NARUSE'S:BLOG

ハイロイン/上癮:Addictedの原作小説を和訳している男子大学生でした

第148章:幸せそのもの

帰路の途中、グーハイがバイロインに質問する。

「飯、何食いたい?」

バイロインは長く考え込むも思いつかず、ただ答える。

「任せる!」

「じゃあラーメンはどうだ?」

バイロインは困った表情をして、眉間を十字に結んでいる。

「別の物には出来ないか?ここに引っ越してからほぼ毎日ラーメンしか食ってないぞ」

グーハイはリズミカルに車のハンドルを叩きながら食い気味で言葉を返す。

「今回のはな、違うんだ。今までは出来上がった麺を買って作ってたけど、今回は俺が麺を手打ちするんだ」

バイロインは辛そうに目を閉じ、しばらくしてから目を開く。

「いや、やっぱり既成の麺を買おうぜ」

しかしグーハイのどうしても作りたいという意志に、バイロインは強くものを言うことができず、もしこうなることが分かっていれば、先ほどグーハイに何を食べるか聞かれた時にちゃんと答えていればよかった。何が食べたいか答えていればこんな悲惨なことにはならなかったはずだ。

二人が家に着いた頃、丁度お昼時になっていた。よその家から料理の匂いが漂ってきてバイロインは自分たちの家に入りたくなくなる。

グーハイはいそいそとキッチンに向かう。

バイロインがリビングで座りながらパソコンをいじっていると、キッチンのほうからガシャンという音が聞こえてきてバイロインは思わずヒヤヒヤする。

バイロインはしばらくの間、キッチンに両目を向ける。もしかしたらグーハイが首に包丁を滑らせたのかもしれない。

「インズ!」

グーハイが自分の名前を叫ぶ声を聞いてパソコンを置いて急いでキッチンに走っていく。

ドアが閉まっている。押し開けると目の前の光景に仰天してバイロインは思わず飛び跳ねた。

シンク、まな板、ガス台、食器棚……至る所が真っ白だ。グーハイの服、靴、首、顔……全てに小麦粉を纏っている。ただし、ボウルの中だけには小麦粉が残っていない。

「お前……何してるんだ?」

バイロインは言葉を詰まらせながらグーハイを見ている。

グーハイは小麦粉に包まれた大きな両手を振りながら嬉しそうに話す。

「お前に見せたかったんだ。どうやら俺は小麦粉に命を与えたみたいだな」

バイロイン「……」

バイロインがキッチンの中に入ろうとした頃には、グーハイは既にラーメン作りに取り掛かっていた。

バイロインはボウルを覗き込み、中に残っている麺を見て驚きを隠せなかった。

少し太いのが気になるが、本当に一本ずつ出来ていてバイロインは驚愕している。

ーーあぁ、本当に麺だ!面糊(小麦粉を水で溶いた状態)でもない、すいとんでもない、生地でもない……これは正真正銘のラーメンだ!

しかしバイロインが一本取ってみると、麺がプツっと切れた。

グーハイは冷ややかに説教する。

「おいおい、何するんだよ?そんな風に麺を持つ奴がどこにいるんだ?」

「まだラーメンにこだわるのかよ?」

バイロインは不満げだ。

「ツォおばさんが作る時やつはどれを手に取っても切れないぞ!」

グーハイは虎のような目で威嚇する。

「お前みたいな素人の目でツォおばさんの作ったラーメンを触ったくらいで分かるわけないだろ!俺たちみたいな専門家じゃないと麺の秘訣は分からないんだ!見てろ、麺っていうのはな、こうやって持つんだよ」

手のひらよりも長い麺を手ですくって,鍋の中に慎重に入れていく。しかしまだ入れている段階で二十センチほどの長い麺が中で切れていく。

グーハイは少しきまりの悪い顔をしている。

バイロインはグーハイの肩を叩く。

「俺は何も見てないぞ」

そう言い終えるとバイロインはキッチンから出ていく。バイロインの後方からグーハイの叫び声が聞こえる。

「おい、戻ってこい!さっきのは少し上手くいかなかっただけだ!」

マンションの下の階から漂ってくる食事の匂いはなんて美味しそうなのだろう。窓を閉めようとした時、バイロインは匂いにつられてあと少しで飛び降りるところだった。

また10分が過ぎた頃、どうせ状況は何も変わってはいないだろうと思いながら、バイロインはキッチンのドアをノックする。

「もういいか?」

グーハイは中で狂ったように咳こんでおり、ノックの音が全く聞こえていない様子だ。

バイロインはグーハイの返事を待たずドアを開けると中から濃い煙がモクモクと立ち上がる。グーハイはまるで雲の上に立っているかのようで、ガス台の前に立ち、フライパンを手に持ち、おたま(杓子)を振り回して、鍋の底で火を連ねて、彼の服の襟をすべて燃やしていた。

