NARUSE'S:BLOG

ハイロイン/上癮:Addictedの原作小説を和訳している男子大学生でした

第18章:大切な人を取り戻す

「おかしいな」

そこは見渡す限り荒野で、コケがまるでカーペットのように生い茂っていた。

今いるところは少し丘になっている所で、周囲は低く沼地になっていた。

つまり、緊急離脱の際に着地地点を誤ったのではなく、運よく沼地に嵌らず少し丘になっているこの場所に着地する事ができたというわけだ。

 自分の体を確認するが飛行服に損傷はなく、目立った外傷もないようだった。

「死..なないで..すんだの..か?」

バイロインは立ち上がって周囲の地形を観察し、彼の積み重ねた野外生存訓練の経験に照らし合わせると、自分が今いる場所のみが安全地帯でそのほかの沼は一度嵌ったら抜け出せない危険な場所だということが分かった。

自分の推測が正しいか確認するために近場にあった木の枝を少し長めに折って、沼地に向かった投げたが、その枝が浮上することは一切なかった。

ーー嘘だろ。どうやって脱出しろって言うんだ!

さっきまで自分が神の寵児だと思っていたが、この状況なら神のペットと言った方が正しいのかも知れない。

ーー神様は酷いな。飴を与えてくれたと思ったら、厳しめの鞭で叩いてきやがった。

安全地帯で何か出来ないかとぐるぐる回りながら歩くその姿は、まるで自分の死へのタイムリミットを計算している時計の針のようだった。

「どうしようもないな」

そう言って木の根元で救助を待つことにしたバイロイン 。

緊迫した戦闘で疲れが溜まっていたのかも知れない、座っているとだんだんと眠気が襲ってきて気づいた時には夢の中にいた。

 

 

どれだけ時間が経ったのかは分からないが、バイロインは寒気に起こされた。

あたりはもう暗くなっていて、霧が立ち込めている。まるで映画の中で幽霊が出る前の兆候のような雰囲気だった。

幽霊自体は全く怖くないので、むしろ出てきたら自分以外の存在がある事に歓喜してすがりつくかも知れない。

喉が渇いた。

沼地は水分が豊富だが、そのほとんどに毒性があって飲み水にはならない。

経験則から木の根の下に穴を三時間ぐらいかけて掘っていると、土がだんだん濡れてきたのを感じた。

急いでバイロインはシャツを脱ぎ、その濡れた土を包んで力一杯に絞ると、水が少しずつ下垂れてきた。殆ど泥水だがこれだけでもありがたい。

何口か飲んで、木の幹にもたれかかり再度休息を取る。

バイロインが目を細めて上空を見上げていると、突然赤い光が見えた。

その光は定期的に点滅を繰り返しており、明らかに飛行機であることが分かった。

ーー助けてもらえるかも知れない!

そう願って光に向かい腹の底から大声を出したり、シャツを脱いでは振り回したりとしていたが、結局その光はずっと低い空をぐるぐると回っているだけで、こちらに気づく事はなかった。

バイロインだってこんな暗闇で一人の人間が発見される可能性が低いことくらい分かっていたが、おそらくこの辺りを捜索したらもう二度と戻ってこないことも理解していたため、希望にすがるしかなかった。

「そうだ、火を起こせば」

そう考えて火打ち石で火花までは出すことができたのだが、それを持続させるための火種がこの湿った植物たちでは賄えなかった。

唯一の乾燥したものといえば彼自身が着ている飛行服だが、もし見つけてもらえなかったら?そもそも発火せずに無駄になったら?そしたら、寒さを凌ぐものがなくなり凍死してしまうかも知れない。

そうこう考えているうちに、光の点滅は遠くへと去って行った。

もういい。バイロインは諦めて元の木の下へと戻っていく。

不幸中の幸いか飛行服は分厚く、寒さを防ぐには十分だった。

脱出の際に使用したパラシュートを二つ折りにして、体の下にクッションとして少しでも快適にしようと環境を整え、寝続けた。

しかし、寝ていると慣れて寝返りを打ってしまい、重りが無くなったパラシュートは風に飛ばされてバイロインから離れていく。

それに気づいて飛ばされるパラシュートを掴もうとしたが、風の力に負けてパラシュートごと自分も沼地に飛ばされそうになったため、惜しくもそれを手放す。

遠くへと飛んで行ったそれは、次第に荒野の彼方へと飛ばされていくのだった。

 

