第7章:協力関係
リュウチョウは何枚にも重なった大量の資料を抱えて研究室に入る。
部屋の中にはバイロイン隊長と数名の主要な技師たちが一枚の図面の前に立って、真剣に何かを討論しているようだった。
机の上には食べかけのパンと一杯の冷たくなったお茶が置かれてあった。
高級そうなお茶っ葉が枯れた様な黄色のお茶の中に漂っていて、貧相さを醸し出す。
「どうしたんだ?」
隊長の声が突然後ろから聞こえた。
リュウチョウは驚いたがゆっくりと振り返り、直ぐに笑顔を作ってみせる。
「すみません。何度も声をかけたのですが、会議に集中されていた様でしたので」
「悪かったな」
そう言いながらバイロインは自分の椅子へと座り、リュウチョウから渡された資料を確認する。
「お前が集めてきた各大手軍工企業の詳細な内容はこれで全てか?」
「完璧ではないですが、主に協力関係を築けた企業の一覧です。まだ一部の企業は話がまとまっていないところもあります」
バイロインは頷き「俺は民営企業がいいと思っている」と呟く。
「確かに民間企業はメリットがあって良いですよね。特に、部品と武器装備のシステム上では、彼らの企業に委託して研究開発を行うことができます。そうすると、より多くの人材と資本を吸収し、研究費を節約し、リスクを減らすことができます。しかしデメリットも確かに存在しています...民営企業には制限があります。例えば、管理体制が健全ではなく、資金力が不足していたりなど、安全性と秘密性は国営企業に及ばないです」
手にした資料をめくり、リュウチョウの意見を聞きながら、バイロインはしきりに頷き納得していた。
「俺らのこのプロジェクトは三つの難関が存在している。だからもっと多くの研究機関と協力して、プロジェクトを進めて行くべきだと思っている。お前が探してきてくれた資料をぱっと見たが、前半部分でまとめられていた企業はかつて我々と協力関係にあり、豊富な経験と、品質が保障されていると思う。しかし、その分コストが高い部分がネックになってくるな...」
その点についてはリュウチョウも賛同する。
「そういった金持ち達と付き合うのはあまり好きではないです。...あいつらはとても汚いですから」
「そうだな」
そう言いながらページを捲る手が、ある会社のページで止まる。
「北京海因ハイテク有限会社…」(グーハイのハイとバイロインのインの部分の漢字が社名になっている)
バイロインの呟きを聞いて、リュウチョウは急いで説明をする。
「この会社は設立してから間もないですが、ここ二年で物凄いスピードで成長しています。陸軍の方と何回か協力したこともあるようです。もしこの会社に興味があれば、陸軍の方の研究員と連絡を取って、彼たちに協力を得る様に伝えてもらうことも可能です!」
ーー隊長は特にこの会社に関心を持っているみたいだ。登録したばかりの時は部品を生産する小さい会社だったのに、設立して五年足らずでこんなに大きい規模にまで発展してきた。しかも軍工の領域に入ることに成功させている。こんなことが出来るなんてよほど良い手腕を持っている社長なのだろう。
「この会社に関する資料はこれだけか?」
リュウチョウは頭を掻いて苦笑いをする
「この会社はとても特殊で、その経営管理方式は業界内で非常に非難されているんです。しかし、彼らの会社の経営陣は相変わらずマイペースで、これらのマイナス影響は彼らに多くの利益をもたらしているようです。これも彼らの広報宣伝の一種かもしれないですね」
「どんな経営管理方式なんだ?」
「その会社は社長だけが男性で、それ以外は上位職も社員も女性だと聞きました」
リュウチョウの話を聞いて、バイロインは額から汗が溢れ出てくる。話を聞けば聞くほどグーハイの会社なのかと疑いたくなってしまう。
二ページを捲ると、企業法人代表者名の欄に「グーハイ」という大きな字が書いてあるのを見つける。
「この会社で働く女性たちでは人数が間に合っていない様で、一人が二役もこなして会社を機能させていると聞いた事があります。...本当にこの会社の社長は凄いですよ。度胸と見識があって、気概があって、我が道を行くって感じで。私ならそんなことする勇気すらありません。そんな曲がりくねった人生を歩むだなんて...」
