第12章:積極的な美女
三日後、バイロインは忙しい中、休暇をもらってお見合いの席に着いていた。
今回の見合いはだいぶ意味を持つものになるのだろう。
見合い相手の女性は予定より早めに喫茶店に入って窓側の席を選び、外の景色を眺めて高鳴る胸を鎮めようと努めていた。
軍用車がゆっくりと視界に入ってくると、静まりかけていた鼓動がまた激しくなる。
彼女は、見合い相手が軍人であることは知っていた。
「どんなお方なのでしょう....」
運転席から降りてきた男の顔を見ると、特別かっこいい訳でもなくごく普通の顔立ちだった。
「少しガッカリだわ。でもいけない!男性は顔が全てじゃないものね。その人の魅力は別にあるかもしれないじゃない!ちゃんと話してから考えなきゃ!」
そう思うことにして、窓から目を逸らす。
バイロインは喫茶店に入り、見合い相手が待っているテーブルを探す。
「こんにちは、バイロインと申します。」
そう挨拶された男性の顔を見て、彼女は呆然としてしまう。
男らしく格好いい将校が、明るく彼女の前に現れたからだ。
その見た目は、高身長、軍人らしく勇敢な体つきだった。そして文句のつけようがない顔、その顔は品が高く、口角をうっすらと上げて弧を描く笑顔は桁外れの破壊力を持っていた。
加えて、先ほどの運転席から降りてきた普通の顔立ちをしていた男性との対比があったからこそ、バイロインの優れた外見をより際立たせていた。
彼女の内心は歓喜の嵐だった。
ーーやった!一番くじを引いたわ!!
「こ、こんにちは!ディシュアンと言います」
そう言って手を差し出す。
挨拶の握手を済ますと、緊張からか少し掌が湿っぽく感じた。
二人の会話ははずんでいた。
バイロインのディシュアンに対しての第一印象は悪くなく、お淑やかで、話す内容もしっかりとしており、見た感じ賢い女性のように感じていた。
一方で、ディシュアンのバイロインに対しての印象はさらに良くなっていた。
ーーかっこいいだけじゃなくて、話も面白い!その上、言葉遣いも丁寧で中身もいいだなんて!
彼女は既にバイロインから発せられる抗えぬ魅力の虜になっていた。
「私、お見合いなんてものは初めてなんです」
そう言って可愛らしく笑う。
「もともと、今日のお見合いもなかったことにされると思っていましたから....」
ディシュアンは回りくどい話し方は一切しないで、自分の想いを素直に話してくれていた。
バイロインもその姿勢を見習い、自分の立場を隠さず伝える。
「...自分はしばらく、軍務から手を離せられない状況にいます。もし、本当に自分との交際をお考えでしたら、あなたの思い描いているような事をしてあげられないかもしれない」
ディシュアンはただ黙って頷いていた。彼女はもうバイロインの虜となっており、今はどの言葉も既に耳には入ってこなくなっていた。
バイロインは続けて説明する。
「普段は仕事が忙しく、少なくて数週間。長い時では数ヶ月も会えなくなる時もあります」
「大丈夫です。待っていられます。」
バイロインはこれでもかと、悪い部分を彼女に伝える
「自分には常に緊急の任務が存在しています。任務次第では、命を落とすことだってあり得るんですよ?」
「大丈夫です。あなたを影から応援しますわ。」
ーーだめだ。こいつ何を言っても聞かない.....。
バイロインは額に手を当てる。
「.....自分たちは、あまり合わないかもしれないですね。」
この言葉でディシュアンは正気に戻される
「なぜですか!?」
「....正直に話しますが、あなたは凄くいい女性だ。だからこそ、あなたが自分の妻になった時、家庭で毎日尽くしてくれているあなたに何もしてやる事が出来ないのが嫌なんです」
「バイロインさんが思っているほど、私はあまり良い人ではないと思います」
そう言ってバイロインの話を横切る。
「あなたに会う前は、会社の社長に片思いしていましたし.....」
「は?」
目の前の彼女からとんでもない言葉が聞こえてきたので、つい素で反応してしまう
