第4章:運命の巡り合わせは...
夜、バイロインが寝ようとしたところで上官から電話がかかってきた。
「シャオバイ!明日俺たちのチームで打ち上げすることになったから。強制参加な!」
バイロインはしばらく考えていたが、諦めて従う事にした。
「それは軍の中ですか?それとも外部でやるんですか?」
「国際会議場の五階の宴会場だ!酒の席はもう予約したから!若い奴らとたまには一緒につるんでみたらどうだ?お前は訓練と関係のない活動は一切参加しないからな、それはあまりよろしくないよなぁ?何だ?何なら酒の席で訓練でもやったら来てくれるのか??」
ーー上官と言えど、酷い誘い方だな...
「もういいです。分かりましたから!」
そう言うバイロインの語気には、ハッキリとした諦めの声色が含まれていた。
部下が拗ねたような口調だったので上官はハッハッと笑い出す。
「この副官は新兵たちと交流しないといけないからなぁ。威厳ってのは確かに必要だけどよ、そればっかりでもよくないだろ。新兵どもに聞いてみろって、お前の顔が怖すぎんだよ!」
バイロインは顔を歪める
「...そんなことはないはずですが?」
「そう思うなら今すぐ鏡を見に行く必要があるな!」
愚直にも本当に鏡の前に行き顔を確認するバイロイン。
上官は念を押して当日の予定を伝える。
「当日は軍服着用にて参加すること! 宴会の前に指導者が出席して記念写真を撮るからな」
「はい、わかりました」
電話を切って、バイロインは鏡に映る自分の顔をじっと見つめる。
「俺のこの顔は...そんなに怖いのか?」
自分のイメージを少しは変えようと、風呂上がりに髭を剃る。
シェービングクリームを塗った時、ドアをノックする音が聞こえてきた。
「誰だ?」
「隊長、俺です」
そう聞こえてきたのは、リュウチョウの声だった。
ドアを開けると厚い綿服を着て耳が真っ赤になりながら外に立っている部下がいた。
肩には雪が降り積もっていた。
「何か用か?」
リュウチョウは手に持っていた衣類をバイロインの胸に押しつけると、何も言わずに吹雪の中を突っ走っていった。
「....何だったんだ?」
手元を見ると、洗濯室に置き忘れていたーー明日着なければいけないーー軍服が包まれてあった。
後から取りに行こうと思っていたが、リュウチョウが届けにきてくれたようだ。
おかげで極寒の地に外出する必要がなくなり、身体も心が暖かくなるバイロインであった。
グーハイが経営する会社も、盛大な年次総会が開催されようとしていた。
それは偶然にも軍の宴会会場と同じ会展センターのフロアで、バイロインたちの打ち上げ場所と壁を隔て隣に位置していた。
毎年、この時が会社の年上の女性たちにとって一番幸せな時になる。
何故なら、彼女たちは色々な功績に対しての褒賞を得られるだけではなく、グーハイの傍で会話する事が出来る唯一の場だからである。
グーハイが放つその色気のある視線だけで、彼女らを興奮させるには十分過ぎた。
それ故にこの会が行われる数週間前から、女たちは自分磨きに忙しくなる。
この日の為に一番いい服を選び、自分をより飾ることが出来たなら、社長の目に留まるかも知れないという淡い期待を抱いて。
この宴会場に参加している女性は皆 相当に美しい人ばかりで、それはホテルスタッフの女性従業員が中に入る勇気を失くし、男性スタッフに担当を交代してもらう程だった。
しかし、この年頃の若い女性たちは男性とはあまり接してきたことがない人ばかりなので、給仕にやってきた男性スタッフをジロジロと眺めてしまう。
グーハイは概略的に総括をしており、残りのことは全部エンに任せ切りだった。
社長の役割は、傍聴することと記録のみ。
たまには手を伸ばして拍手してくれるかもしれない。でも、ほとんどの時間は冷たい顔をして過ごしていた。
授賞と総括発言のプログラムは終了し、待ちに待った食事の時間。
