第62章:スリリングな逃走劇
二人の部下が急いで元の場所に戻ると、そこには至る所に大量の血が床に飛び散っていた。
三十人以上の男たちが囲って殴っていた中心にはグーハイだけでなく、先ほど自分たちにグーハイの居場所を教えてくれた副社長の姿も見受けられた。
「お、おい!!」
「おい!待てお前ら!そこにいるお方に手を出すんじゃない!!」
男たちの群れを掻き分けトンの元まで駆け寄り、ふらふらの体を支える。
「副社長!申し訳ございません!指示がうまく通っておらず...」
トンの体を支える部下の一人は顔を青くしたり白くしたりして動揺し、もう一人は周囲の雇い兵に向かって厳しい顔を向ける。
「何しでかしてんだよ!このお方はうちの副社長様だ!!ちゃんと話聞いてなかったのか?!」
副社長の地位を考えきつい罵声を浴びせ終わると、トンの方をゆっくりと振り返り先ほどとは対照的に優しい笑みを浮かべる。
「副社長、申し訳ございません...」
「...だ、大丈夫だ」
お礼を口にしたまま呆けているトンを見て、部下二人は首を傾げる。
「何をしているのですか?早くそいつを捕まえてください!」
「そうですよ、何をボケッとしているんですか?!」
トンが動かない様子をおかしく思い始めた部下が周囲の私兵に合図を出したその瞬間、グーハイは懐から小銃を取り出してはトンを部下の手から奪い、そのこめかみに銃口を向けた。
「全員、...動くな」
ーーふ、さすがですね。このピンチをチャンスに変えるなんて...
「さ、下がれ!後退だ!...人の命がかかっている。下手に動くなよ」
ゆっくりと後ろにさがる部下二人に合わせ、周囲の男たちもゆっくりと離れていく。
「もう三十メートルさがれ!!...早くしろ!」
グーハイの気迫に押され、さらに後退する。そのペースに合わせてグーハイもまた、ゆっくりと後ろに動く。
じりじりと双方が下がっていると、グーハイたちが逃げ道の階段の入り口まで辿り着く。
二人が階段に足をかけた瞬間。そのタイミングを計らっていたかのように、男たちも二人に向かって突進した。
バァン、バァン!!
猛然と銃をフロアに向けてグーハイが発砲すると、その銃声を受けてフロアに居た人々が恐慌状態に陥る。それが逃走の皮切りとなり、混乱に乗じて二人は階段を駆け下りる。
「こっち!こちらです!!」
トンがグーハイに向かって声をかけながら先導する。
逃げた先のホールにも、グーヤンが雇ったであろう黒服の集団が自分たちを探して彷徨いていた。その集団を見つけるや否やグーハイは前を走るトンの腕を掴み、どこか隠れる場所が無いか辺りを見渡す。
近くに幾つかの控え室があったが、そのどれもが満席の様子だった。
「グーハイさん!?どこにも隠れる場所なんて...!」
トンが頭を抱えた瞬間、人が少ないであろう近くにあった部屋にトンの腕を引っ張りその部屋の中に入っていく。
中を確認せずに入った部屋は、控え室とは違い人がいっぱい居たわけではなかった。しかし、二人が入ってきた数秒後にその部屋の中にいた人物たちが顔を歪めて口を開ける。
「きゃ、きゃぁああ!!」
叫び声に驚いたトンが部屋を見渡すと、そこにいたのは着替えの最中だった女性が複数人。なんとそこは、女性用の更衣室だったらしい。
トウはいきなり入ってきた男性二人を見つめながら悲鳴を上げる女性の口を素早く塞ぎ、冷たい声で女性たちに口をひらく。
「静かにしろ。...そして、そこの二人は着替えを私たちに渡しなさい。でないと、この女を絞殺する。」
指を指された女性二人は震える手で、脱いだスカートとハイヒールをトンに渡した。
ーーグーハイさんは...スカートならまだしも上着は無理ですね。さすがに体格が違いすぎます。であれば...
