座れって。そこに居たらお尻が痛くなるだろ?」
「だから、何の秘密だよ」
「...帰ってから話そうぜ。まずは、どうやってここを離れるか考えないとだろ?」
納得したバイロインも一旦先程までの疑問に蓋をして、この状況をどうにかすることに思考をシフトさせる。
「無事に北京に戻っても、待ち伏せをされていて二人とも捕まえられたら...。今までの苦労が水の泡になってしまうんじゃ」
「確かに、それはそうかもな。でも、俺らがここで機会を狙って潜伏する必要もない」
「万が一ってやつがあるだろ」
「万が一もない」
グーハイは小指を突き立て、誓いを立てる。
「ここはもう河北の範囲内だ。明日北京に着く頃には撹乱されて、見つけられないはずさ」
そう言った時だった。遠くで轟音が鳴り響き、大地が震え出す。
「なんだ!?」
バイロインは顔色を変えると、遠くに黒煙が立ちのぼるのを目にする。長年の従軍経験からすると、突如聞こえた音の正体は墜落した戦機の残骸ということになる。
「どういうことだ?」
グーハイも立ち上がって遠くを見つめる。
「俺たちが乗り捨てたあの戦闘機が今さら墜落した...とかじゃないよな?」
「そんな...まさか」
話をしていると、次は軍で使用している緑色の傘のようなものがゆっくりと降ってくるのが視界に映る。
いま起こっている現実を把握できず、バイロインは頭が混乱し始める。
「もしかして、トンって奴が今降ってきているとかはないよな?」
「あいつは凧なのか? そんな長いこと漂ってるわけないだろ」
そこで、疑問を解消するために二人は現場に向かってゆっくりと歩き始める。
途中まで歩いて近づいた時だった、急にバイロインの足がピタリと止まる。
「おいまさかだろう...」
そう言うバイロイン同様、グーハイも疑問を浮かべた顔つきでバイロインの視線の先を見つめる。
「どうして兄貴が乗っていた機体がここに?」
グーハイに疑問に答えるように、撃墜された残骸を顎で指しながら「俺らを堕としたやつにやられたんだろう」バイロインが呟いた。
グーヤンは地上に無事降りたことを確認し立ち上がると、自分の体についた土を払い落とす。自分の置かれた状況を把握するために目を細めて周囲を見渡すと、少し離れた場所に例の二人組の姿を確認した。
ーーあいつら、こんなところに...!!
全身から胸の中に血が集まり、そのまま勢いを増して口から噴き出す程の憤りを感じる。
ーーあの畜生ども...!
グーヤンは抑えきれない殺気を周囲に放ちながら、その足を二人の方へ歩み始めた。
一方でグーハイはというと、グーヤンが近づいてくるのを確認するや否や、手でバイロインの破れた箇所を隠し、自分以外の男に愛するバイロインのパンツを見られないように前に立つ。
グーハイにとってこの状態を切り抜けるよりも、バイロインのパンツを見られることの方が重大だったようである。
グーヤンは二人の元まで近寄ると、いきなりグーハイの襟をつかまえた。
「お前は...本当にいいやつだな!!」
周りの草木が揺れる程の怒号が響き渡る。
「そう...それはどうも。」
グーハイは意に介さない視線を返す。
「俺のファイルのパスワードを知りたいんだろ?」
グーヤンは先程までとは打って変わり、落ち着いた雰囲気でゆっくりと語りかける。
「ほら、近づけって」
そう言ってグーハイの襟を自分の元に引き寄せ、自分の口をグーハイの耳元へと近づける。
「よぉーうく聞けよ」
そういうと、一文字づつ綴りだす。
「俺はバイロインが好きだ」
青天の霹靂とはこのことだろうか。
グーハイは自分で身体の制御ができないほど、激しく震えだした。
第三者にも聞こえるほどハッキリとした声だったので、バイロインは急いでグーハイの側へと駆け寄り、震えが止まらないその身体を抑えながら、落ち着かせるように優しく語りかける。
「こいつの話を信じるなよ。お前を怒らせるために嘘を言ってるだけだ。今から俺がちゃんと話をつけてくるから...」