バイキング形式の食事会はその場をラフな雰囲気で包み、多くの美人たちはこの機会にとグーハイに尻尾を振ってきては、愛想を振り撒く。
食事の途中、突然一人の美女がロビーに入ってきて、興奮した様子で同僚たちに向かって叫ぶ。
「朗報よ!さっきトイレに行った時、隣の宴会場の中を少し覗いたの!そこには、イケメンの軍人さんばかりが居たわ!」
「そのくらいのことで大きな声を出さないでよ!」
「あんた、どんだけ男に飢えてんのよ!」
「あははは!可愛らしいわね」
興奮して帰ってきた女性を、男に飢えた女として馬鹿にした言葉が溢れる。
「本当にかっこいいんだって!何なら、入り口に行って見てきてよ!そしたら信じてくれるはず!あー、未来が見えるわ。必ず私と同じことを言って戻ってくるあなたたちの姿がね!」
この女のことを信じたわけではないが、「一応ね」と言って一人が見に行く。
すると、見に行った女性は一分もしないでフラフラとしながら戻ってきた。
「あ..ああ!超かっこいい将校様がいらしたわ....。入り口に立って、ちらっと中を覗いたの....私、見ちゃった。あ、あ…すっごく胸がバクバク言ってるわぁ。だめよ!もう一回見に行かなきゃ!」
この話を聞いた途端、十数人がこの美人と一緒に隣の宴会場へと走っていった。
バイロインは一番ドアに近い列に座っていた。その為、背中には扉の隙間から漏れてくる冷たい風が背中に当たり、気になっていた。
振り返ってみると扉は完全に閉まっておらず、不思議に思いながらも扉を閉めに行こうと入り口に立った時、興奮しきった女性たちが自分を見つめていることに気がついた。
「わッ!」
背中に凄まじい寒気を感じ、思わず勢いよく扉を閉めてしまう。
その様子に女たちは興ざめして元の部屋へと戻り、またその”デマ女”に不平不満を言い出し始めた。
写真撮影も終わり男達が賑わい出した時、外に出たばかりの新兵が急いだ様子で戻ってきて、皆に向かって口笛を三回吹く。
警笛に敏感な軍人は、その音に反応すると一瞬にして静寂を作り出す。
しかし、音の発生源に立っていたのは、新兵が一人。
皆が、その新兵のことを不思議そうな顔をして見つめる。
わざとらしい咳払いをした新兵が、声を張って皆に呼びかける。
「俺が今、何を見てきたのか知りたい奴はいるか?!」
突然のセリフにみんなは期待を込めた視線で彼を射る。
彼は突然テーブルを叩くと、一呼吸おいて叫ぶ。
「隣の宴会場でも忘年会をやっている会社がいたんだよ!俺は、そこの社長さんがめちゃくちゃ羨ましいと思ったぜ!一人の男がめちゃくちゃ可愛い女性たちを独り占めしてたんだ!...おいおい!独身が多い俺たちにとって少しは分けてくれてもいいと思わないか?!」
「「「わあああああああ!!!」」」
話が終わるか終わらないかの瞬間、宴会場は沸き立つ。
「それってホントかよ!?」
「時間を見つけて外に行こうぜ!ここはそう言った店が少ないし、早い者勝ちだろ!」
「いっそのこと、今すぐに二人だけでも引っ掛けてこないか?俺らでも出来そうだろ!」
「二人だ?イヤイヤ、少なくとも二十人は必要だろぉ!?」
全く収まることのない状態に、上官が怒鳴り声をあげる。
「全員、今すぐ席に着くんだ!大人しく食事をするように!」
興奮していた男らは明らかにがっかりした態度をとり、ため息があちこちで飛び交った。
それを見た上官は喉を鳴らすと、少しニヤついた表情で言葉を続ける。
「一人ずつ誘い出してきなさい、全員でコンパを出来るように!」
まさかの発言に、静かになっていた宴会場がまた騒がしくなる。
「あはは!……さすがは俺たち上官だ!...俺たちより配慮がお有りのようで!」
「...男なんてみんな同じだろ!」
歳に似合わない照れた姿を見せるのであった。
隣の会場には、満場一致でバイロインを遣わせる事になった。