トンがこれからどうしようか考えている間にグーハイがトイレットペーパーを丸めていた。
「グーハイさん?」
トンは首を傾げてグーハイを見つめる。
「何を...しているのですか?」
「いいことを思いついたのさ」
鼻を鳴らして得意げな表情を浮かべるグーハイは、トンの耳元のその整った顔を近づける。
「.... ... ..... ....ってわけだ 」
グーハイの作戦を聞いたトンは、思わず口をだらしなく開けてしまう。
「ほ、本当に二人でそれを?」
「これよりいい方法が思いつくってのか?」
トンはしばらく考えた後、だらしなくあいた口をゆっくりと閉じる。
「いや。私にはあなたほどの頭の良さはないですから」
その言葉を聞くや否やトンは女性から受け取った衣服を身に纏う。
「ど、どうですか?」
「...面白くはないな」
そう言って先ほど丸めていたトイレットペーパーをストッキング詰めたグーハイは、それを丸めてトンに手渡した。
「ほら、これも詰めておけ」
「は、はぁ?!」
プライドに傷をつけるような行為にトンは反発したが、暫くするとそこには頭を下げたままグーハイの言いなりになる無様な男の姿があった。
「準備は出来たな?」
そう言って、二人は更衣室の扉を開ける。
空港のロビーは先ほどの銃声で恐怖に包まれており、それを鎮めるために駆け回っていた警備員が二人の前を通りかかる。
「ほら、やれよ!」
女性役をやることに渋っていたトンの背中を叩くグーハイ。
「わ、わかってますよ」
深呼吸して目の前を通りかかった警備員に全力のアピールをする。
「助けてくださぁい!!」
ワンピースを着て、小さなバックを男性に奪われないようにする女性ーーもとい女装したトンーーが、目の前にいる警備員に向かって叫ぶ。
「そ、そこのぉ!警備員さぁん!助けてくださぁい!」
トンの助け声を聞いた二人の警備員が走ってくる
「どうしましたか?!」
トンはバレないように少し俯き、できる限りの撫で声で「この男がぁ、私の鞄を奪おうとするんですぅ」と助けを求めた。
トンから鞄を盗ろうとしていたグーハイを見つめ、警備員はその顔を険しくする。
「更衣室にまで入ってきたのですか?」
「誰だか知らないんですけどぉ、早く捕まえてくださいよ〜」
二人の警備員はその話を受け、グーハイたち二人を保安所まで連れていくことにした。そう、これであの部下たちから逃れようとするのが今回の作戦だった。
保安所まで連れて行かれると、黒スーツの男性二人が呼び止める。
「後ろの二人は誰だ?」
「ちょっと問題がありまして。なに、こちらで対処しておきますよ」
スーツの二人がグーハイの顔をよく見ようとした時、グーハイは手に持っていた“息子”のボタンを押し、それと同時に軽快な音楽がスタートする。
「私は〜、悪さをしてないんです〜、ただ可愛い子を探しにきてただけなんです〜」
グーハイがメロディに合わせてくだらない歌を口ずさむと、頭にきた警備員はグーハイのことを蹴り飛ばす。
「黙れ!この犯罪者!」
蹴り飛ばされた勢いでグーハイが履いていた靴が脱げてしまったが、取りにいく余裕もなくその靴は数十メートル先に転がっていった。
フロアに落ちていた靴を空港の清掃員が拾い、ゴミ箱に捨てるところを先ほどの現場に居合わせていたスーツ姿の男が呼び止める。
「すみません、その靴を探していたんです!」
ただ親切心で靴を取りにきただけだったのだが、清掃員から受け取ったその靴のブランドを見て表情が変わる。
「くそが!!逃しちまった!!」
一緒に行動していたもう一人の黒スーツが頭上に疑問符を浮かべる。
「誰に逃げられたんだ?」
鈍感な同僚に苛立ちながらもその靴を手渡す。
「自分で見てみろ!...どこの犯罪者が一万円以上の靴を履くんだよ!?」
「えっ?…あ、戻らねぇと!!」
「グーハイさん!早く車に乗ってください!!」
逃走用の車を用意していたトンの車に向かう途中、後ろから無数の足音が聞こえてくると神経ピリピリとして、あのグーハイですら足が上手く動かなくなっていた。
「いま乗る!」
グーハイがなんとか飛び込むような形で助手席に乗った瞬間、扉も閉めきっていない状態で急発進した。
「あの車を追いかけろ!!」
二人を追いかける沢山の車がバックミラーに隊列を成して映る。
フルアクセルで走らせながら、トンは片手で運転し片手で器用に洋服を脱ぐ。
「私は一生このように恥をかかせたことを忘れませんからね!!」
声を荒げながら履いていたヒールを脱いで窓の外に投げ捨てる。その様子を隣で観察していたグーハイは、着替えを済ませながら追ってから逃げるトンのドライブスキルに感心していた。
「ハハッ、俺はあなたよりも弱いみたいだ」
背もたれに体重を預け、その口元には弧を描く。
「どういう意味ですか?!」
トンの怒りはまだ収まっていないようだった。
「いや、なに。俺じゃそんなこと出来なかったと思ってな」
グーハイはトンを見ながら笑ってるが、その表情とは対照的にその手に握られたロバのぬぐるみを大切そうにしている。
ーーインズ、許してくれ。この大切な“息子”を変なことに使っちまった。
追跡していた車を撒き、余裕ができたトンはグーハイが大切に持つ“ソレ”に目を向ける。
空港では聞く暇もなかったためずっと無視してきたが、聞くタイミングが出来た静かな車内で思わず口を開く。
「その手に持つおもちゃはあなたにとって大切なものなんですか?...その、それだけは肌身離さず持っていらしたので...」
トンはグーハイが「これは母の形見なんです」とばかり言うものだと考えていた。
ーーまぁ、可能性があるとしたら...。「初恋の彼女がくれたものだ」くらいでしょうか?
