NARUSE'S:BLOG

ハイロイン/上癮:Addictedの原作小説を和訳している男子大学生でした

第14章:感傷的な夜

会社の向かいにある喫茶店でエンはグーハイが来るのを待っていた。

「母親の容態はどうだ?」

エンはやつれていて、瞳に映る生気も普段とは違っていた。

「....よくないの。もう臓器にまで転移していたわ。医者はもう救いがないと、痛みを和らげる事しか出来ないと言われたの。....だから、最近は家族全員で母の近くで過ごす事にしたのよ!昔はこんな一家団欒なんてなかったし、今は楽しくしてる。...けど、きっと母はこの状況から自分の病態を悟ってるに違いないわ。ただ、母は強いの。どんだけ苦しくても私たちにはその姿を決して見せてはくれないんだから...」

そう、細々と語る。

「ならマイナスに考える事はやめろ。今を精一杯、後悔のないように母親と過ごしてあげるんだ」

そうね、とエンは笑顔を作ってみせた。

「そうだ!母が昨日も私に話していたんだけどね、生きている間に花婿に会えるのか!って言ってくるのよ」

「なら、早くみせてやらないとな」

そうやって返事をする、目の前に座る男をエンは見つめる。

彼の完成された美しい横顔を見ながら、今まで二人が一緒に歩んできた日々を思い返す。

会社の創設時から、現在のような大企業になるまでをずっと見てきた。今まで沢山出会ってきたどの女性よりも彼のそばで過ごしてきた。三、四年なんていう年月はあっという間に過ぎていった。今やり残した事と言えば、両親の娘としてその最大の誇りをみせてあげられていないという事。

ーーけど、彼はこれが何を表しているのかなんて分からないんでしょうね。たまに私に言ってくる曖昧な言葉は、冗談ばかり。

「...ディシュアンを私の代理で昇進させたと聞いたわ。彼女は今あなたの部屋で一緒に仕事をしているの?」

「....ああ」

グーハイは窓の外を眺めながら空返事ばかり。

「ちょっと、グーハイ....」そう言いかけて口をつむぐ。

窓の外を眺める彼の視線の先にはあの男...

 

 

バイロインの車は会社の入り口に停められ、車の主は誰かと電話をしているようだった。

グーハイはその電話の相手が自分であるようにと願ったが、残念ながら彼の胸ポケットに入っているそれは静かなままだった。

しばらくして、ディシュアンが会社から出てきた。

「珍しいですね!私のお願いで会社まで来てくれるだなんて!」

そう言って、恥ずかしそうにコートの襟で顔を少し隠し、上目遣いで照れ笑う

「たまたま時間が取れてな。俺の仲間が入院しているんだが、もうそろそろで退院だって聞いてな。その見舞いのついでに寄ったんだ」

「そうだったんですね!....ねぇ、どこかで食事でもしませんか?」

あー。バイロインは少しバツが悪そうに頭を搔く。

「ごめんな。まだ仕事があってこの後また部隊に戻らないといけないんだ」

「そう...ですか。....ねぇ、寒くないですか?」

そう言いながら、手を擦り合わせてバイロインを見る。

「...少し向こうの喫茶店でお話だけでもしませんか?」

ディシュアンは内心笑っていた。なぜなら、その喫茶店に社長が入っていったのを知っていたからである。

「わかった」

バイロインは彼女の提案に従って二人で会社の向かいにある喫茶店へと歩いていく。

 

