第36章:『死』という言葉
曇天のゴビ砂漠は至るところに死気が漂い、赤土の地は千里にも及ぶ。
激しい砂嵐が吹き終わると、青空から突如として轟音が降り注ぐ。
赤い尾を引いた鉄の塊が、バイロイン達が駐在する場所へと向かってくる。
その光景は....まさしく“戦争”の序章だった。
これが、後の歴史に残る「ゴビ砂漠の激戦」である。
空軍の航空兵、海軍の航空兵が陣を組んでスクランブルを開始する。
陸軍の戦車が忙しなく荒野を駆け回る。
第二砲兵ミサイルの砲身が青空へと突き刺し、獲物を凝視める。
ここに軍事訓練を行なっていた部隊と後方からの友軍、各種の精鋭達が一同に介すると現代的戦術が幕を開けた。
「なぜここに援軍が?!」
バイロインはこれだけの友軍がどこに潜伏していたのか分からなかったが、とにかく今この瞬間にどれだけの対価を支払ったのかは理解できた。
「本当に俺は運がいい」
ここに野営していた自分らの部隊だけでは、敵軍に敵わなかったであろう。
しかし偶然か、はたまた組み込まれていたのか後方には何千という兵が援軍に駆けつけていた。
バイロインは涙を流しながら、彼らに向かいその傷だらけの手を額に添え感謝の意を表す。
たった十日間の訓練で、全員が生まれ変わったような動きを見せる。
バイロインはもう部下を責めるような気分にはなれない。...代わりに、今ではこの戦線を無事に乗り越えた後に掛ける、労いの言葉しか思い浮かばないでいた。
ーー「お前達は良くやった!俺の自慢の部下だ!」...そう言ってやるんだ!
バイロインは戦闘機に乗る前に、心の中でひっそりと祈る。
ーーグーハイ。俺を助けてくれ。俺が成功するように...あのクソ上官を黙らせる程の、義父を驚かせる程の...成功を!
バイロインが発進したちょうどその時、多くの指揮官が集まる中央対策本部にグーウェイティンが到着した。
戦争は空中戦で始まり、両軍の戦闘機が皮膚を刺すような殺気を散らして青空を飛び回る。
どちらもまだ撃墜報告がなく、爆撃機がはるか上空で次の作戦に繋げるために待機していた。
一方、本部では総力を挙げてゴビの一帯にレーダーの天網を密に張り巡らせ、対空ミサイルが弓を引いてその照準を合わせていた。
シュウ・リョウウンは本部の中央に鎮座する。
既にいつもの冷たいような呑気な表情は収め、緊張した面持ちでレーダーが捉える画面を眺めていた。
戦闘機が飛び回る上空を捉えたレーダーは、その数の多さと激しい銃撃戦でその名の通り『瀑布』のような夥しい数を表示していた。
バイロインが操作する戦闘機は、その覇気を纏う飛行技術と敵機を次々と撃ち墜とし、白い煙を抜けていく姿がまるで御伽噺の“火龍”のような熾烈さを体現していた。
“火龍”はその牙を剝き、炎を吹いては鉛の轟音を上空に響かせ、地上に鉄の流星を降らした。
本部でその様子を見ていた指揮官は歓声をあげる。
「この機体を操縦しているのは誰だ!?」
参謀長がそう聞くと、リョウウンは自慢げに答える
「私の部下、バイロイン少佐です!」
「彼は今いくつなんだ?」
「確か、二十六になっていたと思われます」
参謀長は驚きの表情で「未来が有望な人材だな」と呟く。
グーウェイティンもその口元を緩め、画面を眺めていた。
すべての敵機はバイロインの率いる第一大隊航空師団、戦闘飛行編成部隊によって開幕戦を圧倒的な勝利に収めた。
一万メートル上空にいるバイロインは、興奮混じりに声を荒げる。
「見たか!?お前ら!俺は やってやったぞ!」
...油断していた。
バイロインの機体の窓が突然爆発する。
強い気流が機内に流れ込んできて、呼吸が出来なくなる。
気圧を保護している役割もあったものが破損したのだ。上空の気流によって温度は一気に零下四十度まで下がる。
バイロインの機体に異変があった事に気付いたグーウェイティンは、目を開いて画面にしがみつく。
「息子よ!何があった!?」
指揮官はバイロインと早急にコンタクトを取り、しきりに「緊急離脱せよ」と命令を送っていた。
冷たい気流が流れてくる。
無線で本部からの離脱命令が聞こえてくる。
しかし、バイロインは命令に背いて操縦を諦めなかった。なぜなら、この機体はバイロイン自身で整備した最新鋭の機体だったからだ。
