NARUSE'S:BLOG

ハイロイン/上癮:Addictedの原作小説を和訳している男子大学生でした

第57章:より深く、酷く。

グーヤンがドアを破壊しながら荒々しく出ていくのを眺めながら、頭の中で白くもやがかかりながら「これで解決した」と思い込む。

しかし、これは序章に過ぎなかった。

次の日、グーヤンはグーハイの会社へと向かってはグーハイの名を偽り、様々な備品を壊し回っては、厳格な社長としての社員からの信頼をも破壊した。

これで済むならまだ良かった。バイロインに直接の被害がないからだ。しかし、一番 嫌がらせをされたのはバイロインの方だった。

訓練が終わり、毎日 疲れた体を引きずって寮に帰りドアを開けると「あれ?」と思わず声を出してしまう程グーハイによく似たグーヤンがベッドの上に座っているのだ。

「ああ、帰ったか」

バイロインにとって唯一の癒しであるグーハイが部屋の中で待っていた、という錯覚を何度も体験させられる日々は、形容し難い程 苦痛に感じる。

グーヤンは例の軍事機密が記載された図面を人質にして嫌がらせに雨を降らせ、バイロインの心を少しずつ風化させていく。

復讐を大きく一斉にやらない理由として、一つはグーヤンの加虐心を充分に満たすため。もう一つは、ゆっくりとバイロインを弱らせて自分の事を頼らざるを得ない状態に持ち込むためであった。

 

グーヤンからの復讐が始まって数日、ついに シュウ・リョウウンという大魔王も訓練場へと姿を表した。

ーーこれが四面楚歌ってやつか...

「バイ隊長、そんな顔をして何を考えているんだ?」

リョウウンの声が“広々”とした訓練場に響き渡る。

確かに、“広々とした”訓練場だ。空も青い。...しかし、その広さはバイロインを苦しめる為だけの広さとしか考えられない。

バイロインは一人で、リョウウン考案のスパルタメニューをこなしている。千人以上いる隊員たちの目の前で、たった一人、見る人もひいてしまう程のトレーニングを。

リョウウンはゆっくりとバイロインに近づき、挑発的な瞳でバイロインを見下ろす。視線が交差した時、火花が実際に飛び散ったと錯覚するほどの殺気も交差した。

「最近はいろいろな人を試してたんだ。しかし、俺の事を満たしてくれる人は結局お前しかいないって気づかされたさ、バイロイン。もう二度と他の人に目移りしないで、お前だけを見つめ続けてやるよ」

ーーしまった!

バイロインはやっと気づいた。彼の天才的な頭脳を持ってしてやっと今 理解できたのだ。

リョウウンがグーハイの事を熱心に追いかけていた理由は、彼の可塑性にあったのだ。

リョウウンはグーハイの体つきが完璧だと褒めた。パイロットとしての素質があると認めた。そして、グーハイの態度の悪さを指摘したが、それは実戦で必要となる心理素質があるという事を意味していた。

ーー全てが裏目になった...!

気付くのが遅すぎた。

すべての陰謀が明らかになった瞬間、リョウウンはバイロインが黒幕だという事を理解した。理解した時、リョウウンの脳内を支配していたのは怒りよりも驚きと喜びだった。

以前、リョウウンはバイロインには器がないと感じていた。機転が効きすぎるが故に、そういった悪どい事をリスクと捉え、避けてしまうと考えていたからだ。しかし、今はもう違う。心配要素は今回の件で払拭されたのだ。

バイロインには全てを兼ねる器がある。そうリョウウンのなかで決まった瞬間、もはやグーハイの事などどうでも良かった。

「師長!自分は欠陥の多い人間であります。師長のような立派なお方になれるとは到底思えません!」

必死にターゲットから逃れようと言い訳を並べるバイロインに、リョウウンは笑いながらその肩を叩く。

「欠陥があるのはいい事じゃないか!まだまだ、成長の余地があるという事だからな!」

バイロインは引きつった笑みを浮かべる。

「じ、自分は身体に欠陥があるので、師長が望まれるような成長は出来ないかと...」

「ん?」健康だと思っていたバイロインからそのような言葉が出てきた事に対し、少し驚きの表情を浮かべる「どんなことがあるんだ?聞いてもいいか?...そうだな、対応出来ない範囲の欠陥なら、もう一度他を探さないといけない...」

「私は...骨がとても細く、荷重訓練に耐えきれないかもしれません」

「それだけか? 他には?」

そう言うリョウウンの声は、気にする必要がないと暗示させてくる程気楽なものに感じる。

ーーまずい!

