第60章:二人の取っ組み合い
カメラ越しで散々騒いだ後、落ち着いたグーハイから突然『インズ、お前痩せたろ?』と虚を突かれる一言が。
「き、気のせいだろ?」
そう言うバイロインの目線は上下左右を泳いでいた。
「最近は高カロリーなものばかり食べてたんだぞ!...どうして痩せられるってんだよ」
『一斤(500g)痩せてる。』
グーハイは真剣な表情でバイロインの顔を見つめる。
「一斤(500g)痩せてるだぁ?...そんな単位で分かるとか神の御業かよ」
『別に一斤だけなんて言ってない。一两(50g)でも俺なら分かるさ。...まぁ、信じるか信じないかはお前次第ってやつだけど、な!』
体重計はベッドからそう遠くない場所に置いてあったため、バイロインは起き上がって体重計に恐る恐る足を乗せる。
数字が表示されるモニターを見ると
ーー嘘だろ?
確かに自分の体重は一キロほど増えていた。
体重管理をしっかりとしているバイロインは、自分の体重が本当に変動していた事とそれを見抜いたグーハイに驚いた。
ーーで、でも。減っていたわけじゃないし
「グーハイ、お前の...」
『お前の着ている服が重たすぎて計測に誤差が生じて増えているんだろ。前回会った時はそんな厚手のものなんて着てなかった。それを脱いでもう一度 測ってみろよ、いつもの体重よりか一,五キロほど落ちてるはずだ』
グーハイの言葉に疑問を抱いていると『ま、信じるか信じないかはお前次第だけどな』と再度挑発されたので、バイロインは素直に服を脱ごうと裾に手をかけた。
ーーん?...何かがおかしい。
ふと気になり首をひねってパソコンを見ると、そこには狼の目をした泥棒が画面に映っていた。
ーーこいつ!騙したな!!
バイロインは思わず怒りが沸き立つ。このまま彼の言葉を信じて上半身を露わにしていたら、腰のほうについている傷を見せてしまうところだった。
バイロインは鍛え上げられた反射神経で自分の行動を中止すると、そのまま布団に戻って毛布を深く被って画面から消えた。
『んだよ。今更恥ずかしがるなって』
バイロインの行動に不満を零すグーハイ。
別に恥ずかしがって脱ぐのをやめたわけではない。ただ、あの傷をグーハイに見られるとかなりまずいからである。
「疲れてんだよ。...邪魔すんな」
そう言ってバイロインは布団から顔を出そうとしない。
『さっき、チビインズを俺に見せつけてその気にさせたくせに。お前はそれなのにねちまうって言うのかよ!』
「そ!それとこれとは違うだろ!?」
バイロインは怒りを露わにする。
グーハイが笑いながら何かを言いかけたその時、少し離れたところから音楽のようなメロディが聞こえてきた。どうやらグーハイ側で何かチャイムが鳴っているらしい。
音に反応して素早く立ち上がると、そのままグーハイはパソコンの前から離れていたった。話し声からして、どうやら来客があったようだ。
この時間を利用しなくてはと思いバイロインは素早く通話を切ると、流れるままに体重計へと向かう。
先ほどの言葉の真偽を確かめるために、バイロインはその足を体重計へと乗せた。
ーーそんな。...は?
バイロインはグーハイの言う通りに素っ裸で体重計に立っているが、本当に三斤(一,五キロ)が減っていることを確認する。一グラムたりとも間違っていないのだ。
「...嘘だろ」
慌てて再度、先ほどまで自分が着ていた服をつけて乗ってみると、ちょうど三斤増えて結果が表示される。
つまり。グーハイが画面越しにバイロインのことを見て、本当に五百グラム痩せている事を当ててしまったと言うことになる。
ーーあいつの俺に対する観察眼というべきか...なんだか恐怖さえ感じてしまう気も...
