第13章:争いは激化する
グーハイは会社から出て駐車場へ向かおうとした時、偶然バイロインがいつも乗っている車を見つけ、自分の会社のもとに来ていたことを知る
「なんで.....」
グーハイは愛する人の突然の来訪にテンションが上がってしてしまう。
にやけそうになる顔を必死に抑えて、いつも通りの社長らしい顔つきでバイロインの元へと歩いていく。
その後のシーンはご存知のように、会社の入り口で起こった出来事へと戻る。
それ様子を目撃したグーハイは顔が引き攣るのを抑える事が出来ないでいた。
ーー俺の会社の目の前で、許可無しに男性との恋愛が禁止されているこの会社の目の前で、周りの視線をも気にせず、規則も守らずウチの社員が男と楽しそうにしているじゃないか。いや、百歩譲って会社の前で男と談笑するのは許そう。けど、相手が良くないな。
その相手の男がバイロインだったからだ。
「あの女。最近社内で噂になっていたやつだな...」
グーハイが近づいて来たのを見て、二人は話すのを辞めた。
ディシュアンはグーハイの姿を見るや否や慌てふためくどころか、興奮した顔でグーハイに向かって話しかける。
「あ!社長!丁度良かったです!彼が最近噂になっていた私の彼氏です!紹介しなくても分かりますよね?彼はうちの会社が最近協力しているプロジェクトの責任者ですもの!彼と恋愛するのは社の規則違反ではないですよね?」
グーハイの視線はごちゃごちゃ話してくる女などには目も向けず、終始バイロインの顔に向けられている。
その眼力は、雰囲気だけでこのオフィスを更地にさせてしまうほどの気迫がこもっていた。
「この女が言っているのことは本当か?」
バイロインは何も言えず、ただ立ち尽くすことしか出来ない。
「おい、なんとか言えよ」
「社長!私の彼氏が何か不適切なことでも言ったの....」
ディシュアンの言葉を遮るかのようにグーハイはバイロインの目の前まで迫る。
二人の顔は今にもくっつきそうな程近くで対面する。
グーハイの美しすぎる程のその顔は、普通の女性なら泣き出してしまう程の狂気性を帯びていた。
喉から絞り出した低く威圧のある声はバイロインの耳元で囁かれる
「お前は....俺に...殺されたいのか?」
「お、おい...」
凄むグーハイを引き離し、ぎこちない笑みを浮かべる。
「これはお前の為でもあるんだぞ。これでお前は俺の弟である事を恥じなくてもよくなるじゃないか!...これでいいんだ。俺はもう独身ではなくなった。お前も俺を心配する必要もなくなったし、より経営に専念できるじゃないか!いや、それにしてもお前の会社はいいな。社長以外みんな女性で、選び放題じゃないか...」
そう言って、バイロインはディシュアンの腕を取り自分の元へ引き寄せる。
「今後、彼女はお前の兄嫁になるんだ。会社ではよくしてやってくれよ!」
そう紹介されて、ディシュアンは気恥ずかしそうに「社長、すみません」とだけ呟く
グーハイは我慢が出来なくなり、二人の繋がれた手を解いてーー正確には無理矢理に引き剝がした。
力強く引き剥がされたため、か弱い女性の腕には辛く、ディシュアンは少し痛そうな顔をする。
それを見たバイロインは、咄嗟に顔色を変えてグーハイに怒鳴る。
「グーハイ!!お前は、自分の言った言葉に少しは責任も持ったらどうだ!!?」
グーハイはそんな事で怯まず、逆にはっきりとした口調で言い返す。
「何の責任かは知らねぇけどな、心の痛みなら俺でも知ってるぜ!」
バイロインは苦笑する
「心の痛み?そんな言葉、俺たち二人の間で使うものか?グーハイ、どうかしたのか?今すぐ周りを振り返ってみろよ。この場所がどこか分かっているのか?お前はもう身分のある人間なんだ。誰かの夫であり、誰かの親なんだ。お前と俺との間で...こんな事で喧嘩するのはもうやめにしないか?」
グーハイの怒りは収まらない。むしろ激昂して、バイロインの事を突き飛ばす。