「ほ、他には...、先天性の気管狭窄症を患っており、長い間の酸欠環境に適応することが難しいです」

「まだあるのか?」

「えっと、…」バイロインは持てる知識をフル動員させ、他の言い訳を考える「あと、間欠性(時折症状が出ること)の夜盲症で、夜は緊張してものが見えづらくなります。...多くの病院に回りましたが、どこからも治療は難しいと言われました」

「夜盲症?...なら、パイロットにはどうやって選ばれたんだ?」

「これは特殊な事例で一般の夜盲症とは違いまして...、極度に緊張した状態の夜間でのみ発病する症状で選考会の時に実力の障害になるような事はありませんでした」

ーー俺に対しての興味を削ぐことが出来なかったとしても、これを言っておけば夜間訓練に駆り出される事は少なくなるだろ...。そしたら、時間も出来るし、その間に外に逃げて別の案を考える事もできる。

リョウウンはというと、この話を聞いてただ笑っているだけだった。

「なんだ!大したことないじゃないか!...安心しろ、お前のその欠陥を逆に長所にしてやる!数ヶ月、数年後のお前はパイロット界の伝説となっているだろうな!」

バイロインはリョウウンのこのような優しい笑顔を初めて見たが、その笑顔からは温かみを感じず、ただただ悪寒が全身を支配した。

 

 

昼過ぎ、リョウウンはバイロインを個室へと連れていくと、バイロインの為に特別に作った料理を紹介する。

「さ、食べるぞ!」

食べるぞと向けられた先のお皿に盛られていたのは脂身だけの大きな塊。ぷよぷよと白濁とした塊は見ているだけで吐きそうになる。

「ど、どうやって食べろと?」

「分からないのか?」

リョウウンは脂身の肉を挟んでバイロインの顔の前に持ち上げる。

「よく見てろ...、まずこうやって箸で挟んでから口の中に運ぶんだ。それから噛み砕く...よく聞けよ? ちゃんと噛み砕いてから飲み込むんだ。...分かったか?」

「...分かりました。」

笑顔で返事をするバイロインの喉元には酸っぱい味が。リョウウンもまた、優しい笑みを浮かべていた。

「なら良かった。さあ、食べようか」

 

必死に喉の中を通して胃のなかに押し込むバイロインだったが、あまりの不味さと食感の気持ち悪さに吐き気を催す。

そこで、少しでも吐き気を抑えようと咀嚼をせずに無理やり飲み込む作戦を決行すると、それに気づいたリョウウンに両頬をおさえられた。

「おい!何してるんだ!ちゃんと噛んでから飲み込む必要があるだろ?! でないと、健康によくない」

リョウウンの厳しい命令に青ざめるバイロイン。

ーーこれは健康に良い食べ物じゃないだろ...!!

視覚を通して脳に映像を伝達すると吐き気がどうしても抑えられないので、バイロインは薄目にして「これは美味しい」と自己暗示をかけながら次々に口へと運んでいく。

ーーうっ...。 もはや訓練だろ、これ。最悪な訓練だ!歯の食感の食道のトレーニングだ!

バイロインの心の中と反比例して、食事の速度は緩やかに加速していく。

「お!良い食いっぷりだ。よほど美味しいと見た!」

リョウウンの言葉を聞いてバイロインは返事が出来ず、身体の反応として額から大量の汗をかく事だけしか出来なかった。

暫くすると、リョウウンは桶に大量に入った生肉を運んできた。

「悪く思わないでくれよ? これもお前のためなんだ...。食トレってやつか?生肉が一番いい食べ物だって聞いたんだ。...よし、これからお前の主食はこれにする事だな!」

 

 