そう考えを巡らせていると、隣の男の口からは「これはおれの息子なんだ」と予想もしなかった言葉が飛び出してきた。
「...ゆ、ユーモア溢れる答えですね」
グーハイが冗談を言うような性格とも思えず、ゆっくりと首をひねってグーハイの冷たい顔と手に持つ滑稽なロバを交互に見る。
ーーはて、どんな“お母さん”なのか想像がつきませんね...。
トンは黙ってハンドルを強く握った。
グーヤンは情報を得てすぐ、風を受けて燃え盛る炎の如き勢いでバイロインの居場所へと駆けつける。
バイロインの部屋のドアはしっかりと鍵が掛かっており入ることが出来ない。
「チッ...どこにいるんだ」
鬼のような形相をしながら扉を見つめるグーヤンの横を下級兵が通りかかる。
「おい、そこのお前!」
居場所を聞き出そうと襟を掴み、身体を前後に揺らして兵を睨みつけるグーヤン。
「バイロインはどこにいる?!」
「た、隊長ですか?」
突然のことに驚きを隠せない男であったが、グーヤンの様子を見て大人しくその居場所を伝える。
「確か、今は演習中だったと思います...。ここ数日はこちらに戻ってきていませんので」
その言葉を聞くや否や、何としてでもバイロインを捕まえようと手当たり次第知り合いの将校へと電話をかけながら、急いで訓練場へと向かうグーヤンだった。
バイロインが訓練を終え、戦闘機から降りた時だった。ポケットに入れていたケータイから着信の合図が鳴る。
「もしもし?」
『インズ。...すまない、少し厄介なことになっちまった』
聞こえてきたのは焦りを感じるグーハイの声。その様子に思わず体が強張る。
「どうした? いまどこにいるんだ?! どこにいようが俺がすぐに飛ばして迎えに行くぞ!」
『いや、それがだな...』
グーハイがまだ何か話している途中、バイロインはよく知る姿がこちらに向かってきていることに気づく。
今のグーヤンの顔を見れば、事情を完璧に知っていないバイロインでさえまずい状況になっていることを察知できた。
急いで乗っていた機体へと戻ろうと梯子を登るが、グーヤンが引き連れてきていた自分の部下たちにそれを阻まれる。
「なにをしているんだ!!お前たちは!!」
バイロインの怒号を受け、いつもの恐怖を思い出した彼らはその妨害の手を緩める。
しかし、「お前たち、飯はもう食べたくないのか?」と後ろからゆっくりと近寄るグーヤンの声で身を震わせる兵士たち。
「なんなら団長自らお前たちに挨拶させてもいいんだぞ?」
「団長」という二語を聞いた兵士たちは、今度は気が狂ったようにバイロインを捕まえに動き出す。
バイロインは直属でないにせよ、自分の部下ということもあって手を緩めながらその相手をしていた。しかしそれが仇となり、数十人の差でバイロインは取り押さえられてしまうのであった。
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みなさん、お久しぶりですね!
僕が更新できていなかった間もコメントをくださりありがとうございました。それをみていつも励みになっていました!
そして、サイトが消えたときはどうなるかと思いましたが、無事再開できて良かったです!
さて、中国語に暫く触れていなかったので翻訳が難しく感じる回となってしまいました(笑)なので、ストーリーに齟齬が見つかり次第、手直ししていきますのでご理解頂ければと思います。
:naruse