第33章:罰
訓練場に着くと、あの不気味な顔がまた現れた。
リョウウンは手を後ろで組み、集まった兵士たちを見下ろしていた。
「お前たちには一日の休息を与えたんだ。そろそろ訓練を開始しようと思う!」
突然の言葉に驚きの表情を隠せない一同。一体、どこに一日休む時間なんてあったのだ?誰もが顔で物語っていた。
昨夜は深夜に何度も集合させられ、小便をすると言う奇行に付き合わされた。
今朝は早くから各訓練場を徹底的に清掃した。
お昼に食べたご飯はまだ、消化しきれてない。
動揺する部下を見て、リョウウンは心外そうな顔でその疑問に答える。
「俺がここに赴任してから一日が経った。....まさか。お前たちは小便をする事も、ただ掃除をする事も訓練だと考えていたのか? 俺は長年部隊の長を務めてきたが、こんな簡単なメニューなんて見た事なかったぞ?」
一般兵はもちろんのこと、将校クラスの兵士も何とも言えない顔つきになる。
皆の不満を無視して、リョウウンはマイペースに話し続ける。
「これから基礎的な訓練をこなしていく。これからお互いの事をよく知ろうじゃないか!」
そして、何千もの兵士と数十人の疲弊した将校が、厳しい訓練を開始した。
パイロットは戦闘機を飛ばし、練習を重ねる。
士官(将校)と将官は管制室でその動向をチェックし、指示を飛ばす。
リョウウンはと言うと、彼らの後ろに位置するソファーで横になり寝ていた。
数名の将校は目を合わせ、彼の立ち振る舞いに不満の色を浮かべる。
バイロインは無表情でスクリーンを見つめていた。
彼は直感で感じとっていたのだ、この男は特殊な才能を持っているという事を。
瞼を閉じて、眠っているかのように思われるが、実のところはここで働いている自分たちの一挙手一投足を観察されているという事を。
しばらくすると、将校たちに眠気が襲いかかり始め、管制室の中は欠伸の連鎖が起こっていた。
タイミングを見計らったかのようにリョウウンが咳をすると、欠伸をしていた連中は弾かれたように姿勢を正す。
実際は、ただ寝返りをうっただけだったのだが。
この中で一番睡魔に襲われている人と言えば、バイロインだった。
彼は本当に一晩中眠れなかったからである。それに、他の人は座りっぱなしで腰が痛いと言うが、バイロインはグーハイの所為で昨日から前の方も痛みっぱなしだ。...もちろん、後ろも痛いのだが...
どんな時でも、結局はグーハイを無視することができないでいるバイロインは、彼に負けてしまっていた。
ある将校が睡魔に負けて、椅子から転げ落ちてしまう。
転んだ衝撃で大きな音が鳴り、リョウウンは静かに瞼を開く。
彼が自分の椅子に戻った時、彼の頭上からバケツに入った冷たい水が降りかかってきた。
「うわぁああ!!」
リョウウンによって水を掛けられた彼は全身が濡れ、その彼の座っていた近くの機材も水が掛かりシステムがダウンする。
欠伸をしようとして大きく口を開けた他の将校たちは、その様子を見てすぐさま口を閉じる。
この水浸しにされた将校はパイロットの中では優秀な方であり、弱冠22にも関わらずこの階級まで昇進していた。
彼が新兵の頃は、とても優秀で罰などほとんど与えられなかったのだ。将校になったのなら尚更、縁がないものになっていただろう。
そんな彼にリョウウンは水を掛けたのだ。
「恥を知れ!」
彼に向かって次は声を荒げる。
寒さで震える将校に仲間が毛布を掛けようとするものなら、リョウウンはそいつを睨み、牽制した。
「これから一時間以内に機械を直せ。もし出来なかったら、その都度水を浴びせてやる。....こいつに手を貸そうとした奴も同罪として罰を与えるぞ!」
管制室の気温が一気に下がる気がした。
リョウウンは別の士官の元へ歩み寄ると、画面を見つめて話しかける。
「さっきお前が見ていた画面を映し出せ」
