第45章:一触即発
グーハイは執務室でバイロインからの返事を待っていた。
しかし、いくら待っても彼から連絡がこない。
ーーマジで怒らせたか...?
手元に残っていた写真を見返すと、いくらグーハイでもやり過ぎたかと心配してしまう。ましてや相手はあのバイロインだ。怒らないわけがない。
色々と考えた結果、グーハイは自らバイロインの元へ行く事にした。
仕事が終わり、自分の愛車を運転しながら部隊へと向かう。
宿舎に着くと部屋に目的の人物がいなかった為、研究室へと移動する事にした。
「バイロインですか?...見てないですよ」
研究室にいたバイロインの同僚にそう言われ、どこに居るのかが分からなくなった。時計を見るとそろそろ食事の時間だという事に気付いたグーハイは、バイロインの部屋で待つ事にする。
部屋に入ると机の上にはあの写真が。
グーハイとエンが写っている写真だけがくしゃくしゃにされており、その時のバイロインの怒りが見た目から伝わってくる。
ーーもういい、何か言われたら俺が謝ろう。
そう考える事にしたグーハイは、久しぶりに訪れたバイロインの部屋を物色し始める。
「あいつ。また汚くしてないだろうな?」
バイロインに言い聞かせている禁止事項が守られているか確認するグーハイ。以前、自分の制服が汚い状態で枕の下に敷かれていたのを思い出し、何気なく枕元を確認すると、そこには着替えのセットが置かれていた。
グーハイは自分が買い与えた物ではない事に気づく。ましてやあのバイロインだ、自分からこんな物を買うだなんて想像も出来ない。
一番重要なのは、一人暮らしのはずのバイロインがになぜ着替えのセットが必要なのかという事。
自分に内緒で誰かと暮らしているのではないかと不安がよぎる。
「いや...あいつはそんな事しないはずだ...」
心に少しダメージを負いながら、トイレへと向かう。扉を開けると、そこから独特な匂いが漂ってきた。
男なら誰もが知っているであろうあの匂い。
グーハイは好奇心がくすぐられ、トイレの中を隈なくチェックする。すると、トイレの端の方にバイロインが送りつけようとしていた“アレ”が落ちていた。
バイロインが送りつけるのと、グーハイが自分で拾うのとでは意味が大きく異なってしまう。
グーハイの心は不安と焦り、それに少しの怒りが湧いてきていた。
ーー何であいつはこんなものを...?
グーハイが戸惑っている時に、部屋の外から聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「は?出る時は鍵を閉めてくださいって言いましたよね?!」
「お前が閉めると思ったんだ」
一人はまだ分かる。...しかし、もう一人が問題だ。
グーハイはその場で硬直してしまった。
部屋に入ると、すぐにグーハイが目に入った。手には”アレ”が握られている。
ーーま、まずい!早く説明しないと!
バイロインはグーハイの怒りに火が付く前になんとか説明しようとした。もし、彼に誤解されたままになっては、後々大変な思いをしてしまう。
「...なんでお前がここに居るんだ?」
グーハイの視線は自分の義兄に刺さっていた。
ーー不味い マズイ まずい!! 今のグーハイにこの男だけは会わせちゃダメだ!
グーヤンは北京に帰るたびにグーハイの元を訪れ挨拶をするが、今回は秘密裏の来訪だ。もしかしたら、グーハイに何度も裏で会っていると思われてしまうかもしれない。それだけは阻止しなければと、焦りだす。
グーヤンも雰囲気の悪さを感じると、グーハイが手に持つその白い液体入りの袋を見て全てを察する。
バイロインは急いで沢山の言い訳を並べたが、今のグーハイの耳には入っていないようだった。
怒り狂ったグーハイは、野生の虎のような激しさでグーヤンに殴りかかる。何となく察知していたグーヤンは寸でのところを躱すが、もしあの拳が当たっていたらきっと気絶していただろう。
それほどまでにグーハイは本気だった。
バイロインのイメージでは、二人は仲が悪そうに見えるが、実は仲が良いと思っていた。でなければ、生死を彷徨うような経験をしてもなお、お互いの家の合鍵など渡さないだろう。
しかし今、バイロインはグーハイの顔からそういった余裕であったり、優しさといった雰囲気は感じ取れなかった。
彼の緋色の双眼にははっきりと「六親不同」という四つの字が書かれている。
二人の攻防は激しさを増していった。冗談では済まされない、本気の殴り合いだった。
ガクッという骨の音が、怒りと共に部屋中に響き渡る。
バイロインは”本当の殺し”を知る者として、これ以上の行為は殺人に繋がると察した。グーハイが優位に事が進んでおり、このままでは愛する人が大罪を背負ってしまう。
バイロインは急いで二人の仲裁に割り込む。
邪魔が入ったことに怒りを感じたグーハイは、バイロインにまで手を出そうと叫ぶ
「お前も俺に殴られたいのか!?」
「お前!誰に向かって言ってんだよ!目を覚ませ!馬鹿!!」
グーハイとグーヤンは義理とはいえ兄弟。この争いは兄弟喧嘩に見えなくもないが、バイロインからすると、もはやただの一方的な“復讐”だった。
バイロインに怒鳴り返されたことで一瞬止まった隙を狙い、グーヤンはプライドより命を優先して部屋の外へと逃げていく。
グーヤンが居なくなっても、グーハイの怒りはまだ治らなかった。
「あいつはもう出て行っただろ?!」
「ああ!分かってる!!」グーハイの顔は怒りで朱に染まっている「邪魔しやがって!」
