第30章：恐怖の象徴

よく晴れた昼下がり、バイロインは職場で新型戦闘機の整備に精を出していた。

途中で休憩を取ってグーハイの元へ行く暇もなく、初めは高くにあった太陽も今では地平線の彼方へと消えていた。

「ふぅ...研究室に戻ったら進捗を纏めて....後は資料の整理か」

今日は職場に携帯を持っていく事が出来なかった為、自室に置きっ放しだった。 

部屋に一度戻り携帯を開くと、グーハイから八件の不在通知が表示されていた。

時計の針は八時を少し過ぎようとしている。

「あ！もう届けに来てるよな...」

急いで入り口に向かうと、スーツを着た女性がそこで待っていた。

自分よりも背の低い彼女の肩を叩くと、耳を真っ赤にしてこちらを振り返る。

「長い間待たせましたよね？」

遠慮がちに尋ねた相手は、グーハイが臨時に雇ったコウジュンという若い女の人だった。

グーハイがバイロインに弁当を直接届ける余裕がない時は、彼女が代わりにバイロインの元まで届けることになっている。

「いえ！ 少し前に着いたので大丈夫ですよ！今日は残業で少し遅れたので、逆にお待たせしていないか心配でした」

手に持っていたボックスの中から、保温の弁当箱を取り出してバイロインへ渡す。

「こんな面倒な事、本当にすみません...」

感謝の色を見せるバイロインに笑顔で応える

「面倒じゃないですよ！ これが私の仕事ですから。」

「こんなところで立ち話も何ですから、俺の部屋で...どうですか？」

「あ！大丈夫です！」コウジュンは手を振る「私も家に帰ってご飯を食べないといけないので！」

バイロインはポケットから財布を取り出して、いくらか抜き出すとコウジュンの手にそれを手渡す。

「毎回、申し訳ないので」

「そ、そんな！やめてくださいよ！」

「いいから！」

バイロインは強引にお金を詰め込んで「では」と挨拶をして宿舎の中へと消えて行く。

「....全く。本当にお優しいのですから...」

有り難くそれを受け取って、コウジュンも車に乗り込み出発して行った。

バイロインは弁当箱を持って研究室に入る。

ドアを開けると、中では数名が集まってお喋りをしていた。

バイロインは静かに自分の席に戻り、食事をしながら資料を調べる。

この弁当を食べる時が、バイロインの一日の中で一番リラックスできる時間だった。

毎回ふたを開ける時は子供みたいにワクワクしてしまう。何故ならこの二週間、一度たりとも弁当の中身が被ったことがないからだ。

昔は食べることが出来なかったーーグーハイが作れなかっただけだがーー料理が沢山詰め込まれていて、飽きる事がない。

グーハイが作ってくれた弁当を食べながら仕事をする時間は、もはや業務というより娯楽に近かった。

バイロインの隣に座るのはエンジニアのガンウェイ（名前間違えているかも）。ここ数週間、隣でずっとバイロインの弁当を観察していたのだが、毎日とても美味しそうな香りが漂ってきて大変だった。

