NARUSE'S:BLOG

ハイロイン/上癮:Addictedの原作小説を和訳している男子大学生でした

第3章:八年越しの再開

二人が談笑しながら歩いていたときだった。

ヤンモンより背が高い警官が二人の前から歩いてきて、厚みのある資料を床へ投げ捨てる。

「来週分の仕事報告だ。早いうちに支局に送っとけよ」

「おい...!」

立ち去る警官の背中に何か言おうとしたバイロインを止め、溜息をつきながらそれを拾う。

「あんな奴に何言っても響かないよ...」

ヤンモンにとってこの様な事は、日常的に行われていたのだ。

「...送ってく。車は外に止めてあるから」

「やった!」ヤンモンは楽しそうにしながら「今日は軍用車に乗れるんだ!」とバイロインの後を付いて行った。

 

 

運転中、ヤンモンはふと疑問に思ったことを聞く。

「インズ!お前ってどんな飛行機でも操縦できるの?」

「....まぁ。それなりにな」

「じゃあさ!ここに帰って来る時は、ヘリにでも乗ってきたりしたの?」

「...あのなぁ、日常的に使えるわけないだろ? それに、ヘリで市街地に来たって着陸する場所がないだろ」

バイロインの説教じみた話を聞いた後でも羨ましそうな顔をする。

「インズ、なんかお前 めっちゃかっこいいな!」

「なら、お前も空軍に入隊するか?」

「それだけは嫌だ!」

必死に首を横に振る親友は可愛らしかった。

「正直、俺はお前みたいな仕事環境が羨ましいよ。毎日パトロールや書類を作成したりするだけで良いし、緊急の仕事が入っても 何人か人を出動させてお終い、だろ?」

「そこまで楽じゃないって!」

怒ったような顔を作るが、全く怖くない。

「でも、確かにお前のような仕事と比べたら、俺はかなり安定しているよなぁ...」

バイロインは返事もせず、黙って運転をする。

「...インズ、軍は苦しくない?」

「...お前が言うほど血生臭くないさ。...最初はちょっと耐えられなかった時もあったけど、今じゃもうそんなことも無くなった」

「前から不思議だったんだけど、インズみたいな才能ある人なら軍以外の選択肢もあったんじゃないかぁ?」

まぁ、パイロットになるのも十分凄いけど。と呟きながら心配そうな表情をするヤンモンに、バイロインは苦笑いを浮かべる。

「まぁ...お前が気にする必要はないさ」

 

 

 

車の中で雑談しながら走っていると、いつの間にか分局の入り口に着いていた。

駐車した後に、ヤンモンに付き添って公安局のオフィスビルへと入る。

「こっちだよ!」

ヤンモンについて行きながら角を曲がろうとした時、そう遠くはない所に居た男女のペアの姿が目に入ると、バイロインはその場から動かなくなった。

 

 「副局はいらっしゃらないのかしら?」エンはグーハイを見て確認する「前もって彼に電話はしなかったの?」

 「してない。する必要もなかったからな」

横柄な態度に溜息を吐きながら「仕方ないわね」とエンが事務室へ入って行く。

数分後、首を振りながらエンが出てきた。

「急用ができて出かけているそうよ。一時間後には戻ってくる予定になっているみたいだけど...待つの?」

「いい。明日にする」

用が無いと分かったグーハイは、出口へ向かい出す。

彼の後ろを追う形でエンが続くのだが、グーハイの歩幅に合わせると少しだけ早歩きをしなければならなかった。

すると、グーハイは突然止まりだす。

「え?ちょっと!」

エンは重心が不安定で、グーハイにぶつかってしまう。反動で転びそうになったエンをグーハイは掴まえる。

「ありがと...でも、なんで急に立ち止まったりしたの?」

質問に答えるかのように顎で目線の先を指す。

 グーハイが見つめる視線の先、そう遠くにいない場所に一人の男性が立っていた。

その男は...バイロインだった。

二人が目を合わせた瞬間、まるで時が止まったかのような空間が流れた。その間、たった二メートルの距離しかないにも関わらず、誰一人として動きだす者はいなかった。

二人は、会った際の呼びかけの仕方さえ忘れてしまったようだった。

ヤンモンがバイロインをつつく。

「あれ....グーハイじゃない...?」

夢を見ていたかのような感覚に陥っていたバイロインは、ハッと意識を取り戻し、再び視線を目の前の彼に向ける。

何か...距離を感じた。

 

ーー本当にもう八年が経ったのか?昨日まで夢の中であいつと騒いでいたようなのに...

