第120章:大変なことになった
土曜の午後、バイロインとシーフイは喫茶店にいた。
シーフイは薄化粧だった。顔立ちがとても綺麗なのでそれでも多くの男の目を引くほどだ。
「元気だったか?」
バイロインが先に口を開いた。
シーフイはスプーンでゆっくりとコーヒーをかき混ぜている。大きな瞳はバイロインを見据えている。
「当ててみて」
「顔色を見たところ、元気そうだな」
シーフイは思わず笑った。
「あなたの目の前にいながら悲しそうな顔ができると思う?電話で私が少し感情的になって泣いたらあなたはすぐ電話を切ってしまった。本当に辛かったわ」
バイロインは言葉に詰まり、返事をしなかった。
二人が沈黙していると、隣のテーブルに二人組の兵士が座った。
「注文はいかがなさいますか?」
「メニュー見せて…ジュースをふたつ持ってきてくれ」
「なあ、どんなジュースがある?」
「お前自分で見ろよ!」
あまりにも騒がしい声に思わずバイロインは横目で様子を見た。二人組の兵士は喫茶店内のいたるところを見回している。そしてバイロインと目が合うとすぐに目をそらして、また大声で話し始めた。
こんな広い喫茶店の中で席は他にも空いているというのに、よりにもよってこいつらはバイロイン達の隣の席に座った。
「どうかしたの?」シーフイは質問する。
バイロインは首を横に振る。
「いや、何でもない」
二人組の兵士は顔を近づけてひそひそと話している。
「言うまでもなく、グ少将のご子息(グーハイ)は目が肥えていらっしゃる。なんて美しい娘さんだ」
「へへ…しかしこの男は運が悪いな」
シーフイはしばらく黙っていた。バイロインの顔に目を止め、長い間見つめていた。
「バイロイン。あなた、とても変わったわ」
バイロインはとても不思議に思いながら
「そうか?自分ではわからないな」
と答えた。
シーフイはかすかに笑うと、浅いえくぼが二つ現れた。
「あなた、カッコよくなったわ」
バイロインの口元はひきつる。
バイロインが返事をする前に隣の兵士達が大声で喚き始めた。
「俺が注文したのは、生搾りのジュースだ。どうしてこんなジュースが来るんだ!」
「お客様、変な言いがかりはやめてください」
「なんだその口の利き方は!軍人である私がわざと従業員に嫌がらせをしているとでもいうのか!もういい、店長を呼んで来い!」
「すみません、お客様。店長は今いないので、新しく作り直してきます」
話が中断され、シーフイが困っていると、
「席を変えるか」とバイロインは言った。
シーフイは笑顔で頷き、バイロインに小声で囁く。
「実は私も同じことを考えていたの」
バイロイン達がほかの席へ移動した直後、その二人組の兵士はまた騒がしくなった。
一人がジュースをこぼしたようで、仕方なくテーブルを変えることになり、二人組の兵士は迷わずバイロインとシーフイの二人の席に真っ直ぐ向かってきた。
さすがにあからさまであり、バイロインはこの兵士たちの目的に気づいた。
「バイロイン、良かったら私の隣に座って。そうしたらうるさいのも少しはマシになると思うの」
シーフイは恐る恐るバイロインに尋ねるが、彼がこの提案を断るのではないかと内心は心配している。
バイロインは二人組の兵士を見てため息をつき、仕方なくシーフイの隣に座った。
”よく知っている息”がバイロインの鼻を突く。シーフイに目をやると彼女はバイロインの手を見ていた。急に気持ちが重くなる。
ーーこの両手は彼女と手をつなぎ、どのくらい一緒に歩いてきたのだろうか。
「バイロイン、もしカレンダーを見ていなければ、私達は別れていなかったし、私は海外にも行かなかった。今頃ここにデートしに来てたはずよ」
バイロインはシーフイの瞳の中にある”確固たる意志”を感じ気持ちが揺れた。
「バイロイン、なんで私が帰国してきたかわかる?」
バイロインは答える。
「俺が原因か?」