「い、いえ!そういう事ではなくてですね!実は、私もあなたが考えているような条件ではお付き合いは出来ないって事を言いたかったんです!こちらにもいろいろと制約がありまして...だから、あなたも自由ではないですし、私もそうなんです。バイロインさんが軍務から抜け出せない様に私たちの会社も勝手な恋愛は許されていないんです。」
「そんな理不尽な会社が?」
バイロインは不思議に感じる。
「差し支えなければ、どのような職種に努めていらしているのか教えてもらうことはできますか?」
「ある科学技術会社の財務部門の会計で勤務しています」
「それは...、その会社の財務部はなぜ自由な恋愛を許していないんですか?」
ディシュアンはその美しい唇を少し困ったように尖らせ、説明を続ける。
「実は、財務部だけではなくて我が社の全ての女性従業員が自由な恋愛は認められていないんです。もし本当に恋愛がしたいのなら、上層部に申請を通して会社の利益になるような方としかお付き合いすることができないんです。もし勝手に付き合うものなら、会社をクビにされちゃいますよ」
「それは...何というか。余りにも厳しい条件に聞こえますね」
バイロインはそういった制度のある会社を今までに聞いたことが無かった。
「だから、私たちは一緒にいるのがとても似合うと思うんです!私たちはお互いにルールの枷に縛られているのですから」
「ありがたいお言葉ですが、この事に関してはもう少し慎重に検討すべきではないですか?自分たちは、今日会って数時間しか一緒に過ごしていませんし、俺のためにあなたの仕事を蔑ろにしては欲しくないんです」
そう聞かされて少し悲しそうに窓の外を眺めていた時、いい考えを思いつく。
「そうです!上層部にこの事を申請してみましょう!私たちの会社は軍工企業ですし、軍人であるバイロインさんはきっと審査条件を満たしていると思うんです。さらにバイロインさんは少佐の階級ですし、きっと我が社の発展にも繋がると思うんです!きっとそうですよ!社長もお喜びになると思います!」
「.....ちなみに、会社の名前を伺ってもよろしいですか?」
「北京海因科技有限会社です!!」
誇らしげにその名を口にする。
「….....。」
その名前を口にした瞬間、バイロインの顔色が変わったのを見て、ディシュアンは先ほどの話で嫌な先入観を持たれたと勘違いをし、急いで弁明する。
「え、えっと!違うんですよ!我が社は社長以外女性しか公募をしていませんが、何もやましい事などない正規の会社なんです!」
「弁明しなくてもいいですよ」
そう言うバイロインの顔が冷たくなっているのを見て、ディシュアンの内心は恐怖で凍えてしまう。
「バイロインさん、あなたも悪くない人ですが必ずしも相手が見つかるとは限らないはずです。北京市内であなたに合う条件の女性がいるのは、結局、私達の会社だけだと思うんです。あなたのような人はこの世にたくさんいます、いや、あなたより優れている人も中に入るはずです。彼らは、よりお淑やかで優れていて、美人な女性を求めていましたが、結局は誰一人として己の力で見つける事が出来ず、全員我が社の社員と結婚していきました」
バイロインは複雑な笑みを浮かべる
「あなたの話を聞く限り、その会社は富豪の女になる為に教育されている場所にしか聞こえないですよ?」
「確かにそうかもしれません!」
バイロインの皮肉から逃げずに反論する。
「でも、うちの会社から嫁いだ女性は皆お金持ちの正妻ですよ!愛人でもないですし、金のない次男、三男坊のような男性のところにはいきません!」
そうやって皮肉で返してくるディシュアンを見て、バイロインは思わず笑ってしまう。
ーー....よかった!やっと笑ってくれた。
「あの....もしかしたらバイロインさんは私みたいな人なんかじゃなくて、他の人と付き合うべきなのかもしれませんね。私の会社に勤めている女性は、外見以外みんなだいたい同じ地位にいるんです。こんな事余り言いたくないですけど、私よりもっとあなたの好みに合うような女性がそこには居るかも知れないですよ...」
「…...。」
