NARUSE'S:BLOG

ハイロイン/上癮:Addictedの原作小説を和訳している男子大学生でした

第129章:向き合う時が来たのだ

それから三日間、グーハイは宣言通り一切食事をとっていない。もっと正確に言うと、部屋から離れてすらいない。バイロインが栄養剤の点滴をする時、グーハイも隣で栄養剤を点滴していた。医者は見かねて思わず文句をこぼす。

「君は一体どんだけ怠け者なんだい?食事に行くのすら面倒なのかい?」

グーハイは何も返事せずに黙って腕を伸ばして医者に金を差し出す。

 

三日にわたる治療の末、バイロインの体はだいぶ回復していた。しかし、まだ行動には制限があり不便には変わりない。体力が回復してくると食欲が出てくるので、どうしてもお腹が減って仕方なかった。だがバイロインのように毎日ベッドに横になり、なるべく体力を消耗しないようにしている人はまだマシである。お腹が空いてきたら寝てゆっくりと過ごせばいい。しかし、グーハイのような健康な人にとっては想像できないほどの辛さで、バイロインよりも激しい空腹に耐えていた。

「おい…いい加減何か食えよ」バイロインは見かねてグーハイに話しかける。

グーハイは首を横に振り、ベッドに横たわったまま目を細めている。バイロインにはグーハイが何を考えているのかわからない。

「なぁ…こんなことしても意味ないだろ?ちゃんと食えよ。お前が餓死したところで何になるっていうんだよ?」

グーハイの顔は確実にやつれていた。断食が響いているのだろう。

「俺は別に無理なんかしてない。食欲がないだけだ」

バイロインはこれ以上何かを言うことはやめて目を閉じる。誰かの両手が自分の腰の辺りを触る感覚がした。

医者が治療のために薬を塗ろうとしている。

この時間がバイロインにとって一番つらい時間だった。医者は男だ。男に尻を触られるのは不名誉なことだ。それに加えてこの傷ができた理由はとても屈辱的で、情けなくて堪らなかった。だから医者が来るたびにバイロインは枕で頭を隠した。医者が話しかけても、口を開かなかった。

幸いなことに、この医者はしっかりとした医療道徳を持ち、毅然とした態度で接している。バイロインのことを馬鹿にしないだけではなく、男同士で性行為をする際の注意事項をいくつか話し、二人がどうやって健康的で安全なセックスができるのか丁寧に教えてくれた。また、以前にあった他の患者の似たような状況の話をたくさん聞かせてくれた。

バイロインは初めはこんな話聞く必要がないと思っていたが、医者の話のおかげでバイロインの不安は消えていった。

日々、話を続けているうちにバイロインは枕で顔を隠さなくなった。

医者はバイロインに対していくつか話して病院に戻っていく。

医者とバイロインは日々コミュニケーションを取っていたが、それに比べバイロインとグーハイの会話は全くと言っていいほどない。ここ三日間で両手で数えられるほどだ。

バイロインのほうから話しかけないとグーハイも何も言わない。稀に「トイレは大丈夫か?」とグーハイが話しかけてくるが、バイロインがそれに答えなければ行かないという意味になる。

バイロインが体の向きを変えたくなったら、グーハイは黙って反対側に行きバイロインを支えた。

夜寝る前には、グーハイはバイロインに温かいお湯で湿らせたタオルで体を拭いていた。そして今日もいつものようにグーハイがバイロインの体を拭こうとし、タオルを手に持つ。

しかし、この日はバイロインが口を開く。

「今日は拭かなくていい。どうせもう家に帰るし。汚れたら汚れたでシャワーを浴びればいい」

グーハイはバイロインの体を拭こうとしていた手を止めて、躊躇しながらバイロインが入っている布団をめくる。

「…どうせお前が帰ったらもう拭けなくなるんだし…今は好きなだけ拭いてもいいだろ?」

バイロインは何も答えず、目を閉じる。少し熱いタオルのマッサージの中で、バイロインはすぐに夢の中に入った。

 

タオルで拭き終わった後、グーハイはバイロインの寝顔をじっと見つめる。そしてどうしても我慢ができなくなりキスをする。しかし、いざキスをしたらさらに辛い気持ちになった。

 

 