そう考えていると、自分のパソコンから通知音が聞こえてきた。
急いで画面を見ると、通知音の正体はグーハイからの通話招待メッセージだった。
『どうしてきったんだ?』
体重計に乗るため。なんてことは言えず、適当に言い訳を考える。
「人が入ってきたような気がしたから、この画面を覗かれるとまずいだろ? それで、保険をかけて通話を切ってたんだよ!」
バイロインの言い訳を素直に信じたグーハイは優しい笑みを浮かべる。
『心配しすぎだ。さっき入ってきたのは副社長のトンだよ。ほら、さっき話した奴さ』
「あって一日しか経ってないのに、そんな気安く二人の空間に招き入れたのかよ...!」
そう言うバイロインの語気には、どこか嫉妬のような酸っぱさを感じた。
バイロインのあの魅惑的な唇を見つめ、もし手の届く距離にいるならそのままそれを噛んで味わいたいと滾る。しかし、画面を通しても感じるバイロインの弱々しいオーラを前にそう言ったことは口に出せずにいた。
暫くして、バイロインはそのままビデオをつけたまま深い眠りについていった。
グーハイにしか見せない、無防備な寝顔とその可愛らしい寝息を画面越しに見つめることしか出来ない。
『...しっかり休めよ』
寝床に移動し、グーハイは自分の枕の隣にパソコンを置く。そして、そのままグーハイも眠りにつくのであった。
夜中、パソコンの方からゴソゴソとした音が聞こえてくる。
そう、グーハイもパソコンの電源を落とすことなく繋げたままにして寝ていたのだ。
バサっという音が聞こえたので電気をつけて画面を覗くと、手も足も雑にベッドから落ちそうな姿勢で眠っていた。先ほどの音は布団を床に落とした音のようだった。
『おい!ちゃんと被って眠れよな』
グーハイの声が聞こえていたのか、バイロインは自分の手足と布団を回収しただけでなく、自分の隣に置いてあったパソコンすらも回収してベッドの上に持っていった。
『おいって...お前、何してんだ...』
グーハイが呆れてにめ息を吐いた瞬間、画面には少しはだけたバイロインの腰の方が映し出されていた。
グーヤンは取調室に入り、目の前にいる男の姿を見て顔色を変えないまま気を沈める。
リョウウンはというと、椅子に深くもたれかかったまま足を組み、片足は気怠そうに伸ばしながらもその表情に浮かぶ笑顔は固かった。
彼の指には吸いかけのタバコが挟まっている。
ここ数日の謹慎は彼になんの影響も与えていない様子だった。ただ、狭い空間に座らされているだけの数日。
ーーこのクソ男...!
グーヤンは軍部に身柄が移動されるこの二日間で、この男に苦痛を与えなければという気持ちに駆られていた。
「シュウ師長、ここの生活はいかがですか?」
リョウウンはゆっくりと煙の輪を吐き出して、冷ややかに吐き捨てる。
「...静かだな」
「...静かですか?...“低圧室”よりも静かだったりするんですかね?」
グーヤンの言葉には“今からお前を苦しめてやる”という意味合いを強く含んでいる、皮肉が効いた返しになっていた。
その言葉を合図にしていたか、言い終わるとすぐに十数人の大男が大きなバケツを一つ抱えて部屋に入って来た。そのまま、彼らはリョウウンを縛りつけると、水が張ったバケツの中にリョウウンの顔を押し付ける。
バケツにたっぷりと溜められた氷水にリョウウンの顔が沈むと、その後頭部をグーヤンは自分の足で踏みつけ、さらに奥へと沈めていく。
「そんなに無酸素環境が好きなら、提供してやる!!」
リョウウンはその立場からか、一度たりとも精神的も身体的苦痛も体験したことがなかった。つまり、グーヤンが初めての人である。
時間は一秒ずつ過ぎて、グーヤンはずっとリョウウンのもがきと痙攣を待っていた。しかし、何人かの大男の手に大量の汗を握るほどの時間が経っても、リョウウンは反応しない。
「グ、グーヤン様。...もう、十分経ちました...!」
「は?」
部下の報告に驚きの声を思わずあげてしまう。
ーー十分だと?...もう?一度も息継ぎさせていないのにか?!...死んだ?
急いで近くにいた男にリョウウンの顔をあげるように命令し、それに従った大男がリョウウンの顔を水中から取り出す。
水面から出て来たリョウウンは、なんでもなかったかのような穏やかな表情をしており、しかしその瞳には烈火の如く炎の渦が巻かれていた。
「はっ!!?」
気絶しているだろう思い、顔をあげさせたリョウウンのこちらを一線で見つめる屈強な男の瞳を覗き込んでしまい、グーヤンは思わず鳥肌が立つ。
「もう一度 沈めろ!!」
今回は十二分で。リョウウンの頭を水から抜いた時、彼は相変わらず元気そうにこちらを見つめていた。
グーヤンは毎回すべて一、二分と水から抜き出す時間を遅らせて苦痛を与えようとしたが、その都度 彼が大丈夫そうな様子を見て、次第に気味が悪くなってきた。
十六分という常人では考えられない時間が経過した頃、彼を押さえつけている人たちの額から大量の汗が噴き出て来た。
「か、彼は人なのでしょうか?...こ、このような事をして、俺たちはこの後どうなるんですか...?」
グーヤンは手を出してはいけない男に手を出してしまったらしい。
ーーこいつは一体何者だ?