 

部隊は夜間も捜索を続けていたが、グーハイは単独プライベートの飛行機で捜索を続けていた。

夜間探し続けていても見つからず、次第に夜が明けてきた

「一度休憩を取りましょうか?」

パイロットがグーハイに確認を取ったが、即答する。

「いや、続けろ」

 

朝になると、低空飛行をしなければ地面が見れないほどに深い霧が立ち込めていた。お昼を過ぎる頃には天候に異常が確認され、飛行困難に陥る前に空中捜索を打ち切る事になった。

 捜索を開始するまで待つことの出来ないグーハイは、自前のオフロード車で荒野を突き進む事にした。

車はやがて沼地に嵌り動けなくなってしまう。

しかし、このことを予測していたグーハイは車に積んでいた探索用のリュックを背負い、沼地を一人で進んでいく。

沼地は危険である為、グーハイは木の棒を用意して深みがないか確認して一歩ずつ進む必要があった。

しかし、いくら注意していてもぬかるみに何度も嵌ってしまう。その度に、這い上がり、また一歩踏み出していった。

夜になると、更に危険性が高まっていく。目視による確認が不十分になる為だ。だが、構わず歩を進める。

 

その捜索は、一晩中休むことなく行っていた。グーハイが背負うバッグの中には食料などが積まれていたが、彼がそれを口にする事は一度もない。

頭の中はもう、バイロインを見つけ出す事だけで支配されていたのだ。

自らの死よりも大切な存在を今は見つけ出すために。

 

捜索中、グーハイはここ数日の自分の行動に後悔していた。

たとえ嘘だとしても、俺の結婚式になんて招待しなければ良かった。あいつの気持ちを十分に考えてやれていなかった。もしかしたら、あいつは俺の結婚を祝福してくれただろう。

ーーけど、その場にあいつがいなけりゃ意味がないんだ!

 

二度目の朝が来る。

グーハイはまた捜索のスピードを上げる。

歩き進めていると、ひらけた沼地に辿り着いた。次はどこを探そうかと見渡していると、そう遠くはない木の幹に大きな布が掛かってるのを見つける。

ーーあれは....

ドクンッ。あることを想像してしまい、心臓が警鐘を鳴らす。

慎重にその布の方へ向かっていき、拾い上げてみるとそれは軍が使用しているパラシュートだった。

そして、そこには誰の姿もなかった。

ーーよ、良かった。

よく見てみるとそのパラシュートは風などで自然にできる事のない、人の手で結ばれた結び目が作られていた。

「これは....!!!良かった!あいつはまだ生きてる!!!」

希望を感じた瞬間であった。

 

 

あれから三日経った。俺の計算が正しければ今はきっと大晦日だろう。

ついこの間、父親に電話をしたのを思い出し約束を果たせそうにもない現状を考え、なんだか後味が悪く感じる。

ーー数年ぶりに今年は実家に帰ることができて、みんなと顔を合わせられたのに...ツォおばさんはきっと大きなテーブルに沢山の美味しい料理を並べて家で待ってたりしてるんだろか...

あの懐かしい料理たちを想像してしまったら、飢えを凌ぐために泣く泣く口にしていた木の皮がもう食べられなくなってしまった。

バイロインは腕で木の幹を抱き、頭を木の幹に傾け、ぼんやりと遠くを見ていた。

「最後に食べたかったな....の餃子....ズッキーニと卵餡の餃子を…」

バイロインは空腹で頭がぼんやりとしてきた。遠くに人影が揺れているのがぼんやりと見えたが、それは空腹から見える幻覚に違いない。

ーーこんなところに人間なんているはずないんだ...