八年越しに再会したグーハイは、身体つきがより男らしく 魅力的になっていた。

スーツを着ている姿は少し穏やかに感じるが、目つきは鋭い八年前のまま。

ただ、その瞳の中にある意思を読み取ることが...出来なくなっていた。

 

ーーバイロイン...だよな?

グーハイの瞳に映るバイロインは、すでに学生の頃のような青臭さはなくなっていて、記憶の中にあったあの純粋な太陽のような笑顔も、すでに今の顔からは見出だせなくなっていた。

それでも面影は...まだあるように感じる。

 

バイロインは自分からグーハイのそばに駆け寄って行った。

「グーハイ!!」

腕を伸ばしてグーハイに情熱的に強く抱きつく。

「おいおい!いきなりそれかよ!...海外に何年か住んでいたんだろ?随分と変わったもんだな!」

バイロインの心は何かに刺されたかのようにきゅうっと締め付けられたが、口元では相変わらず弧を保っている。

「お前、また背が高くなったんじゃないのか?」

そう聞くバイロインを眺め、グーハイは冷ややかに笑い冗談で返す。

「骨が折れて身長が伸びたんだよ」

八年前の交通事故を思い出してしまい、バイロインの笑みが崩れる。

「お前もずいぶん伸びたな」

そう言って頭を撫でてくる 自分よりも幾分か背の高い男を、上目遣いで見つめる。

「多分、海外の飲み水のほうが成長の養分としていいからかな」

 

 ヤンモンは近くで二人の会話を聞いていていたが、何の冗談を言い合っているのか理解出来なかった。

ーーインズが海外で生活...?どういう事だろ...

 

エンはバイロインを眺めていた。長い間、見れば見るほどどこか親しみがある顔をしている。「あら?どこかで...」

その時、彼が誰だったかを思い出したエンはグーハイの裾を興奮したように引っ張る。

「グーハイ!彼って!あなたのデスクトップになっている.....!」

「ああ!俺の兄貴だよ!!」

グーハイはエンの横やりを苛つき、怒鳴りながら答える。

八年前。

グーハイに自分のことを“お兄ちゃん”と呼ぶようにお願いしても、簡単には聞いてくれなかった。しかし、久し振りに会った今のグーハイの口からは簡単に出てくる。

ヤンモンはエンをじっと見ていて、思わず口を開いて聞く。

「あんたは誰?」

ヤンモンの疑問を受けて、ハッとしたグーハイがぎこちなくエンを抱き寄せる。

「そうだ、紹介するのを忘れていたな...こいつはエン。俺の婚約者だ」

「え?! 本当なの!?」

驚くヤンモンと...婚約者だと言われたエンも呆気にとられた顔をしている。

それを聞いたバイロインは一瞬ドキッとしたが、八年間も伊達に軍に属していない。

現在の彼の心理的忍耐力は戦闘機の装甲に匹敵するほどに固かった。

「...素敵だな。結婚の日には、俺に招待状を送ることを忘れるなよ?...そんな大事な日にお兄ちゃんが居ないとまずいからな!」

グーハイはエンと向かい合い、普段の彼からは想像できない甘い言葉を投げかける。

「お前の香り...凄く素敵だ。...この香りに惹かれて俺はお前の事が好きになったのかもな」

目の前でワザとらしく惚気る二人にバイロインは溜息をつく。

「はいはい。熱々のお二人の事だ、結婚写真の時に邪魔だからって俺らをプールに落とすなよな」

「安心しろよ、そんな事はしないからな」

二人の瞳の奥にある本当の気持ちは、彼らの顔のように友好的ではない事くらい、傍で見ているヤンモン達にですら雰囲気で分かる。

ヤンモンは怪訝な顔をしてバイロインに耳打ちする。

「あの二人が本当のことを言ってるのか確かめるために、今すぐ民政局に行って証拠を取りに行こうよ!さっき夫婦が離婚したところだし、まだ局員さんいるかもよ!」

「そんな事しなくてもいい。...俺はまだ空中戦の途中だけど、コイツが戦果を挙げた事くらい、驚きはしないさ」

最初、ヤンモンは意味がわからなかったがバイロインの職種と照らし合わせて悟る。

「え?!まだ独身なの!?」

「...ああ」

「誰もいなかったの?」

何か言おうとしたバイロインを遮って、ヤンモンが続ける。

「僕らのインズを誰も欲しがらないっていうの!?誰もが彼は今が一番おいし.....あッ……!!」

バイロインはヤンモンの腕を握り、最後に言おうとした言葉をその名の通り握り締めた。

 

