NARUSE'S:BLOG

ハイロイン/上癮:Addictedの原作小説を和訳している男子大学生でした

第5章:口論

グーハイはバイロインが着ている軍服をじっと見つめながら、隣にずっと立っている。

グーハイに見られるその視線がとても痛く、八年間 心の奥底に抑え込んでいた何かがまた溢れ始めて、バイロインは五臓六腑を締め付けられる感覚に陥る。

ーーどうしてそんな目で見てくるんだよ。...まずい、何か言い訳を考えないと。

「こ、これは知り合いから借りたやつで...」

苦し紛れのこの嘘は、宴会の途中でトイレを済ましに抜けてきた部下の一言で呆気なく瓦解する。

「あれ〜?隊長、ここにいらしたんですかぁ?」

ーークソッ!なんでこのタイミングで!

逃げ場を失ったバイロインは深い絶望を感じた。

「先に戻っててくれ。俺もすぐに行くからさ。...ほら、早く行けよ!みんながお前を待ってるんだぞ!」

なぜかイラつきながら先に戻るように催促してくる上官を不思議に思いながら「失礼します」と素直に従ってトイレから出ていく。

バイロインは気持ちを落ち着かせ、いつもの澄ました顔でグーハイを見る。

「その、今のは...なんでもないから」

その一言を皮切りに、今まで黙っていたグーハイが話し出す。

「なんで入隊したのか教えてくれなかったんだ!?」

「それは...」

「周りの奴らと共謀して俺を騙してたのか?...なんで...なんで、俺にさえ言ってくれなかったんだよ!?」

「グーハイ...」

「いや、まずはお前がいなかった時の俺を教えた方がいいのか?...お前が姿を消してからの二年間。...ずっとお前を探し続けた!噂でお前が海外に居ると聞いた時は、俺が使える人材を全て利用して世界中!お前を探し続けた!」

グーハイの怒りと悲しみが混じった表情を見て、何も言えなくなる。

「...でもな、探せば探すほど希望がなくなっていくようで...。絶望した俺の気持ちが分かるのかよ!? おいッ!」

バイロインは冷たい視線でグーハイを見つめ、心の痛みを覆い隠す。

「誰かと一緒にお前を騙していたなんて事はない。どこでそんな噂を聞いたのかは知らないが、俺はずっと今まで通りに暮らしていたさ」

「いつも通りの生活?」

顔を半分手で覆い、冷たい笑みを浮かべる。

「それは良かったなぁ?俺が居なくても、ちゃんといつも通りの生活ができて。...ああ、将校様は強い心を持っているからそれが出来た、とでも言いたいのか?」

「ああ、俺は昔とは違うんだ」

グーハイを見つめる視線はさらに冷たくなっていく。

「もう俺のことを責めるのを止めたらどうだ?別に続けても俺は何も感じない。...辛いのはグーハイ、お前自身じゃないのか?」

「そうか?」

グーハイの追求は終わらない。

「なんで入隊した?...何故、海外にいるなんて嘘をついた?」

「入隊するのは俺の勝手だろ。...それに、海外にいるなんて嘘はついていない。」

「...インズ。お前が入隊したのは俺の所為なのか?」

グーハイは至って冷静で、厳しくバイロインの心の穴を突いてくる。

「なんでお前のために入隊する必要があるんだよ? 何かやましいことでもあったのか?」

「...当初、俺は親父に強制的に軍隊に入るように言われていた。けど、俺はビジネスがしたかったんだ。だから、あいつの考えを変えるためには一つしかなかった。.....それがお前を軍に入れる事だ。...お前が入隊したら、あいつは俺とお前を近づけさせないために、俺を軍に入れないはずだからな。...だろ?」

バイロインはタバコに火をつけ、掠れた声で呟く。

「...考えすぎだ。」

吸い始めのタバコを奪い取り、グーハイはそれをゆっくりと咥える。

「お前がどう思おうと勝手だが、お前の為に軍に入ったなんて事はない。...周囲には、俺も義父が軍のお偉いさんだからとか言われたが、それも関係はない。...それだけだ」