二人が席に着くと、隣にはグーハイと前に会った事がある秘書らしき女性が座っていた。

二人はしばらくの間視線を交わしジッとしていたが、バイロインが先に痺れを切らしグーハイに向かって手を振る。グーハイもそれに合わせて微笑で返す。

「....グーハイ。あなたのお兄さんがディシュアンの?」

エンにそう聞かれてグーハイは顎をしゃくり肯定する。

 ディシュアンは突然自分のカバンの中から手袋を取り出し、バイロインに手渡す。

「バイロインさん!これ、私が編んだんです!最近忙しい中、暇を見つけてはちまちまと編んだんですよ。こんなに一生懸命に編んだんです、絶対使ってくださいね!」

そうやって誰かに聞かせるかのように、わざと大きな声を出して会話をする。

「丁度良かった、俺が使ってる手袋もそろそろ九年目になるところだったんだ。流石に変えないとまずいよな」

「え!?手袋を九年もですか?」

 どんだけ貧乏なんですか〜と笑う彼女を他所目に、誰かはビクッと反応する。

「とりあえず、早くつけてみてくださいよ!似合うといいんですけど...」

彼女に急かされながらバイロインは手袋を手にはめていく。

ーー隣からは凄まじい視線を感じるが今は無視しておこう。

手袋は少しバイロインの手からしたら小さく、ぶ厚かったため片手をはめた時にはもう片方の手をはめるのに苦戦する。

やっとの事で両手に着けると、それを見てディシュアンは嬉しそうに笑う

「少し、小さすぎましたかね?」

「いや、大丈夫さ。いずれ手に馴染んでくるよ」

「ずっと使っててくださいよ!」

ディシュアンはわざと大きな声で話し続ける。....バイロインは何も答えない。

「....もー。」

黙ったままのバイロインの隣に移動して小声で話しかける。

「...社長の前でちゃんと返事してくださいよ!」

「ん?どうしてだ?」

突然そう言ってきた彼女を不思議に思う。

「彼に諦めてもらいたいからですよ」

ーーどう言う事だ?

グーハイをチラリと見ると、その瞳は冷酷な双眸をしていた。

「...何かされたのか?」

「最近、私に迫ってくるんです!」

ーーは? グーハイが? ディシュアンに?そんな事があるのか?

頭が混乱し、一生懸命に整理しているバイロインを見てグーハイは冷笑する。

「お前の彼女、なんか色々と妄想してるんじゃないのか?」

 「誰がですか!!」

ディシュアンは唇を尖らせる。

「社長は下心があって私に接してくるんです!私がもうやめてくださいってずっと言ってるのにです!ただあなたの部下として一緒に仕事をしていただけで、別にあなたのことをなんとも思っていないんですからね!会社の社員たちだって私たちのことをお似合いだなんて思ってないですよ!」

一気に理解したバイロインは、勢いよくグーハイの顔をみる。

その様子を見ながら、エンは微笑ましく笑う。

「なんだかディシュアンが羨ましいわ」

「なんで羨ましがるんだよ。」

そう言うグーハイは厳しい顔付きをしている。

「...だって、彼女はなんの躊躇いもなく愛を叫んでいるじゃない。」

「...彼女を羨ましがる必要なんてないだろ、お前はあいつよりも幸せなんだからな!あいつはただの物をプレゼントするだけだろ?だったら俺はそれ以上の物をお前に送るさ。」

そう言ってグーハイは懐から一つの指輪を取り出す

「これは俺が八年間も大切な人に渡すために取っておいた指輪だ。これをお前にやるよ」

エンは驚愕してグーハイを見つめる。

そしてそのまま、エンの指にその指輪が嵌め込まれていく。

 

バイロインの心の中に戦闘機があったとしよう。その戦闘機は少し前に発進し、急上昇していた。グーハイが指輪をエンに渡した瞬間、その機体は垂直方向に進路を変えて、もの凄い速さで地面へと激突してしまった。機体は爆破する。一片の破片も残らずに、粉々に、現状を理解できないほどに...。

 

「どうだ?もうあいつらを羨ましがらなくても良くなっただろう?」 

 

 

