第49章:お持ち帰り
電話が切られた後、中々寝付けないでいた。
バイロインのことを考えれば考えるほど、段々と心配になっていき、気づいた時には衝動的に車を運転していた。
足元を照らさなければ先が見えぬほど、深い夜。
愛する嫁の部屋の前に到着したグーハイは、ドアを開ける。
覗いてみると、部屋の中は明かりがついているようで、玄関にまで光が漏れていた。
寝室へ向かうと、バイロインは布団に包まっており、背を向けて横になっている。その近くには、あのおもちゃが落ちていた。
ーーあいつ。やっぱり使っていたな...!
無意識にあがる口角を抑え、そのおもちゃを拾い上げる。
バイロインも後ろにグーハイがいると分かっていたが、本当に元気がなく、動くのはもちろん、声すら出せずにいた。
「遊んで、飽きたらポイ...か。...いけない子だなぁ。」
グーハイの話し方から、こちらを見ながら笑っているであろう事は、背を向けていても簡単に読み取れた。
黙り続けるバイロインに、追い討ちをかける。
「あーあ、これは壊れてるな。...折角、うちで作ってやったってのに」
自分が置かれている最悪の現状、それをつくり出した原因をあたかも“いいモノ”というスタンスで話してくるグーハイに怒りを覚え、その重い口を開く。
「....ああ。壊れたんじゃなて、壊したんだけどな。....ゴミはゴミ箱にでも捨ててくれ」
「壊れてても心配しなくていいぞ! マークIIを作ってきたんだ!!」
グーハイの口から悍ましいセリフが聞こえ、ゆっくりと首を捻り確認してみる。その手には大きさこそ違うが、全く同じ形をしたアレが抱えてられていた。
「これは前のやつを改良したニュータイプでな、前みたいな事故は起こらないように設計したんだ!パスコードも指紋式にしたし、お前の指紋で開くようになっている。改良を加えて小型化もしたし、気持ち良さも倍増だぞ!」
「ふ....ふざけんな!!とっととそれを持って出てけよ!!!」
バイロインは怒りのあまりについ怒鳴ってしまったが、激痛に襲われてすぐに消沈する。
「はぁ?...俺の会社の技術を詰め込んでるんだぞ?しかもお前専用に開発したってのに、そんなこと言うなよな」
バイロインは心の中で涙を流す。
ーーこんな夜中に会いにきてくれたのは、慰めの為だとか期待した自分が馬鹿だった...
グーハイは新製品を置いてコートを脱ぎ、布団の中に入る。
いつものように片足をバイロインの太腿のほうに乗せ、絡めるように体勢をとると、バイロインが急に悲鳴をあげだした。
「どうした!?」
焦ってバイロインの顔をみると、額からは大量の汗が溢れている。
顔を歪めながら歯を食い縛り、グーハイが絡めてきた足から逃れるバイロイン。
「グーハイ...痛い」
バイロインの口から「痛い」という言葉を聞いて顔色を変える。急いで掛け布団を退かし、バイロインのズボンを脱がせると、驚きのあまりに数秒固まる。
中央のちびインズだけではなく、その周囲も真っ赤に腫れあがっていた。太腿の内側は、所々に擦ったような爛れた痕も見受けられる。
「何があった?」
そう尋ねるグーハイの瞳の中には、様々な感情がチラついていた。
バイロインは掠れた声で低く呻る。
「最悪な日だ...ただでさえ苦しい思いをしてアレをしたっていうのに、その日の訓練は股を刺激するようなやつだったし...」
話をしているうちに枕で顔を隠し、少し涙声になる
「なんで俺だけ....」
「...どんな訓練だったんだ?」
「鉄棒に登るやつだよ。...登って降りるのを百回でワンセット。それを五セットもやったんだぞ」
こんなわざと痛めつけるような訓練を指示する男は一人しかいない。グーハイの顔は怒りで酷く歪んでいた。
「あの野郎...」
リョウウンの元へ行こうと起き上がった瞬間、バイロインはグーハイの腕を掴む。
「行くな!...やめてくれよ。あいつは俺の股間の事情は知らないでこの条件を出したんだ。しかも、この訓練になった理由は体温が低いから、体を暖める為なんだよ」
グーハイからしたら弁解でもなんでもなく、怒りへと材料にしかならない話を聞かされて、さらに赤黒い雰囲気を高めていく。
「お前の異常だった体温を正常に戻したのは俺だぞ!?毎晩温め続けて、やっと昔みたいに戻したんだ!なのに、お前に体を温めろだと!!?」
グーハイから初めて聞く事実に、目を見開く。
「俺の体温を下げたのは、お前ってことか?」
「ああ」当然だと言わんばかりのドヤ顔で相槌を打つ「お前のあの体温が好きなんだ。毎晩抱いた甲斐があったな」
「お前ッッ!」
怒りに身を任せたバイロインは、反射的にグーハイを殴ってしまう。
「余計なことをしやがって!お前が原因じゃないか!!お前がそんな事しなければ!」
殴ったときの動作で、股間を擦ったバイロインは激痛に襲われ、身を丸くする。力強く目を閉じ、眉間に沢山の縦皺をつくるバイロインだったが、その手はしっかりとグーハイの腕を握っていた。
「絶対にあいつのところに行くなよ!...もし行ってみろ、その時はもう二度とお前と会わないからな!!」
“会わない”この一言は、他のどの言葉よりも重い。特に、バイロインの口からそれが出ることは、グーハイにとって最上級の脅しになっていた。そう言われては、全ての怒りを飲み込むしか選択肢はない。
「わかった。行かない。...ほら、横になれよ。今、傷口を拭いてやるからな。」
