第2章:女々しい警官の親友
夜になり、軍事演習中の隊員たちは野営にてその時を過ごす。
バイロインは一人、テントの中で寝ていた。
外は冷たい風が唸りをあげる中、バイロインが着るカシミヤのシャツは、汗でぐっしょりと濡れていた。
服は雑草と棘が沢山張り付いており、手で払ってもなかなか落ちずに一つづつ、手で摘むしかなかった。
リュウチョウがバイロインが寝るテントのスライダーを開けると、上官がテントの中で一人 上裸で座っていたのを見て、謎に心が騒めき立つ。
恐る恐る病人に語りかけるかのような声のトーンで彼の背中に声を掛ける。
「隊長...もしかして、怪我でもされたのですか?」
バイロインは眉をピクリと動かした後に笑顔で振り返り
「怪我をしたように見えるのか?」
と、見当違いな質問をしてきた部下を眺める。
「あ、いえ。大丈夫なら良いんです...」
リュウチョウは少し恥ずかしそうに頭を掻く。
「服を脱がれていたので、傷口を包帯で巻かれているのかと思いました」
「まぁ、まずはその開けっ放しのスライダーを閉めろよ。...お前は中に入るのか?入らないのか?どちらにせよ、今の季節の風に上裸は辛い」
リュウチョウは慌てて隊長のテントの中に入り、スライダーを閉める。
彼の脇には薄い毛布が抱きかかえられており、それを見たバイロインは大袈裟に驚く。
「何だ。夜中に襲われるのが怖くて、俺のテントのところに逃げて来たのか?!」
「ちッ!違います!!」
リュウチョウは困惑した顔をして事情を説明する
「あなたが寒がっていると思って、毛布を渡しに来たんです!」
バイロインはニヤッと笑うと、腕を伸ばしてリュウチョウの首元に回し引き寄せる。
「お前は上官に賄賂でも送るつもりか?」
その言葉を聞いて思わず笑い声をあげた。
「隊長でもそういったご冗談を言うのですね!自分は隊長の部下であり、また私たちは主力でもあるんです。明日の任務は全て隊長の采配によって左右されるんですから、隊長が寒さで凍え死んだら、任務まで凍ってしまいますよ!」
バイロインもクスクスと笑う。
「そうだな、じゃあ素直に貰っておこうかな...俺が凍死したら困るんだろ?」
「隊長なら、俺たちの中で一番 凍死から程遠い存在じゃないですか?」
リュウチョウがそう笑いながら話すと、バイロインの眉が次第に不満そうなシワを刻みだす。
「なんで俺が、お前らよりも凍死から程遠いんだ?」
「去年の春節に東北に行って仕事をしたのを覚えていますか? 毎晩、毎晩、 隊長はいつも俺の布団に潜り込んできて、自分の腹に手を置いて寝てたんですよ。その時は、毎朝下痢になって辛かった記憶があります!」
恥ずかしい話をされたバイロインは、赤くなる顔を咳払で誤魔化す。
「あれは、なんて言うか...もう癖になってるんだよ!寝る時は、誰かの隣に潜りに行きたくなるんだ!」
リュウチョウはバイロインの手を握る
「でも、隊長の手は確かに冷たいです」
「俺は血が冷たいから、他のやつより体温が低いんだよ」
「ふーん...そんな事もあるんですね」
バイロインは服に着いた棘を抜く作業を再開させる。
「俺が代わりにやりますよ」
面倒臭さを感じていたバイロインは、素直に手渡す。
リュウチョウが持って来た毛布に包まり、自分は明日の作戦について考える事にしたその時。
ジリリリリリリ!!!!