「お前何してんだよ?」

バイロインは煙でむせて咳込む。

グーハイはまだ聞こえていない様子で、黒々とした物を豪快に炒めている。

ーーひょっとしてジャージャーでも作ってるのか?

そう思ってバイロインは麺を探すもどこにも見当たらない。そして小さいボウルの中に小さな塊がたくさん入っているのを見つける。大きさはそれぞれで、大きな親指ほどのものから、小指の爪ほどのものまで。

言うまでもなく、これはグーハイが作った麺の成れの果てだ。

「考えを変えたんだ!」

グーハイは興奮した様子でバイロインをちらっと見る。

バイロインはグーハイの顔が黒々していて眉毛が少し薄くなっているのに気づく。

「ラーメンは食べ飽きたんだろ?俺は決めたぞ。今日はもうラーメンはやめてチャオゲオダー(炒疙瘩)を食うぞ!」

バイロイン「……」

 

 

夜、バイロインが目を覚ますとグーハイが枕元でタバコを吸っていた。彼の冷厳な横顔が光によってより深く浮き出ている。ベッドの上にある灰皿にはタバコの吸い殻が大量に積まれている。グーハイが目を覚ましてからどれくらい時間が経ったのかは分からない。グーハイは確かにバイロインと一緒に眠りにつき、寝る前はこのチンピラは笑顔だったとバイロインはしっかりと覚えている。

今のグーハイはまるで完全に別人のようだった。

グーハイは隣の動きを感じてタバコの火を揉み消し、横向きにバイロインを見る。

「起きたのか?」

「お前、ずっと眠れないのか?」

グーハイは無表情で答える。

「いや、違う。さっき起きたばかりだ」

バイロインも起き上がってベッドに座り、グーハイに手を伸ばしてアピールする。

「一本くれよ」

「やめとけ、吸ったら寝れなくなるぞ」

バイロインはグーハイを軽く睨む。

「じゃあなんでお前はまだ吸ってるんだよ」

「俺は中毒なんだ」

バイロインはグーハイの話を無視して、上半身でグーハイを跨いでお尻を突き出した姿勢で反対側の棚の上に置いてあるタバコに手を伸ばす。グーハイはこの機に乗じてバイロインのお尻を弄った。バイロインも注意することなく、タバコを取って火をつけ、口から煙を吐き出す。

「どんなこと考えてたんだ?」

バイロインが質問する。

グーハイはそっと目を閉じて、口元によこしまな笑みを浮かべる。

「なんであの麺は煮崩れしたんだろうな?」

バイロインはグーハイをチラッと見る。

「一晩中、寝ないでそんなこと考えてたのかよ?」

グーハイは返事をせず、部屋は少しの静けさに包まれた。

一本のタバコを吸い終えそうな頃、バイロインがやっと口を開く。

「お母さんのこと考えてたのか?」

グーハイの瞳の中で流れる光の波が静かに停まって、朧げな水煙が突如凍り付き、周辺の温度さえも下げていく。

バイロインはタバコの火を消して、静かに話す。

「俺は気づいてたよ。お前は本当に辛い時は一人で我慢するだろ?辛くなったら俺には弱い姿を見せろよな」

グーハイは身体を強張らせている。

バイロインは腕を伸ばしてグーハイを引き寄せようと身体に力を入れるも全く微動だにしない。

最終的にバイロインは自分の身体を少し傾けてグーハイの薄い唇に向かってキスをした。ヒンヤリとした冷たさが唇と歯の間に沁み込む。バイロインはグーハイが一人で長く座っていたことを知っていた。