洗面所へと向かい、桶に水を溜めてタオルを用意する。
優しく、丁寧にバイロインの傷口を拭いていくが、それでも痛いバイロインは首筋に濃く血管を浮きあがらせながらグーハイの腕を掴む。
「痛い...もうやめてくれ...!」
グーハイの顔をみると、本当に痛がっているバイロインよりも苦しそうな表情を浮かべている。グーハイは一旦拭くのをやめて、バイロインを優しく抱き包む。
「わかってる。痛いよな。...でも、感染症にでもなったら、もっと痛い思いをするの分かるだろ?」
グーハイに諭され納得したバイロインは、心を落ち着かせて覚悟を決める。
「わかってる...続けてくれ」
その言葉を聞いて再び拭い始めたが、その間もバイロインは悲痛な叫びをあげていた。
本来なら一分で終わるはずの作業だったが、バイロインに合わせてゆっくりと行ったため、十分以上もかかった。その間、バイロインずっとグーハイの腕を強く握りしめていた為、容器を片付けようと立ち上がったグーハイは、腕が痺れて動かしづらいのを感じていた。
痛み止めを渡し、薬を飲んで暫くすると落ち着いたバイロイン。疲れからか目蓋が重くなっているようで、何度も幕を下ろしては上げる行為を繰り返す。
次第にその幕は、瞳の半分以上あがらない状態にまでなっていた。
半目の生気が込められていない瞳でグーハイを睨む。
「恨んでやる」
グーハイは低く包み込むような声でバイロインを肯定する
「ああ、恨めよ。俺だけを恨んで、俺だけのことを考えてろ」
そう言ってバイロインを自分の胸に押さえつけるように抱きしめる。グーハイの温もりを感じながら眠りにつこうとした時、区域一帯に響き渡る忌まわしき警報音が鳴り響く。
どうんな状態でも、体に染み付いた反射は機能するようで、集合の音を聞いた瞬間にバイロインは覚醒した。
「また、鉄棒を登らされるのか...」
「なんだと!?」
バイロインはベッドから降りて靴を履いたところで、グーハイに後ろから抱きしめられた。
「行くな!」
バイロインは振り返ってグーハイに厳しい視線を向ける。
「部隊の命令に逆らえないんだ。緊急任務だった場合、重大な結果に繋がることだってある」
そう言って、グーハイのことを押し退けてドアから出て行こうと腕の中でもがく。
今日のグーハイはいつもと違った。
ーーなんでこいつばかり酷い目に遭わないといけないんだ?
自分の体より任務や訓練を優先するバイロインに口で何を言っても埒が明かないと感じ、自分の腕から外れ、背を向けた隙を狙い首の側面を素早い手刀で強打する。
体調が万全ではなかったこともあってか、バイロインは簡単に昏倒した。
毛布で体を包み、抱え込んで車へと運ぶ。
四十分後、車はグーハイの家に着いていた。その間、バイロインはずっと助手席で眠っているようだった。
家に着いたが、バイロインを起こすのも悪いと思い抱えて連れて行こうとする。しかし、薄らと目を開けたバイロインがそれを拒む。
「...いい。自分で降りられ...る」
半分まだ夢の世界にいるバイロインに微笑みながら、頭を優しく撫でる。
「靴を忘れてきてるだろ?俺に任せろ」
バイロインは素直に頷くと、再び目蓋を下ろした。
グーハイは車から降りて、バイロインを外から横に抱いて持ち上げる。俗に言う"お姫様抱っこ”というやつだ。
バイロインの身長は百八十を超えており、軍属なので訓練により筋肉量もかなりある。同じ身長の一般男性と比べると、その体重はかなり重たい方だ。
しかし、グーハイはそれを軽々と持ち上げる。重たそうな表情は一切見せず、まるで華奢な女性を抱くかの様な優しささえ感じられた。
並の筋肉自慢では、この行為は出来ないであろう。
バイロインは自分の体が揺れているのに気づき、ゆっくりと目を開く。自分の顔の近い位置に、綺麗な輪郭をしたグーハイの顔があった。
「なんで背負って運ばないんだ?」
「...背負ったら、お前の息子を痛めつけちゃうだろ?」
上手く頭が機能していないバイロインは、その一言で簡単に納得し、再度 夢の世界へと誘われていった。
いつもはエレベーターに乗ってグーハイの家へと向かうのだが、今回は階段で向かうことにした。
普段のバイロインなら、絶対にこんなことはさせて貰えないのだ。今この瞬間を長く味わうために、階段を使う。
「手放したくねぇな...」
グーハイの欲望が詰まった言葉は、夢の世界までは届かなかった。
誰もこの状況になることは想像できないだろう。
グーヤンだってそうだ。まさか、自分が寝て起きたら宇宙空間にいるなんて、誰が予想できる。
もちろん、ここは本物の宇宙ではなく、宇宙環境をシミュレートした低気圧の仮想船内。
しかし、グーヤンの様に専門的な訓練や知識を得ていない人にとっては、まるで本物と間違えるほど、精密な作りをしている。
リョウウンは自分の立場を利用し、グーヤンをこの空間に閉じ込め、外部との連絡を一切遮断した。ここまで大掛かりな装置を使用するのだ、徹底的に洗脳するしかない。
そんなことを知る由もないグーヤンは、自分が置かれている状況にただ困惑するしかなかった。
体は浮遊しており、体を支えようにも支点がないのでくるくるとその場を回る事しか出来ない。さらに自分以外誰もおらず、音も一切しないため、自分の心臓音がはっきりと耳に伝わってくる。
ーーどういう事だ!?なんで俺はここにいる?