「いいえ。もっと正確に言うと、あなたのある一言が理由よ」
バイロインの目はシーフイに向いている。彼はシーフイの目の中に水滴が集まり、それが粒となって綺麗な頬を流れていく様子を近くで見ている。
「あなたは好きな人ができたと電話で言っていた。悔しくて信じられない。私、直接あなたから聞きたかったの。あなたのその好きな人っていうのは誰なの?もしそれにちゃんと答えてくれたら私はすぐこの喫茶店を出て航空券を予約するわ」
バイロインは眉を動かし、答えなかった。どう答えるべきかバイロインにはわからなかった。
「私のこと、騙そうとしていたんでしょ?」
シーフイの瞳からまた涙がこぼれた。柔らかい指でバイロインの腕を握っており、声は震えていた。
「バイロイン、私、もう遠くに行ったりしないから」
バイロインはこの言葉に反応して、首を横に振りシーフイを見て、ぎこちない語気で話し始める。
「君を騙す理由は俺にはない。たとえ君がここに残ったとしても俺たちは付き合えない」
「どうしてなの」
シーフイは自分の気持ちを抑えることができず、バイロインの腕をしがみついて咽び泣いている。
「バイロイン、私のことが嫌いになったの?」
バイロインは我慢できず、シーフイを押して自分から引きはがした。
隣にいる二人組の兵士はその状況を見ていられず、ひそひそと話し始める。
「そいつは君のことが嫌いなんだよ。お兄さんは君のことが好きだよ。お兄さんのところにおいで。可愛がってあげるから」
もう一人の兵士が「お前…なんてこと言うんだ!」と言うと先ほどの兵士は呟いた。
「ふん…どうせあの男は後でひどい目に遭うんだ」
グーハイは軍の部隊の大訓練場に立って、近くの兵士をじっと見ている。
若い将校が歩いてきて真っ直ぐ立ち、グーハイに敬礼した。
グーハイは目で礼を返した。
将校は体の緊張を緩め、笑顔でグーハイに尋ねる。
「お久しぶりです!お元気でしたか?」
「忙しくしてるよ」
将校はまた笑った。
「グ少将は先ほど出かけたばかりです」
グーハイはこの話を無視し、質問する。
「なあ、銃はあるか?」
将校はすぐ大部隊に向かって大声を出す。
「一番良い銃を持ってこい!」
グーハイのところへ銃を持っていくと、近くの射撃訓練場に向かった。そこでは二人の狙撃手が練習をしている。
前方百メートル以内に十数個の動くターゲットがある。グーハイは黙々と弾を薬莢に詰め、一人の狙撃手がすでに練習している場所の後ろにつく。前にいる狙撃手の足に合わせてグーハイも早く移動する。
狙撃手が銃で一発ターゲットに当てた後、グーハイも同じターゲットに向かって射撃をする。
六発の銃弾は殆どすべてが同じ場所に命中していた。しかし残りは全て当たらなかった。
グーハイは眉をしかめる。この結果に対して満足していない様子だった。長いこと銃を触っていなかったため、狙撃の腕前はだいぶ落ちていた。
狙撃手は後ろに立っている私服姿の青年を見て、銃を下に置き、グーハイの肩を叩いて褒める。
「おい青年、すごい腕前だな!前にやったことがあるのか?」
その瞬間、将校の怒鳴り声が響く。
「何をしているんだ!彼を誰と知って肩を叩いているんだ!訓練を続けろ!」
狙撃手の顔色が一気に変わり、頭を下げて謝罪した。そして許可を得てから背を向けて訓練に戻った。
将校は申し訳なさそうにグーハイを見ていた。
「大丈夫だ。気にするな。」
グーハイは素っ気なく答え、また銃を構え狙いを定める。
将校は黙ってその場から立ち去ろうとし、少し歩いていると二人組の兵士が走ってくるのが見えた。
「おい、お前たち!今まで何をやっていたんだ!探していたんだぞ!これは重大な規則違反だからな」
グーハイは銃を置いて、将校に向かって歩いていく。
二人組の兵士はバツが悪そうにうつむいている。
「俺が二人にやってもらいたい事があって外出させたんだ」
将校は先ほどまで厳しい顔をしていたが、一瞬にして元の表情に戻った。