このまま破損させてしまっては、軍の損失になってしまう。
遠のきそうな意識を気合いで取り戻し、操縦舵を握りしめる。
機体を百八十度平行に回転させ、破線箇所を下方にする事でまずは気流が機内に入る事を軽減させる。
この時、なぜか心の中ではリョウウンに感謝していた。
彼がバイロインに罰として極寒の中、あのような事をさせていなければ今頃、極寒の上空で気を失っていたかもしれない。
本部で見守る将校と指揮官は、バイロインの機影を眺めていた。
皆、手に汗を握り呼吸がどこか浅い。グーウェイティンは居ても立ってもいられず立ち上がり、その瞳には隠しきれない焦燥感が感じられた。
上空一万メートル....八千メートル.....五千メートル.........
バイロインは地面が視認できる高度にまで降下していた。
地面と衝突する、リョウウンが息を止めて目を瞑った瞬間。
聞こえてきたのは、衝突した事による爆音ではなく周囲の歓声だった。
バイロインは、その卓越した操縦技術で無事に帰還する事に成功したのだ。
バイロインが操縦席から降りてくると、その周囲はあっという間に人で埋め尽くされる。
その中には、満面の笑みでこちらに向かってくるリョウウンの姿も見られた。
その表情は今まで見た事ないほどの、優しく温かい笑みだった。
ふと、バイロインの体が宙を浮き胴上げされた事に気付く。降り立った先は誰かの胸元。
「ははは!!」
自分を受け止めた人物は笑顔をこちらに向けるリョウウンであった。
胴上げが終わるまで暫く。やっとのことで解放されると、バイロインは自分の右足に力が入らない事に気づく。
違和感を感じる箇所を見てみると、そこからは大量の血が溢れ出し大怪我を負っていた。
先ほどまでどうという事もなかった筈だが、認識した瞬間に鋭い痛みが襲ってくる。
「どうしたんだ!?」
リョウウンが焦った表情で尋ねてくる。
「大丈夫です。軽い怪我をしただけなので」
手を振り無事を知らせるバイロインの足元をリョウウンが見ると、その眉を歪める。
「これが軽い怪我だと?...病院に行くぞ」
バイロインは今までの仕打ちから、リョウウンが優しく接してくる事に違和感を抱き、怪訝そうにする。
「あなたの目にはこの怪我も重症のうちに入るのですか?」
「どうしてお前の口はそんなに五月蝿いんだ?」
リョウウンは強引にバイロインを引き寄せて肩を組むと、輸送ヘリまで運んでいった。
バイロインは重大な功績を挙げて負傷したという事もあり、特別待遇を受けて北京に帰り空軍総院で治療を受けることになった。
今回の件でバイロインが一番喜んだ事は、自分がたてた功績ではなく、リョウウンから聞いた六日間の休みである。
この度の戦闘で何があったのかをまとめるために、会議を開くのだとリョウウンは言っていた。つまり、その六日間は怪我人の自分はフリーだという事だ。
「嬉しい知らせだな!グーハイに会えるぞ!」
自分のお見舞いに来る人が帰ったら電話をしようと心待ちにしていたのだが、彼の見舞い客は途絶える事なく訪れてきた。
最初に顔を出したのはグーウェイティンだった。
久しぶりに仲良く話せたと思う。
ウェイティンはバイロインの足を摩りながら「痛くはないか?」と優しく声をかける。
「こんな小さな傷はどうって事ないです!」
バイロインは笑顔で首を振る。
「お前も立派になったな」
そう言うウェイティンは温かい笑みを浮かべていた。
義父が去って行った後、グーハイに電話をかけようとした矢先に各部隊長と同僚が訪問してきた。
「様子はどうだ?」「医者はなんて言ってたんだ?」「足は大丈夫なのか?」「今後に影響するのか?」
矢継ぎ早しに質問されて、少し困惑する。
上司や同僚がこんなに慌てている姿は暫く見てこなかった。
「軽い骨折だそうです。....傷は少し残るが、大丈夫だろ」
納得したのか「じゃあな」と言って病室から出て行く彼らを見送り、携帯を手にした瞬間にまた誰かがドアをノックする。
扉が開くと、そこには目を赤く染めたリュウチョウが立っていた。
彼はびっこを引きながら病室に入って来るや否や、バイロインの腹に倒れ掛かりみっともないくらいの大声で泣きだした。
ーーおい。俺は死んだ犬か何かか?