深夜、バイロインは突然目を覚ます。グーハイは隣で熟睡しており、顔が近くにあってバイロインはまたすぐには寝付けなかった。

バイロインはここに泊まるようになってから、一度もグーハイが寝ている姿を見たことがなかった。バイロインが目を覚ますといつもグーハイは起きていた。窓のそばに立っていたり、ベッドに座っていたり。しかしほとんどはバイロインの隣で横になってただバイロインのことをじっと見つめていた。

ある日、バイロインはグーハイに質問した。

「お前、なんで寝ないんだよ?」

その時グーハイは答えなかった。バイロインが眠りについた後、バイロインに対して呟いた。

「俺…お前と一緒にいる時間を一秒でも長くしたいんだよ」

しかし今日、何日も徹夜を重ねていたグーハイはさすがに耐え切れず眠っていた。バイロインはグーハイの寝顔をじっと見つめる。

ーーこいつ、なんで食事もしないでずっと起きてられたんだよ…

 

 

翌日の朝、医者が回診に来てバイロインの状態を見ると、嬉しそうにバイロインのお尻を優しく叩いた。

「若者の体は素晴らしいな!最初は正直どうなるかと思ったが、もうこんなに回復するなんて信じられない!もう家に帰っても大丈夫だよ。薬はちゃんと時間通りに飲んで塗ること。いいね?」

バイロインは立ち上がり、今一番聞きたいことを医者に質問する。

「あの、先生…食事はしても大丈夫ですか?」

「それは…」医者は躊躇しながら答える。

「もちろん食事を摂ってもらっても構わない。しかし、まだできるだけ少量で流動食や野菜と果物をメインに食べること。消化に悪い物は食べちゃダメだよ」

バイロインは嬉しくなり、笑顔で頷く。

「はい、わかりました」

医者はバイロインの肩を優しく叩いて言う。

「じゃあ帰るから、何かあれば電話するんだよ」

バイロインは医者をドアまで見送る。

「気をつけて帰ってください」

「ほら、そんな見送りなんていいから。ゆっくり休んでいなさい」

部屋に戻ると、グーハイは壁のそばに立っていた。医者が入ってきてから帰るまで、ずっと同じ姿勢のままで一言も発さずに立っている。

バイロインは荷造りをしようとする。それに対してグーハイはベッドの上に置いてあるスーツケースを指さす。

「全部そこにまとめてある」

バイロインは玄関にスーツケースを引いていき、靴を履く。やっとこの寝たきり生活を終えてこの部屋から離れられると思うと、とても良い気分だった。

グーハイは自分の物を片付けていた。この部屋はグーハイの従兄弟の部屋を借りていたのだ。バイロインがいなくなる今、もうこの部屋にいる意味はない。

二人は一緒に建物の外に行く。この時、一切会話はなかった。バイロインはタクシーを捕まえるために手をあげる。しかしなかなか捕まらず、少し歩いてタクシーを止めるため、また手を上げようとし、少し上げたところでその手をグーハイが優しく掴む。

「お前…本当に行くのか?」

バイロインは振り向き冷たい目でつきグーハイを見る。

「こうなることはわかってただろ?喜んで受け入れるんだな」

グーハイを数秒ためらって、掴んでいた手を放す。そしてポケットから財布を取り出し、いくつかのお金をバイロインに渡す。

「悪い、スーツケースの中に金を入れるのを忘れてた。これ、タクシー代に使ってくれ」

そう言い終えるとグーハイは体の向きを変えて自宅に向かって歩き出す。

バイロインはグーハイの後ろ姿を黙って眺める。その背中は落ち着いていて、物寂しくて、まだ少し疲れた様子で次第に視界からぼやけていった。

バイロインはタクシーを拾い、スーツケースを開ける。

中には薬箱があり、箱を開けると薬瓶がぎっしりと入っていた。家族が見たらその仰々しさに怖がるかもしれない。他に服がいくつか入っていて全部綺麗に洗われていた。そして奥にはなにやら温かいものが入っている。その温かいものを取り出すと、それは弁当箱だった。フタを開けてみると、中には医者の指示した通りのおかずやおかゆが入っている。質素に見えるかもしれないがここ三日間食事を摂っていないバイロインにとってはごちそうである。