その日の夜、バイロインはリョウウンに連れられて黒塗りにされたこじんまりとした小屋を訪れていた。

部屋の中も黒塗りにされており、部屋の中央に立つバイロインの周囲に十人ぐらいの黒人が立っていた。暗闇に紛れて気配を消していた周囲の人物にバイロインは気づけず、リョウウンが指を鳴らした瞬間に笑みを浮かべて白い歯が周囲に並んだときは、流石のバイロインも動揺を隠せずにいた。

黒人たちはリョウウンの部下で、指の音を合図にして黒いマウスピースをはめ、黒い手袋を着用してダーツの矢と思われる器具を手に持つ。二度目の合図を受けて、黒人たちはバイロインに向けて一斉にその手に持つ器具を投げ始めた。

バイロインは風を切る音とダーツを投げた時に発する微かな光で、周囲の人物の位置を特定し、その射線を即座に把握して素早く避けるしか選択肢がなかった。

最初はゆっくり投げられてきた矢だったが、それらは次第にスピードが速くなり、避ける難易度も上がる。

突然、腰の上に一本の矢が当たった。血が流れるような感覚はないが、当たった箇所にかなり違和感を感じる。微弱な電流が流れて麻痺しているようだった。

 

どれくらい閉じ込められて訓練をこなしていたのかは分からない。

小屋から出てきたバイロインは疲労困憊で、虚な顔をしていた。しかし、この訓練はしっかりと効果を発揮しているようで、リョウウンが不意打ちで顔目掛けて握り拳を向けると、風の流れを察知したバイロインは最小限の動きだけでそのストレートを避ける。

「ほぅ...!」

リョウウンは満足そうにバイロインの肩を叩く。

「半月もかからないで完璧になるな!これで、夜盲症が治るぞ!」

「… ....。」

 

 

 

疲れた体を引きずって部屋へと戻るバイロイン。

もう何もしたくないバイロインはベッドへとダイブしたいだけだったが、そこにはグーヤンが独占していて映画を観ていた。

こちらを見る目だけは酷く汚れたものだったが、その表情は勝ち誇っているような笑みを浮かべていた。

「おい、インズ。リンゴが食べたい」

グーハイの顔とそっくりなクソ男が、疲れて帰ってきた自分に命令をする声が聞こえる。

これがグーハイなら、バイロインの疲れている姿を見るや否や 素早くベッドから飛び降りて、彼を浴槽の中に連れて行き、マッサージをしてくれていただろう。

しかし、目の前にいる男は“グーヤン”。バイロインが大量の汗をかいて疲れた表情をしているのにも関わらず、気遣いという言葉を知らないグーヤンは己へのサービスを要求するのだ。

ーー同じ姓なのに、なんでここまで違うんだ!!

不満そうな表情をするバイロインを見て、グーヤンは例の設計図をチラつかせる

「早く!」

ーー...バイロイン。...我慢だ!

嫌々、りんごの皮を剥いてグーヤンに手渡すが、それを見て顔を歪めるグーヤン。

「なんだ?これは...食欲が全くわかないじゃないか!!」

「リンゴを食べるだけでそこまで文句を言うのか!!」

怒りが爆発したバイロインの顔の前に図面を押し付け「やり直しだ」と低く唸るグーヤン。

バイロインは目に見えない重いものを背負い、その重圧で肩が気怠げに下がる。

「...わかった」

今度はより丁寧に、リンゴを丸く削って形を整え、グーヤンの目の前に差し出す。

「できましたグーヤン様、どうぞお召し上がりください」

渡されたリンゴを手に取り、まじまじと見つめてはその目を細める

「俺の考えを汲み取れていなかったようだな...俺は五角形に切ってくれと頼んでいたんだ」

あまりにも理不尽なセリフに思わず頬を小刻みに震わせるバイロイン。しかし、その様子を見るや否や、例の図面を顔の前に持ち上げてはゆっくりと揺り動かす。

強く目蓋を閉じて言葉を飲み込み、首を傾けながら頷いてはリンゴを受け取って再度削り出す。

「...あなたも香港に帰ってみてはどうですか? いつまでもトップの人間がここで騒いでいては駄目でしょう? ....まさか、事業よりも娯楽の方を優先させる...だなんて言いませんよね?一時の快楽のために、会社を畳むだなんてオチ、笑えないですよ」