バイロインはリュウチョウの背中を軽く叩いてあげながら宥める。
「男だろ?男ならシャキッとしろ、ほら。泣き止めって。涙を拭いて、ちゃんと話せって」
リュウチョウはその言葉に従って涙を拭き、嗚咽を堪えながら彫刻のように直立に立つ。
バイロインはなんだか、悪い気がして優しく声をかける。
「リョウウン師団長がお前のことを褒めていたよ。いい根性をしてるってな」
「本当ですか?」
リュウチョウはその瞳に興奮の色を灯すし、バイロインはそれに頷く。
しかし、その明るくなった顔をすぐに暗くして目線を下げる。
「でも、もし隊長がいなかったら....俺は、きっと見捨てられていたと思います」
バイロインは眉間に皺を寄せる
「そんなこと言うな。例えお前じゃなかったとしても、自分の大切な部下なら気にかけていたさ」
「分かっています...」リュウチョウは涙を拭き取ると「隊長、自分が怪我をした時は隊長がつきっきりで世話をしてくれましたよね?その恩を今返します!...自分も二十四時間、ずっと側で仕えていますね!」
「......」
ーーなんでこいつは、こんなに俺にかまってくるんだ?
「よく見ろ」バイロインは怪我をした足を出して、リュウチョウに見せる「ほら、こんなに動く。お前より軽傷だ。世話なんていらない!」
「ですが....」
「ですが?....なんだ?」バイロインはいつもの厳しい声を出す「お前は上官が大丈夫だと言っているのに、逆らうのか?!」
リュウチョウは慌てて首を横に振る
「そうだろう?...早く出て行け、俺はもう寝るんだ」
急いで退出するリュウチョウを見送り、今度こそと携帯を手に取る。
連絡先から最愛の人を見つけて、電話をかける。
ワンコールで電話が繋がる。
「もしもし?」
バイロインは暫く黙った後に、先ほどまでとは打って変わった態度で細々と話し出す。
「グーハイ....俺。死にそうだ.....」
「は?なんだって?」グーハイは突然のセリフに驚きを隠せない「どう言うことだ?おい!?インズ?どうした?!」
バイロインはわざと携帯を手放し、床に放り投げる。
グーハイの声は誰に届くこともなく、携帯から虚しく音が漏れるだけであった。
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コメントへ直接ご返事が出来ないため、記事更新のたびにここで書かせて頂きます。
>コメントありがとうございます!僕の他に翻訳されていた方がいらっしゃった事に驚きですが、そうでしたか...何か理由があって辞められたのでしょうね、残念です。
僕はこれからも、最後まで翻訳していくつもりですので毎週の更新を楽しみにしていただけると幸いです!また、何も出来ないと書かれていましたが、違いますよ!僕もこういった事をやりだしてから分かった事なのですが、僕らにとっての幸せはコメントを頂く事や反応してもらえる事です!...良ければ、これからもちょくちょくとコメントして頂ければ嬉しいです!
さて。今回の話の感想に入りますが...
最後のバイロイン何してるんですかぁ?グーハイにそんなことして大丈夫なのかなぁ?
ってことで、また次回!そろそろ、学業の方が動き始めるので週三更新が難しくなってくると思いますが、よろしくお願い致します!(一応、頑張って週三回更新目指しますね!)
:naruse