第28章:犬の飯
激しい夜が明け、朝早くからグーハイは出社する必要があった。
お昼に一度家に帰ってきた時、バイロインはまだ寝ていたので朝 出発する前に作った食事を仕方なく捨てる。
今度は昼ご飯を作ったのだが、あまりにも気持ちよく寝ているバイロインを起こすことができず、代わりに暫く添い寝する事にした。
お昼からの始業時間が迫ってきたので、バイロインにメモを書き遺し職場へと戻っていった。
失踪事件から一度もグーハイと会っていないグーヤンは、香港に旅立つ前にもう一度会いたいと思っていたが、それは出発当日の今日まで叶うことはなかった。
グーハイの会社へと出向いた時には、バイロインの為に家に戻っており。グーハイの家に着いた時には会社へと戻っていたため、二人が出会う事がなかったのだ。
グーヤンは『俺だ。最後にお前と会いたいと思ってな。もし良ければ会って話したいが....忙しければ別に結構だ。』と留守電を入れる。
グーハイの家の前まで来たはいいが、本人はここには居ないようだし鍵もかかっている。
合鍵を持っているので入ろうと思えば入れるのだが、昔から人を入れたがらない性格のため無断で入った事はないし、入ろうとも思わなかった。
踵を返して車に戻ろうとした時、誰も居ない家の中から物音が聞こえた。
グーハイの居ないこの家に誰かがいる気配を感じて、合鍵を使い音の原因を探りにお邪魔する。
部屋には濃い料理の香りが充満している。
キッチンには作って間もないであろう料理が並べられていた。
そのテーブルに貼られたメモを見つける。「昼飯を置いておくな。レンジで温め直して食べろよ!会社に戻るが、何かあれば俺の元までくるように。」グーハイの文字だった。
「誰かいるな...?」
ーー最近披露宴をぶち壊したアイツに、早くも第二の春が来たのか?
寝室を確認しに向かい、静かにドアノブを回す。
中を覗いてみると、蚕のようにブランケットで丸まった人がベッドの上で寝ていた。入り口からでは、顔が隠れていて誰なのか分からない。
部屋の中は独特の匂いで充満していた。この匂いが何なのか、昨夜何が行われていたのか、男ならすぐに察しがつく。
部屋の中を移動してベッドの上で寝ている人物の顔を拝みに移動する。
グーハイのベッドの上で寝ていたのは、女ではなく昔からよく知る男だった。
その顔を見た瞬間に不快感が全身を襲う。
その不快感は八年前のものとは違い、言葉では上手く説明出来ないが、何か見てはいけないようなそんなものだった。
バイロインは寝ぼけていたが、先ほどグーハイが自分の隣で添い寝をしていたのは気づいていた。ただ眠くて目を開けなかっただけである。
ーーまだ行ってなかったのか?
グーヤンはバイロインの隣に座ると、無言でタバコを一本吸い出す。
グーハイに意地悪をしてやろうと静かに伸ばした足で隣に座る男の手を、自分の足の指で挟んでつねる。反射的にその足を掴もうとすると、素早く引き戻っていった。
ーー前までのこいつならこんな事しなかったはずだよな。
グーヤンは自分のことを義弟だと勘違いして悪戯してきたであろうバイロインを見つめる。その足には鬱血した跡があった。
なぜか自然に口角が上がると、事件の後のヘリの中でタバコの火を借りる時のあのゾクッとさせる瞳を思い出した。
ーーこいつは八年経ってもしぶといな...。
グーヤンは台所に入り、グーハイが用意した昼食を全部食べた。そして口を拭き、何事もなかったかのように家を後にする。
扉が閉まる音を聞き、目を開ける。
「あれ?行ったのか?俺に何も言わずに...?」
体を起こして時計を見ると、もう2時を過ぎていた。
ーー片付けて実家に帰らないと。
二日後には部隊に戻るため、少しでも長いこと親に顔を見せていないとまた文句を言われてしまうだろう。
洗面を済ませていい香りが残る台所へとお腹をすかせて歩いていく。
さっきまでグーハイが一人で食事をしているのだろうと思っていたが、自分のために何も残してくれてはいなかった。
「はぁ?! ただ手を抓っただけだろ?何でそんなに怒ってるんだよ」
実家に帰る途中渋滞に巻き込まれたので、しょうがなく遠回りしていくことにした。
迂回している途中、幼馴染のヤンモンがパトカーを走らせて巡回しているのが目に入る。
バイロインはその警察車両に向かってクラクションを鳴らす。その音に驚いたヤンモンだが、警察に向かって何をするんだと威厳ある目つきで後続車を睨みつける。
後ろについていた車両ナンバーを確認すると“軍用”の文字が。
まさかと思い運転者を確認すると、案の定そこにはバイロインが乗車していた。
一気に笑顔に変わると、急いで路駐する。
後ろの車も並べて停まると、運転席から降りてきた車の主がヤンモンの窓を叩く。
「こんな時間からパトロールか?」
「インズ!こんな所で会えるなんて!....あー、いや。実はパトロールじゃなくて、俺の携帯を探しているんだ」
「自分の携帯をなくすなんて、警察として大丈夫なのかよ」
あまりに間抜けな話に思わず笑ってしまう。
「ちょっと!」ヤンモンは苦い顔をする「笑い事じゃないでしょ」
ンンッと喉を鳴らして表情を整えると、真剣な顔つきに変える。
「何で失くしたんだ?」
「聞いてくれよー」唇を可愛らしく尖らしてハンドルにもたれ掛かる「ついさっき泥棒を捕まえようとしてたんだ。一人がバッグを盗まれた!なんて叫んでいたから助けようと思ったのにさ」