弁当をゆっくり食べ終えたあと、バイロインはすぐには家に帰らずにある人の元に向かった。

 

 

”あの出来事”以降、シーフイは廃人のようになっていた。あの光景が全く頭から離れず、今は誰とも関わりたくなくて部屋に籠りずっとぼーっとしている。

シーフイの両親はそんな彼女の状態を見て居ても立っても居られず、多くの精神科医に診せた。しかし全く良くなる気配はなかった。

いつものように、ぼーっとしていると家政婦がシーフイの部屋に走ってきて伝える。

「外にお客様が来ています。バイロインさんという方です」

シーフイのずっと何日も変わることの無かった青ざめた顔にいくつか血の気が戻ってくる。彼女は急いで靴を履いて外に飛び出す。

バイロインの姿を見ると、まるであの出来事がなかったかのように堂々として立っていた。

それに比べ、シーフイは気持ちを抑えることができずバイロインを見て感情的に泣き出す。

「バイロイン…!あの日見たものは全部嘘だと言ってちょうだい!」

バイロインはしばらく沈黙して冷静に答える。

「…君が見たものは全部本当だよ」

それを聞いたシーフイは気が狂ったようにバイロインの胸を殴り、拳を強く握りしめて感情を抑えている。

「なんで…なんであなたはこんな風になってしまったの?嫌っ…信じないから!死んでも信じたくない!」

バイロインは暴れるシーフイの腕を掴む。表情からは一切シーフイを哀れむような様子はなく全く容赦せずに話し始める。

「君が信じようが信じまいが事実は事実なんだ。俺はグーハイのことを好きなんだよ」

「どうして…こんな…酷いことができるのよ…」

バイロインは微かに笑みを浮かべて返事する。

「もういいだろ。君はこんなことでへこたれるような弱い人じゃないだろ?なんたってあんな”大がかりな芝居”を躊躇なく出来てしまうんだから」

それを聞いたシーフイの顔から一気に血の気が引いていく。バイロインを直視する勇気なんてなくうつむいたまま、質問する。

「いつ…いつ知ったの?誰から…聞いたの?」

「別に誰からも聞いていない。自分で気づいたんだ。シーフイ…君はグーハイよりも賢い人だ。グーハイのことを利用して嘘をついた。もう全部わかってるよ」

シーフイは震えた声で質問する。

「それを分かってたのなら、なんでもっと早く言わなかったの…?」

「無理に追及したくなかったんだ。ほら、女の子は弱いだろ?それに君の顔をもう見たくなかったんだ。出来ることなら心の内にずっと隠していたかった。でも気づいていないふりをして君と話をしているうちに、ちゃんと話をすべきだと思ってきた。でも君に話そうと思っていたらこんなことになってしまったんだ。グーハイ…あいつ、俺より怒ってるんじゃないかなぁ…」

バイロインは苦笑いする。

シーフイは魂を失ったようにふらふらと石のベンチに崩れ落ちた。

「なぁ、シーフイ…気にするなよ。別に君を非難するつもりはないんだ。俺はすべての女の子を”尊重”する。好きだった女の子なら特にね。こんなことした理由も理解してるし、俺を留学させたがった理由だって分かってる。俺の為にしてくれたことは全部理解してるよ。でも、どんなに君に尽くしてもらおうが好きじゃないものはどうしたって好きじゃないんだ。俺が君にするように、君も俺の考えを”尊重”してくれよ。そうしてくれたら心の底から感謝するよ」

「バイロイン…あなた変わった…理由はなに?原因はなんなの?」

「今の俺は自分の心を一番信じるようにしているんだ」

あの日、目にした光景がシーフイにとっての致命傷だとしたら、今の出来事はシーフイにとって世界の終わりだ。バイロインは最後に友達として助言する。

「くれぐれも自分を大事にしろよ。この世界で一番大切なのは結局、自分自身なんだからさ」

 

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シーフイさん快適な空の旅をお過ごしください。Enjoy your flight!

”俺はグーハイのことが好きなんだよ”翻訳作業中にこの言葉を見て、思わず震えました。前後関係的にバイロインの口からこんな言葉が出てくるとは思っていなかったので、不意打ち食らいました。

さて、今後どうなっていくのかドキドキです!

 

:hikaru