「俺のことも殴るのか!?」
荒れるグーハイとは対照的に、薄く、青い雰囲気の瞳で彼を見据える。
「何でお前のことを殴らないといけないんだよ!?」
グーハイの心からは鮮血が溢れ出ている。
「お前にこんな事をしたんだ!殺しても別にいいだろッ?!」
今のグーハイに口だけでは納得してもらえないと感じたバイロインは、何かいい案がないかと家の中を見渡す。
すると、手の届く距離に例の“アレ”が目にはいる。素早くそれを拾い上げると、グーハイに向かってそれを差し出す。
「見ろ!」
グーハイはすぐに視線を逸らし、頑なに見ようとはしない。
「やめろ...流石それを見せられると、お前にまで手を出しちまいそうだ」
「いいから!」
バイロインもめんどくさくなってきて、強引にそれが誰のものなのかを教える。
「よく匂いを嗅げよ!....お前なら分かるだろ....」
二人はお互いの体臭と体液に対して、他人と見分けられる絶対的な自信があった。バイロインの顔を見ながらその袋の中身を嗅ぐと、それは確かにいつもの匂い。
「よく考えてみろよ!...俺がお前以外の男を相手にすると思うのか?」
その言葉を聞き、グーハイの表情は次第に穏やかなものとなっていく。
「何でこんなものを?」
いつもなら自分のメンツを保つため怒鳴って誤魔化すのだが、今回ばかりはメンツより恋人の方が大切だ。
「何故かって?...お前だってあんな写真送ってきたくせに!」
グーハイは全てを悟り、苦虫を潰すような表情を浮かべる。
やっと理解したのを確認すると、バイロインは乱れた部屋を片付け始める。
「なぁ...何であの日、俺に怒ったんだ?...何で、俺を部隊に来させたくなかったんだ?」
バイロインは困ったようにその薄い口を尖らせる。その表情を見て、グーハイは思わず吹き出してしまった。
「笑うな!」
グーハイはバイロインの頬を引っ張って彼を愛でる。
「そっか。俺の為だったのか」
「誰がお前の為だ!」バイロインは不貞腐れ語気を強める「お前を守ってやってるんだぞ!」
「そんなことしなくていい...自分の事くらい自分で何とかできる」
「フンッ!....もういいさ。身代わりを用意したからな!」
「身代わり?」
何のことか分からないグーハイに、作戦の詳細を説明するバイロイン。
「何!?アニキを巻き込んだのか?!」
「ア・ニ・キだぁ〜?」バイロインはグーハイの胸を突く「本当に殺すんじゃないかと思うくらいに殴った相手を“アニキ”って呼ぶのか?!」
「あの時は、頭に血が上っていたし....てか、何であいつが北京に帰って来てるんだよ!いつもなら俺のところに寄ってくるくせに」
バイロインはグーヤンから聞かされた、あの過去にも自分の元へ会いに来ていた話をグーハイにも伝える。
「そんな畜生は今すぐにでもあのオヤジにあげるべきだ!」
先ほどまでと打って変わり、“アニキ”とは呼べない感情が溢れかえっていた。
グーヤンの体はボロボロだった。
顔は痣だらけ。脱臼だってしている。こんな状態で車を運転するのは難しく、徐行で部隊内を走るしかなかった。
突然、彼の車の前に人影が飛びだし、急いでブレーキをかける。
車の前に立つその軍人の身なりを観察する限り、だいぶ階級の高い人物だということが分かった。下手に行動してはいけないと感じ、運転席側の窓を開ける。
「何か用ですか?」
リョウウンは微笑みながら前方から、グーヤンの座る運転席側へと移動する
「お前みたいな男でも、そうやって殴られるんだな」
この男の口ぶりからして、自分の事を知っている様子だが、どれだけ過去を遡っても記憶の中に目の前の男の顔は存在していなかった。
「...誰ですか?」
リョウウンは開いた窓の縁に両手を前に組んでもたれかかる。
「俺のことを覚えてないのか?」
「...知らないですね」
白を切るグーハイ(グーヤンだが)に怒りを覚えるリョウウン
「そんな事はない!お前は覚えている筈だ!」
グーヤンは見知らぬ男に言い寄られ、血の気が引く
ーー精神病か?
「大佐のコスプレでもしてるのか?」
肩章を見て階級が分かったグーヤンは、この男が盗みを働いたかコスプレをしているかで、自分に騙っているのだと勘違いをする。
グーヤンの質問には答えず、車の中に手を入れると、ダッシュボードの上に置いてあったメガネを手に取る。
「これは貰っていくぞ」
「おい!返せ!」
「返して欲しければ、俺の部屋まで来るんだな」
そう言ってリョウウンは、グーヤンが向かう方向とは真逆へと歩いていく。
追いかける力が残っていなかったグーヤンは、車を操作してリョウウンへとアクセルを踏む。
轢いた!...と思ったが、衝撃がない。
ブレーキを踏んでルームミラーを覗くと、後ろで不気味な笑みを浮かべながらこちらを見ているリョウウンの姿があった。
大佐に襲いかかったという事実だけが残り、武装した兵士がグーヤンの車を取り囲む。
リョウウンは間延びした声で部下に合図を送る。
「このテロリストを取調室へと連行しろ」
グーヤンはどうする事も出来なかった。
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*六亲不认 / 六亲は親族(誰とは言わないが、広義で家族)を意味する。つまり、人情をわきまえず、親族を顧みないという意味です。
すみません、ちょっと今までにないくらいダメダメな翻訳になってるかもしれません。
誤字脱字が目立ち、読み辛いと思います。申し訳ありません。
:naruse