その名に恥じない空軍イチの色男、こいつを行かせたらあの美人達はむしろ自分たちの方から出てきてくれるだろうと期待を込めて選出されたようだ。
ここまで盛り上がってしまった皆の意見を、流石のバイロインでも変えることが出来ないことを悟り、大人しく従うことにした。
隣の宴会場の扉は大きく開かれていた。
バイロインが踏み出そうとした時、偶然会場の奥にエンがいることに気づく。
彼女はマイクを持ち、ステージに立って何かを話しているようだった。
バイロインが会場の中心に目を向けるとそこにはグーハイが座っていた。
彼は美女に囲まれていて、まるで風俗店のエッチなパーティーを連想させられるような雰囲気の中、鎮座していた。
バイロインは自身が身に纏う服装を考え、肩章(肩にあるフサフサ)を見つめる。
更に、己の胸には階級章までビッシリと飾られている。
ーーこのまま出向いたら、自分が“軍に属しています”と公言しているもんじゃないか!
心が締め付けられるような感覚に陥り、バイロインは咄嗟にその場から逃げ出してしまった。
ーーあいつらには、無理だったと謝ろう...
成功しか期待していなかった同僚や部下達は、バイロインが手ぶらで帰ってきた事に驚く。
バイロインからの凶報を聞き,体格のいい男たちは泣き崩れるのであった。
バイロインがこちらを覗きに来ていたのを偶然見た“デマ女”と揶揄された女性が、再度勢いを取り戻していた。
「あ!あのイケメン将校よ!」
「また?もういいわよ。私たちを馬鹿にしないで」
「そこまで言うなら、私たちを連れて行って紹介しなさいよ!」
女はみんなに信用してもらえず躍起になって、社長の元まで駆けていく。
簡潔に言えば、隣の宴会場にいる男性たちをこちらに招待して、合コンをしてもいいか?というものだった。
グーハイはどうでもよかったので「勝手にしろ。」と投げやりに許可する。
バイロインが先ほどまで自分が居た、温もりのある椅子に座った時だった。
みんなの悲鳴と野次馬の声が後ろ側から聞こえてくる。
振り返ってみると、先ほど扉を閉めに行った時にこちらを見ていた女性達がそこに立っていた。
「...美人さん、部屋をお間違えになりましたか?」
ある男はたまらず話しかけていく。しかし彼の言葉には耳も貸さず、美女はバイロインの前へ堂々と歩み寄る。
「将校さん?私たちと合コンをしてくださらない?」
「…は?」
結局、両者は合コンをする運びとなり、全く女性とつながりがなかった男性側も男性との接点がほとんどなかった女性側もすぐに打ち解けることが出来た。
男サイドは、容姿が整っている者は多いが話を合わせるなどの会話スキルが乏しく、結果として女性達の方から話しかける事が多かった。
「私達の副営業長に歌を歌わせてくださいよぉ。副営業長ったらとっても歌が上手なの!ほら、そちらの将校さんと一緒にいかが?」
誰が発言したのだろうか、女性側の一番の目当てであるバイロインを舞台に立たせようと誘導する。
しかし、この場全員の男女でバイロインを探してみたが、彼を見つけることは出来なかった。
当の本人は、あの空間に居たくなかった為にトイレに避難していた。
便器に座ってから一時間近くも経つ。
ーーあそこには居られない...後でみんなには謝っておくか...
この場から先に帰ろうと個室から出て、洗面台で手を洗う。
隣でも手を洗っている人がいたが、バイロインは気にも留めなかった。
ーーとにかく、グーハイにバレないように帰らな....
顔を上げて鏡をみると、そこには今 一番会いたくない男が隣に映っていた。
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修正してもなお難しい場面。
過去の自分よくやった。
:naruse
202004追記:加筆修正