「バイロイン!お前の母親はクソ野郎だな!畜生以下のクソ野郎だ!!」
バイロインは身体に力を入れてグーハイを押し返して怒鳴り散らす
「なら、俺だって畜生以下のクソ野郎だな!そんな調子で俺のことも八年間憎んでいたんだろ!?ああ、ならいいさ。これからもずっとそう思ってろ!」
二人のボルテージは段々と上がっていき、歯止めが効かなくなったお互いはまた前回のように争い始めた。
しかし、今回は前回と違い争いの渦中にディシュアンもいた。
二人を止めようとするが、一方は彼氏で、一方は片思いをしていた上司。仲裁の立場を貫かず、彼女は前者を選び、グーハイの前に立ち塞がる。
しかし、彼女は女性で余りにも非力すぎた。グーハイの力のこもった引っ張りで、二メートルほど飛ばされてしまったのだ。
突き飛ばされた彼女の泣き声を聞き、バイロインはグーハイとの喧嘩を辞め彼女の元へと駆け寄っていく。
「大丈夫か!?」
「...は、はい」
女性にも暴力を振るったグーハイをにらみながら、彼女を自分の車まで連れていき助手席に乗せ、そのまま二人を乗せた車は出発していった。
心にできた傷は車輪の軌跡とともに轢かれていった。
翌日、ディシュアンは会社に着くなり真っ先に社長のいる執務室へと向う。
道中ですれ違う全ての同僚、先輩から腫れ物を見るような視線を感じる。
「社長....」
グーハイは顔を上げてディシュアンを見る。その顔つきはいつもと変わらなかった。
「何か用でもあるのか?」
ディシュアンを意を決して、辞職届を差し出す
「社長!この二年間の本当にありがとうございました。この会社では多くのことを学ばさせていただきました!けど、すみません。私のこの思いは会社の規則で諦めることが出来ないみたいです。分かってくださると嬉しいです...」
「ん?誰がお前に辞めろなんて言ったんだ?」
グーハイは不思議そうに見つめる。
「え?」
ディシュアンは呆気にとられる。
「昨日の事....私のことを責めないのですか?」
「お前は俺の兄嫁なんだぞ。なぜお前を責めないといけないんだ?」
グーハイはいつになく穏やかな口調で話しかける
「あれはあれ、これはこれだ。感情と仕事を混同するほど俺はバカじゃないさ。お前はこの二年間の業績がいいんだ、辞めさせる理由なんてなおさら無いだろ?そうだ、副社長がちょっと家庭の事情で戻ってこれないことになったんだ。その間の代わりはお前に委せよう。早速、彼女の仕事を引き継いでくれ」
ディシュアンはグーハイという男の気概と寛大さに深く感銘を受ける。
ーーさすがは私が片思いしていた神のような男ね。
「もう用事はないんだよな?なら、荷物を運ぶのを手伝ってくれ」
すっかり元どおりになったディシュアンはいつもの彼女らしく愛嬌たっぷりに質問する。
「荷物...社長はお引越しでもされるんですか?」
「副社長の事務室にある荷物を片付けないといけないからな。もしあいつが早めに帰ってきた時、散らかっていたら怒られるだろ?必要なものは全部俺の執務室に運んでおいてくれ。この部屋は無駄に広いからな、そうだ!お前用にもう一つデスクを買って置かないとな!そしたらそこで仕事ができる」
先ほどから驚きの連続で開いた口が塞がらない。
「私専用の....です、か?」
ーーもしかしたら、今の私ってこの会社全員から嫌われる状況じゃないかしら?
「なんだ?気に入らなかったのか?」
グーハイは我儘だなと笑ってくれる。
「気に入らないなら、そっちの仮眠室もお前用にしてもいいぞ?」
「い、いえいえ!....もう十分ですので!」
ディシュアンは執務室から出ると、じわじわと自分の今の状況を実感し始めた。
ーー私にも運気が訪れてきてるわよね!?
バイロインという誰もが羨む男性と付き合い始め、さらには通常なら出来ないであろう飛び級昇進まで得てしまった。
ーー何だか、私が自分に嫉妬しちゃうわね!