リョウウンは自身を鍛える事と戦闘をすることだけが生きがいな男だった。暇さえあれば真空室に入り、無酸素環境での長時間無呼吸状態を保つ術を身につけていた。
彼は空軍のパイロットの中で最も危険な任務を果たことがある“真の英雄”だった。安全飛行時間も歴代で一番長い。加えて、彼の戦歴は今まで誰にも破られていなかった。
ーー空中のエースという肩書はやはり冗談ではない様子だな。
道理でこんな常識離れなことが実現可能になっているのだ。このような極上品は、百年に一度の逸材である。彼は飛行界のために生まれてきたようなものだ。
今回は二十分も水の中に入れていたが、流石のリョウウンでも今回は「幸福」な状態として気絶していた。
しかし、その間一度ももがくことなく、一ミリたりとも身動きもしなかった。
「...お前は真の男のようだな」
そう呟き、グーヤンは部下にリョウウンを助けるように命令した。
リョウウンの意識が回復するスピードはとても早かった。
意識を取り戻し、起き上がった瞬間ですらリョウウンの瞳には覇気が篭っていた。
グーヤンはリョウウンを寝かせていたベッドの隣に置いてあった饅頭を見つめる。すると、ふとリョウウンがバイロインにしてきた事を思い出した。
「... ...。」
グーヤンはその饅頭を手に取ると、そのまま思い切り地面へと叩きつける。地面に当たった饅頭は床の汚れを回収しながら、コロコロと数十センチ先に転がっていった。
「はぁ。リョウウンさん。この汚い饅頭をあなたに食べさせるのは気がひけるよ」
そう言って、グーヤンは自分のズボンのチャックを下ろす。
「綺麗に洗ってから食べさせなきゃ、ね」
そのまま自分の尿を饅頭にかけていく。充分に浸った後、自分の部下にその饅頭をリョウウンに食べさせるように命令する。
リョウウンは七、八人に押されて、無理矢理その臭い饅頭を口にするしかなかった。その後、命令を終えた大男たちは恭しくグーヤンの両側に向かい、大人しく直立する。
「シュウ師長、お味はどうですか?」
グーヤンの卑しい視線を向けられたリョウウンは黙ったまま。
その様子に腹を立てたグーヤンは、リョウウンの襟を荒々しく掴むと顔を近づける。
「たとえお前の体に傷をつけてはいけないとしても、今この状況下では俺がお前の生死を握ってるんだぞ?」
いくらグーヤンが凄んだとしても、深く底が見えないリョウウンの瞳に隠された真意は読み取れない。
「この饅頭の味は、どうなんだ?」
二度目の問いにリョウウンが口を開く。
「本当に知りたいのか?」
グーヤンが答える前に、リョウウンの素早い行動によりマウントを取られ、そのまま床へと押し付けられる。そして、リョウウンは自分の唇をグーヤンのそれに重ねて深く、舌を口の中へと押し込んで味を移そうとする。つまり、グーヤンは一瞬のうちで体勢を取られディープキスをされてしまったのだ。
何をされたのか一瞬分からずに混乱したグーヤンだが、理解が追いつくと狂ったように目を見開き、自分の部下の方を見つめて訴える。
弾かれたように動き出した部下の手によって引き剥がされたリョウウンとグーヤンだったが、リョウウンは満足そうにこちらを見ていた。
このような事を考えていなかったグーヤンは怒りに身を任せてリョウウンに蹴りを入れるが、それよりも先に今すぐこの口の中を洗いにいかなくてはという衝動に駆られ、暴行を中断する。
潔癖症であるグーヤンは普段から嫌な匂いを嗅ぐと気分が悪くなるが、この小便くさいものを自分の口で直接感じるとなると、どうしようもない吐き気に襲われた。
急いで部屋の外に出るグーヤンは、内臓が張り裂けそうな気分を耐えていた。
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どうも!今日は旧暦で言う七夕の日らしいですね!
何かお祝いしたいと思い、時間的に余裕があったので、更新してみました!
今回はグーハイのバイロインに対する変態的な観察眼と、リョウウンが本当に凄い人だったという回でしたね!
今後の展開が気になるところです!!
:naruse