「ンンッ！.....シャオバイ？」

ついに我慢が出来なくなって声をかけてしまう。

「何だよ？」

「そのデリバリーはどこで頼んでるんだ？めっちゃ美味しそうじゃん！」

バイロインは口もとを上げて、得意そうに言う。

「これは中国全土で俺だけの物だからな。...絶対にお前じゃ買えないさ」

ガンウェイは初めてバイロインの生き生きとした表情を見た。

いつもは無愛想で厳格な男なのに、この弁当を食べている時だけは話しかけても気さくに応えてくれる。

「一口くれよ！」

無言のままガンウェイに背を向けて意思表示する。

「ちぇっ...お前もケチだなぁ。何も全部くれって言ってないじゃん！一口だけなのにさぁ」

「嫌だ。」

即答で断る同僚に思わず笑ってしまう。

「そうだ。ならお金をお前に渡しておくからさ、明日！俺の分も注文しておいてくれよ！」

「...中国全土で俺だけの物って言っただろ？俺だけしか買えないんだ」

「ははーん....まさか、これは嫁さんが作ってくれた物とか言うオチじゃあ、ないよなぁ？」

この手の話になると、研究室中に居る人みんなが興味を持って一斉に集まってくる。

「おいおい！まじかよ！？」

「この朴念仁に女とか、どんな仙女だよ！」

「いや、この弁当への執着心を見るにまずは胃袋から捕まえなきゃ駄目とみたな！」

「お前ら.....煩いぞ！！」

夜遅くから賑わいをみせる研究室だった。

人事異動により、上官に新しく転任してきた人がいた。

そのお方の方針により隊の規律がより一層厳しくなり、バイロインが研究室での仕事を終えた夜の十時を過ぎから、中庭をぶらぶらと歩いては違反者がしないか見廻る必要があった。

あまり気が乗らない仕事だが、規律を正す必要があり厳しく取り締まらないといけない。

 何故かグーハイには全く効かないが、他の兵士にとってバイロインは恐怖の象徴であった。

その兵士たちは寝る前に楽しそうに雑談していたが、バイロインの姿を見るや否や急に大人しくなる。

何故なら、大体の新兵は彼によってキツく締め上げられたからだった。

隊舎を隅々まで巡視する。頼りになるのは手元にもつ一つのサーチライト。

「……うん、…ないで深すぎ...る」

「は？……まだ最後まで挿れてないだろ。」

「けど……太過ぎるし……やめてよ」

「ん？…本当にやめてほしいのか？それとも....続けてほしい？」

茂みからそんな声が聞こえてきた瞬間、咄嗟に灯りを消してしまう。

あたりが真っ暗になると、二人の声がいっそうはっきりしてきた。

そこから聞こえてくるのは二人の男の声で、荒い息遣いもする。

ーーまさか...！？ ここで？ 大胆過ぎないか！！？

軍隊の規律によって外で発見されることはもちろん、寮で発見された場合も厳重に処分する必要がある。

バイロインが再度灯りをつけると、それに気づいて片方の男が振り返る。

後ろに立っていたのはバイロイン。驚きのあまりに、目を文字通り丸くしてしまう。

「隊長！....その、俺らは...」

二人が完全に見えるところまで歩いていくと、驚くことに二人の服装は一切乱れておらず、言い訳もなしに揃って土下座している所だった。

ーーん？間違えたか？

あたりに人がいないか照らしてみるが、二人だけだった。

「ここで何をしてたんだ？」

その二人に冷たい視線を向ける。

あの二人は目を合わせ、真実を告げることにした。バイロインの前で嘘をつくと言うことは、自分で死に道を探すのと同義だからだ。

「コ、コオロギがいたんです。交尾をしているコオロギが！...そこで、その....二人でそいつらを見ながら、なんと言いますか。ふ、吹き替えをしておりました！！」

“ドシャーーン！！”