グーヤンはおそらくリョウウンが仕組んだ事だと悟り、怒りが湧いてくる。
「なら、あいつの思い通りにならない為にもここに適応しなくては」
初めての体験を楽しもうと自由に過ごすが、この無重力空間の中では逆に平地よりも束縛されるように感じた。
自分の体を安定させようと壁際に向かうが、思うように動かせずそのまま勢いよくぶつかる。ぶつかっては反射して、また反対側へと移動して、再度ぶつかる。
そんなこんなで、体を痛めつけながらもなんとか数回目で壁の凹凸を掴んで安定することができた。
グーヤンの記憶の中では、このような悔しい思いをしたのは人生で二度だけ。初めては、八年前のあの時。二回目は、今...この現状だ。
自分が味わった屈辱の本質はどちらも同じだと思っている。数年前は、グーハイの事を思ってやった事だが、そこでも悔しい思いを受けた。
唯一の違いは、八年前は自分が支配する立場だったが、今回は自分が支配される側だという事。
「ここにいてどのくらい経ったんだ?」
時間の感覚はとうに廃れており、今が何月何日なのか。何時なのかすらわからない。ただ、お腹の時計だけは、律儀に機能しているようだった。
「腹が減った」
この部屋には宇宙食が常備されているようだった。いろいろな種類があったが、その全てが圧縮されている。
ビスケットがあったので、それを食べようと袋を持ち上げる。ちゃんと掴んでいなかったのか、袋は空中へと止まらず上がっていく。
慌てて捕まえようとするが、壁から手を離した途端に自分の体も浮き上がり、もう数十分 無重力と格闘する羽目になった。
ここでは、どんなに屈強な男でも必ず廃人になる。
例えば、ただの圧縮ビスケットの外包装を開けるだけにも十分以上かかる。そして、圧縮ビスケットを取り出して口に運ぶまでにも、袋の中から飛び出すのを抑えたりなどして時間がかかった。
やっとのことで口に入れ、二口ほど噛み、二枚目も口にしようと無意識に開いた瞬間、口の中で粉々になったビスケットが口外へと漂いだす。
「うわ!?」
最悪なことに、船内は粉々になったビスケットで充満してしまう。
グーヤンは潔癖症な為、一度口に入れたものが自分の体の周りを漂うことの辛さは、普通の人の倍、嫌悪感を感じていた。
「食べれないなら、もう寝よう...」
しかし、体が上下左右に回転するままに漂っていては眠ることもできない。
壁に寝袋が固定されているのを見つけ、その中に時間をかけて移動する。
数十分後、寝袋に入りやっとのことで眠りにつくことが出来た。
どのくらい寝ていたのかはわからないが、ふと目を覚ました時に自分の顔の前に大きな手が迫っている事に気づく。
「なんだ!!?」
自分の手が、フラフラと寝ている間に寝袋からはみ出て、自分の顔の前に漂っているなど、日常ではありえない。
寝起きから、最悪なイベントに巻き込まれたようだった。
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いや、最後翻訳難しすぎました(笑)
グーハイの手刀のやつ、一応理論的には可能だそうですが、アレですね。昏倒するほど強く叩いた場合、普通に後遺症が残ってしまうかもしれないそうです。ですが、まぁ...物語ですから大丈夫ですよね?(笑)
なんか、その部分は結構省略してバイロインが運ばれていたので、自分で整合性を保つ為に少しだけ意訳(異訳)しました!
あと、リョウウンが怖いです!
:naruse