第56章:全くもって理解ができない
暫くバイロインの顔を見つめた後、胸ポケットから取り出した例の眼鏡を顔の前にチラつかせる。
「バイロイン。...お前は俺の心を酷く傷つけてしまった」
「あなたにも心があるんですね」
「どうして心が無いと思うんだ?」
グーヤンはバイロインの頬に爪をたてながら捻る。恨みの深さが爪の深さに影響しているようだった。
「本当に心が無いなら、仕事を残してまでもここになんて来なかった。...お前は本当に俺が出張でここに来たと思っているのか? こんな事になって、大事な顧客を放置してまで俺がここに居た事が、心が無いと言えるのか?」
バイロインは心の中で己の耳を塞ぐ。
「俺がなんであのクソジジイに捕まったか知ってるか? 俺のメガネを奪われて、それを取り返す為にあいつに車をぶつけようとしたからだ。....その時は、お前たちに殴られて上手くハンドルをコントロール出来ないほど怪我をしていた、知ってるだろ?.....そして、一連の流れをようやく理解したさ。俺が必死になって取り返したこのメガネ。バイロイン、お前が俺にくれたものさ」
「冗談だったんです」
バイロインは冷たく息をこぼす。
「冗談?」グーヤンは目を細めて口元で弧を描く「お前はグーハイの身に起こった罪を俺に擦りつけようと企てた。そして、俺はその罠に見事に嵌ったんだ。...それが、お前にとっては“冗談”だって言いたいのか?」
瞬きの回数が、興味のなさを感じさせる。
「あなたの身に起きたことなら、それは全て冗談で済ませてもかまわないでしょう?」
「だから、お前は...俺がお前のことが好きだと言っても冗談で済ませようとするのか?」
グーヤンの視線がバイロインの顔をゆっくりと舐める。
“好き”と言う言葉に一切反応せず、淡々とただ機械的にその口を開く。
「遠回しな表現は好きじゃないな...この意味が分かりますか?」
グーヤンの顔が薄い氷の膜に覆われていくように、表情が固まっていく。
「八年前は思春期で、無邪気でもあり少しナルシストな面もあったかもしれません。あの時は、ちゃんと返事をしないで申し訳なかったと今では感じています。でも、結果としてあなたは俺らのブレーキを壊し、俺を部隊へと誘って八年間独りで過ごす環境を作り、...そして、もう死んだ方が良いと考えてしまうほどの絶望を俺に与えた...」
グーヤンは腰を下ろし、眉を寄せて八の字を描く
「まだ俺を恨んでいるんだろう?」
「...もう、そんな感情なんて腐ってしまいましたよ」
グーヤンはわけもなく笑みをこぼす。
「この八年間、俺はよくあなたの夢を見ていました。...あなたに首を切られ、突き落とされる夢です。...けど、皮肉にもグーハイと離れるためにはあなたの手を借りるしかなかった。...どうして俺らは八年も離れ離れにならなければいけなかったんですか?」
「... ...。」
「俺はなんだってする」バイロインは昔、グーヤンに言われた言葉を反芻する「だから、俺は復讐することもあなたの害になることもしなかった。そして、自分にもそれが降りかからないように、あの時で終わらせたつもりだった」
「けど、お前は害を被った」
バイロインの顔が固くなる。
「あなたは俺のことが本当に好きなわけじゃない。自分のものにしようと、グーハイとの仲を裂くことがしたかっただけ」
「その過程が楽しいんじゃないか」
「なら、独りで楽しんでいてください」声をワントーン低く落とす「俺らの邪魔をするな」
「俺がお前を求めていてもか?」
グーヤンはそう言って、バイロインのボタンを外していく。その腕を、バイロインは瞬時に捻りあげる。
「言っておきますが、今の俺とあいつの関係があなたによって傷つくことは決してない。....良識があると自負しているなら、今すぐここから出て行ってくれ。なんなら、誰か迎えに来させてもいい」
グーヤンは硬直して動かない。
痺れを切らしたバイロインはグーヤンの腰を掴んで後ろに押し倒し、素早く上をとると肘を首に押し当てて動きを制限する。
苦しそうに見上げるグーヤンに向けて拳を振り上げる....が、その手が加速する事はなかった。
「...クソッ。なんでそんなにグーハイに似てるんだ...」
バイロインは憎悪の眼でグーヤンを見つめるが、その憎い顔からグーハイの雰囲気がチラつき、苦しさで顔を逸らす。
バイロインは、対象がグーヤンではなく赤の他人だったとしても、その顔や仕草にグーハイを感じ取れるなら、もう何も出来なくなってしまう。
「お前が俺と一晩過ごしてくれるなら、可愛い弟のために俺が身代わりの役を続けてもいいんだぞ?....何、俺は口が固いからな。あの師長にもグーハイにだって何もいいやしないさ」
グーヤンが話し終わったかどうかのタイミングで、バイロインはその頬を力の限り殴りつける。
「グーヤン!! 俺は、バイロインと言う男は! もう、他の恋人もいらなければ、他の男を求めるなんて事も決してしない!!俺にはグーハイだけで充分なんだ!あいつが、俺のことを待ち続けて...俺に愛を教えてくれた!俺にとってあいつは特別な金の卵なんだ!」
「金の卵?」グーヤンの笑みは陰湿に弧を描く「鳥がお前に卵を運んできたのか?」
「ああ!!」バイロインの瞳には強い怒りの色が放たれている「俺は本当に恵まれたんだ。お前と違ってな!」
「なんだと?!」
グーヤンはバイロインの腰を掴み、そして素早く指を這わせ、お尻の少し上、魅惑的な窪みのある腰をなぞる。
元々はなんともなかった箇所だが、グーハイによって調教されたバイロインは反射的に身を善がらせる。