バイロインはふふッと笑うと小さな声で「昔からそんな奴だったよ」と呟く。
「すみません!今なんと?」
「ンンッ!何でもない。もう自分の業務に戻って構わないさ。俺はもう少しこの資料を見ているから」
「わかりました」
一礼して退室する前に、顔だけこちらに向ける。
「.....隊長。お忙しいとは思いますが、食事はちゃんと摂る様にしてくださいね」
「分かってる!」
リュウチョウが部屋を出て行くと、再び手元の資料に視線を戻す。
「北京海因ハイテク有限会社……海因…か」
その年の総会で空軍部隊との合コンを開催させた美人女性、トウは昇進することになった。組長から部門経理までの飛び級である。昇進の原因は様々だと言われている。
エンの反応は悪かった。
「この理由ではあまりにも不十分で、周囲に良い様に思われないのでは?」
グーハイはエンをちらっと見ると「ならみんなが納得する理由を言うまでだろ」と呑気に言う。
エンは呼吸を緩めて呆れ顔をする。
「私に言わせれば、彼女はお尻が大きいだけだと思うんだけど?」
グーハイはガミガミ言ってくる口煩い秘書の言葉を聞きながら手元のライターをいじっていると、冷たい顔に僅かな悪い色が浮かんできた。
「この会社で一番尻が大きいのはお前だろ?」
「グーハイ…!!」
エンは恥じ入って、何も言い返せなくなった。
「おい、早くトウを呼んできてくれ」
「もうッ!」
そう吐き捨てる様に言いエンは不満そうな顔をして出て行った。
トウは秘書以外の社員で初めて社長に指名されて執務室にお呼ばれされた女となった。本当に嬉しくて、お尻が捻じ曲がりそうな幸福感に包まれていた。
オフィスで働く勤勉で誠実な女性社員たちは、皆 羨ましそうな目で彼女を見つめている。
トウの虚栄心は大いに満たされていた。
「....社長!」
呼ばれて顔を上げると、そこには満開に咲く花の様な笑顔で立っているトウが立っていた。
「座ってくれ」
トウは恥ずかしそうな顔をしてその言葉に従う。
「お前に役割を与える」そう言いながらトウの顔をしっかりと見つめる
トウは目を細めて笑って返事をする「何でもお申し付けください。」
グーハイはトウの明らかに場違いな誘い方をする返事を無視して、丁寧な口調で彼女に内容を伝える。
「近いうちに空軍の研究所との契約を取りたい。そこでお前をこのプロジェクトの責任者にする事にした。お前の任務は相手側のプロジェクト責任者を説得させて、彼らに協力を承諾させることだ」
「なぜ私なんですか?」
トウは謙虚さを装ってか弱いふりをする。
「私は少し心配です。ご存知のように、私が一番苦手なのは男と付き合うことなんです。」
「お前はもうすでに一回成功させているだろ。二回目も成功させてみろ。」
「成功ですか?」
グーハイは頷くと、バイロインの資料と写真をトウの前にかざし
「見たか?コイツが今回の担当者だ。」
「彼は...!あのカッコイイ将校さんなのですか!」
トウは自らの失態を思い出すと、出来る限りの笑みを浮かべ「最善を尽くします」と一言だけ返事をした。
「そうしろ」
トウの心の中は穏やかでないものの、どうしても気になった事があるので恐る恐る口を開く
「社長、少しお聞きしたいことがあります。」
「何だ」
「....赤の上着と緑のズボンが好きなのは本当ですか?」
グーハイは少し複雑な表情の変化を経てようやく口を開いた。
「本当に知りたいのか?」
トウはしきりに頷く
「なら、お前がもし無事に契約を取り付けてきたらその時にでも教えてやる」
二日後、トウは厳しい顔をしながら再び執務室に訪れていた。
「申し訳ございません!社長の重要な期待に背く結果になってしまいました!いろいろな方法を使ってその将校を説得したのですが、彼には何も響かなかったみたいで」
グーハイはがっかりした様子を見せなかった。ただ、
「あいつはなんて言っていたんだ?」