指示に従い、自分が指導をしている部下達の訓練様子を自慢げに映し出す。
ところが、リョウウンは少し見ただけでイライラした様子になり「まともなものも見せられないのか!」と怒鳴り散らした。
様子は後に行くほど悪くなり、結局リョウウンを怒らせてしまう。
「この...クズども!着陸の動作が不安定だろ!」
隣に座っていた将校は息を殺す。
彼らから見れば、このレベルはもう教科書の基準に達するほど高度のものだと思っていたからだ。
「何か言いたそうな顔だな?何だ?....ここには、このレベルの士官はいらない! そんな奴らは戦闘機にでも乗っておけばいい!」
そう怒鳴るリョウウンの言葉を受けて、バイロインは席を立とうとする。
しかし、その肩をリョウウンによって抑えられる。
「お前は残るんだ」
バイロインは先ほど、彼が眠っているフリをしている時でも真面目に働いていた自分を評価して、このような事をしてくれているのではないかと思ったが、一蹴する。
ーーいや、この男がそんな甘い考えを持っているはずないしな。
「お前の飛行訓練記録を見せてくれ」
その言葉に従ってすぐにパソコンを開き、過去の記録を一つづつ見せていく。
やはり、あの天才バイロインと言えどもリョウウンを唸らせることはなかった。
「天気のせいで訓練を中断した記録があるなんて…」
リョウウンがしかめっ面で呟く。
「...お言葉ですが、訓練は安全を前提として行うべきであり、兵の安全なくして武力になり得ないのではないですか?」
その言葉を聞いて、リョウウンは笑みを浮かべる。しかし、その笑顔には温かみは一切なかった。
「訓練はもともと実戦結果の過程だ。もしパイロットが訓練中に死亡したのなら、それは彼が劣っていただけで、組織からは淘汰されるべきなんだよ。」
リョウウンはバイロインに歩み寄り、その双眸を光らせる。
「もし敵軍が暗雲に覆われながら暴雨の夜に我が軍の基地に攻撃を仕掛けられたら、天気が悪いので迎撃しませんとでも言い訳する気か?」
「実際にそのようなことがあっても地上には対空防衛システムが機能しており、危険を冒してまでも迎撃する必要性が感じられません」
バイロインは臆することなく、ハッキリとした口調で反論する。
「つまりお前は....我々は敵軍より弱くあれ、と?」
言葉が詰まる一言に、口を結ぶ。
突然、先ほどの厳しい笑顔と違って本当の笑みを浮かべるリョウウン。
「ハハハッ!...これほどの意見を発するお前が中堅階級だと?フッ...全く似合わんな!」
リョウウンはそう言い終わると、袖を振って管制室から出て行くのであった。
バイロインは緊張の糸が途切れて、どっと精神的疲労が溢れてくる。
ここまで疲れたのは、長いこと勤めていて初めての事だった。
リョウウンが退室したのを確認して、先ほどの将校は震えながら機械の修理に取りかかり始めた。
彼が受けた精神的疲労はバイロインよりずっと酷いはずだ。
身体的疲労に精神的疲労、睡魔や屈辱…その上 体の調子悪いようだった。
いつもなら出来る事も、今の彼ではこなしきれそうにもなかった。
このままでは、定刻の時間になって再度水を掛けられてしまう。
この将校も元はバイロインの部下だった。
なんども厳しく扱いていたが、そのお陰か今では立派な人物になっていたと思う。
そんな元部下に愛着がないわけがなかった。
「どけ、俺がやる」
そう言って割り込むバイロインを将校は冷たく押し退ける。
「大丈夫です...自分の犯した過ちは自分で償うべきですので...」
「このままじゃ、例えお前が命を懸けたとしても終わらないだろ!」
責任を感じていた元部下を抱きかかえて違う場所に移動させると、早速 機械の修理に取り掛かる。
すると、十分もしないうちにシステムは再起動した。
まだ、リョウウンは来ていないようだ。
将校は感謝と感動の眼差しでバイロインを見つめる。