「今すぐ言えよ。」
グーハイの表情は暗く冷たい。
「今のお前の前じゃ話せないだろ」
バイロインは冷静に話すが、グーハイには通じない。
「なんで俺の前だと話せねぇんだよ!!」
「お前の前だから話せないんじゃない!今のお前の前だと話せねぇんだよ!...勘違いした嫉妬もいい加減にしろ!!」
バイロインはかつてないほどの勢いで捲し立て、グーヤンの手を強引に引いてグーハイの元から離れていった。
五十メートルほど歩き、グーハイと十分な距離を空けたところで、握っていたグーヤンの手を雑に振り解く。
グーヤンの目線は、静かにバイロインを見つめていた。
「また何か、俺を陥れるための策でも考えているのか?」
下を向いて深い息を吐き出し、グーヤンの顔を正面に捉える。
「いや、違う。今回ばかりは、腹を割ってきちんと話すつもりです」
そう言ってバイロインは語り始める。
「グーヤンさん。ここ最近で起きた事件や出来事は、全部俺が裏で仕組んでいたことです。グーハイはどこか悪戯のような気持ちで手伝っていたかもしれませんが、俺は本気で復讐するために実行していました。」
「なぜだ?」
「なぜかって?...この八年間、ずっとあんたに復讐したかったからに決まってるだろ...!」
バイロインの語気は次第に熱を帯び始める。
「お前が憎いんだ。あなたを見ると、いつもグーハイが血で濡れて横たわるあの時の恐怖と、何もできない自分の罪悪感でいっぱいになる!!」
敬意と憎悪が言葉の端々に現れるバイロイン。
「あなたはこれまで俺が何に対して恨みを感じているのか知らないでしょう? どうせ、この八年の部隊生活で受けさせられた苦しみが原因だと感じているんでしょう?」
「それは...」
「んなの、どうだっていいんだよ!!」
部下が聞いていたら震え上がるであろう迫力で怒鳴り声をあげる。
「お前を恨んでいるのは、全部グーハイのためだ!...知っていますか?グーハイには二つの傷跡があるんだ。そして、この二つの傷跡は全部お前が残したものなんだよ!...グーハイはいつもお前のことをたてて“兄”だなんて呼ぶけど、あんたは決して“弟”なんて言葉を使わなかったでしょう?!」
一度、呼吸を整えゆっくり瞬きをする。
「ただ。あの時...弟を守るため動いて事故を起こしたことに関しては、心の底から感謝しています。あの時あなたがそうしていなかったら、今の俺はここにいなかったでしょう。今の地位と力は手に入れられなかったでしょう...。今の俺の精神力を鍛えてくれたのには違いありません。」
続けるバイロインの眼には強い光が。
「だけど、あなたも現実を受け入れないといけないんです。...今まではあなたが兄としてグーハイを守っていたでしょう。...でも、もう俺一人であいつを守ることができるほど力を蓄えました。だから...安心して俺らの前からいなくなって下さい... ... 。」
「なんだ...」
グーヤンが何かを言いかけたが、それを遮るようにバイロインが続ける。
「これからは、俺がグーハイを守っていける。...どんな奴でも...どんな些細なことであろうと、今後あいつを傷つけるようなことがあったら... 。」
“分かってるよな”
その言葉はバイロインの瞳が語っていた。
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最後の部分は原作では全部バイロインの一人セリフだったので、みなさんに伝わりやすいように文を多少いじっています。ご了承ください。
みなさん!お久しぶりです!
今回はバイロインの“漢”な回でしたね!!
怒っている感じと敬意を持っている感じの間を表現するような翻訳の仕方が難しすぎて、最後あたりは変な雰囲気を感じるかもしれません!
もし気になる方がいらっしゃいましたら、コメントいただければ考え直しますので!笑
:naruse