「なるほど、そうでしたか。ハハハ…」
将校が去った後、二人組の兵士が緊張した様子でチラッとグーハイを見た。この時、実際にはグーハイのほうが彼らより、もっと緊張していた。
「で、どうだったんだ?」
二人組の兵士はお互いに顔を合わせて、お前が行け、お前が行けよと小競り合いしている。
すぐに報告しない様子を見て、グーハイは怒鳴る。
「おい!お前が先に話せ!」
グーハイは左側の兵士を指して言った。選ばれた兵士は額の汗を拭い、慎重に報告する。
「彼らは世間話をしていました。特別な話はしていませんでした!」
真面目な右の兵士はチームメイトの話を聞いてすぐに反論した。
「おい、なんで言わないんだよ!あの女性が何のために帰国してきたのか忘れたのか?」
グーハイはそれを聞いた瞬間、前に出て厳しい目つきで右の兵士をじっと見つめる。
「で?なんで帰国したんだ?」
左の兵士が右の兵士の袖を引っ張り、目でしきりに警告する。
ーー本当のことは言うな。もし伝えたら、グー少将のご子息は死ぬほど腹を立ててしまうぞ。事態を複雑にしたいのか?
右の兵士が意図を察知し、口元から笑みを浮かべた。そして報告する。
「男が電話で女性に帰国するよう頼んだのです!」
「そうですそうです!」
左の兵士が続けざまに相槌を打った。
「あの女性は本当は帰国したくなかったのですが、男がどうしても帰ってきてくれとせがんだのです!」
グーハイはそれを聞いて頭がクラクラし、顔色が一瞬にして青ざめた。
左の兵士が右の兵士をつついて、グーハイのほうを見るよう促した。
「あ、あのう…グー大少(グーハイのこと 大少は年下に対する敬称)、実は女性は嫌がっていたのですが、男はしつこくしがみついて女性に残ってほしいとせがんでいました」
「そうです!あの男は恥知らずです。座ったとたんに女性の容姿を褒めて、ずっと見つめていました」
「彼は女性にしがみついて全く離れませんでした」
「もういい、聞きたくない」
グーハイは耐え切れず、報告の途中で中断させた。そしてどんよりと暗い顔をしながらつぶやく。
「もう言うな。分かったから。もう行っていいぞ」
「あの…」
左の兵士が頭をかいて、ニヤニヤしながらグーハイを見ている。
「将校の前で、私達に三等功を立ててくれませんか」(手柄を立てて、軍人の階級を上げること)
「は?何を言っているんだ?お前たちの手柄を立てる?」
グーハイは両拳を力いっぱいに握りしめながら言う。
「お前たちは俺を怒らせた。それで手柄を立てろって?お前たちに一体なんの手柄があるっていうんだ!」
右の兵士はしばらく沈黙する。そして注意しながら発言する。
「…私たちがあなたの怒りを晴らしてやりましたよ!」
「そうです。あの男をこっぴどく殴ってやりました。あいつ、三日はベッドから出られないでしょうね」
「三日だと?俺が見たところだと二週間は座れないと思うな!ハハッ」
グーハイ「………」
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さてさて、衝撃的な展開になってきましたね。
個人的に、グーハイはバイロインのことを疑っていたのではなく、溢れんばかりの独占欲でバイロインのことはすべて把握しておきたい!という気持ちがあり、兵士をスパイさせたんじゃないかな、と自分は思うんですけど、実際のところどうなんでしょうかね?
今後はどのように展開していくのやら…
注:バイロインとシーフイの別れた理由の部分で「カレンダー」と表記していますが、正確には「壁にかかっている日付を表示するモニター」です。ただ、この章では別れた理由の詳細が記載されておらず、前後関係がわからないため、「壁に~」よりも「カレンダー」のほうがすんなり読めると判断しました。今後、詳細が出てきて矛盾が生じるようであれば修正します。
:hikaru