部隊に戻った後、仕事を続ける気にはなれず各中隊の就寝前点呼を行うことにした。

今年入隊したばかりの新兵の多くは学歴のある者ばかりで、散々家で甘やかされて育っているのだろう。

軍では体罰を用いたペナルティは禁止され、上官からすると以前より統率をとる事が難しくなったと感じることが多かった。

新兵たちの素質は悪くはないが、未だに軍の環境に適応する事が出来ず、バイロインを困らせる者が多くいた。

 遠くないところに黒い影が二つ見える。こちらの足音を聞いて、逃げていく様子だった。バイロインは急いで後を追い、一人の腕を掴んで警告する。

「所属と名前を言え!!」

二人はバイロインの気迫に恐れ慄き、両足をガタガタ震わながら所属と名を告げる。

「ここで何をしていたんだ?」

今にも殺されそうな雰囲気だったため、二人は急いでポケットから隠れていた原因の物を差し出す。

「........すみません。タバコです。」

バイロインは二人の態度を観察する。

人は怒られた時、素直に謝ることよりも罪から逃れるための言い訳を先に考えてしまいがちになる。

実はこの二人が何をしていたかなんて最初から分かっていた事なのだが、二人の本当の態度を見るためには、このような事をしなければならないのだ。

「お前らは隠れてタバコを吸っていたのか?」

質問を続ける。

「い、いえ。これはもらった物で吸った事はありません!ただ、貰ってからずっとポケットに入れていただけで....」

バイロインは黙ったまま、二人が使用したであろう使用済みの灰皿を手に取り、自分が持っていた水を灰皿の中に流し込み中のモノと混ぜる。

「飲み干せ。」

突然の一言に一人が抗議する「こ、これは体罰に値しますよ!」

「言いたければ、誰にだってこの事を言えばいい」バイロインの声は本気だった。

「た、隊長!本当に自分たちは吸っていないんです!部屋の中が暑かったので外に出て二人で涼んでいただけなんです!だから、そのような事をやらないでください。それを見ていると何だか吐き気がしてきます.....」

「これを飲むか。除隊されるか。好きな方を選べ」

これを機に二人はタバコを完全に辞めたという。

 

 

バイロインは遅くまで仕事をしていた。携帯を見るとすでに日付を跨いでいる。

こんなに眠気がこないのは久しぶりだった。

流石にもう寝ようとベットに横になるがなかなか眠りにつけない。体は悲鳴をあげる程睡眠を求めているのだが、心が睡眠を求めていない。

 

突然、電話が鳴る。

 

条件反射で携帯を手に取る。緊急の任務かと思い着信相手を確認すると、あいつの名前が。

無視しようかと思ったが、結局通話を繋げる。

 

『バイロイン....お前はこの八年間、俺のことを想った事はあったか?』

 

突然の言葉にすぐに返事が出てこない。いつもの態度で文句を言ってやろうかとも考えたが、今夜はそう言った事が出来ない気がした。

ーー偽りの言葉を紡ぐには、あまりにも静かな夜すぎる。

 

「.............。..........ずっと......考えてた............。」

 

長い長い沈黙の後、グーハイの方から会話を切り出す。

『八年前の今日、カンザシ飴でお前と喧嘩した事を今更ながら後悔している。それが最後の言葉になると分かっていたなら、お前にあんな事絶対言わなかったのに』

 

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おそらく読者の皆さんはドラマを視聴してからこのブログに辿り着いている方が多いかと思うのでご存知だと思いますが、 手袋のシーン。あれ、ドラマでグーハイとバイロインが二人で交換したプレゼントだったんですよね!ああ〜〜、あんな安物を長い事使うとかなんて一途なんだ!!って思いますよね!!?

さてさて、話は変わってまずい事が発生しました。またしても第一部の事故付近の事情を知っていないと書けない部分がきましたね。ラストの部分、おそらく何かあったんだと思いますが第一部を知らない状態での原文翻訳だけだと本当に謎解きでした....。

 重要なシーンだけにモヤモヤしますが、とりあえずこのままで進めたいと思います

 

:naruse

 

202004追記:加筆。ラストのシーンはやはり、事故の場面を詳しく知ってから再度修正入れ

                        ます。