「心配無用だ」グーヤンは勝者の笑みを絶やさない「こんなに素晴らしい労働力がここにあるんだ。しかも、無料でな!...それを利用しないなんて、それこそ商人として失格だろ? それに、心配するならあの愚弟を想うんだな!」

途中までは我慢できたが、最後の言葉で思わずボルテージが上がってしまう。

「残念ですが、あなたの弟さんはあなたよりも優れているので...!」

「そうか? なら、その優秀な男とやらに“助けて”って電話をしても良いんだぞ?」

 そう言いながら図面をチラつかせるグーヤンに、バイロインは剥いたリンゴを慎重に手渡す。ところが、グーヤンがそれをわざとらしく手からこぼしてはリンゴが床に転がっていった。

「おや、ん? 五角形でって言ったはずのリンゴだけど、今見ると角が一つ欠けてるな...お前は、どうしたら良いと思う?」

 バイロインは無言で新しいリンゴを取り出し、もう一度初めから剥き始める事にした。その側で、グーヤンは多彩に変化するバイロインの顔を見てはゆったりとした弧を口元に描いていた。

 

 

夜、グーヤンが電話をかけて自分から離れている隙に、バイロインはチャットの画面を開いてグーハイにテレビ通話を繋げていた。

『もう、一週間ほどここに滞在しているが、従業員は誰も俺の事を“グーハイ”だと認識しやがらねぇんだ!...そんなに俺らの顔は似てるのかよ?』

そう言ってグーハイは、グーヤンがよくする顔の真似をする。

「ハハハ! なんだよそれ!めっちゃ可愛いな」

『...そっちはどうだ?』

グーハイからの質問にバイロインは緩んでいた口元をきつくする。

「いや、まだお前の兄さんは解放されそうにもないな」

『俺はここにきて大量の資金を自分の会社に横流し出来た。これで資金難は解決するだろうし...盗めるものは全部盗んだんだ。これ以上ここにいる必要はないな!そろそろかえ...』

「必要はある!!」グーハイの言葉を遮ってバイロインは目をギラつかせる「盗んではいけないものまで全部盗んじまえよ!!!」

グーハイは怒りに任せて口調を荒げたバイロインのことをじっと見つめながら、ゆっくりと優しい声で聞き返す

『...何かあったのか?』

「な、何も?」

バイロインから少し動揺を感じた。グーハイは心配になって画面に近づく。

『何か困ったことでもされているんだろ?!』

「そんな事ないから!」バイロインは精一杯の笑顔を見せる「大丈夫だから、お前はそこで出来うる限りの破壊工作をしてやってくれ!」

先ほどから言葉と表情が一致していないバイロインに、グーハイは優しい笑顔を見せる。

『ベイビー、俺がいなくて寂しくないか?』

グーハイの太陽のような笑顔を見て、バイロインは思わず涙が溢れそうになったが、己の心を厳しく律して涙腺をきつく締める。

ーー本当は今すぐにでも帰ってきて欲しい...

胸中に抱く想いを振り切り、バイロインは訓練で培ってきた理性で感情を殺す手段を用いて理知的に返事をする。

「大丈夫だから、別に...平気だし」

グーハイの表情を見るに、バイロインのこの態度に明らかな不満を持っていた。

『本当か?...なら、お前のその俺を欲しがっている瞳は嘘をついているのかよ?』

ーー嘘だ?...俺の眼は三千ものダーツの矢を暗闇で避けた天才的なものなんだぞ? お前如きに俺の瞳から情報を抜き取らせるものか!

『インズァ...、お前はよく自分を犠牲にして何もかもを背負おうとする癖があるんだ。そんなことをする必要はない、ないんだ。けどな、もしお前が自分のことを考えずに他人の全てを受け入れようとするなら...その相手は俺だけでいい....ん?おい、インズ!聞いてるのか?』

バイロインは、自分の方に近づく足音に気を取られてグーハイの言葉は聞き取れていなかった。

「悪い。あいつが来た」

バイロイン側から聞こえた最後の言葉だった。

 

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お久しぶりです!!!!

ほんと更新まちまちですみません!

実習が9月までなので、それが終わり次第前のようなハイペース更新に戻ると思います!

それまでは、ゆっくり更新でお楽しみください!

ps、Twitterもあまり開けていませんが、繋がっていただけると嬉しいです!

 

:naruse