「ミンシ(ヤンモンのこと)、どうしてこっちにいるんだ?」

分局に転勤したヤンモンに、前の職場で同僚だった男が声をかけてきた。

彼はヤンモンの腕を引っ張って行くと、何やらあちら側で騒ぎ始めた。

 「んで?今のお前は何をしているんだよ?」

グーハイは問い詰めるように聞くが、バイロインはたっぷりと余裕を持って言い放つ。

最高経営責任者だけど?」

「わ…!!」

エンは驚嘆の声をあげる。

「こんなに若いのに海外で会社を経営しているの!?」

バイロインは作り笑いを浮かべるだけで返事はせず、今度はグーハイに向かって質問する。

「お前は?今はどうなんだ?」

「いや、大した事はしてない。そうだな、中規模くらいの会社で社長をやってるくらいか」

グーハイは、今までこんな謙遜はしなかった。あんなわがままだった人からこんな言葉が出てきた事に感心する。

遠くから「インズ!もうそろそろ行かない?退勤の準備しなきゃ」と帰りを促す声が聞こえてきた。

「わかった!」

ヤンモンに向かって返事をした後に、バイロインはグーハイにもう一度目を向けて「じゃあな」と挨拶をしながら歩き出す。

すれ違う瞬間、二人の視線がぶつかった。

心の中はグーハイを思う気持ちで揺れ動いていたが、顔には一切表情を浮かべることなく出口へと向かう。

 

バイロインとヤンモンは一緒に公安局から出ると、彼を連れて道に行きタクシーを拾った。

「え?なんで?俺らって車で来たじゃん!」

「後でまた取りに来る」

「なんで?」

ヤンモンの頭は疑問符で一杯みたいだった。

軍用車!」

ヤンモンが振り向くと、グーハイもちょうど出てきたところだった。

なんとなく何かを察して、ヤンモンはおとなしくバイロインについてタクシーに乗り込んだ。

乗車した後、バイロインの目はずっと窓の外を向いていた。

ヤンモンは彼の表情がよく見えなかったが、その横顔は複雑な感情を帯びているようだった。

「インズ?」

「...何だよ」

「なんで...グーハイに入隊したのを知られたくなかったの?」

バイロインは目を逸らしたが、そのはっきりとした輪郭からはどうも重たげなものを感じることができた。

感情を隠そうとするバイロインから、ヤンモンは情緒の大きな落差を感じる。

「グーハイがインズを探しに行くのが心配だから?」

「違う。もう聞くな。後で機会があったらまた話すから....」

 

 

車に乗り込んだグーハイはなかなかエンジンを掛けようとはせず、ハンドルに指を当ててはリズムをとり、目を細めて車内のどこかを見つめ、黙り込んでいた。

「ねぇ? さっき……私が婚約者ってどういう事?...そんな事実はないじゃない」

その言葉を聞いたグーハイの表情は急に暗くなり、何の前触れもなく一撃をハンドルにぶつけ、車体は揺らす。

エンは大学の時、グーハイと偶然出会った。

それから今まで 彼の隣で五年以上も付き添っていたが、こんな激しい感情の変化を見たことがなかった。

「あの……誤解しないで!」

エンは少し戸惑いながら弁明する。

「冗談だっていうのは分かるわ。だから、さっきの質問は気にしないで...ただ、聞いてみただけだから...」

エンが言い終える寸前にグーハイは車を急発進させ、車道へ飛び出す。

エンの鼓動は車の速度の上昇に従ってますます速くなり、グーハイは次々に車を追い越していく。

「グーハイ?!こんな運転やめて!危険すぎるわ!!」

何度も忠告している最中、車の屋根がゆっくりと開く音がした。

冷たい風が一気に吹き込み、エンは呼吸が苦しくなった。

「ああ……何するのよ!? ちょっと...ねぇ.....」

グーハイはエンの言葉を遮って怒鳴る。

「この風でその煩い口を閉じるんだな!」

 

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加筆修正にて、エンの口調を変えました。

それと、バイロインが途中で例えていた空中作戦の部分ですが、簡単に言えば中国語の言葉遊びです。発音が似ているので、そのように例えたのかと。(違っていたらすみません)

今更ですが、当ブログでは漢数字を使っています。見えづらいかも知れませんが、僕の好みの問題なのでご了承ください。

 

:naruse

 

202004追記:加筆修正有り。巻末コメント、エンの口調。