初めてきちんと会って話をしたが、二人は良い雰囲気で過ごしていたと思う。
ディシュアンが午後から出勤だと言うので、今日はここまでになった。
「今日は自分が送っていきますよ」
そう言って、バイロインは運転手にディシュアンを会社まで送るように告げる。
会社に着いて車から降りる時には、彼女の顔は花のような満面の笑みを咲かせていた。
バイロインが彼女を降ろそうとエスコートしていた時、たまたまそのシーンを同僚のトウに見られていた。
トウは人の恋路に口を挟む事にあまり興味は無かったのだが、相手の男性がバイロインだけに、今回ばかりは無視できなかった。
トウにとってバイロインの印象は前の宴会場の時で会った日以来でストップしており、かっこいいとは思っているが、自分があしらわれた記憶もあってか、少し近づき難い人になっていた。
そんな彼が、自分の記憶とは違う態度で同僚のディシュアンをエスコートしていたのだから、驚きを隠せない。
会社の中に入っていくディシュアンの後をついていき、二人は一緒にエレベーターに乗り込む。
「ねぇ、ディシュアン。さっきの男は誰なの?」
トウはわざとらしく尋ねる。ディシュアンはそう聞かれて、頰が紅く染まる。
「.....彼氏なの」
「はああああ!!??」
トウは思わずエレベーターの中で大声を出してしまう。
ーーなんでこの女なのよ!私だっていけてるし、こんな小娘に負けてるところなんてないはずなのに!なんであんなイケメンがお前に引っかかるのよ!!!
もちろん。この話が会社中に広がる事を止めることは出来ず、たった一日で周知のものとなった。
最近はずっと忙しく、エンの件もあってかグーハイは他の事にかまっている暇がなかった。
そんな時に、社員のトウが執務室に訪れる。
「お忙しいところ申し訳ございません。少しお耳に入れておきたい事がありまして。財務部のディシュアンという社員が無断で男性と交際しているようです」
「ああ、何となく聞いている」
「....!どうして対応をなさらないのですか?彼女は会社の規則を無視しています!適正措置を取らなければ、これから誰もこの規則を守らなくなるかもしれません!」
「ちゃんとした証拠があるなら、きちんと対応するさ」
「私はこの目で見たんです!!」
興奮のあまり、つい社長に向かって大声を出してしまう
「お前のその目が証拠なのか?」
厳しい顔で見つめてくる社長に気圧される。
「会社の規律を守るためには、目だけじゃなく口もしっかりとしないとな」
たった少しの会話で、トウはもう何も言えなくなってしまっていた。
トウが執務室から出て行くと、グーハイは仕事の手を止めてオフィスチェアにもたれ掛かる。
何かを思うような目つきで天井を見つめていると、天井の細い線の模様があいつの薄い唇を想起させて心が落ち着かない。
会社の前でちょっとしたいざこざがあってから、ここ数日は一切連絡がつかなくなっていた。
なぜか心がざわつく。
胸に手をあて、大丈夫だ。と何かから身を守るように自己暗示をかける。
ディシュアンとバイロインの噂が収まりかけていた時。
この日は金曜日で、バイロインはリュウチョウの見舞いをする片手間、企業視察にでもと車を走らせ、グーハイの会社に向かっていた。
会社についたのは夕方。ちょうど退社時間と被っていた。
わざとこのタイミングで着いたわけじゃない。バイロインだって忙しい合間を縫って、いろいろな事をしているのだ。
そんな時、バイロインとディシュアンは会社の入り口でばったりと出会す。
「あ!バイロインさん!」
そういって、彼女は人目も憚らずバイロインに抱きついてきた。
ただの偶然だった。しかし、事実は今目の前で行われている。
その夕方、会社は一時騒然となった。
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すれ違いが加速しますね。でも、どうしようもないすれ違いこそリアリティを生み出して読者を楽しませるんでしょうね!
:naruse
202004追記:加筆修正。正直、ディシュアンとか打ち辛過ぎます(笑)