「ああ」
「そしたら、それが罠だったんだよ!きっと両方ともグルでさ、俺が追いかける最中にこの車から携帯を盗んだんだよ!....今頃はアイツらの手元に俺の携帯があるんだ!」
「それは災難だったな」
「そうだ!インズは何でここにいるの?」
「ああ、親父に会いに行こうと思ってな!でも、渋滞してたからここまで迂回してきたんだ」
その話を聞いて、そうか!とハンドルを叩く
「インズ!俺行かなきゃ!もしかしたら盗んだやつらはこの先で渋滞に巻き込まれているかも!....あと、ここは駐禁だから早めに移動してね!見つかったら罰せられちゃうよ」
いつ見ても面白く、忙しい警官に笑いが込み上げる。
「ああ!分かったから、早く行けって」
「暇があったらまた話そうね!!」
そう言い残して車を発進させる。
バイロインは携帯ショップに移動すると、新発売の携帯を購入して「これ、恐らくここの警察官の落し物だと思います」と交番に直接届けた。
そんなことをしながら両親にも会いに行き、グーハイの元まで戻るときにはすっかり暗くなっていた。
バイロインの事を待っていたのか、グーハイは玄関の外で椅子に座っていた。
「ご飯は?」
「とっくに作ってある。保温してあるからいつでも食べられるぞ」
昼間のことを思い出して、皮肉を込める。
「今度はちゃんと残してくれるのか?」
「何を残すんだ?お前を待ってたんだ、俺もまだ食べてない。」
しらばっくれるつもりか、と目を細めるがグーハイは本当に分かっていないような顔をしていた。
グーハイが料理を運んでくると、バイロインは勢いよくがっつく。
本当はお昼に家でおばさんのご飯を食べようと思っていたのだが、材料がなくて残念ながら何も食べる事は出来なかった。
外食も考えたのだが、グーハイの料理を思い出すとどれも不味く感じてそれも断念したのだった。
「今日はどこに行ってたんだ?俺が昼に作ったご飯も綺麗に食べてたのに、そんなにお腹空かせる事でもしてたのか?」
「何言ってんだよ。今日は何も食べてないんだぞ!」
「じゃあ、俺が作り置きしていた食べ物は犬にでも食べさせたのか?」
バイロインはそれを聞いて少し頭にきた。
「ああ!そうかもな!」
不貞腐れながらご飯を食べていると、ふとあることが気になってグーハイの左手を確認する。何の傷跡がなかったので、もう片方も確認したがそこにも何もない。
ーーおかしいな。相当強く抓ったはずなのに...
自分の手を確認するバイロインを不思議に思いながら、自分も気になる事を尋ねる。
「俺が書いたメモを見なかったのか?」
「メモ?何のメモだ?」
そんなのあったかと思い出しながら台所を探していると、レンジの近くにグーハイの字で書かれたメモ書きを見つける。
「は?こんなの....見てないし」
自分の留守電にあの男から着信があったのを思い出し、グーハイはベランダに出、グーヤンに電話をかける。
ワンコールで繋がると、挨拶もなしにどすの利いた声で確認する。
「お前、まさかとは思うが。昼に俺の家に来たのか?」
「ああ」グーヤンは淡々と返事をする「ついでにお前が作って置いていた料理もいただいたな」
クソッと、顔を暗くする。
「....寝室は?」
「あ、これから飛行機に搭乗しなくちゃいけないんだ。悪い、それじゃあな」
そういって通話を切られた携帯を見て、舌打ちをする。
先ほどまで温かい雰囲気で食事をしていたのに、今ではお互い冷たいものを感じる。
「俺とアイツを見間違えるか?普通!」グーハイの目は鋭い「これが双子ならまだしも、俺らは異母兄弟だぞ?そんなにお前の目には一緒に見えるのかよ?」
グーハイが声を荒げる中、黙ってご飯を食べていたバイロインが静かに口を開く。
「俺は寝てたんだ。お前が出ていったなんて分からなかったし、目も開けなかったからアイツだったなんて知らなかったさ」
「言い訳はそれだけか?...たとえお前が女装をして人混みの中に紛れたとしても、俺はお前のことを見つけられる自信があるぞ?!」
予想していなかったグーハイのマウント取りに、思わず喉を詰まらせる。
「なら、寝ている俺を守れるほどのセキュリティがないこの家が悪いんじゃないのか?」
バイロインの反論に言葉を返せない。
もういい、と言って立ち上がるバイロインの手を引いて席に座らせる。
「ちゃんと食べろよ」
「いらない」
頑固なその口に、肉まんを突っ込む。
バイロインは吐き出そうとしたが、あまりにも美味しかったので意思に反して全部食べてしまう。
美味しさから、もう一つもうひとつと肉まんに手が伸びてしまう。
グーハイは肉まんを頬張るその口についたソースを拭いながら、優しく語りかける。
「俺は、お前以外のやつに料理なんて作ってやりたくもないから」
「じゃあ...何であの人に合鍵を渡してたんだよ」
「俺も分からない...親父にですら渡してないのに、何でアイツになんか」
グーハイが思い詰めたようにしていたのを見て、バイロインはそうか、と聞こえないほど小さく囁くのだった。
___________________________
最近アクセス数が増えてきまして、その数字を追うだけでも自分のやっていることに意味があるなと感じて嬉しく思います。
目標ではこの一年以内で終わらせたいなと考えておりますので、それまで僕と一緒にこの物語を楽しみましょう!
:naruse