「こっちに戻ってこい」

そう言うグーハイの瞳は、もう冷たいものではなかった。

「お前だって昔はビジネスがしたいって言ってたじゃないか...別に軍じゃなくたって、親父の顔を立てる事は出来るんだ。なぁ、俺が手を回しておくから...こっちの世界に戻ってこいよ」

「必要ない。裏で何かしたところで、誰もお前の言うことなんて聞きやしないさ。...お前がどんだけ自分のことを高く買ってるか知らないけど、あの男の実力には及ばないんだ」

口論がヒートアップすると同時に二人の距離はだんだんと近くなっていく。

「お前が正々堂々と入隊したんだって言うなら、なぜコソコソと隠れる必要があったんだ?...俺の役職じゃ、お前の階級を名乗らせるには足りないとでも言うのかよ?!」

バイロインは血が出るほどきつく握りしめたその拳の勢いを、瞳の中で再現させる。

「何度も言わせるなよ!それを聞いて、お前に何の得があるんだよ!?」

「なんだと...?!」

「ああ、だったら言えばいいんだろ!?...歳をとった今の親父じゃ、この先が金銭的に心配だからだよ!軍は稼ぎがいいからな!...あと、国の為に尽くそうと思うのは悪い事なのか?」

 「...お前の家計、あまり上手くいってないのか?」

グーハイの顔は急に暗くなり、その瞳は悲しみに溢れていた。

「バイロイン!お前は大馬鹿者だ!!...俺はもう、お前以外のやつなんて考えられねぇんだ!!...なぜ俺を頼ってくれない?!」

「うるさい!!」

バイロインは怒声で場ごと自分の心の内をも支配する。

「...俺が生きてたのが駄目だったのか!?」

「...ッ!!」

グーハイは、どう形容したら良いかわからない感情で胸の内を支配する。

口にしてはいけない。そう思って八年の間我慢してきた。

グーハイはバイロインをずっと見つめる。手を伸ばそうとすると、それは素早い手によって遮られた。

「グーハイ!俺だって今は一部隊の隊長を勤めているんだ。お前が十分に強いってのは理解してるさ。でも...今じゃ俺のライバルってほどじゃないからな!恥をかきたくないならやめとけよ」

「そうか、そうか」

グーハイはバイロインのことを挑発するような目で見つめる。

「俺はむしろ見てみたいな。俺より自信があるって強がる、可愛いインズの股間にしまわれているそれをなぁ...。おい、ちびってるんじゃないのか?」

グーハイの挑発はしっかりとバイロインに響いていた。

そのセリフを言い終わると同時に、バイロインの右フックが整った顔に直撃する。

殴られた箇所は痛々しい姿になっていた。

そのままトイレ全体に打撃音が反響する。人を殴る鈍い音、戸板に叩きつけられる音、叫び声、骨がぶつかり合う音....

二人が発する激しい殴り合いの騒音を聞きつけ、宴会場にいた大勢の人々は全員飛び出して二人の元へ駆けて行く。

現場は混乱を極めていた。二人をやめさせようと仲裁する者。ただ傍観する者。ヤジをとばす者、煽る者。

...その光景は、まさしく地獄絵図だった。

ある女性は驚愕する。

会社に勤めて三、四年にもなるが、社長は喧嘩をするどころか、彼が大声で叫び散らしているところさえ見たことがなかったからだ。

「何があったの?!」

女性らはグーハイが怪我してしまうことを心配しながらも、心の中では社長の意外な一面を垣間見て、こんなに男らしかったのかと興奮していた。

 軍の仲間も驚愕していた。

バイロインが暴言を吐いていたからだ。

公の場で喧嘩を始めて、血を流すほどの殴り合いになった原因は?

殴り合っている相手は、一体何をしたんだ?

誰もが尊敬する空中のハンターを怒らせるなんて何があったんだ!?