「はい。彼には我が社の優位性を強調して現在の状況を教えました。誠意を示すために、私たちの会社で作ったサンプルを全部持って行き、プレゼンもしたんです。更に...私は会社の利益のために、個人の尊厳を犠牲にしてまで誘惑もしたんです!なのに彼は全くその誘惑には乗ってきませんでしたし。私は…」
そう言いかけて口を閉じる。なぜなら社長には不平不満を訴える意味がないから。
グーハイはまた聞き直す。
「なぜ我々と協力しないと言っていたんだ?」
「そ、それは....」
うまく言葉が出てこない。
「彼は....彼は私たちの条件が優れていると言っていましたが、我々の信用度が低いとも言っていました。社長の人となりに不安を抱き、社長の生き方に疑問を抱いているとも話しておりました。他にも…彼は女性社員だけを募集する会社とは提携で出来ないとも話されていました....。」
トウは社長がこんな生き生きとした表情を見たのは初めてだった。心の中ではその表情すらも恐ろしく感じてしまい萎縮する。
今発言した自分の言葉が適切ではなかったのか、心配でしょうがない。
彼から与えられた役職とその「寵愛」はもう終わってしまったのかもしれない。
話を聞いたグーハイはただ何も言わずにまっすぐと執務室を出て行ったのだった。
「隊長、面会を願う者がいらっしゃいました」
研究室から出ていくと、グーハイの車が外に止まっているのが目に入った。
ーーちくしょう...かっこよく待ちやがって!
バイロインに気がつくと、こっちに向かって手を振ってきた。
事情を知らない人から見れば、二人は長年親しくしている旧友のようだったかも知れない。
バイロインは思わず駆け寄っていた。
「どこか二人で話をしないか?」
そう尋ねてきたグーハイにバイロインはただ頷く事しか出来なかった。
「なら車で行こう。ほら、乗ってくれ」
二十分後、二人は静かな喫茶店でお茶を飲んでいた。
しばらくの沈黙が流れた後、グーハイの方から口を開く。
「部下から聞いたよ。お前が協力を拒否したのは、俺の生活スタイルを疑っているからだってな」
「間違っては無いな」
バイロインは話を続ける
「我々の研究項目は機密性が高いからな、協力関係にある会社に十分な実力を要求すること以外に、会社の信用度も要求している。だから、美人ばかり雇っている会社の社長は信用する事ができないな」
グーハイはその話を聞くと訳も分からず笑っていた。
「なるほどな。そちら側がその様な考えをなさっているなら、今日はあなたにとある証明をしたいと思う。俺の経営方針がいかに正しいかって証明をな」
その後の三時間、二人はとぎれとぎれに仕事の話をたくさんした。
その間、バイロインはずっと待っていた。グーハイが最初に言っていた証明というものを待っていたが、結局陽が落ちて街灯が灯るまでグーハイは何も触れてはこなかった。
「...グーハイ!」
痺れを切らしたバイロインは直接聞く事にする。
「もっとストレートに物事を話す必要があると思わないか?俺はそんなに暇じゃないんだ!」
「何をストレートに話すんだ?」
「お前の経営のやり方がどれぐらい正しいかを俺に証明したいんじゃなかったのか?」
「それならもう終わっているさ」
グーハイは両手を広げてそう言う。
意味が分からずにバイロインは思わず瞼を閉じて眉間を摘む
「何を証明したって言うんだよ...?」
グーハイは微かに微笑むと
「俺らの仲は昔から良くて、今日は二人っきりで三時間以上じっくりと話し合うこともできた。その間、俺は少しの非礼もお前に対してしていない。まだ、俺のやり方が間違っていないことを証明出来ていないか?...インズ」
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自分自身もみなさんと同じ様に一緒に翻訳しながら話の中身を理解していっているので、たまに解釈違いを起こすこともあると思います!
:naruse
202004追記:加筆修正。お尻が大きいは、ケツと態度が似た発音なのでそれの言葉遊びか
と。...おそらくですが(笑)