「お前はもう休め」
淡々と言う。
「先にリョウウン様にご報告してから、そうさせていただきます!」
「...そうだな。」
しかし、将校はどこかそわそわしていた。
「あの、...でも、よろしいのでしょうか?....その、もしバイロインさんが責任を負わされたら....えと、自分にも責任の一端があると言いますか...」
バイロインの事も心配だが、自分の身も気になるのだろう。
「大丈夫だ。お前を休ませる以上、絶対にさっきの事は隠してやるさ。....今は俺の言う事を聞いてたらいいんだ。ほら、早く行けって。...風邪引くなよ」
将校は目に涙を浮かべてバイロインに一礼をし、身を翻して立ち去っていった。
十分後、リョウウンが戻ってきた。
管制室にはバイロインのみを残し、他の将校・将官は退出させられていた。
「あの男はどうした?」
「修理が完了したようなので、体調面を考慮し帰宅させました」
「俺がそうしろとでも言ったか?」
あまり良い雰囲気ではなかった。
「いえ。あなたの事を考えて命令を下したのではなく、自分の意思で帰宅を促しました」
リョウウンは壊れていたはずの機械まで歩いて行き、確かに直っている事を確認した。
「本当にあいつが修理したのか?」
尋ねられるが、バイロインは口を開かない。
「...あいつは氷水をぶっかけられたんだ。まともに修理できる筈がないだろ?」
まるでよく知っているかのような言い方をするリョウウンに、思わず口を開いてしまう。
「なぜそう思われるのですか?」
「本当にあいつの事を知ってるからだ。...だからお前に確認した」
その声は次第に冷たくなっていく。
「もし普段のアイツなら、機械を修理出来ただろうな。しかしだ、今の状態では絶対に出来ないはずだ!....アイツはお前が訓練した元部下らしいな? こんな事も出来ないなんて、出来の悪い部下を育てたもんだ!」
「...なぜ出来ない事を分かっていながら、彼にこのような条件を課したのですか?」
リョウウンはバイロインの目の前まで歩いて行き、冷たい瞳でその顔を捉える。
「お前が手を貸すと分かっていたからだ」
バイロインは彼が何故すべての将校を部屋の外に出したのか、自分だけを残したのか、やっと分かった。
「どうぞ。罰があれば受け入れます」
リョウウンは鼻で笑うと、意地悪な笑みを浮かべる。
「リーダー格のお前を罰してやるんだ。他の連中はどんな思いをするんだろうなぁ?」
バイロインは両手の拳を強く握りしめ、屈しない瞳で見つめ返す。
何をしだすのかと思っていたら、リョウウンはおもむろにバイロインのポケットに入っていた携帯を抜き取り、もう片方の手で拳を作る。
思い切り放たれたそのパンチはバイロインの液晶にヒットし、粉々になって破片が飛び散った。
「お前...表面だけ落ち着いているように見えるが、心の中まで鎮めていなけりゃ 大きな器の持ち主にはなれないぞ?」
壊れた携帯電話をバイロインの手に握らせると、楽しそうにリョウウンは部屋から出ていった。
壊された事で熱を帯びる携帯を握りしめたバイロインの心は冷たかった。
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リョウウンくそがぁぁああああ!
と、言いたいところですが。もしかしたら、僕の意訳ミスでこうなっているだけかも知れないので、今は何とも言えないです(笑)
もしかしたら、後日訂正が入るかも知れないです!
それと、このブログを運営一緒にしたいです!と言うコメントがありましたが、僕は大歓迎ですので他にもそういった方がいらっしゃいましたら、ぜひDMなり何なりでも話しかけて来て下さい!
多少のルールはありますが、手伝っていただけたら嬉しく思います!
タイドラマブログの方も随時募集中ですので、よろしくお願いいたします!
:naruse