バイロインはグーハイを強く抱きしめて、グーハイの身体がだんだんと緩み出すまで薄い唇で彼に熱を伝える。そして全身の体重をグーハイに乗せてやっとバイロインが掴んだ心が元に戻っていく。

部屋の明かりが消えて、二人は裸で抱き合った。

 

 

しばらく時間が経った後、バイロインがグーハイの頭に手を伸ばして少しぎこちなく撫でる。滅多にすることのない優しさだ。

「俺はお前になんて言ったらいいのか分からない。俺が口下手だっていうのは知ってるだろ?」

それに対してグーハイは気だるげに笑い、寵愛の眼差しをバイロインに向けている。

「じゃあさ、是非言って欲しいことがあるんだけどよ、例外なんてないよな?」

バイロインは真剣な様子で質問する。

「何を聞きたいんだ?」

グーハイはわざとらしく考えたフリをした後、口を開く。

「俺がお前の口から聞きたいのは…『ダーリン、本当すごい!』だ」

 バイロインはグーハイの股の間に膝を押し当てて、グーハイは堪らずフンと一声うなる。その唸り声はとても強情で、その声から彼の今の気持ちと考えが読み取れる。

 「俺がいる」

バイロインの背中で動いてたグーハイの手が止まる。

しばらくしてからバイロインはもう一度繰り返す。

「大丈夫、俺がいるから」

グーハイが無理矢理支えていた心がこの瞬間に完全に軟化されて、感動がまるで洪水のように心の奥底まで溢れる。この時、”俺がいる”という言葉以上にグーハイを慰められるものなどなかった。

彼の人生のどん底にあるその段階で、彼は無力で、茫然として、苦しくて……

グーハイは自分が永遠にその傷を誰も知らない場所で一人で傷を舐めるのだと思っていた。しかし彼のこの一言で記憶の中の痛みのバルブが解放され、すべての苦しみと悔しさ、彼自身が触れたくない隅にある弱ささえもこの瞬間にどっと流れ落ちて、今、自分の両手をバイロインがしっかりと握っていると感じられる。

グーハイはバイロインの唇をそっと甘噛みをし、バイロインが舌を出した瞬間、濡れた塩味を感じた。

ベッドの中からひとしきり荒い喘ぎ声が響く。

「痛いか?」

グーハイが覆いかさり、バイロインの耳元で聞いたが、バイロインは首を傾けてグーハイの首筋にキスをした。

ーー全ての苦しみがお前との抱擁の中で消え去り、全ての悲しみがお前の慰めの中でそっと遠ざかっていくんだ

最後の瞬間、グーハイはバイロインの肩に噛みついて幾分か力を入れた。

「インズ、俺にはお前だけだ。俺にとってお前は幸せそのものだ」

バイロインは歯を食いしばりながら痛みの中にある一つの重たい愛をじっくり感じている。

「俺から離れるなよ」

グーハイは声を抑えながら低音で吼った。

バイロインは激しく身体を震わせて、グーハイの髪を鷲掴み重々しく「あぁ」と一言返事をした。

 

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※お料理シーンについて

少し難しい描写が多く、もしかしたら誤訳してる可能性大です。許してヒヤシンス

 

※お尻を掴む描写について

ここ直訳すると「お尻に色をつけた”屁股上色了一把”」って書いてあって、中スラングかなと思って結構調べたんですけど、見つかりませんでした。ぴえん。

雰囲気で訳文充てたので、有識者様、分かる方いたら教えてください(._.)

【追記】

この件についてコメントくださった方、ご丁寧に調べて下さり、ありがとうございます。

こちらでも英訳者様のサイトを確認したところ、この訳者様は分かりやすいように一部分に意訳を付け加えているようで”feeling the firm yet supple muscle.”「硬く引き締まりながらも柔らかい筋肉を感じている」というのはどうやら付け足しのようです。

しかし、原作の描写に忠実な表現なので、後書きに残しておこうと思います。

「掴む→弄った(まさぐった)」に変更しました。

お調べくださって本当にありがとうございました。助かりました!

 

母を失ったグーハイの心を解凍できるのはバイロインだけなんでしょうね。

まるでパズルのピースのようにお互いの足りない、求める部分を補う。

なんて素敵な関係でしょうか。

第二夜の導入が鮮やかすぎて、ん?これもしかして始まってる??って思いながら作業してました笑

 

:hikaru