突然、警報が鳴り出す。
バイロインはまるで野生のヒョウの如く、素早く跳び上がるとリュウチョウが手に持つ 服を奪い取り、素早く着てテントの外に飛び出して行く。
警報が示すものは、敵機と思われる戦機が領地上空を旋回している事だった。
「クソったれ!」
次いで出て来たリュウチョウも悪態をつく。
「あいつら、また来やがったのか!あのクソどもは、俺らに休みを与えてくれないのかよ!」
バイロインは素早く司令部に向かって駆けて行き、リュウチョウも装備を取りに自分のテントへ戻る。
二分も掛からない内に準備を終えたバイロイン達だったが、この時には既に敵の機群は領地上空に迫って来ていた。
「敵は絶対、二手に分かれてくる」
経験と直感から導き出すバイロインの頭は、最高に冴えていた。
バイロインの読み通り、敵機は二手に分かれて襲来する。
スクランブルした自軍も二手に分かれて遊撃する。
ドォン!ドゴッォン!…
バイロインの見事な采配により、味方が放ったミサイルが見事 敵機の心臓を貫く。
突然のことだった為、敵機を撃破する事は出来たがこちらもダメージが大きく、夜明けの四時まで修理に時間を取られた。
結局、一時間も寝ないうちに再び警報音が鳴る。
再度、冷たい夜を瞳に写すバイロインは司令部へと駆けていく。
「親父!お前の息子は安心して夜も眠れないらしい!...でも、大丈夫だ!そんな事をしてくるやつらは全員ぶっ殺してやるかな!」
三日後、任務は無事終了した。
演習内容が優れていた為、バイロインは上司から二日間の休暇を与えられる事になった。
バイロインに頼まれ、リュウチョウはヘリを操縦して彼の実家へと送り届ける。
隣で目を瞑るバイロインの目の下には、疲労の象徴が薄黒く現れていた。
「...隊長が軍に入ろうと思った理由って何ですか?」
質問に対する返事がない事を不思議に思い そっと横目でバイロインを見ると、彼はもう夢の世界に居るようだった。
体は機内の内壁に斜めに寄り、頭は操縦席にもたれ、あごはやや上がり、顔のラインを魅せる。
リュウチョウが二年前に入隊した時には、バイロインは既に大隊の副指揮官として着任していた。
バイロインの姿を一目見た新兵は、例外なく彼の勇ましい姿に魅了されていた。
リュウチョウもそのうちの一人で、今でもあの激しい鼓動を覚えている。
そんな二人も、今では仲の良い上下の関係になっていた。
リュウチョウはバイロインが軍事的な素質がずば抜けていて、飛行技術がいかに優れているかということも理解していたし、また彼の私生活においてのズボラさも知っていた。
ーー隊長は生活用品をいつもどこに置いたのか忘れてしまうよなぁ...自分の部屋の鍵も何度も失くすし!
しかし 訓練場に立つバイロインは、他の誰よりも叡智で溢れていた。
バイロインの事を考えてると何故か心の奥底が騒ついてしまう。
それは、誰かに恋をするときのそれと同じ騒つきだった。
ーーここには、俺と隊長しか居ないし...その隊長は今寝ている。何かしても誰にも分からない、よな?
リュウチョウが深く考え事をしていると、寝てたはずの人物が突然口を開く
「俺が寝ていても、安全に家まで送り届けてくれるんだろうな?」
自分の考えを見透かされたと思ったリュウチョウは、驚きの余りに操作を荒くして機体を揺らしてしまう。
ーーば、バレてた...のか?
バイロインは眠りながらも魅惑的な笑みを浮かべていた。
一年以上も実家に帰っていなかったので、久し振りに会ったバイハンチー(バイロインのお父さん)の頭の上の白い髪の毛は、また一層多くなっていた。
「どうして染めないんだよ?」
父親に向かって小言を吐く。
「まだ五十歳にもならないのに、じじいのような見た目になってるぞ」
それを聞いていた、ゾゥおばさんはしょうがないよと笑っていた。
「私も何度か言ったことはあったんだけどね、あいつはどうしても染めないんだ。白髪が多いと息子がもっとまめに帰ってくるとか言ってね」
親父はしきりに否定しているが、バイロインの内心ではやはり納得のいくものではなかった。
ゾゥおばさんはとてもきれいな服を着て、マンションに引っ越してから同年代の方と踊りやフィットネスを楽しんでいる。それに比べて、親父は消極的に見えるのだ。
彼はあと三年で定年退職になってしまう。
今はもう昔ほど体が大きくなく、毎日仕事から帰ってきてはソファに身を委ね、全く動かなくなってしまっていた。
時々、テレビを見ながら寝てしまうほどに体たらくな生活を送っていた。
それに、親父は以前よりよく小言を言ってくるようになった。
何かことが起きると、全部バイロインの所為だと言い出すのだ。
ーー前までそんな事なかったのに...本当に年老いたのかよ...