「やめッ...ろ!」
所謂、性感帯となる箇所のため抵抗できないバイロイン。
「俺は、お前と一回やってみたかったんだ!」
雰囲気として条件は揃った。
最後の抵抗とバイロインが動こうとした瞬間、グーヤンは胸ポケットから四角く折り畳まれた白い紙をバイロインの顔に突きつける。
ヒラリと開かれた紙の中身を見て、バイロインの顔色が変わっていく。
「あなたが……どうしてそれを!!?」
グーヤンが手に持っていた紙の中身は、バイロインが中心となって数十名の研究チームで開発した兵器の構図だった。
軍が保有する機密情報が外に漏れたと知れ渡ったら、その結果がどうなるかなどそこらへんの子供だって理解できる。
研究チームメンバーはもちろんのこと、これに関わった上位の役職でさえ皆、辞めさせられる。辞めさせられるだけならまだマシな方かもしれない。
もちろん、シュウ・リョウウンにも被害が及ぶのは確定だ。
グーヤンはゆっくりと入手方法を口にする。
「直接研究施設に入って手に入れたんだ。元々、警備の人がいないから簡単に潜り込めたし、むしろ、『バイロインに弁当を届けにきたんですか?』と研究員のやつに案内もされたよ」
「あいつらは...何も言わなかったのか?」
「ああ。お前のデスクに近づいても、そこを漁っていても。周りから何も言われなかったな。...ハハッ、余程俺の弟は信頼されているんだな」
実のところ、バイロインはこのようになる事を危惧していた。何せ、グーハイは軍との重要な協商関係に位置している。そのような男の兄であり、顔もよく似た狡猾な男だ。
バイロインはその紙を無意識に奪い取り、遠くに投げ捨てる。
「無駄だ。俺が予備を作らないでここにオリジナルを持ってくると思うか?...データにして俺のパソコンの中に保存してある。いつだって外国に売る事だって出来るが...なに、お前の頭脳をもってまた設計したらいいだろう?」
数ヶ月間の努力が、グーヤンによって踏みにじれられた瞬間だった。
バイロインだけならまた案を出したらいい。しかし、それを手伝ってくれる研究員やグーハイとその会社などまで、首を縦に振らせるわけにはいかない。
数億元の融資は既に終わっている。計画のストップどころか、工期が遅延しただけでも損失は計り知れない。
図面が盗まれた事で、国家機密に近い計画が頓挫するかもしれない。
丁寧に積み上げられていたあらゆるモノが、あっけなく崩れ落ちる音がする。
「... ...一石三鳥ってやつですか」
「安心するんだ。お前もグーハイも心配する事はない。ただ、少しだけお金を失うだけさ」
「...条件を言えよ」
バイロインはかつてない程の憎悪のこもった瞳で睨みつける。
「俺が我慢できる奴だとでも思っていたのか?」
「...人格が歪んでいるのははっきりと分かりますけどね」
こちらを睨み続けるバイロインを正面に捉えながら、グーヤンは椅子にゆっくりと腰を下ろす。
「グーハイは?」
今、彼の名を口に出したくはなかった。口にしてしまったら、その大切な名前を汚してしまうかもしれない。
「...あなたの後始末をしに、香港に飛び立ちましたよ」
「こんな大切な時にか、心が無いな」グーヤンは勝者の笑みをゆっくりと浮かべる「さて、お前はどうしてくれるんだ?」
その言葉を受けて 一瞬歪んだ表情を作ったが、すぐにいつもの表情に戻し、自分の上着を全て脱ぎ捨て、ベッドの上に仰向けで寝る。
「好きにしろ」
グーヤンは悪魔的な笑みを浮かべながら、バイロインのあごを掴んでゆっくりと摩る。
「お前は本当に変わったな...凍死するくらいなら、グーハイと似ている俺とベッドの中に眠るのもいいだろ?」
「余計ない事を話してないで、さっさと済ませろよ!」
グーヤンはバイロインの綺麗な鎖骨にキスを落とす。甘く濡れた音が部屋に響いたが、気持ちまでは変えられない。
「この事をグーハイに知られたら、お前は失望されるんだろうな」
雰囲気もクソもなく、バイロインはグーヤンの襟を強く引っ張り、早くこの地獄を終わらせようと急かし続ける。
「俺じゃダメなのか? 俺がお前を変えていくのはダメなのか?!」
グーヤンはバイロインの髪を片手で毟るように掴み、余ったもう片方の手でバイロインのパンツの中にまで入れてソレを刺激する。
ーー最悪だ
なんとか、グーヤンにグーハイの影を投影しようと頭の中で意識するが、何度試してもソレが叶う事はなかった。代わりに、バイロインの体は最初から最後まで硬く、棒のように横たわっているだけ。
その様子に眉を顰めたグーヤンは、あの紙をバイロインの顔を前に勢いよく貼り付ける。
「お前は俺の気持ちを少しだって理解してくれないんだな!」
声を荒げながら身なりを整えたグーヤンは、そう言い残して荒々しく扉を開けて出て行った。
自分の汗で軽く張り付いた紙を額から剥がし、そこに書かれている図面に目を落としては意識を部屋の外へ向ける。
ーー理解は出来ないさ。...こんな事をする奴の心なんて
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遅くなりました!!
だんだんと更新スピードが落ちていって申し訳ないです!
今話も今後の展開次第で訂正が入る箇所があるかもしれません!誤字脱字はまた後日!
最近はTwitterもまともに開けない時間があるので、もし何か面白いことがあった。何か出来事がありましたら、DMなりリプなりで教えていただけると嬉しかったり、助かったりします(笑)
今日はバイロインの誕生日!おめでとう!!
:naruse