 グーハイは木にもたれ掛かるバイロインを見つけて、全身が硬直する。

「インズ!!!」

聞き覚えのある声を聞いて、バイロインは目を覚ます。

声の発生源は何十メートルも離れたところに立っている人物からだった。

更に目を凝らして見てみると、そこに立っていたのはグーハイだった。

泥塗れになっていたが、一瞬で誰だか分かってしまう。

あるはずないのに....そんなことあるはずないのに。そこに立っていたのは最愛の男。

最後の力をふり絞り手を振って合図をする

「グーハイ....グーハイ!!俺はここにいるぞ!!!」

まだ元気そうな様子を確認してグーハイはホッと笑みをこぼす。

「聞こえてるよ!たった数メートルしか離れていないのに、そんなに大きな声を出すなよ!俺は難聴者じゃないんだぞ!」

バイロインだって叫びたくて叫んだわけじゃない。けど、この内側から湧き出る感情を収める事はもはや出来なかった。

誰もいないこんな荒野で、虫一匹ですら今の彼には家族同様に扱うほどの孤独を感じていたのだ。その相手がグーハイだったら尚のことだろう。

 「そこで待ってろ!今いく!」

そう言ってこちらに向かおうとするグーハイを見て、バイロインの顔色が急変する

「危ないぞ!来るんじゃない!!」

「大丈夫だ!」

グーハイが足を踏み出そうとした時、バイロインが怒鳴り出す

「このまま近づいてきたら沼地に嵌るって言ってるんだよ!!」

自分よりこの場をよく知っている人からのお叱りに、素直に足を引っ込める。

ーー焦る必要はないか。...もう目的の人は見つけたんだ

そう思ったグーハイはリュックを下ろして、息を整える。

バイロインはあの馬鹿が言うことを聞いて、その場で休憩を取り出したのを確認し、ホッと胸を撫で下す。

そのままグーハイが大きなリュックを背負っていた事に気付いた。

「おい!お前のそのリュックの中身は何が入ってるんだ!?」

その声が聞こえて、グーハイはリュックの中から大きめのペットボトルを取り出し、二口ばかり飲むと「あとは食料だ!」と返事をした。

その言葉に反応してバイロインは嬉々として大声を出す

「ズッキーニの卵餡の餃子はあるか!!?」

場違いな問いかけに思わず笑ってしまう

「俺はこの重たいリュックを一生懸命背負ってきたっていうのに、お前は俺に餃子を持ってこいって言うのか!?」

「氷砂糖、酢椒魚、春餅巻き、白身肉、釘肉、とろみ焼き…」

何日もまともな食べ物を口にしていなかったのだろう。もはや、食べたいものを駄々をこねて口にする子供のようになっていた。

そんな状況になってしまったあいつに向かって何と声をかけたら良いのかがわからなかったが、ただただ、愛おしく見えるだけだった。

 「何してんだよ!?おい!何か投げろよ!」

「でも沼に落ちたら無駄になるだろ?食べ物を捨てろって言うのか?」

 グーハイだってこのリュックひとつでここまできたのだ。無駄には出来ない。

バイロインは何か橋渡しになるようなものをその場で見つけて、グーハイからパンを渡してもらう。

久しぶりにまともな食べ物を口にして興奮のあまり後ろで何かを言っている声なんて耳には入ってこなかった。

 

「インズ!!!」

 

何の前触れもなく大声が聞こえて、急いで食べていたパンで咽てしまう

「やっとお前を見つけることが出来た!!」

あの大男から発せられる大声は数メートルも離れている自分の鼓膜を突き破るほどの声量だった。

「さっきお前が大きい声出すなって言ってたのに、何だってんだよ!?」

 「やっと反応したな!」

そう言って泥まみれの黒い顔から真っ白な歯を覗かせて笑う姿に困惑する。

「何でお前はそんなに呑気なんだよ」

二人だけの会話だった。

 

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見つけたー!!

執着心すごいっすね!

てか、生き延びているインズも凄い!

次回が余計楽しみになりましたね!!しばらく更新が途絶えますが、申し訳ございません!

そう長くないうちにまた更新しますね!

:naruse

 

202004追記:修正。