二人を良く知る者は、混乱を極めていた。

 

最後はリュウチョウと何人かの軍兵、ホテルの従業員が協力して、何とか二人を離れさせてその喧嘩を終わらせた。

二人の顔は痣だらけ、あちこちから流血も見られる。

二人を止めることに成功したが、未だ凶悪な目つきでお互いを牽制し合う。

「やるな、隊長さんよ。腕がいいみたいだ...」

グーハイは口もとの血を拭いて、その手を払う

「この数年間、ただお空を飛行機で飛んでいただけじゃなかったんだな」

グーハイはまた挑発をした。特にここには大勢の美人が立って見ている。女性に慣れない軍属の男を辱めるには、十分すぎる場だったからだ。

しかし、バイロインは少しも怒った様子を見せずに口もとを上げて笑い、美人団を見渡し爽やかな表情を作る。

「この社長さんの関心を買いたいなら、ただ派手にアピールするだけじゃダメだ。...社長の腰は重いからな。お前らみたいな女じゃ、特殊性癖を持ってるあいつの胃を満たしてはやれない。...覚えておくといい。赤いブラと緑の下着を着て、こいつのお世話をしてみろ。きっと狂ったように喜ぶと思うぞ!」

言い終わるとエンを見つけ、グーハイのことをで冷たい目で一瞥してからゆっくりと話しかける。

「とっておきを教えてやる。...俺の弟は肉棒(下ネタ)味のチキンが一番好きだぞ。今度スーパーで買い物するときはこいつに沢山買ってあげろよな。」

それを聞いたエンは、あまりの衝撃にまるで石になったように動くことが出来なかった。

グーハイなら、なおさらである。

バイロインは高らかに笑うと、傍観していた部下たちに向かって手を振り号令をかける。

「行くぞ!!」

彼らは、リズミカルな足取りでエレベーターの中へ姿を消していくのであった。

 

 

グーハイは会社に戻ると、手元に残っていた仕事をあらかた片付け 残りは指示を残し、急いで香港へ飛ぶ。

グーヤン(グーハイの義兄)は、ここ数年 香港で商売をしていた。

グーハイはグーヤンの会社に乗り込み、無理やり彼を会議室から引っ張り出す。

「何でお前は周りを振り回すような生き方しかできないんだ?」

突然連れ出されたグーヤンは不機嫌な顔をする。

「八年前に突然連絡が取れなくなったと思えば、今度はいきなり現れるんだな」

「八年前の交通事故について話せ。細かいところまで、全部な!」

久し振りに会った義弟は、どうやら怒りで溢れているようだった。

「八年間。義理でも兄弟だからと思って黙ってきた!...あの時、ブレーキオイルのパイプが切られたことについて、お前には何も聞かなかった!...事故が起きたのは絶対にあいつの所為じゃない!」

「おい、何を...」

「お前がやった事は非人道的だ!...その所為でバイロインは入隊する事になったんだ!...何故、八年も黙ってたんだ!?」

八年前の事故の関連で義弟が自分を訪ねてきたことを知って、先程までの表情から一気に機械的なものになる。

「ふんッ....何だ、そのことか。いいかグーハイ、よく考えてから口にしたらどうだ?そんな小さなことに気を取られて有能なお前が足踏みしていいと思っているのか?お前の将来を見据えて言ってやってるんだぞ?!」

「フンッ...将来、ねぇ?」

グーハイは冷たい笑みを浮かべる。

「義兄さんが俺の将来を考えてくれていただなんて、思いもしなかったな!...そもそも、俺はお前の事なんか、兄だなんて思ったことすらなかったけどな!...お前は人ですらない!お前のやってきた行動は、畜生と何ら変わらないからな!!」

 

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はい、大変です。第一部を訳していないつけが早くも回ってきました。

やっぱり八年前の交通事故が話の鍵になっているようですね。

 

:naruse

 

202004追記:加筆修正。事故の部分はHikaruさんが詳しく訳した後に、さらに修正していき

       たいと思います。