翌日の午後、父親が出勤しているうちにバイロインは海淀分局花園路派出所に行くことにした。
高校の時から断言していたように、親友のヤンモンは軍人にはなっていなかった。
しかし、ヤンモンの父親は軍人になれないなら警察になれと、知り合いに賄賂を渡して無理矢理 息子を押し込んだのだ。
それからというもの、ヤンモンは毎日残業をしては同僚にいじめられ、苦しい生活を強いられている様子だった。
バイロインは親友が配属されている分局に車で向かうと、目的の人物が痴話喧嘩の仲裁に入っているような状況だった。
妻は泣きながらヤンモンに訴える。
「警察さん、私のために主人を捕まえてください!こいつは私に隠れてコソコソと三人の女性と交際していたのです!そんなこと、認められるわけがないでしょう?!」
夫は憤慨して反論する。
「どこに証拠があるんだ! 三人なんてわかるはずないだろ!」
妻は机をたたいて立ち上がる。
「あなたの携帯にあるメールは全部保存してあるの!」
夫も立ち上がり、激情する。
「何だと!? お前は俺のプライバシーの権利を侵害している!...恥を知れ!」
「あなたこそ恥を知りなさいよ!」
遂には女性が大声で泣き、ヤンモンを見て「警察さん、どうすればいいんですか?」と体を揺すってくる始末だ。
ヤンモンはまじまじとこの2人を見て、正警帽を正し、ゴホンっと咳をして言い渡す。
「あの……あなた達は間違ったところに来たようです。お二人は民政局に行って離婚届を提出する必要があるみたいですね!」
「……!」
バイロインが車から降りて現場に到着した時には、ヤンモンは夫婦によって地面に組み敷かれていた。
「お、奥さん落ち着いてください!」
ヤンモンは半泣きで懇願する。
「旦那さんも本当に落ち着いて!」
バイロインは額に手をあて、大きく溜息をつく。
「...はぁ。こんな頼りない警官は見た事ないぞ...」
彼は部屋に入ると、男の襟を持ち上げ、冷たい顔で外に投げ出す。
女は旦那が投げ出されたのを見て正気に戻ったが、バイロインの刺さるような冷たい顔を見て、恐ろしさのあまりその場で腰を抜かす。
騒ぎを起こして群がっていた人達が去った後、ヤンモンを見ると号泣していた。
なんだか気の毒になったバイロインは、その大きな手でヤンモンの警帽を取り、彼の頭をわしゃわしゃと撫で回す。
「お前は警官だろ?...そんな弱気でいるなよ」
ヤンモンは歯を食いしばって言い返した。
「硬骨漢にも弱い面もあるんだよ!!」
そう言うと突然バイロインにぎゅっと抱きつき、彼の背中に回した手で何回か叩く。
「兄弟!やっと会えたね!!あと二年くらい会えてなかったら、きっと死んだと思ったさ!」
なんとも恐ろしいセリフに身震いがする
「お前の中で俺はそんなヤツなのかよ?」
「うーん。どうだろうね?」
そう言うヤンモンは悪い顔をしていた。
「いい加減にしろよな!」
バイロインは抱きついていたヤンモンを引き剥がして、ぐちゃぐちゃにしてやった。
エンは申請書を整理してグーハイに渡す。
グーハイの許可を得ると「では」と言い、執務室から出ようとしたが、突然グーハイに呼び止められる。
「警察署に行かないといけないのか?」
エンは頷く。
「ええ、この申請書は公安局の捺印を貰わなきゃいけないもの」
「なら、一緒に行くぞ」
普段はそのような事を言わない為、エンは怪訝な顔を浮かべる。
ーーどうしたのかしら?いつもはそんな事しないのに...
自分を送ってくれるという優しさに、つい女としての淡い期待を浮かべてしまう。
「なに。昨日、副局に用事をお願いしていてな...それを聞きにいくついでだ」
期待を裏切らないセリフに口を尖らせる。
「どうせそんな事だと思ってたわよ」
そう言って部屋を出て行くエンは、どこか機嫌が悪そうに見えた。
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はい!第二章です!今日はあと一本挙げられるかもしれません!
タイトルは原文を訳したのちに本文を見て自己流にアレンジしています!ご了承ください!
:naruse
202004追記:加筆修正しました。タイトル変更有。