この出来事はすぐ会社中に広がった。一番大きな反応をしたのはもちろんトウだ。
「あの小娘!あんなにいい男と一緒になっちゃって!バチが当たるのも仕方ないわ!なに?社長に解雇通告でもされたのかしら?」
そう愚痴をこぼすトウの期待は事実通告とともに儚く散ることとなる。
「はぁああああ!!?」
翌日、彼女は全社員から羨望の眼差しの中、社長の執務室へと入って行く。
今までの彼女に降りかかっていた噂や嫉妬は段々と表立ってはなくなり、順風満帆、人生最高な日々を送れていたと思う。
そのように手配したのだから、この数日間でグーハイは彼女にメンツの回復をしっかり行えたと言えるだろう。
彼女のデスクを自分の執務室に配置もしたし、二人で一緒に仕事もした。更には、会議や外出の際には、ほぼ全てに彼女を同行させていた。
極め付けは一緒にご飯を食べて、休憩時間も彼女と一緒に過ごした。
二人は朝一緒に出勤し、夜は一緒にグーハイの運転で送り届ける。
そんな日々を送っていたものだから、表立って文句を言う者は居なくなれど、陰口は加速的だった。
「えぇ〜。何であんな女なんかがいい思いしているのかしら?」
「聞いたぁ?あの女、最近ずっと社長と仲良くしているけど、前見たあのイケメンとまだ付き合っているらしいよ」
「本当ぉ?」「二股ってこと?」「浮気〜?」
「ああいう女が私イッチバン嫌いなのよね!」
「本当に最低だわ」
今日もまた、多くの羨望と嫉妬の視線を浴びながら執務室へと入って行く。
しかし、二週間近く経った頃からだろうか、疲労が激しく襲いかかってくる。
虚栄心などは、最初の二日間で満たされていた。
その後はただ苦しいだけ。
みんなから受ける嫉妬なんてものはストレスの一部に過ぎず、一番つらいのは超負荷の仕事からくるストレスと、いつまでも監視されている生活の日々だった。
社長から重要な役職に任命されたからというもの彼女は少しも怠ける勇気なんてなく、毎日目の下に隈を作りながら仕事に追われる日々。
任される仕事の量が増えるたびに、忙しさはエスカレートしていき家に帰る頃には今すぐにでも眠れるほど疲れ切っていた。
彼氏であるバイロインに連絡したくても、睡魔が優っていつも出来ずにいる。
ある日、とうとう我慢が出来なくなりグーハイがトイレに行っている隙にこの状況をどうにかしてほしいとバイロインにSOSのメッセージを送った。
その日の夜、電話はグーハイにかかってきた。
『兄嫁に一日休みをあげたらどうだ?』
グーハイは淡々と答える
「俺はあの日のお前の言葉に感銘を受けたんだよ。自分の言葉に責任を持て、だったか?あとは、兄嫁を宜しく頼むもだったかな。だから、俺も感情的に動くのを辞めたんだ。仕事とプライベートを混同してはいけないってな。お前の彼女だからって理由で上役に取り立てて会社での立場を良くしたけど、それ以上は休みを与えるなんて公私混同したお前の頼みを聞く事は出来ないよなぁ!」
そう言って通話終了を押す。
バイロインは自分の唇を血が流れるほど強く噛み、途絶えた携帯を睨みつけ、グーハイは自分を落ち着かせるために浴室に行き、頭を冷やしていた。
翌朝、ディシュアンは最近の貧相な顔つきが嘘だったかのようなきらきらと明るい顔で執務室に入ってきた。
その顔には“幸”の文字が張り付いていた。
グーハイが顔を上げると、彼女の首には新しいネックレスが。
ネックレスのデザインとスタイルを見るだけで、誰からもらったのか分かってしまう。この長い間、バイロインの好みは変わっていないようだった。
グーハイが自分を見ていることに気づいたディシュアンは、自分の首元とグーハイを交互に見つめながら頬を赤らめる。
「...社長のお兄さんからもらったんですよ」
「いつ会う時間なんてあったんだ?」
「彼とは会ってないですよ!...ただ、昨日私の気分が悪いと聞いて、人を派遣して夜遅くにネックレスを届けてくれたんです!まさか、軍人もロマンスがわかるとは…」
ディシュアンは話しながらも顔が紅くなっていく。
その幸せは言葉に溢れて防ぎようがない。
「そうか。ああ、そういえばそろそろ年末だし、ここ数日は更に忙しくなっているんだ。俺はもう会社に二泊もした。...もうそんなの我慢できないんだ。だからお前も今日から会社に泊まって俺の仕事を手分けして手伝ってくれ。いいだろ?」
その言葉を聞いた瞬間、幸せそうにしていた彼女の顔は突然正気に戻る。
「よろしいですか、社長。私は確かに前まであなたに対して好意を抱いていました。ですが、それはもう過去のことなんです。今の私は、彼しか愛していません。こういう言葉を聞いた事はないですか?“兄嫁は馬鹿にならない”...何を伝えたいかわかりますか?....社長が私に対して好意を持っていてくださるのはわかっています。ですが、すみません。もう私の心の中にはバイロインさんしかいないんです。いい加減、こういうことを私にしてこないでください!」
「......。」
グーハイは黙って聞くことしか出来なかった。
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あっはーーーー。
この女ぁぁああああああ!!!
:naruse
202004追記:加筆修正。ディシュアン、今見たらシーフイ属性感じますね(笑)