バイロインの頭上から雷が勢いよく落ちてくるーーような感覚に陥った。

二人は言い終わると頭を地面に擦り付けながらバイロインからのお叱りを受け待つ。

一切言い訳はせずに、ただ震えて待つ。その震えが寒さからくるものなのか、それとも恐怖からのものなのか彼らは分別出来るほどの冷静さを失っていた。

彼らを見つめること十分間。

ふと、八年前の自分たちを思い出す。

ーーもしかしたら、まだ若かった八年前の俺らならこいつらみたいにグーハイと遊んでいたんじゃないか？

そう考えると、突然この二人のことが可愛く思えてきた。

「もういい。早く戻って寝ろ。」

二人はバイロインに絶対怒られると思っていた。どんな罰が与えられるのかと、十分間ビクビクとしていたのだが、彼の口からは罰ではなく許しが出てきた。

信じられない。バイロインはファシズムとして有名になっていたのだ。どうして今日はこんなに優しいのか？

二人の頭は疑問符で埋め尽くされていた。

「何ボサっとしてるんだ！....なんだ、俺から罰をもらうのを待ってるのか？」

二人はこの話を聞いて慌てふためいて宿舎へと帰っていたった。

バイロインは疲れた体を引きずって部屋へと帰る。

シャワーを浴びると、自分がどんだけ疲れていたのか分かるほど体が重たく感じる。

髪は濡れていたが、あまりに怠かったのでそのままベッドへと横になる。

ドライヤーは机の引き出しの中に入っており、一度横になってしまったバイロインには、もはや取りに起きる力は残ってなかった。

携帯を取ってグーハイに電話をかける。

グーハイもベッドに横になったばかりで、バイロインに電話をしようとしたところだった。

『もしもし』

かかってきた電話の向こうから、物憂げな声が聞こえてくる。

『今日はどうして来なかったんだ？』

「残業が長かったんだ。それに、家に帰ったら出張の準備をしなきゃいけなかった。今回の出張は一週間以上かかるからな。」

『そんなに長くか？！....どこに行くんだ？』

「深圳市（広東省にあるそこそこ大きい市）だ。」

暫く会えなくなることに寂しさを覚える。

『明日は来れるのか？』

「ああ」グーハイの声は優しい「明日の昼に今週の最後の食事を届けるさ。」

『......お前が弁当を作らないでもっと早く会いにきてくれたら、少しだけでも長く会えるのにな....』

「フッ……そんなに会いたいのか？」

『別に来なくてもいいけどな！』

「いーや、絶対行くさ。俺が行かなかったら、お前寂しくて俺のジャージを抱きしめて泣いちゃうだろ？」

 電話の向こうでごちゃごちゃと文句を言うバイロインを想像して、無性に顔が見たくなってしまう。

「インズ、ビデオ通話にしようぜ。顔が見たくなった」

 その言葉にドキッとしてしまう。髪を乾かしていないからだ。

『で、電気をもう消したんだ』

「じゃあつければいいだろ？」

『服も全部脱いだし、ベッドから降りるの億劫なんだよ』

「忘れたのか？俺が新調してやったベッドの頭の方には備え付きの間接照明があるだろ？それをつければいい」

グーハイの声は暖かいが、バイロインは寒さを感じる。

ーーいつから俺はこんなに、グーハイに弱くなったんだ？！俺は軍人だぞ！気を強く持てよ！....でも、これから出張で長い間会えなくなるのに喧嘩でもしたら....それだけは嫌だ！

「どうしたんだよ？何もお前の息子を見たいだなんて言ってないんだぜ？」

すぐ下ネタを言うグーハイに歯ぎしりをして、強引に話題を変える。

『そ、そうだ！今日さ、巡回しているときに面白い奴らがいたんだよ！』

その二人がコオロギの交尾を見ながら自分たちで吹き替えにしたことを説明してやる。

案の定、グーハイはそれに食いつく。

「なんだそれ！いいね....なぁ、どんな感じだったのか再現してくれよ」

『.....自分で考えろ！！』

「再現してくれたら、お前とビデオ通話しなくてもいいぞ？」

結局、グーハイの見事な誘導に逆らえず布団を頭まで被って音を遮断し、彼らがやっていたことを再現する。

あまりに可愛いことをしてくれるバイロインに思わず笑ってしまう。

そんなこんなで会話を続けていたら、突然電話の向こうから警報が聞こえてきた。

「グーハイ、すまん！招集だ！」

そう言うと、急いでベッドがから降りてズボンを履き、本部へと駆けていくのだった。

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更新遅くなりました！30章です！

このブログ、定期更新もしていないですし投稿する時間も決めていないじゃないですか。それって、皆さんからしたら少し分かりづらかったりしますか？

youtubeとかでは、よく一週間に一度とかあるじゃないですか。それ、僕もやったほうがいいんですかね？

それなら、不定期にバラバラと更新を確認するよりか「あ。今日更新されてるかなー」って皆さんが確認しやすいかなと考えているんですけど.....

それはさておき、この章で暫くは翻訳をストップさせたいと思います！

そうは言っても1、２週間くらいなのでそんなに長くはないんですけどね！

それまで、暫くお待ちください！

：naruse